101回目のバードオープニング


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作:あああああ
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一回目
第一話 白夢日彩はf4しか指せない


 

 

 

 ────私が彼を看取るのは、今日で78回目だ。

 

「今日は楽しかったよ。ありがとう」

 

 もちろん、肉体的な死を遂げているわけでもなく、はたまた安っぽいおとぎ話のように、輪廻転生を繰り返しているわけでもない。

 ですが、今目の前でベッドで上体を起こし、こちらを眠たげな目で見つめる彼の灯は、間違いなく数時間もありませんでした。

 

「今日のあなたは運が良いですね。何せ、この私と共に休日を過ごせたのですから」

 

 時刻は陽が沈んでしばらく経った亥の刻。翌日に学校を控えた生徒たちは、その大半が眠りについている時刻。

 男女が逢瀬するにはいささか不健全な時間帯ですが、私は誰に咎められようと、この場から離れるつもりはありませんでした。

 

「明日のあなたは大変ですよ」

 

 こうして、彼の意識が消えていく瞬間に立ち会うのも、ここ数か月ですっかり習慣となってしまいました。

 私は優秀な人間なので、ここで不必要に表情を歪めたりはしません。

 それをすると、彼も不安になってしまうので。

 

「ははっ、そりゃありがたい。……じゃあ、今日のお礼は、また明日に伝えることにするよ」

 

 彼は私の強がりに、笑えない冗談と共に微笑みを浮かべます。

 今まで幾度となく似たようなやり取りを行ってきましたが、未だに上手な返し方が見つかりません。

 

「っ……そう、ですね」

 

 結局、私は言葉を詰まらせながら肯定することしかできませんでした。

 明日など来るはずもないのに。ここで眠ってしまえば、極寒の雪山で横たわる遭難者の如く、夢現の狭間で消えてしまうのに。

 どうして、どうしてそんなに満足そうな、穏やかな顔を浮かべられるのでしょうか。

 

「今日見た映画、デカデカと宣伝されてた割に、酷い出来だったと思わない?」

 

 そんな私を尻目に、彼はぼうっと上を向いて小さく笑う。

 話題は、今日の夕方に2人で見た映画へと。

 

「……ええ。私もあの、逆張りして王道から外れた挙句、収集を最後まで付けなかったストーリーは酷いと思いました」

 

「でしょ? その上主人公の演技も酷いと来た。あれ、本当に俳優さん?」

 

「いえ。確か有名アイドルグループのメンバーだったと思います」

 

 クラスの方との話題合わせで聞きかじった知識を語ると、彼は艶のある濡れ羽色の毛髪を揺らし、愉快そうに言葉を紡ぐ。

 

「ははっ。そりゃ酷い演技なのも納得だ」

 

「すみません、そんな映画を見せてしまって」という言葉が口から出かかる。

 それを止めたのは、掛け布団の上に置かれた手に感じた、ほのかな暖かさでした。

 

「けど、俺からすれば人生で初めて見た映画だったからね。あれでも案外楽しめたよ」

 

 左手を私の手の甲に乗せ、行き場のないもう片方の手で髪を弄りながら、こちらを見つめてきました。

 一切淀みのない美しい黒の瞳が、室内を程よく照らす常夜灯を介して私の目と交わります。

 

「……また、二人で映画でも見に行きましょう。そういえば、来週タイタニックが再上映されると少し話題になっていましたね」

 

 こうして、昔の話をすれば、またあの頃のように戻ってくれるのではないか。

 淡い希望を捨てきれぬ私の口から、そんな提案が出てきます。

 

「あっ、聞いたことあるかも」

 

 しかし、その名に聞き覚えがあれど、それに付随する記憶がよみがえることはありません。

 

「ええ。私たちが初めて二人で見た映画です。当時は小学校に入る前でしたか」

 

 記憶が全て無くなれば、それは以前の人とは別人。前の人格は死んだも同然。だなんて、冷たいことはいくらでも言えます。

 そう思えたのなら、私はどれだけ楽になれるのでしょうか。

 

「そっか。じゃあ、もう一個約束」

 

