放課後。俺と有栖は映画館がある大型ショッピングセンター、ケヤキモールへと足を運んでいた。
部活動や委員会活動に勤しむ生徒たちを尻目に来たためか、そこそこの広さを誇るフロアだったが、他の生徒の姿は見えない。
「上映まではあと一時間程ありますね。どこかで時間を潰しましょう」
見慣れた様子でフロアを歩く有栖。その横に並びながら、俺は横に流れていくテナントを見ていた。
洋服店、雑貨店、カラオケといった施設は当たり前に揃っており、中には花屋など学生があまり使わないであろうお店も並んでいる。
「どこか見たいお店はありますか?」
起きてから家出るまでの間に、何気なくクローゼットを見たのだが、かなりの量の洋服が掛けられていた。
過去の記録にも何度かケヤキモールのことは書かれていたし、こうして見て回るのは一度ではないのだろう。
「特には無いかな。カフェとかで時間潰してもいいかもね」
どうせ買っても着る機会とかないしね。なんて冗談を心の中に飲み込んで提案する。
買い物が目的じゃないんだし、限られているポイントをわざわざ使う必要もない。
ちなみに今現在俺が保有しているポイントは約四万。入学してから二か月と半分で、十四万ポイント程度使っている計算になる。
月七万弱と考えると結構散財してそうだけど、毎日出歩いたり夕飯を外食で済ませたりしていると考えると、そんなものかとも思ってしまう。
有栖は今後、クラスポイントを増やしていくことを想定しているためか、この額に関しても何とも思っていないようだ。
流石金持ちの娘だと思ったが、「なので、早く記憶を取り戻してくださいね」なんて言われたら何も言い返せない。
「では、掲示板に書いてあった新しいお店に行ってみましょうか」
「うん。俺も言おうとしてたとこだった」
今日の俺は何とも運がいい。こうして有栖と映画を見ることができる上、オープンしたばかりのカフェに行けるとはね。
初めてというところに特別感を抱いてしまうのは、明日有栖と過ごす俺が俺じゃないからというのが大きいのだろうか。自分に対抗心を燃やすというのも何だか不思議なだけどね。
そんなことを思っているうちに、どうやら着いたようだ。フロアの角を取るようにつくられた、開放的な雰囲気のカフェの前で足を止める。
入口の横にはガラスのショーケースが並んでおり、クッキーやケーキを筆頭に洋菓子の食品サンプルが並べられていた。
外から席が見えるタイプのお店だったが、時間帯も相まって人の姿は見えない。
「行きましょうか」
『新店オープン!』と書かれた立て札の横を歩き、中へ入っていく。
コーヒー、エスプレッソマシンなどが並んだカウンターの奥には、エプロンを着用した若い女性が立っている。一人しか見えないのは、混雑しない時間帯だからだろうか。
カウンターの前に立つと、店員さんはこちらを振り向いてにっこりと笑った。
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりでしたら、再度お呼びください」
そう言うと、店員さんはカウンターの隣にある、鏡面仕上げされた高そうなコーヒーマシンを布で拭き始めた。
こういう手入れとかも楽しそうだよね。コーヒーは好きだし、余裕があれば家にマシンを置いても良さそうだ。
「どうしましょうね」
「俺はホットコーヒーとチーズケーキかな。丁度セットもあるみたいだし」
「では私はホットラテとチョコケーキにします」
そんな会話をしていると、店員さんがカウンターに戻って来た。
目の前で待たれるとじっくり決めずらいし、この気配りには感謝しないとね。
注文を伝え、決済のためにスマートフォンを取り出す。
「俺出すよ」
「収入は同額なんですし、気にすることはありませんよ」
俺にとっては最初で最後の外食になるかもしれないんだし、その思い出が割り勘になるのは勘弁願いたい。
