空港隣接地の再開発構想
2010年代までに羽田空港では拡張が進んだ。沖合滑走路の開設や国際線の再整備が進むなか、旧整備場地区や国際線地区の周辺に「三つの空き地」が生まれた。このうち第三ゾーンは将来的な需要に応じて空港施設として活用できるよう、しばらく空き地のままとされた。残るふたつが再開発の対象となった。
第一ゾーンは天空橋駅付近に位置し、約11ha(東京ドーム2個分以上)の敷地を持つ。ここでは文化・交流機能産業支援機能をテーマに、大田区に多いものづくり企業と海外との連携を見据えた研究開発拠点や、イベント会場、多目的スペース、駐車場などの整備が進められた。
第二ゾーンは国際線地区(現・第3ターミナル)に隣接し、約5haの敷地内に宿泊施設や商業施設を整備。国際線ターミナルを補完する役割を担った。再開発計画では、第一ゾーンに約500人、第二ゾーンに約2100人の従業員が働くことを想定。利用者数はそれぞれ1日あたり約5500人、約8000人と見積もられていた。
計画は2010(平成22)年、羽田空港まちづくり移転問題協議会によって公表された。第一ゾーンは研究開発と交流拠点を担う施設として、鹿島建設、JR東日本、京浜急行電鉄、大和ハウス工業など9社が出資する「羽田みらい開発」が採択された。第二ゾーンは住友不動産を中心とするプロジェクトチームが2014年に選定された。
第一ゾーンでは先行して約5haの敷地が開発された。モビリティや医療分野の研究開発施設のほか、ライブハウス「Zepp Haneda」、交流拠点「HICity Square cafe/bar」、足湯を備えた展望デッキなどを整備。ホテルはJR系「メトロポリタン羽田」と京急系「京急EXイン」の2ブランド、大規模駐車場も設けられた。これらは「HANEDA INNOVATION CITY」として2023年に開業した。残るエリアについても、羽田みらいパークマネジメント(代表:かたばみ)によって整備が続けられており、2028年4月の供用開始を目指している。
第二ゾーンも2014年の採択以降、開発が進んだ。コロナ禍により開業が3年遅れたが、2023年1月に第3ターミナルと直結する複合施設「羽田エアポートガーデン」が開業した。この施設は「ホテル ヴィラフォンテーヌ」ブランドの2棟のホテルを中心に、天然温泉施設、展示・会議ホール「ベルサール羽田空港」、土産店や飲食店など約80店舗が集まる商業エリアで構成される。また全国各地への高速バスや、有明ガーデン行きの無料バスが発着するバスターミナルも併設。新たな空港の玄関口としての期待がかけられている。
第一・第二ゾーンともに、羽田空港という日本有数の交通拠点に隣接する好立地。両プロジェクトには大きな期待が寄せられていた。
HICityの静寂と空室群
しかし、この巨大プロジェクトは残念ながら成功していない。特に第一ゾーンの「HANEDA INNOVATION CITY(HICity)」の状況は深刻だ。近年では複数のユーチューバーが“失敗例”として取り上げるほどになっている。
筆者(宮田直太郎、フリーライター)もその実態を確かめるべく、2025年6月末に現地を訪れた。天空橋駅からエスカレーターを上がり施設に入ると、総工費540億円ともいわれるだけあって、建物は豪華でデザイン性も高い。
しかし、テナントの入りは芳しくない。駅から出てすぐの導線上、階段を上がった直後のエリアにもかかわらず、両サイドに店舗が入っておらず、空きスペースが目立った。立地としては悪くないが、現状はがらんどうだ。実際、入り口付近ではタリーズコーヒーを除き、他の店舗には人影がほとんど見られなかった。開業からわずか2年で、すでにゴーストタウンの様相を呈している。
訪れたのは日曜日の15時。平日であれば研究開発拠点として企業の研究員なども出入りするだろうが、週末であってもホテル、飲食店、ライブハウスがある複合施設にしては異様に静かだった。
奥に進むと、Zepp Haneda近くではライブグッズを買いに来た客や、展望デッキ付近では足湯や飛行機撮影を楽しむ航空ファンの姿がちらほら見えた。それでも、空港ターミナルの賑わいには到底及ばず、全体としては寂しい印象が拭えない。
京急EXインが入るJ棟では、1階へのエレベーターが封鎖されていた。このフロアには起業家やクリエイターの交流拠点「Innovation Salon」が入居しているが、土日は営業していないようだ。とはいえ、ホテルと併設する施設で週末に閉まっている区画があるのは、やはり異常だ。
