STAP細胞よりひどい…社会を揺るがす二つの捏造論文

=ゲッティ
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 「医学論文の捏造(ねつぞう)」と言えば、2014年に理化学研究所の研究チームが発表したSTAP細胞を思い出す人が多いのではないでしょうか。STAP細胞と呼ばれる「さまざまな細胞に分化する能力を獲得した細胞」を作り出すのに成功したとする論文は世界的に権威のある英科学誌Natureに掲載され世界中を驚かせました。ところが、その論文が捏造されていたことが白日の下にさらされ、世界中から非難を浴び、不幸なことに研究に携わっていた学者の1人は自ら命を絶ちました。これだけスキャンダラスな捏造事件はそうありませんから、これからも人々の記憶に残るでしょう。しかし、世界には社会を大きな混乱に陥れた捏造論文が他にもあります。今回はSTAP論文以上に社会にインパクトを与えた捏造論文を二つ紹介したいと思います。しかし、その前に「捏造論文の総論」から始めましょう。

捏造論文大国、日本

 科学界には「Retraction Watch」(※)という不名誉なランキングサイトがあります。学者ごとに、科学誌に掲載された論文が捏造したものであると発覚し撤回(retraction)した回数を数え、ランキングにして公開しています。

 同サイトによると、世界で最も論文が捏造されている国はどうやら我が国のようです。捏造ランキングのトップテンのうち5人は日本人の学者(とは、もはや呼べませんが)です。ランキング2位は、藤井善隆氏(元・東邦大学准教授)という麻酔科医です。この医師(もはや医師とは呼べませんが)が、現在何をしているのかは調べても分かりませんでした。第3位の佐藤能啓医師(元・弘前大学教授、元・脳外科医)は自ら命を絶ったともいわれています(※2)。

 日本の話をもう少し続けましょう。

 捏造疑惑論文で現在注目されているのが、国立循環器病センターの大津欣也理事長が過去に責任著者を務めた複数の論文です。同センターは23年7月19日に「当センター理事長等の過去の研究活動への指摘に対する対応について」(※3)というタイトルで「現在調査中」とのコメントを発表していますが、2年が経過した今もその経過が公表されていません。

 論文を検証するサイト「PubPeer」(※4)では、大津理事長が責任著者の七つの論文について、画像の再利用やつなぎ合わせが指摘されています。これらは誰が見ても一瞬で分かるようなずさんなものではありませんが、よく見ると「不正かもしれない……」と感じられるところもあります。これから発表される国立循環器病センターの調査結果に注目が集まるでしょう。

 なお、国立循環器病センターでは理事長だけでなく、他の医師の不正も見つかっています。

 20年8月、同センターと大阪大は、両機関に勤務していた野尻崇医師のがんの研究論文5本に捏造や改ざんがあったという調査結果を公表しています(※5)。

 23年4月、岡山大学が神谷厚範教授を懲戒解雇処分にしました。19年7月に発表したがん治療に関する論文に捏造や画像の使いまわしがあることが発覚したからです(※6)。解雇処分をしたのは岡山大ですが、件(くだん)の論文を発表したのは国立循環器病センター在籍時でした。

 ここまでをまとめると、「論文を捏造する医学者/科学者は世界中に存在している。しかしその中でも日本人は論文の捏造が多く、理化学研究所や国立循環器病センターといった日本を代表する研究施設に勤務し、役職がついているような立場の者も捏造論文に関わっている。発覚したときの代償は極めて大きく自ら命を絶つ者もいる」となります。

STAP細胞の論文について、報告書の内容を発表する理化学研究所の調査委員会=東京都千代田区で2014年12月26日午前10時40分、竹内紀臣撮影
STAP細胞の論文について、報告書の内容を発表する理化学研究所の調査委員会=東京都千代田区で2014年12月26日午前10時40分、竹内紀臣撮影

ワクチンで自閉症?捏造も熱狂的な支持 

 では、STAP細胞以上にスキャンダラスな捏造論文を紹介しましょう。

 一つは過去のコラム(※7)でも取り上げた、MMRワクチン(麻疹、風疹、おたふく風邪の混合ワクチン)によって主に自閉症などの神経障害が生じるとした論文です。医学誌「Lancet」1998年2月28日号に「Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive developmental disorder in children」(直訳すると「小児における回腸リンパ節過形成、非特異性大腸炎、広汎性発達障害」、※8)というタイトルで掲載されました。執筆者は英国ロンドン大学の医師ウェイクフィールド氏です。

 この論文は発表当時から疑問視されており、数々の検証がおこなわれ、ついに10年に捏造であると認定されました。英国保健省は虚偽論文の罪は重いと判断し、ウェイクフィールド氏の医師免許を剥奪しました。