 そんな仮の話を考える間もなく、彼は両手で私の指をそっと開かせました。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら……ええっと……」

 

 何をするのかと思えば、今時小学生でもやらないような、小指と小指を絡めた指切り。

 人の脳というのは本当にチグハグなもので、私や家族との思い出も消えてしまっているのに、これが意味する内容は覚えているらしい。

 

「嘘ついたら? 針千本、飲みますよね?」

 

「いやぁ……」

 

 ここに来て怖気づいているのは、今日一日で私のことを目の当たりにしたからか、はたまた別の理由か。

 どちらにせよ。これを見てしまえば、本気で約束などする気など無いことが分かってしまう。

 

「飲みますよね? ……はい。指、切りましたから」

 

 その態度が妙に癪に障ったので、無理やり手を引っ張って指切りをする。

 

「本気で飲ませてきそうだからなぁ……」

 

 そんな私を見て、彼は苦笑いを浮かべて小さく呟いた。

 

「自分で言うのも何ですが、私、あなたと違って頭の出来はいいんです。……死ぬまでこの約束、忘れませんから」

 

「重いって」

 

 自身の軽率な行いに後悔しながら、彼はかけ布団の中に身を沈め、眠りの体制を整え始めた。

 

「もう、いいのですか?」

 

 今度は私から重ねるように手を握り、小さく自身の方へと引っ張った。

 

「うん。夜更かししたら明日に響くからね」

 

「ですが……」

 

 分かっています。分かってはいるんです。

 ですが、今日があってこそ人は明日のことを考えられるのです。その逆もしかり、明日があるからこそ過去の自分を思い返すことができます。

 その繋がりこそが、人に学びと楽しさをもたらしてくれるのに。

 

「大丈夫だよ。……何も、怖くないから」

 

 それが断ち切られるのが分かっているのに、気丈に振る舞える理由が、付き合いの長い私をもってしても分かりませんでした。

 

「……分かりました」

 

 彼本人に言われてしまっては、私もこれ以上言うことはできません。

 

「では、傍で見守っててあげます。そうすれば、幾分か安心して眠れるでしょう?」

 

「……ありがとう」

 

 恥ずかしそうに小さく笑った後、彼は目を閉じました。それを見て、リモコンのスイッチを天井に向けて押します。

 

「おやすみ。有栖」

 

 互いの顔が見えなくなるまで暗くなってしまった部屋。

 どんな表情をしているのか、こちらから伺うことはできません。

 

「……ええ」

 

 ですが先ほどよりも強い力で、そして微かに震えが伝わってくるのを握った手を介して感じれば、その内心を推し量ることは容易です。

 

「大丈夫です。私は、ちゃんとここにいますよ」

 

 その手を両手で掴み、幼子に言い聞かせるように声を掛け続けました。

 

「……日彩(ひいろ)くん?」

 

 程なくして穏やかな寝息が聞こえてきたころ。私は暖かい手を握りながら問いかけます。

 しかし返事が来ることはなく、私の声が狭いワンルームに虚しく響くばかり。

 

 そっと力を感じなくなった手をほどき、ベッドの傍に置かれた椅子から立ち上がる。

 

「……おやすみなさい」

 

 言い忘れていた言葉を虚空に返し、私は彼の部屋を後にします。

 78回目の死を見届けた私の心には、ほんの少しの楽しかった記憶と、それを包み込む喪失感や悲しみが残るばかりでした。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 高度育成高等学校、その膨大な敷地内に立てられた学生寮のとある一室。

 窓から差す穏やかな光に照らされた、静かな部屋の一角には、ローテーブルを挟んで向かい合う男女の姿。

 辺りには張り詰めた空気がどよめき、二人の間には互いの呼吸の音しか流れていなかった。

 

「チェック」

 

 姿勢を正して腰掛けている少女の口から、そんな言葉が発せられた。

 同時に、テーブルの上に置かれたチェス盤を、白色の駒が躍る。

 

「っ」

 

 少女の対面に座る青年が、黒い駒の前に置かれた駒を見つめて眉をひそめる。

 表情を崩さぬよう努力しているようだが、かすかに歪められた口角を見れば、その内心は一目瞭然だ。

 