いまのままでは、地方の寂れたショッピングモールと同列に語られても仕方がない。少なくとも商業施設としての機能は、苦戦が続いている。
バスターミナルの閑散現実
一方、第二エリアの羽田エアポートガーデンにも足を運んだ。ターミナル直結という立地や、クレジットカード上級会員向けの無料施設の存在もあり、施設内には一定の人の流れがあった。ただし、常に混雑している羽田空港3ターミナルに比べると、人の数は圧倒的に少ない。
特に1階のバスターミナルは閑散としていた。一部の高速バスが東北・中部方面などを発着しているが、都内主要エリアに向かうリムジンバスの多くは第3ターミナル1階の停留所を利用する。そのため、利用者数は極めて限られる。写真は2024年9月時点のものだが、現在でもバス路線はほとんど増えておらず、閑散とした印象は変わらない。空港至近とは思えないほど、静まり返った空間だった。
羽田エアポートガーデンと同じ事業者が運営する「有明ガーデン」へ向かう無料バスも走っていたが、こちらも乗客はわずかだった。結局、2025年8月31日をもって運休が決まっている。
また、ターミナル直結とはいっても、接続しているのは第3ターミナルの2階部分のみだ。2階は到着フロアにあたる。長旅を終えたビジネス客や旅行者は、できるだけ早くホテルや自宅に向かおうとするため、ここに立ち寄るのは難しい。もし出発フロアとつながっていれば、出国前に最後の日本食を楽しみたいという乗客を取り込めたはずだ。
さらに、施設と空港ターミナルの間には広い道路がある。距離が長く、歩くには時間もかかる。急ぐ利用者にとって、立ち寄るには不便といわざるを得ない。こうしたアクセス条件は、明らかに集客に影響している。筆者は開業直後から定期的に施設を訪れているが、短期間で撤退したテナントも多く見受けられる。
内装は檜舞台などを設け「和」を打ち出しているが、同様の演出は第3ターミナル4階の「江戸小路」にも存在する。しかも江戸小路は、空港ターミナルの直下という圧倒的な立地優位を持つ。
こうした状況下では、羽田エアポートガーデンの集客は厳しく、安定した店舗運営は難しい。羽田イノベーションシティよりは人を呼び込んでいるが、当初の期待値には到底届いていない。
情報断絶が招く失速
多額の再開発費用を投じたにもかかわらず、羽田空港周辺の再開発施設は成功しているとはいいがたい。その理由としては、テナントの魅力不足や空港からの距離といった要因がよく挙げられる。だが、筆者が特に注目しているのは、羽田空港内外施設の「連動のなさ」だ。
実際、羽田空港を訪れても、これらふたつの施設――羽田エアポートガーデンと羽田イノベーションシティ――に関する案内はほとんど見かけない。たとえ第3ターミナルに隣接する羽田エアポートガーデンであっても、2階に目立つ看板がひとつある程度で、それ以外は存在感に欠ける。
この情報の薄さは、空港のウェブサイトを見るとさらに明らかだ。羽田イノベーションシティや羽田エアポートガーデンのフロア案内は掲載されておらず、各施設内のショップやレストラン情報も検索できない。
個別ターミナルの案内を見ても、第3ターミナル2階のフロアマップに「羽田エアポートガーデンへ」の文字があるだけ。これでは、地方から来た旅行者や訪日外国人、第三国への乗り継ぎ客にとって、両施設は空港周辺で立ち寄るべき場所として認識されない。
空港サイトでの情報連携不足は、商業施設に限らない。アクセス情報についても同様だ。羽田空港のウェブサイトでは、全国各地へ向かうリムジンバスや高速バスの案内は掲載されている。しかし、羽田エアポートガーデン発着のバス情報については、「羽田エアポートガーデンのWEBサイトを確認ください」と書かれているだけで、空港側からの案内は一切ない。
これでは、せっかく新たに整備された交通手段が活かされない。例えば、有明ガーデンへの無料バスなども空港のウェブサイトで紹介されていれば、もっと多くの人が利用していた可能性がある。極めて惜しい対応だ。
この点を、海外の主要空港と比較してみたい。羽田エアポートガーデンや羽田イノベーションシティに似た商業施設として、シンガポール・チャンギ空港の「Jewel Changi Airport(以下、Jewel)」が挙げられる。
2019年に開業したJewelは、人工の滝としては世界最大級の施設を備え、建築的にも強いインパクトがある。2024年には年間来場者数が8000万人を突破し、すでにシンガポールの名所としての地位を確立しつつある。