 興味深いことに、Lancet誌が論文を捏造と認定し、英国政府が医師免許を剥奪したのにもかかわらず、ウェイクフィールド氏は一部の人たちからは熱烈に支持されています。そして実際、ウェイクフィールド氏を支持する人が多い地域ではワクチン接種率が低下していると言われています。英国ではワクチン接種率が低下し、麻疹の報告数は98年の56件から08年には約1400件に増加しました(※9)。

 氏は論文が撤回され医師免許を剥奪されてからも自らの主張を変えず、ワクチンに反対する活動を続け、拠点を英国から米国にうつしました。MMRワクチンが自閉症を引き起こすとした書籍を執筆すると話題になり、実際アマゾンの育児書カテゴリーのベストセラーになったと言われています。

 さらにMMRワクチンが危険であることを訴える映画「Vaxxed: From Cover-Up to Catastrophe」を製作し、いくつかの国で上映されました。日本でも18年11月17日に「MMRワクチン告発」というタイトルで公開予定でしたが、上映反対運動が起こったこともあり、直前になり配給会社が公開中止を決めました(※10)。

 その後、新型コロナウイルスのワクチンの副作用の報告や接種後に死亡する事例が相次いだことを受けて、ワクチンに反対するムーブメントが広がり、一部の反ワクチン主義者がウェイクフィールド氏の“実績”を取り上げるようになりました。現在も一部の人たちからは、熱狂的な支持を受けていると聞きます。

アルツハイマー病の原因も…

 もうひとつの紹介したい捏造論文の執筆者は米ミネソタ大学の神経学者シルヴァン・レスネ氏です。この学者の名前を知っている日本人はあまりいないかもしれませんが、世界では「アルツハイマー病の原因がアミロイドβだ」とした論文を捏造していた執筆者として有名です。捏造された論文は06年に医学誌Natureに「脳内の特定のアミロイドβたんぱく質の集合体が記憶を阻害する(A specific amyloid-β protein assembly in the brain impairs memory)」というタイトルで掲載されました(※11)。

 この論文は、タイトル通り「特定のアミロイドβと呼ばれるたんぱく質がアルツハイマー病の原因である」ことを示し、世界の製薬会社や研究者に多大なる影響を与えました。この論文は2000件以上の学術論文で引用されました。そして、大手製薬会社が多額の研究費を負担し、また世界中の科学者が多額の公的研究助成金を用いてアミロイドβの研究にいそしむようになりました。

 しかし、その後アミロイドβ神話は大きく揺らぐことになります。

 実はこの論文もSTAP細胞やウェイクフィールド氏の「ワクチン論文」と同じように、発表当初から疑問視する声がありました。一般に科学論文では主張された説や研究が「再現」できなければなりません。ところが、世界中のどんな研究者が再現を試みてもうまくいきません。そして、ある学者の指摘で、論文に掲載されていた図に切り貼りがあることが発覚し、科学誌Scienceが検証を重ね、24年6月24日、ついにNature誌は論文の撤回に踏み切ったのです。

 興味深いことに、論文が撤回されてからもレスネ氏は捏造を認めていません。そして、今回とり上げた他の二つの大きなスキャンダラスな捏造論文の著者、すなわちSTAP細胞の小保方晴子氏もMMRワクチン自閉症説のウェイクフィールド氏も同様です(少なくとも、論文捏造を認めたとする報道は見当たりません)。

 論文が撤回されたということは、レスネ氏が主張する「特定のたんぱく質(一部のアミロイドβ)がアルツハイマー病の原因だ」という説に大きな疑問符がついたことになります。

 アルツハイマー病の真の原因は何なのでしょうか。次回はアルツハイマー病の真の原因を考察します。

Retraction Watch
※2 Tide of lies
※3 当センター理事長等の過去の研究活動への指摘に対する対応について
※4 PubPeerでの指摘 1) 2)
※5 元阪大医師、5論文で特定不正行為を認定
※6 研究活動の不正行為及び倫理指針不適合に関する調査結果報告について
※7 麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪
※8 Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive developmental disorder in children
※9 Andrew Wakefield: autism inc
※10 公開中止「MMRワクチン接種で自閉症」連想…米の映画
※11 A specific amyloid-β protein assembly in the brain impairs memory

 

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たにぐち・やすし 1991年関西学院大卒、2002年大阪市立大医学部卒。タイのエイズポスピスでの医療ボランティアや大阪市立大医学部総合診療センターを経て、06年にクリニック開設。プライマリ・ケア指導医。産業医。

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