トランプ関税が傷つける米国 醸造所は缶値上げ「全て大統領のせい」
トランプ米大統領が、軍事・産業を支える重要金属に異例の高関税をかけている。鉄鋼やアルミニウムにすでに50%を課し、近く銅にも50%をかける。ただ、高関税は米国の産業や人々を傷つけかねないうえ、トランプ氏が関税でかなえようとしている「米国内生産の復興」も簡単ではない現実がある。
首都ワシントンから南へ10キロ。いくつものタンクが並ぶ「ポート・シティー・ブルーイング」は、受賞歴もあるクラフトビールを東海岸の各州で展開する醸造所だ。
6月下旬に訪れると、醸造所に併設された試飲室で、できたてのIPAやラガーを飲みながら談笑する人たちの姿がみられた。
迎えてくれたのは経営者のビル・ブッチャーさん(58)。記者を醸造所に案内すると、ラベルが貼られる前の銀色に光るアルミ缶を手に取り、こう言った。
クラフトビール醸造所への通告
「関税さえなければ、こんな問題は一切起きなかったんだ」
ブッチャーさんは今月半ば、アルミ缶を仕入れる業者から1通のメールを受け取った。
来月からアルミ缶を3.5%値上げ――。
価格改定を通告する文面には予想通り、「これはアルミニウム関税と直接的に関連している」という趣旨の理由が書かれていた。
コロナ禍では売り上げが25%減るなど苦労した。苦境からようやく回復したところで、再び直面した危機が「トランプ関税」だった。
トランプ氏は3月、アルミ関税を従来の10%から25%に引き上げた。リサイクル品以外の缶に使われるアルミの75%はカナダなどからの輸入品だ。高関税はアルミ価格を引き上げ、小規模醸造所にとって直接のコスト高要因となる。
業界からは悲鳴が上がった。だが、トランプ氏は構わず6月4日には税率をさらに50%に倍増させた。
「絶望的な気分だった」。スマートフォンでそのニュースを見たときの衝撃を、ブッチャーさんはこう振り返る。
米国のアルミ価格は、ロンドン金属取引所の基準価格に、米国独自の「割増金」が上乗せされる仕組みだ。その先物価格は、関税の50%への引き上げ後に一時4割超上昇し、現在は年初の3倍近くで推移する。
今回通告されたアルミ缶の値上げ分のコスト増は吸収しきれそうにない。ビールの卸売価格の値上げを検討せざるを得ず、売り上げへの打撃が懸念される。
トランプ政権は連邦政府職員の大量解雇を進めており、ワシントン周辺地域は失業者が増える。「家計を切り詰める中で、最初に切られるのがビールのような嗜好(しこう)品だ」と心配する。
ビールに欠かせない麦芽やホップなどは欧州からの輸入も多い。米国と欧州連合(EU)の関税交渉がまとまらずに8月1日に「相互関税」が改定されれば、これらの原材料にかかる税率は現在の3倍に跳ね上がる。
米醸造者協会のバート・ワトソン会長は「(米クラフトビール事業者は)統合されたグローバルな供給網のもとで、事業を築いてきた。全ての原材料を迅速に国内調達に転換することはできない」と指摘する。「関税は米国でものをつくる企業に損害を与えるだろう」
トランプ氏の打つ関税政策が、そのまま事業のリスクになっている現状に、ブッチャーさんは怒りを込めて言う。
「全ての問題は大統領がつくり出している。打撃を受けるのは我々のような小規模事業者だ。だが彼は、我々のことなんかに関心はない。大企業と自分自身のことしか考えていない」
関税で「生産復興」は本当か
鉄鋼とアルミニウムの関税は、トランプ氏が第1次政権下の2018年に真っ先に発動したもので、当時の税率は25%と10%だった。その後、トランプ、バイデン両政権を通じて主要貿易相手には関税の減免が認められてきた。
だが政権に復帰したトランプ氏は今年3月、そうした減免規定を一掃したうえで、アルミは税率を25%に引き上げた。
衝撃は産業界に広がった。米アルミ製造大手アルコアのウィリアム・オプリンガー最高経営責任者(CEO)は2月、金属・鉱業業界の会合で、25%の関税により米国内で10万人の雇用が失われる可能性があると語った。米CNNなどが報じた。
今月16日に発表した25年4~6月期決算では、関税の影響額が1億1500万ドル(約170億円)に上ると明かした。オプリンガー氏は、米CNBCのインタビューで、多くのアルミがカナダから輸入されているとして、「供給網は何十年も前から存在している。カナダからの金属については、関税をなくすか、優遇された関税が適用されるべきだ」と述べた。
業界ではアルミ離れも広がりそうだ。
コカ・コーラのジェームズ・クインシーCEOは2月、「もしアルミ缶がもっと高くなるなら、ペットボトルにより力を入れることもできる」と指摘。米小売り最大手ウォルマートのダグラス・マクミランCEOは、5月の決算説明会で「部品を関税のかかるアルミからガラス繊維に替えるサプライヤーもいる」と話す。
トランプ氏の狙いは、輸入アルミを高関税で阻んで、米国内でのアルミ生産を強めることにある。だが実現は容易ではない。
米地質調査所によると、米国のアルミ生産は2000年、367万トンにのぼり、世界生産の15%を占めてシェアトップだった。だが、24年は67万トンまで縮み、シェアは1%に満たない。00年に24カ所あった製錬所も4カ所まで減った。
最大の要因は01年に世界貿易機関(WTO)に加盟した中国だ。国策で安価なアルミの大量製造・輸出を進め、今や生産量は米国の64倍にのぼる。
問題は他にもある。
一つのアルミの製錬所が年間に必要とする電力は、米東海岸の主要都市ボストンの消費電力に匹敵する。中国の攻勢を受ける中で、米国よりも電気料金が安いカナダでの生産の方が効率的になっていった。
米国では大量の電力が必要なデータセンターの建設ラッシュが起きており、30年までに必要な電力は2倍になると試算される。
データセンターの場合、1メガワット時=115ドルでも採算がとれるが、アルミ製錬所は同40ドルを超えれば採算割れといわれる。電力の奪い合いにアルミ業界が勝てる見通しは立たず、高関税を課してもアルミの国内生産が復活する確証はない。
米アルミニウム協会は6月、50%へのアルミ関税の引き上げを受け、「(関税はアルミの)価格上昇を招き、需要は減り、米国の防衛産業の基礎となる能力を弱らせてしまう」などと、自らの業界を守るはずの高関税に懸念を示す異例の声明を発表した。
関税はいいことずくめ?