Jewel成功の要因は、施設の魅力だけではない。チャンギ空港の各ターミナルとしっかり連動している点が大きい。空港のウェブサイトでは、フロアマップやテナント一覧において、各ターミナルと同列でJewelの情報が扱われている。ページ下部にも「Jewel Changi Airport」のロゴがきちんと表示されており、空港利用者すべてに存在を印象づけている。
しかもJewelは、利用するには一度シンガポールへの入国手続きを経る必要がある。ターミナル内よりもハードルが高いにもかかわらず、空港サイトの案内によって利用意欲が喚起されている。一方、羽田の2施設は、物理的なハードルは低いにもかかわらず、空港サイトからの情報連携がほぼ皆無である。この点で、Jewelとの間には明確な差がある。
バラバラ運営の弊害
ウェブサイトにも空港施設にも案内がほとんどない。この連動性のなさの背景には、羽田空港周辺施設の運営主体のバラバラさがある。運営会社を見てみると、以下のように完全に分かれている。
・羽田イノベーションシティ:羽田みらい(鹿島建設、大和ハウス工業、京浜急行電鉄、日本空港ビルデング、空港施設、JR東日本、東京モノレール、野村不動産パートナーズ、富士フイルムなどの共同出資)
・羽田エアポートガーデン:住友不動産商業マネジメント
・第1・第2ターミナル:日本空港ビルデング
・第3ターミナル:東京国際空港ターミナル(日本空港ビルデングが過半数の株を保有)
第3ターミナルに関しては、日本空港ビルデングとの資本関係により、ある程度の連携は見られる。だが、再開発施設である羽田イノベーションシティや羽田エアポートガーデンとターミナル施設との間には、連動と呼べるようなつながりはほとんどない。
特に羽田イノベーションシティは、ホテルは京急とJR東日本、駐車場は空港施設など、施設ごとに異なる事業者が運営している。運営が分断されており、統一感がない印象を受ける。
さらに、空港そのものの所有者は日本政府。つまり、所有と運営の双方が完全にバラバラという構造だ。広大な敷地をゾーン分けして、互いに連動しないままバラバラに開発してしまった結果、以下のような問題が起きている:
・動線が複雑
・テナントが重複
・相互の案内表示がない
この構造は、かつて東京で失敗した都市開発として知られる汐留シオサイトを彷彿とさせる。それだけに、羽田再開発の課題は軽視できない深刻な問題だといえる。
一方、シンガポール・チャンギ空港の「Jewel」は、空港直営のモールである。空港と施設を同一事業者が運営しているからこそ、あれほどまでに高い連動性が実現できているのだろう。
分断運営が招く競争力低下
羽田イノベーションシティと羽田エアポートガーデン。この2施設は、本来なら空港全体の発展を牽引すべき再開発地だった。だが、現実には単なる商業・産業拠点として開発され、結果的に期待を下回る成果しか出せなかった。
もし両施設がターミナルや空港本体と同一主体の運営であれば、状況は大きく異なっていたはずだ。空港の公式ウェブサイトでの大々的な紹介、スムーズなアクセス連携、案内の統一などが可能になり、利用者の利便性は格段に向上していたと考えられる。それが実現できなかった理由は、各運営会社によってバラバラに開発が進んだことにある。この分断が、施設の潜在力を十分に引き出せなかった最大の要因といえる。
さらに、日本の空港には構造的な課題がある。たとえば空港ターミナルの運営者と空港用地の所有者が異なるため、商業施設の利益を着陸料や空港使用料の値下げに還元するモデルが成立しない。この点で日本の空港は、シンガポールや韓国に比べて競争力が低いと長年指摘されてきた。
現在では成田、関空、伊丹、中部空港がコンセッションによって一体運営となり、状況は大きく改善されている。しかし、日本最大の空港である羽田だけは未だに旧態依然とした構造を引きずっている。この点が国際競争力を左右する深刻な問題といえる。
仮に羽田空港とターミナルが同一の経営主体であれば、跡地再開発も競争力強化を目的とした戦略投資となり、着陸料の引き下げを通じて利用者にも利益を還元できた可能性が高い。それが実現できなかった現状は極めて残念だ。
空港を賑わせるために、再開発・運営・広報が一体となった仕組みをどう構築するか。羽田再開発問題は、改めて空港経営の統合と戦略性の欠如を問いかけている。(宮田直太郎(フリーライター))
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