第十二話 病根

 夜半、浜松の県庁第四課、その屯所に出頭した朔夜は、麻袋に入れた才蔵の首を差し出した。

 流石に元士族の警官は悲鳴などあげなかったが、相当に驚いていた。その警官は三十半ば、朔夜の、十は上の男である。人当たりの良さそうな顔で、よく言えば柔和、悪く言えば舐められそうな優男である。


「岡田才蔵を討った」

 朔夜は端的に言うと、それだけで、去っていく。


「まっ、待ってください! 怪我、すごいじゃないですか! 破傷風になりますよあなた!」

「ここは屯所であって診療所じゃないだろう。それに俺は妖術師だ」

「いけません! 私は元は軍医でしたから、手当てくらいできます!」


 頑として譲らぬように、屯所の出口の前で仁王立ちする男に、朔夜は観念した。

 どっかりと木の椅子に座る。


「麻酔の類は使うな」

 それだけ言うと、大人しく、傷を見せた。


 手当てをしている間に、別の警官がやってきて首をあらためていた。「確かに岡田才蔵で相違ない」と言い、「首から下は」と問うた。

「郵便局のそばの、雑木林」

「あのボヤは、お前が原因か」


 なぜすぐ駆け付けなかったのか、とは問わない。

 郵便局──その元締めである駅逓局えきていきょくと警視局は犬猿の仲である。

 あそこは郵便局の縄張りだったのだろうか、警察が下手に向かうこともできないのだろう。そんなくだらぬことで万一にでも人死が出たらどうする、と愚痴の一つでもこぼしてやりたいが、黙った。


 いろいろ事情があるのだろうが、……正直朔夜にとってはどうでも良いことだった。決闘の邪魔さえしてくれなければ、なんでもよかった。


 縫い傷もいくつかあった。針と糸で傷を縫われている最中、朔夜は無言であったが、必死に声を殺していた。

 十三歳の一月に初陣、それから十年、ずっと戦っていた。傷を負うことにはなれている。とはいえ、痛覚がなくなるわけではないのだ。


「あんた、いくつだ」

 首を裏に持っていった男がそう聞いてきた。手当している男に比べ、干支が一巡するくらいは歳上だろう。


「二十四。夏で、二十五だ」

「見た目、十八かそこらのガキに見えたよ。その割に、えらく怖い目つきじゃあないか」

「祖父さんが妖狐だったんでな」


 喋らせておいた方が痛みが紛れると、そう判断したのかもしれない。実際それは正しかった。


「その歳じゃ、流石に戦には出てないだろうが──いや、まて……お前、まさか」

「〈飯綱操術いづなそうじゅつ〉、だ。天瀑・伏辺で初陣。十三の頃。会ってたかもしれん」

「冗談だろう。やはり、本当に子供が戦にでていたのか……俺でさえ震えて、鉄砲放り投げて逃げようかとそわそわしてたんだぞ」

「それが普通だ。俺は実家で、とち狂った育てられ方したから、慣れてるだけだ」


 生家をとち狂った、と蔑む者は少ない。いるとすれば、相当、親を恨んでいる子などだ。

 朔夜はあの家のしきたりで、双子の兄の死肉を喰らい、生き延びざるを得ない目に遭った。

 歳の近い姉が、喰い荒らされ、腐敗して瓦斯がすで膨れて弾けた顔を野ざらしにしているのを見た。

 朔夜は七男。七男三女の末弟である。尊敬する兄が五人と、姉が二人、無惨に殺された。死に目に会えただけでも、まだ良かったのかもしれないが、もちろん皆の死に様を見たわけでは、ない。


 ──親父を討たねばならん。


 朔夜は、そう思っていた。

 それは己の使命だと。決して、──稲葉の血筋を、続かせてはならない。両親を殺し、家を燃やし、土地を捨てる。

 全て、焼き払わねばならない。


 ゆえに、生き残った兄・長二郎とも、姉・津具とも連絡を取らなかったし、探そうともしなかった。

 もし遭ったときに、あの、苛烈な奔流に再び巻き込まれる羽目になれば──。


(俺は、きっと兄上も姉上も、殺してしまう)