「いいや。こういうのは男の意地だから」
そう言って有栖の手を押さえ、スマホを差し出して決済端末の上に乗せる。
「……分かりました。そこまで言うのならご馳走になりましょう」
苦笑いを浮かべながら、鞄から手を引いてチャックを締める有栖。
どこか慣れている雰囲気だったのは、どの俺も同じように奢っていたからだと予想してみる。
「合計で1400円となります」
あれ、おかしいな。確かもうちょっと高かった気がするんだけど。
「カップルの方の注文は十パーセント割引となっております」
そんな疑問が顔に出ていたのか、店員さんがそんな説明をしてくれた。
「カップル……」
小さく呟く俺に、店員さんは不思議そうに小首をかしげている。彼女から見れば、俺と有栖はカップルのように映っていたのだろうか。
それは、それは、何とも嬉しい話だ。……まあ、訂正はちゃんとするけどね。
「いえ、僕たちは……」
「良かったですね日彩くんっ。二人で来て正解でした」
訂正しようとした俺の言葉をわざとらしく遮り、有栖が腕を組むように回してきた。
二人とも半袖の夏服を着ていることもあり、すべすべした肌の感触や、俺よりも高い体温がもろに伝わってくる。
「……そうだね。じゃあ、お願いします」
強張る表情を見てか、それとも有栖を見てか。店員さんは微笑ましいものを見るような、温かい視線をこちらに向けてレジを操作した。
決済音と共にレシートが出てくる。そこには、確かに『カップル割 -10%』の文字が書かれていた。
「ありがとうございます。こちらでお待ちください」
「はい。持っていくから、先に席座ってて」
カウンターの隣の受け取り口に移動し、座席の方を指さして先に座るように促す。
しかし、有栖はいつまでたってもそこを離れようとはしなかった。
「っ、他の人に見られたら大変だよ?」
「構いませんよ」
せめて「周りには誰も居ないので」なんて返してくるかと思ったけど、その予想を超える返事をしてきた。
「……分かった」
そう言われてしまっては返す言葉も出てこない。俺は素直に役得を享受しようじゃないか。
「お待たせいたしました。こちらホットコーヒーとチーズケーキ、ホットラテとチョコケーキのセットとなります」
だが、そんな時間は店員さんの声で終わりを告げた。
少し寒くなった右腕に名残惜しさを感じつつ、こぼさないようにお盆を運ぶ。
「ここにしましょう」
前を歩く有栖が座った席は、開けたフロア側に最も面した席だった。
有栖のような目立つ子が座っていたら、すぐにその存在を認知されるであろう席。さっきの発言もそうだけど、隣に並ぶことを許されたような気がして、どうしようもなく嬉しくなってしまう。
「うん」
そんな気持ちを、俺は上手に隠せているだろうか。
やけに乾いて仕方がない口内を、コーヒーのカップに口をつけることで潤す。
一仕事終えた後のリフレッシュ。そんな想定がされているのか、アメリカンコーヒーのさわやかな風味が口の中に広がる。
「あっ、おいしい」
「ふふっ。早めに来て正解でしたね」
思わず小さく関心する俺に、前に座った有栖が微笑みを向ける。
砂糖もミルクも何一つ入れていないブラックコーヒーだったが、この胃もたれしそうな甘い雰囲気には、ちょうど良かったのかもしれない。
食事を済ませた俺たちが映画館に到着したのは、目的の時間のたった5分前。
思っていたよりも話が弾んでしまったため、有栖の負担にならない程度の小走りでシアターに入る。
「っとと、席何処だったっけ」
「後ろから5列目の真ん中ですよ」
電気こそ消えていなかったが、既に広告が流されており、耳に響く大きな音を尻目に座席へと向かう。
普通の映画館よりも小さな設計のシアターだからか、後ろすぎることなく丁度楽しめる座席だった。授業を終えてから1時間以上経っていることもあってか、前の席には他の生徒の姿がちらほら見える。
