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空集合/Novel by 七草大麻粥

空集合

1,688 character(s)3 mins

ORDERの三人(南雲、神々廻、大佛)が喫煙所で煙草を吸う話です。本誌のリオン追悼です。南雲の刺青の理由の捏造。暗い。JTのステマ

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「二足す一で三ってこと……」
僕の指を睨んで、大佛が言った。神々廻が眉を顰める。
「何や急に、とうとうイカれたんか」
「だって、煙草が三本だから……」
「もしかして、刺青のこと?」
自分の右手を見返して、ようやく気づいた。2、φ、1。それぞれの指の間に挟んだ煙草は三本。確かに二足す一で三だ。
「そう、このときのために刺青入れたんだよ」
そう言ってふたりに煙草を一本ずつ押し付ける。
「身体に悪いから要らない。一本吸うと五分寿命が縮むって聞いた……」
「それ単純に吸うのにかかる時間じゃない? 五分生きれば五分寿命が縮むんだから人生の方が身体に悪いって」
「しようもな」
そう吐き捨てながら、神々廻はフィルターを二本指で挟んで受け取った。
「他人に押し付けるなら最初から買うなや。普段吸わへんやろ」
「煙草屋に偽装してる情報屋があるんだよ。箱の中のどれか一本が煙草じゃなくメモ巻いてあるやつ。ロシアンルーレットみたいだよね」
「間違うて燃やさんとけよ」
いつもの宝くじ屋で買えばいいのに、とは言われなかった。今日が僕にとって何の日か知らなくても、毎年煙草を買ってくる日だと覚えてるんだろう。今まで一度も理由を聞かないのは気遣いか無関心か、どちらにしても神々廻らしいと思った。

ガラス張りの喫煙所にふたり分の煙が満ちていく。
降り出した雨の水滴が透明な囲いを曇らせて、内も外も白く被った。
大昔のセブンスターのテレビCMでこんな風景があったなと思う。雨宿りしている喪服の男女が煙草に火をつけあって、一瞬雨音が消えて「さよなら」と聞こえる。煙草をお茶の間で宣伝できた最後の時代。
今は囲いの外で煙草を吸えるところもなくて、ライターの安全装置は硬くて重くて、バイクを傾けて飛び散った火花で煙草に火をつけた親友は別れを言う間もなく逝ってしまった。

大佛が煙草の代わりに咥えたポッキーを上下させた。
「その刺青どういう意味? 串刺しのお団子みたいなの」
「φのこと? ギリシャ数字なんだけど、アルファとかベータと違ってあんまり普段使わないよね。使うのは数学の授業くらいかな」
「うちの学校でそんなん聞いたことないわ」
「神々廻は中退だからでしょ」
舌打ちが返った。
「自分で言うくせに」
「他人にネタにされるのはちゃうやろ」
「私も聞いたことない」と呟いた大佛の視線が鋭かった。
指に挟んだ煙草の灰を、ちょうどφの部分を叩いて落とす。
「空集合とか聞いたことない? まあ、正確にはφに似た別の記号らしいんだけど」
「空集合?」
「何で言えばいいかな。ないことを表す、みたいなこと」
ふたりが同時に首を傾けたのが、夫婦みたいだなと思った。
「想像しやすいのは空っぽの部屋とかかな。例えば、部屋が三つあるとするでしょ。ひとつ目は僕たち殺連のメンバーだけが入れる部屋。ふたつ目はスラーの連中だけが入れる部屋。みっつ目は殺連とスラー両方に所属してる人間だけが入れる部屋。みっつ目の部屋に入れるひとはいる?」
「それスパイってこと? だったら、いない。私が殺すから」
「そう。みっつ目の部屋に入る人間はいない。それが、条件を満たすものが存在しない空集合なんだよ」

大佛の頭はまだ傾いたままだった。
「何でそんなものを入れようと思ったの?」
外の雨が煩わしかった。水滴で曇っていなければ、反射する僕がいつも通り笑えているか確かめられたのに。
「カッコよくない? 誰ひとり生かして帰さないぞみたいな。仕事真面目な殺し屋っぽいでしょ」
実際に仕事真面目なのは僕だけだ。坂本くんは早々に足を洗ったし、赤尾はもういない。空っぽの部屋を挟んだ二足す一が三になることは、たぶん二度とない。

「来年は付き合わへんぞ。誰か知らへんけど線香のつもりか」
僕だけに聞こえるように神々廻が言った。投げた吸殻が灰皿の上で跳ねて、火花を散らして濁った水の中に落ちた。
「そこまでわかってるなら来年も付き合ってよ」
煙はまだガラスの中を漂っていて、ガス室のようだと思う。寿命が五分縮む程度の毒ガスだ。明日も生きていく。

Comments

  • 朝りか

    はじめまして。小説拝読しました。執念深さと割りきれなさと思い出を噛み締める南雲の描写が興味深くて惹き込まれました。 赤尾家と有月一派の名付けがギリシア神話関連なら南雲に共通点はあるのか? と考えてたところに、タトゥーの文字にルーツがあるのかと腑に落ちました。 大変面白かったです。

    June 22, 2023
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