「事情がありそうだが、言えそうにないんだな」年嵩の警官は、朔夜の鬼気迫る表情で察したようだ。

「お一人で、東海道を?」若い──と言っても朔夜よりは歳上だが──方の警官が、朔夜の傷を縫合しながら問う。

「連れがいる。……知り合って日は浅いが、気のいい奴らだ」


 和真の剣技、なつめの術。これらは、戦を知らぬとは思えぬほどに研ぎ澄まされていた。だが、彼らがあの嵐の女神の国で生まれ育った──と聞けば、納得だ。

 あの国には、とかく、危険な化獣ばけものが多い。生きているだけで修行、歳を経るだけで一端の戦士になってしまうのだ。


 そしてあの銀乃という猫又女。へらりへらり笑っているが、相当な実力者と知れる。

 何も語らないが──おそらく、暗殺や破壊工作を主任務とする、陰忍と称される忍びだろう。

 よもや警官らも、天嵐神社総本社の命を受けて山を下ってきた天狗と鬼、西の猫又忍者がここにいるとは思うまい。まして、それらが徒党を組むなどとは。


 他ならない、朔夜自身が想像もしてなかった。

 一匹狼を気取っていたわけではないが、自分は愛想が良くないから、友と呼べるものは少ないし──新たに作ろうという努力を、まるでしていない。

 だからきっと、生涯を孤独なまま終えるのだろうと……ずっと、そう思っていた。


「終わりましたよ。しかしすごいですね、もう……塞がってる傷もある」

「それが妖術師という生き物だ。俺たちは、怪人、魔人、そういう類の怪物なのだろう」


 朔夜は立ち上がった。

 そのとき、年嵩の警官が「ほら」と、四枚の札を渡してきた。四働貨だ。


「そういう気分じゃない、というのは顔を見りゃあわかるが、今の時代、そいつがなきゃ蕎麦の一杯とて食えんぞ」

「……知ってる。鷹揚さを欠いた時代になっちまった」


 それだけ言って、朔夜は荷物を抱え、屯所を出た。

 才蔵の刀は、売ろうというつもりなどない。使わせてもらおうと考えていた。


 ゆえに朔夜は、失くした脇差──探したが、見つからなかった──の代わりに、岡田才蔵の刀を腰に差し、己の太刀を佩く。身分上、どちらか一方で充分な帯刀令遵守であるが、二刀流が禁止されているわけでもないので、両刀持ちである。

 無論、二刀流の難易度は……言わずもがな。超人の類である侍でさえ、二刀流は「虚仮脅こけおどしにもならぬ」と嗤われるのだ。

 まず、腕力。次に、技量。振った刀を取り落とすなど笑い種もいいところ、己の振るう刀同士で弾き合わせて隙を作るなど、もはや末代まで、周囲から抱腹絶倒されるだろう。

 素人はたとえ一刀でも、下手に抜こうとして、指を落とす。それが、刀剣という武器だ。


 ふと、朔夜は海岸に黒々とした陰を認めた。

 最初は、岩か何かだと思った。しかしそれは動いていて、海坊主が訪ねてきたのかと考えた。この国では、度々豊漁を告げるために、主祭神・水凪喪姫みなもひめが海坊主を使わすのだという。