一方で、関税を課している張本人のトランプ氏は、関税はいいことずくめだと主張している。どういうことだろうか。
「2018年、私は海外製鉄鋼に歴史的な関税を課した。その関税がなければ、この工場は今なかっただろう」
5月末、米鉄鋼大手USスチールの工場で演説したトランプ氏はこう誇った。中国などの安価な鉄鋼の米国流入を高関税が阻んだという主張だ。
米国際貿易委員会の調査によると、18年に発動した鉄鋼・アルミ関税は、鉄鋼製品の輸入を24%、アルミ製品の輸入を31%減らした。いずれも中国の安価な製品の流入を妨げたことで、米国内の事業者にはプラスだった。同委員会は、関税が21年の米国の鉄鋼生産を13億ドル、アルミ生産を9億ドル増加させたと指摘する。
関税で自動車メーカーなど「川下産業」が鉄鋼・アルミ製品を買う価格は上がった。だが、それによって造られた製品の価格の上昇幅は0.2%にとどまったという。
これを根拠に、米鉄鋼製造業者協会のブランドン・ファリス副会長は6月、米ABCに対して「関税による(川下の)価格上昇は小さいが、輸入削減への影響は重大だ」と述べ、関税の「有効性」を説いた。
米労働省によると、鉄鋼業で働く人の数は、関税発動前の17年の8万2500人から、発動後の19年には8万7300人に増えた。USスチールは18年の関税発動当時、レイオフしていた労働者数百人を呼び戻した。
鉄鋼関税は、鉄鋼業界にとっては歓迎すべきものだった。
鉄鋼関税の50%への上昇は、米国の鉄の価格を世界水準と比べて割高にし、米国の鉄鋼産業には有利だ。調査会社スチールベンチマーカーによると、今年1月末まで1トンあたり700ドル台だった価格は、現在は900ドルを超えている。
同協会は声明で、50%への引き上げは「さらなる投資を呼び込み、輸入が米国市場に押し寄せないよう保障する」と声明で意義を語った。
実際、高関税で安価な輸入鉄鋼から市場を守る米国が、日本製鉄には魅力的に映り、約140億ドル(約2兆円)のUSスチール買収につながった。日鉄の橋本英二会長は朝日新聞の取材に、「ビジネスは国際的なルールの作り手に寄り添わないと負ける。米中の二者択一をしなければいけない時に、日本が米国につくのは当たり前だ」と話した。
銅関税がはらむリスクは
トランプ氏は8月1日に、銅にも50%の関税をかける方向だ。
「半導体、航空機、船舶、弾薬、データセンター、リチウムイオン電池、レーダーシステム、ミサイル防衛システム、そして我々が多数製造する極超音速兵器にも必要だ」
トランプ氏は自らのSNSにこう投稿し、重要物資の銅を高関税で保護し、自国生産を強める意義を強調した。銅の先物価格は関税発動の発表後に史上最高値を付けた。
電気を通しやすい銅はハイテク製品に欠かせず、各国が確保に走る。だが新たな鉱床の発見はなかなか進まず、世界の銅鉱山の開発予算もピーク時の12年より3割以上少ない水準だ。35年には世界で需要に対して供給が1千万トン不足するとの推計もある。高関税は、米国の銅の確保にマイナスに働くおそれがある。
米国でも銅鉱山の開発は進むが、精製した銅の需要は賄い切れていない。精製銅の輸入はチリ、カナダ、メキシコという米国が自由貿易協定(FTA)を結ぶ相手が大半だ。新関税は、こうした供給体制に自らヒビを入れるリスクをはらんでいる。
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