「ふふ、どうします? 日彩くん」

 

 特に、見意地悪く微笑む少女は、青年・白夢(しらゆめ)日彩(ひいろ)が思っているよりもはるかに多く、この姿を見ているのだから。

 チェック……将棋で言う『王手』をかけられた白夢が顎に手を置き、瞬きを忘れる勢いで互いの駒を見やる。

 

「……リザイン」

 

 しかし、観念したように瞑目し、黒のキングを横に倒した。

 降参の意味を表すその行為を見て、少女は嬉しそうに微笑む。

 

「今日も私の勝ちですね。()()()言っているではありませんか。あなたのf4はもう対策済みだと」

 

 f4……バードオープニングとも呼ばれるこの言葉は、チェスで最も一般的とされる初手の攻め方を指す言葉だ。

 この言葉を聞くに、彼らは幾度となく対戦を積んできたのだろう。しかし、白夢の記憶にそんなものは存在しない。

 

「……このメモに間違いはないみたいだね」

 

 ため息をついて頭を小さくかき、ポケットからスマートフォンを取り出す白夢。

 そんな行動を見て、少女はただ小首をかしげるばかり。

 

「あら? 一体どのように書いているのでしょうか?」

 

 明らかに白を切っているであろう口調とトーンに、その認識を改めて強くする青年。

 

「『坂柳有栖は性格が悪い』って書いてあるよ。正直半信半疑だったけど、この言葉に間違いはなさそうだ」

 

 そんな、実直な罵倒に対しても少女・坂柳有栖は表情を崩さない。

 ほんの少し、目の前の幼馴染を名乗る初対面の少女に、意地返しのつもりで語り掛ける。

『いつも言っている』と言われても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。対策のしようなんてある訳がない。

 

「ええ。それも、幾度となく聞いていますよ」

 

「……それはちなみに、何回くらい?」

 

 想定と違う反応が返ってきて目を白黒させる白夢。

 目の前の少女に会話の主導権を握られている状況は、少し揺らした程度で覆えることはない。

 

「さあ、100回くらいでしょうか? いちいち数えてなんかいませんよ」

 

 白夢も短い会話でそれに気が付いたのだろう。

 ため息を吐き、姿勢を崩してベッドフレームにもたれかかった。

 

「……そっか」

 

 そしてそれを最後に沈黙が場を包み込む。

 白夢にとっては、先ほど合鍵を使って部屋に勝手に入って来た見知らぬ少女。気まずさを感じる以前に、怒鳴り声と共に追い出したとしても文句は言われない。

 

「俺はこれから何をすればいいの?」

 

 しかし、白夢は警戒心どころか、心地よさを抱いていることを自覚していた。

 それを誤魔化ように、ぶっきらぼうに質問を投げかける。

 

「今日は月曜日なので学校に行きます」

 

「学校か……」

 

 現状を受け入れつつある白夢だったが、流石に登校する事には抵抗があるようだ。

 

「大丈夫ですよ。私と白夢君は同じクラスですし、皆さんあなたのことはちゃんと理解しているので」

 

「……わかった」

 

 渋々といった様子で頷く白夢に、坂柳はにこやかな笑みを浮かべた。

 

「今日は予定もありませんし、放課後はまた映画でも見に行きましょうか」

 

「良いよ。……って言っても、今何の映画やってるとか全然分かんないけどね」

 

『また』という言葉に違和感を覚えながらも、苦笑いと共に飲み込む白夢。

 

「何か見たいのとかあるの?」

 

 ともすれば、必然と坂柳の提案を待つこととなる。白夢にとっては何気ない発言だった。

 

「そうですね……」

 

 坂柳にとってはまた違う意味が籠った言葉だったが、その動揺を表に出すことなく顎に手を当てて思案する。

 

 

 

「────タイタニックなどは、いかがでしょうか?」

 

 

 

 そして、79回目の生を受けた白夢に向けて、坂柳は小さく微笑んで問いかけるのであった。

 

 

 

 

 





 好評であれば続きます。
 
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