イスラエルがイランの核施設への空爆を行ってから1か月。中東情勢は今も緊張が続いています。
イスラエルの国際関係の専門家と、テヘラン支局の土屋支局長に、イスラエル・イラン双方の主張を聞きました
(「国際報道2025」で7月14日に放送した内容です)
まず、イスラエルの保守系のシンクタンク「エルサレム戦略安全保障研究所」の主任研究員、エマニュエル・ナヴォンさん。大学で国際関係について教べんをとり、イスラエルの外交に関する著書は、先日日本語にも翻訳され、出版されています。
・核施設攻撃で イランの核開発は止められたのか
辻󠄀キャスター:アメリカ国防総省は、攻撃で「イランの核開発を1年から2年程度、遅らせることができた」と言っています。今回の軍事作戦をどのように評価していますか。
ナヴォン 主任研究員:この作戦が行わなければ、今ごろイランは核兵器を持っていたでしょう。軍事作戦だけが、イランの核開発の完了を阻止することができたのです。(核開発を)遅らせたのが1年なのか2年なのか、いろいろな見方はあります。しかし、遅らせたおかげで、イスラエルにとっての存亡の危機が排除されました。軍事行動だけが、それを成し遂げたのです。
辻󠄀キャスター:今回のイランに対する攻撃によって、核施設は破壊されましたが、長年にわたって蓄積された知識を奪うことはできないと思います。核開発を遅らせるという観点では、軍事作戦に限界があるのではないでしょうか。イスラエルは、本当に核開発を止めたいのでしょうか。
ナヴォン 主任研究員:イスラエルもアメリカも、軍事行動だけで解決できるとは思いません。なにもそのように主張しているわけではありません。けれども、現時点で軍事的な作戦だけが核開発を遅らせることができました。核科学者たちも排除されました。いまイランが核開発を続けようとしても、核開発やウラン濃縮には数年かかるでしょう。
イランの核開発は、ヨーロッパや自由世界にも向けられているんです。イスラエルだけではありません。とても危険なプログラムだったと言えます。
辻󠄀キャスター:イランでは900人以上がこの攻撃によって死亡しました。そこまでする必要はあったのでしょうか。
ナヴォン 主任研究員:攻撃する価値がありました。核開発に関わっていた人たちが、殺害されましたので。やはり犠牲者は伴います。
イスラエルやアメリカや自由社会が、軍事目的の核開発を始めたのではありません。イスラエルを破滅させようとして行われた核開発です。明確な目的を持って核開発が行われています。イスラエルの人たちを集団で虐殺しようとする目的で、イランの核開発は行われたのです。
ですから私たちは、自衛的な手段としてイランを攻撃しました。もちろん犠牲者が誰もいないことが望ましいですが、やはり自衛手段というものは、犠牲者を伴わなければならないということです。
・反発するイラン IAEAの査察 不可能に
辻󠄀キャスター:イスラエルとアメリカの空爆は、イラン側の思わぬ反応も生みました。反発したイランがIAEA(国際原子力機関)との協力を停止したことです。
イラン側は7月2日にIAEAとの協力停止を発表、その2日後にはIAEA側がイランから査察官の退去を発表しました。
IAEAはこれまで、査察官をイラン国内に常駐させて、核開発をモニターしてきました。ウラン濃縮に使う遠心分離機の数や、濃縮ウランの量などを確認していたわけです。しかしIAEAのアクセスが難しくなれば、監視がないまま、イランの核開発が進むおそれがあります。
辻󠄀キャスター:イランは、IAEAの査察を拒みました。これはイスラエルとアメリカの攻撃の結果ですけれども、むしろ透明性を確保した方がよかったのではないでしょうか。査察官が誰も入れないような状態にするよりは、査察をした方がモニタリングができたのではないでしょうか。
ナヴォン 主任研究員:もちろん実際に信頼できる政権であればいいのですが、イランはこれまで嘘をついていました。イランの核施設への、IAEAのアクセスは制限されていました。IAEAの査察にも、隠し事をしていたんです。信頼できる政権ではなかったんです。
また、イランの活動をチェックするのは不可能に近かったんです。例えばイラン側は長年にわたって、核開発は民生用だと言っていました。民生用だというのであれば、なぜ60%の高濃縮ウランを製造していたのでしょうか。嘘をついていたわけです。イスラエルは、それを明らかにしています。
・イラン 核開発の権利 "絶対に手放せない"
藤重キャスター: 続いて、イラン側の見方について、テヘラン支局の土屋支局長に聞きます。