 けれど、次の瞬間、朔夜は風の如く駆け出していた。


「逃げろッ! 甲鉄艦だ!」

 腹の底を震わせ、大声を張り上げる。


 ──今し方見えたのは、まさしく。

 甲鉄艦。無数の大砲を備えた、恐るべき鉄の軍艦であった。


 住民や、宿泊客がなんだなんだと起き上がり始めた。

 朔夜は蹴破らん勢いで浜川屋の入り口を開けた。


「どっ、どうしたんですか!」

 浜川屋の主人が、目を白黒させていた。

「細君と子供を連れて、山の方へ逃げろ! 甲鉄艦がそこまで来ている!」

「えっ、あ。じょ、冗談でしょう!?」

「悪いが押し問答なんてしてられない」


 朔夜はそれだけ言うと土足で宿を駆け上がり、一階奥の部屋の戸を勢いよく開ける。

 耳のいいなつめが先んじて気づき、知らせたに違いない。皆、すでに発てる装いだ。


「満身創痍やん」銀乃がからかうように言って、「どないした。なつめ姐さんが、海がやかましいって言うとるけど」

「甲鉄艦だ」


 朔夜がそう言った。なつめは「冗談でしょう」と顔をしかめる。銀乃は無言で、和真は「なんだそれは」となつめに聞いている。

「軍艦。海に浮かぶ、鉄でできた巨大な船。大砲を大量に積んでる怪物」なつめが答えた。

「鉄でできた大砲満載の船」和真は短く復唱。「そんなもんが浮かぶのか? どっちにせよ、喧嘩にならねえな。どうする」


 この中で一番場数を踏んでいるのは、朔夜だ。なつめは戦には参加せず、あくまで、銃後の守りに徹していたというから、実戦経験はあくまで対穢れ・対化獣に限られていた。


「勝てない相手に喧嘩しても仕方ない。ただ……一つ、確証を得た。やはり俺を狙っている。音頭取りは平賀銀志……俺と同じ、あの時代の亡霊だ」


     〓


 平賀銀志は、元々は恵戸──現在、大塔京と呼ばれる地域の生まれである。

 両親は弟を産んですぐに亡くなった。弟と銀志を、祖父の源一郎が育ててくれた。


 ──璣巧からくりには神が宿る。

 ──こいつが、西と東の、橋渡しになるのさ。


 それを、幕府は……。

 神の否定。そのための旗のように、璣巧を使い、平賀の名を侮辱した。

 だから銀志は、狂ったように各地を転戦した。

 璣巧隊を率いたのは、まず、璣巧からくりの恐ろしさを世に知らしめるため。馬鹿に刃物を持たすと碌なことにならないと教えてやるためだ。


 御一新ののちに、璣巧からくりが駆逐されるのなら、甘んじて受け入れただろう。

 だが、あろうか芽慈政府は貪欲にも璣巧を欲した。

 銀志は特別顧問として招かれ、──正確には、弟を人質に技術供与を強制された。


 弟を救えず──銀志は、死を懇願した弟を自ら射殺し、出奔。西郷の乱に参画し、怒り狂うかのように暴れた。

 世間的には、そこで死んだ、ということにしておいたが……。


 秘密裡に、同志を集った。細々とした目論見は別にあるのだろうが、木端に貸し与えた璣巧からくりなんぞは容易く捻ることができるので、些事である。

 帝国人がその技術で何万の王国人を殺そうが、知ったことではない。


 平賀源一郎は、祖父は、今際の際にこう言い残した。


 ──


 いまだに体が熱い。怒りが、後悔が、悲しみが、一切合切の修羅たちの嘆きが、血肉を苛む。

 穢れ堕ち、燃え盛る──真っ黒な、炎が。


「仇は討つよ。祖父さん、紡慈郎ぼうじろう……」


 艦橋で、銀志は璣巧からくりの鼓動でどうにか命を繋ぐ、歪な肉体を月光に晒して──唸るように、吐き捨てた。


 稲葉朔夜──奴に、恨みがない……わけではない。

 けれど、奴が必要なのだ。奴に直接聞いたところで答えてもらえる確証はない。ならば、手っ取り早く、脳から情報を吸い出せばいいだけだ。

 目先の力に……鼻先の人参に目が眩んでいる連中には適当な法螺を吹き込んでおいたが、まさか、妖術の模倣なんぞに興味はなかった。


「稲葉長二郎……」




 甲鉄艦から小舟が降ろされた。乗っているのはダルタニア人と西部和深人が半々。

 皆一様に、赤いマント──双頭の鷲の意匠のそれを身にまとう。あれは、平賀源一郎を担ぐ意匠であり、つまるところ、平賀銀志の麾下の兵であることを示していた。


 皆、璣巧を使うための織璣しょっきは装備済み。

 命令は、稲葉朔夜の首の確保。生死は問わぬ、とにかく脳が無事ならば良い、とのことだ。


 小舟が浜に上がると、平賀兵は雄叫びをあげて抜刀、あるいは執銃。ダルタニア製オズワルド銃を構えて銃剣を備え、吶喊とっかん


 宿場に控えていた、総勢五〇からなる自警団が薙刀やら槍を手に挑むが、銃を前にしてはなす術がない。

 次々倒れていき、住民は悲鳴をあげて逃げ回る。

 そして最悪なのは、璣巧からくり甲鉄艦から大砲が撃ち込まれてくること。


 平屋の木造家屋なぞ、大砲の直撃なんて喰らえば容易く吹っ飛ぶ。

 爆風、爆炎──浜松は、あっという間に火の海に変わっていく。


 逃げ惑う女の一人が、「人誅だ」と漏らした。


 然り。これは、人の手によって下される誅罰だ。

 阿鼻叫喚の中で、小さく──穢れの瘤が、病根のようにぶくりと泡立つ。

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