手に持ったポップコーンと飲み物がまとまった容器をホルダーにさす。こうすることで、1つのホルダーに1つのポップコーンと、2つのドリンクをさせるようになっているようだ。中々考えられてるね。
ちなみにポップコーンは、キャラメル味と塩味を半分に分けた王道のもの。
両方の味を食べやすいように向きを調整すると、有栖がこちらに身を寄せてきた。
「味の薄い所だけを食べないでくださいね」
「え?」
「日彩くん、いつもキャラメルの薄い所だけ食べるんですよ」
聞き間違いかと思って言葉を返したが、どうやら間違いじゃなかったらしい。
「そうなの?」
「濃い味付けが苦手なのは分かりますが、全部残されると甘すぎるので」
ソースが特にかかっている部分をつまみ、口の中にひょいっと入れる。
……うん。確かにちょっと苦手かも。何でだろう。
「……まあ、薄いところと一緒に食べるよ。丁度いい感じに」
「お願いします」
他人に自身の味の嗜好を教えられるという、不思議な体験をしている間に、シアターに響いていた音が鳴り止む。
両脇に付けられた照明が暗転し、観客の緊張と期待がその場を支配する。
初めて見るはずなのに、どこかデジャヴを感じる光景だった。
「楽しみですね」
特有の胸に浮遊感が走り、若干のめまいがしそうになる中で隣を見る。有栖は、前を向いたまま呟いていた。
この一日で目に焼き付けたはずの横顔が、スクリーンに反射した淡い光に照らされる。
「……うん」
その横顔は、思わず息を飲むほどに神秘的で美しかった。
────────────────
約三時間に及ぶ上映を終えた白夢と坂柳は、すっかり暗くなってしまった寮へと続く道を二人、並んで歩いていた。
「凄い映画だったよっ。後で神室さんにありがとうって言っておかないと!」
「ふふっ、なら良かったです」
珍しく声を張って感情を伝える白夢に、坂柳は口元に手を持って小さく笑う。
記憶を無くしてから……それ以前を含めても、ここまで興奮した様子の白夢を、坂柳は見たことが無かった。
そんな白夢の右手に握られているのは、ケヤキモールにてテイクアウトしたもの。
騒がしいフードコートよりも、家に帰って感想を話しながら食事をしたいという、白夢の意向を坂柳がくみ取っての選択だった。
「早く帰って色々話したいな! 今日は眠れないかも!」
白夢としては深い意味を込めた発言では無かったのかもしれないが、毎晩その姿を見届けている坂柳にとってはそうではない。
「ええ。そうですね」
軽い冗談すら笑って流せない状況に思う所はありつつも、それを表に出すことはしない。
他者の反応に目ざとい白夢だったが、今回ばかりはそんな彼女の気遣いに気が付かなかったようだ。
帰宅後、二人はラグにクッションを置き、その上に座って袋から取り出した弁当をテーブルに置く。
「大きなテーブルとか置いてもいいんじゃない? 足とか痺れるでしょ」
「最初は私もそう思っていたのですが、何分この部屋にダイニングテーブルは手狭かと思いまして」
学校の寮は、元々一人で過ごすことを想定された1Kの部屋だ。
ベッドと勉強机は備え付けで、ローテーブルと小さなテレビだけ、これらは坂柳が後から買い足したものである。
「それに、学生同士の同棲のようで、こういうのも悪くはないでしょう? 天気が優れない日は、こうしてテレビを見てゆっくり過ごしてるんです」
気品ある佇まいと出で立ちからは想像しずらい、安物のクッションの上に座って食事を進める坂柳。
だが足を崩すことなく正座で、姿勢を正して食事を進めるところは、育ちの良さが隠せていない。
「なるほどね……それも楽しそうだ」
対する白夢も、足こそ崩しているものの、坂柳と同様丁寧に食事を進めている。
記憶がなくても体に染みついたものは中々消えない。