今回のイスラエルとアメリカの空爆は、両国が意図したイランの核開発阻止につながっているのでしょうか。
テヘラン支局・土屋支局長: むしろ空爆によって態度を硬化させる結果になっています。そもそもイランは以前から、核開発の成果は、科学者を暗殺されるなど、多くの犠牲を払いながら達成したものだけに、絶対に手放さないと主張してきました。
今回も著名な科学者が多く殺害され、ますます引き下がれない理由が増えたことになります。核施設の被害が深刻なことはイラン側も認めていて、実際にいつどんな形で核開発が再開できるのかわかりませんが、核開発を続ける意志そのものは揺るがないとみられます。
ただ、IAEAとの関係をめぐっては、いったんは協力の停止を発表したものの、最近になって今後の協力を排除するわけではないことも示唆しています。必ずしも、監視なき開発を強行すると決めたわけではなく、現実的な落としどころを探ろうとしているようにも見えます。
(7月23日、イランはIAEAの専門家チームを受け入れ、今後の協力について話し合う見通しを示しました)
・核開発 外交交渉で止められなかったのか
辻󠄀キャスター:イランはあくまで核開発の権利を手放すつもりはない、とのことでした。
軍事作戦で核開発を止めることはできるのか、わからないところもある一方、イランが核開発を大幅に制限していた期間があります。それは外交交渉を通じてのことでした。
2015年に結ばれた核合意です。イランが核開発を制限する代わりに、欧米などはイランへの制裁を解除する、という合意でした。
こちらはイランの核施設の遠心分離機の数です。イランは数を増やしていたんですけれども、2015年の核合意を経て、2016年の1月から遠心分離機の数は減っています。
そしてアメリカが核合意から離脱すると、それに反発したイランは遠心分離機の数を増やしています。
イランはウラン濃縮も続けていましたが、外交交渉で核合意に至ると、ウランの濃縮は減ります。そして、アメリカが核合意から離脱すると、またウラン濃縮を増やしているのです。
辻󠄀キャスター:これを見ると外交交渉での解決の方が、軍事作戦よりも良い選択肢のように見えます。ウランの濃縮や遠心分離機の数も、外交交渉で減っています。
ナヴォン 主任研究員:外交努力で、実際に核開発を行おうとしている国を止めることはできません。中国、インド、パキスタン、北朝鮮もそうです。外交努力が行われ、さらに国際社会の反対にも関わらず、この4か国は核兵器を保有しています。
核開発を行えなかったのは、リビアです。リビアは2003年に核開発を止めました。アメリカによる軍事作戦を懸念したためです。またイラクもそうでした。イスラエルによる軍事作戦があったのです。シリアも、北朝鮮の支援により核開発を行おうとしていました。そしてイランです。
現実的に見て、これまでの歴史を振り返ってみますと、核開発に対しては軍事作戦でのみ解決しています。
・強気のイラン 本音は "これ以上 攻撃されたくない"?
酒井キャスター: 再び、土屋支局長に聞きます。中断しているイランとアメリカとの協議ですが、イラン側は、再開には再び攻撃されない保証を求めています。一方でイスラエルやアメリカは、必要であれば、再び攻撃する強硬な姿勢を崩していません。
イランは、今後どう向き合っていくのでしょうか。
土屋支局長: 強気な姿勢とは裏腹に、これ以上は攻撃されたくないというのが、イランの切実な本音だと思います。
今のところ、国民の怒りは、先制攻撃を仕掛けてきたイスラエルに向けられていますが、再び攻撃を受け被害が拡大するような事態になれば、攻撃を防げなかったイランの体制側に怒りの矛先が向くことになるかもしれません。
そのためイランにとっては、やりたい放題とも言えるイスラエルの行動に歯止めをかけることが、今、何よりも優先される課題です。
だからこそ、イスラエルに影響力を行使できるアメリカとの協議を再開することは、イランにとって、これまで以上の意味を持ちます。アメリカに対してさまざまな条件をつけて妥協できないラインを示し、メンツを保ちながらも、イランとしてはなんとか協議再開のタイミングや口実を探っているというのが現状ではないかと思います。
イラン側とイスラエル、双方の主張をご覧いただきました。
【見逃し配信はこちらから】
※放送後から1週間ご視聴いただけます
辻󠄀浩平(「国際報道2025」キャスター)
エルサレム支局、政治部、ワシントン支局、ロシア・ウラジオストク支局などを経て現職。パレスチナ問題やウクライナ情勢、トランプ支持者の取材など、各地で深まる対立や分断を取材。