白夢は坂柳の品のある食事に感銘を、坂柳は白夢に残っているものに郷愁の念をそれぞれ抱き、食事を進める。
「……」
そのような想いを抱いていると、自然と口数も減ってくるもの。
だが白夢は、今朝の食事以上にこの空気に心地よさを感じていた。
「映画、どうでしたか? 楽しんでいただけましたか」
そんな中、坂柳がおもむろに話題を振る。
二人とも、既に食事とあいさつを終えた後だった。
「うん。色々感情がごっちゃになっちゃって、細かくは覚えてないんだけどね」
「初めて見たのですから無理はありません。映画好きのお父様は、名作は何度も見返すのも楽しみだと言っていました。所見では気づけない細かな伏線を見つけたり、俳優の細かな演技に目を向けたり。私も色々見ることができました」
「最後に見たのは小学生だったよね? それで覚えてるんだ」
たった一度、それも幼少期の記憶をはっきりと覚えているという坂柳に、白夢が感心したように声を上げる。
「ええ。あなたの反応も一緒に、頭の中に残っていますよ」
「反応?」
白夢が言葉の真意が分からずに疑問符を浮かべていると、坂柳は思い出し笑いをこらえるように、口元に手を置いて小さく笑った。
「ふふっ。ヌードやキスシーンで気まずそうにしていましたね。昔も全く同じ反応をしていましたよ?」
「……見てたんだ」
途端に顔に熱が籠るのを感じ、白夢は堪らず視線を横に逸らす。
年齢的には何らおかしくない感情であることは自覚していたが、それをいざ相手に知られていたとなるとまた別の話。滅多なことでは動じない自負がある白夢だったが、この不意打ちはかなり堪えたようだ。
「っていうか、小学生の俺もそんな反応してたの?」
「ええ。私も白夢君も、当時から大人びた子供でしたよ」
『もっともあなたの場合、そうせざるを得ないというのが正しかったのですが』と続けようとした坂柳だったが、寸での所で口を閉じた。
わざわざ楽しげな雰囲気を乱すことは無いだろう。
「きっと、その頃からあんまり変わって無さそうだね」
そんな坂柳とは対照的に、白夢は楽し気に小さく呟いた。
「変わってない……と、言うと?」
「んー? 内緒」
成長期を終え逞しくなった顔つきに、子供の名残を残したあどけない笑みを浮かべる白夢。
「そう、ですか」
それを見た坂柳がどのような心境だったのかは、想像するに難くないことだった。
「俺が
「……分かりました。約束ですよ」
「うん。有栖、
何処か聞き覚えのあるその言葉。それは、先日彼女が看取った78回目の白夢が言った言葉だった。
「……
対する坂柳も、視線を落として小さな声で言葉を返す。
こちらも、先日眠る前の白夢に言った言葉だった。
「酷いなぁ」
だが、その言葉が白夢に引っかかることは無い。
こうして記憶の片鱗を見せつつも、確信に至ることは無いもどかしさを、坂柳は幾度となく経験していた。
「そろそろお風呂に入りましょう。掃除は昨日済ませているので、お湯張りをお願いできますか?」
「えっ。こっちで入っていくの?」
「ええ。念のためシャンプーなども持ち運べるようにしているので」
さも当たり前かのように言葉を紡いでいく坂柳に、白夢は頭が熱くなっていくのを感じていた。
「……何で?」
「言ったじゃありませんか。嗅覚から記憶を刺激すると。パジャマを持って来るので、少し席を外しますね」
「あれ覚えてたんだ……」
突然の提案……どちらかというと強制だが、そんな坂柳の言葉に頭を抱える白夢。
だが、こうなっては逃げる術がないのは、短い間にもよく理解していた。
「嫌なのであれば構いませんが、どうされますか?」
坂柳の大きな瞳が、テーブル越しに見上げるように見つめてくる。
選択を与えているように見えても、それは白夢の返答を確信しての大義名分を得るための行動であった。
「……お願いします」
「よろしい。では、行ってきますね」
上機嫌に笑い、立ち上がって部屋を後にする坂柳。
途端に静けさを取り戻した部屋には、すっかり消えかかった香水の、バニラのような暖かなラストノートが残るばかり。
「ファム・ファタール……」
フランス語で『魔性の女』を示す単語を呟きながら、フラフラと揺れる頭を抑えて浴場へと向かう白夢であった。
それから幾ばくかの時が過ぎ、常夜灯の淡い光と月明りのみが照らす小さな部屋。
入浴を終え、半袖のパジャマ姿でベッドに座るのは白夢。
「……ふぅ」
穏やかなひとときとなるはずだったが、そんな彼の表情は依然強張ったまま。
「大丈夫ですか? 体調の悪い所があれば、遠慮なく伝えてください」
そんな白夢の背に掌を乗せ、身を寄せるのは、同じく薄手のパジャマを身に纏った坂柳。
サテン調の肌触りの良い衣服が、白夢の二の腕と擦れる。
「どっちかっていうと君のせいだけどね」
言葉こそ丁寧だが、その表情を見れば彼女がこの場を楽しんでいることは直ぐに分かる事だった。
「それはそれは、失礼しました」
意地の悪い笑みを面に張り付けながら、白夢の肩に自身の頭をそっと乗せる。
トリートメントによって指通りが良くなった髪の毛から、柔らかな香りが立ち込める。
「……もう寝るよ、俺」
朝に嗅いだ香りとはまた違う種類のものだったが、それを細かく判別するほどの余裕はなかった。
はち切れそうなほど高鳴る心臓を鬱陶しく思いながら、坂柳に背を向ける形で、壁際を向いて横たわる。
するとそこに抱き着くように、坂柳が横たわって脇腹から手を回した。
「っ! ちょ、何で……!」
「まだですよ。ほら、ちゃんとこっちを向いてください」
坂柳は耳元に顔を寄せ、片方の手でその顎を後ろに向けさせる。
既に抵抗する力も気力も失ったのか、自身より圧倒的に非力な坂柳に、白夢はまんまと体を返されてしまった。
「待っ、寝れないってマジで……!」
そんな抗議の声を塞ぐように、頭の後ろに手を回し、自身の胸へと抱き寄せた。
朝とは比べ物にならない程に、頬や額から体の柔らかさが伝わってくる。
「人は他人の心音に、安心と心地よさを感じると聞きました」
腕の中で抵抗する白夢の頭を撫でながら、自身も目を瞑って語り掛ける坂柳。
「何も怖がることはありません。私は、ずっとここに居ます」
一度体が大きく震えた後、段々と腕の中の抵抗も収まっていく。
「昨日の約束は、二人でタイタニックを見に行くことでした……思いのほか、早く守っていただけました」
自身の早くなる鼓動を聞かれないか不安になりながらも、坂柳はそれから注意を逸らすように頭を撫で続ける。
「ですので。早く聞かせてくださいね。あなたの、
「……うん」
坂柳も、白夢も、答えはほとんど出ているようなもの。
お互いに口にしないのは、優しさや意地が入り混じった、複雑な感情ゆえだった。
「……おやすみ有栖────また明日」
消えかかる意識の中絞り出した言葉は、約束と明日に繋がる短い一言。
だが、坂柳にとっては心に空いた穴を包み込んでくれる、優しい言葉だった。
「はい。おやすみなさい」
穏やかな寝息が自身の胸から聞こえて来るのに、それほど時間はかからなかった。
その言葉を白夢が聞いていたのか、それを知る術はもうどこにもない。
「っ……!」
窓から差しこむ微かな月明りが、震える肩をぼんやりと照らしている。
坂柳が自身の感情を正直に表せるのは、こうして白夢が深い眠りについてからの、短い時間だけだった。
壁に映る影が小さく揺れる。
それが、まるで自身の心を表しているかのようで嫌だった。
腕に力が入らぬように、
嗚咽が耳に入らぬように、
気高く、だが弱さを知ってしまった少女が唇を噛み締める。
そして、沸き上がる感情を飲み込んだ後、震える声で呟いた。
────また、明日。