第九話 銀影の刺客

 岡田才蔵は郷士の家に生まれた。彼が生まれ育った土佐国では身分差別が激しく、父は、金でその地位を買ったというが──別段、おかしな話ではない。

 多くの土佐の志士は郷士を目指す。その方法が限られているのであれば、手っ取り早い手段を──金で買うという手段を取るだけだ。


 幼い頃から棒切れを振り回し、チャンバラの真似事なんぞをして育った。学問所というのはどうにも窮屈で仕方なく、通う気になれなかった。筆をちょろちょろさせるより、刀をぶん回す方が性に合っていた。

 武市瑞泉たけちずいせんに師事し、剣術を学んだのち、彼は東雲国しののめのくに坂東に向かう。

 その道中で出会った連中と斬り結び、腕を上げ──。

 櫻井道場で中伝を授かったのち、武市の指示で各地を転々として武者修行に明け暮れた。

 彼は様々な流派の教えを取り込み、乾いた砂が水を吸うかの如き勢いで武技を修めていった。


 ──人斬りは天職だと思った。


 恵戸の西。討幕派は西部地域の内部から戦力を浸透させていこうと、京都で暗躍していた。

 その、剣客、剣鬼、武神とさえ言える連中がひしめく京の都に潜入し、璣巧からくり使い共を斬る。たまらなく痛快だった。

 才蔵自身は、妖怪だの、神仏だのどうでもよかった。とにかく刀を振るえる場所が欲しかった。


 斬って、斬って、斬りまくった。

 ある夜、見知らぬ男が現れた。そいつは迅翔隊じんしょうたいを名乗り、才蔵に刀を向けた。


「武市がお前を捨てるそうだ。……やり過ぎたな、岡田」


 ──何?

 混乱が、彼の太刀筋を鈍らせた。

 気づけば無様に敗走していた。


(どういうことだ、なぜ武市さんが──なぜ!)


 確かめるには、直接問いただすのが良い。

 路地に潜み、とかく、休める場所を探し当時懇意に──いや、体良く利用していた女の家に転がり込んだ。

 適当なことを言って泊めてもらい、あくる日、土佐の藩邸──表向きには商家である──に訪ねたが、帰ってきた返答は、


「狂犬は、いずれ飼い主の手に噛み付くものだ」──というすげないものだった。


 才蔵は怒りに身を焦がし、土佐の己の首を狩らんとする志士を十人返り討ちにし、遁走した。

 やはり逃げ込む先は女の家だった。

 けれども、最後の最後で、運は味方をした。


 ──女は、壬生浪士組に伝手があるといい、才蔵をそこへ紹介すると言ったのだ。

 そうして岡田才蔵は、鞍替えを果たしたというわけである──。


     〓


 芽慈めいじ十一年三月十七日 金曜日 朝五つ(定時法 午前八時頃)

 東海道、雫丘県しずおかけん・新田宿近郊


 今朝は小雨がぱらぱらと降っていた。一行は笠を被り、肩からみのを羽織り、雨を凌いでいる。

 なつめは毛質的に水を弾くそうで、ついでに言えば、飛ぶ際に邪魔なので蓑の類はつけていない。一方で、猫又(実際には、彼は猫というより虎系らしいが)である銀乃は水が嫌いらしく、笠を被り蓑を羽織っている。


 足元が泥ばんで、歩くと、ばちゃりとそれが散った。気にしても仕方ないので、平然と歩く。

 そも、雨とはこういうものだ。空気は湿り、雲は重たく垂れ込め、足元はぬかるむ。


「この中で、東海道を行き来したことがあるのは? 俺は忌兵隊時代にある」

「俺はない。ずっと、山にいた」

「私は神使になる前の修行時代に一度」

「うちは言わずもがな、初めてやね」


 朔夜は「じゃあ、俺が先頭の方がいいな。和真は側面の警戒を頼んでいいか」と提案した。

「わかった。なつめは上から、偵察するんだろ」

「ええ。銀乃は後方を」

「任せときや」


 誰かに追われているわけでもないし、競争をしているわけでもないが、朔夜が懸念事項に挙げた岡田才蔵が、いつ復讐に訪れるかわからないため、警戒していた。

 何事もないのが一番であるが、けれどそうそう上手くいくことは、まずないだろうと思っていた。


 雨で海が濁っている。右手側の岸壁に打ち付ける波は荒々しい。こんな日に漁に出る愚か者はいない。

 東雲国しののめのくにの主祭神・水凪喪姫みなもひめは慈悲深き海神わだつみだが、わざわざ死ににきた粗忽者を助けるほど、慈悲と甘さを履き違えてはいない。


「朔夜、後ろから足音や」

「わかるのか」朔夜は正面を向いたまま問う。「素性は」

「歩幅からして、体がでかい。異国……王国か、帝国人やと思う。それか大柄な妖怪か──にしては、体重は人間のそれ。男やろうけど、女も少し混じっとる」


 足音だけでそこまでわかるとは、忍びとはなかなかに凄い連中だ。


 和真が、「帝国人は幕府が瓦解して去ったんじゃないのか」と、旅人を装いつつ問う。

「本国に見限られたダルタニア帝国軍人が在留してる。奴らは今流浪の傭兵状態だ」

「誰かが俺たちを襲えと?」

「一人二人生け捕りにして吐かせる」


 冷酷に言い放つ朔夜。和真が、人の耳では捉えられないような音を、口から発した。息が鋭く漏れているようにしか聞こえないが、それはなつめへの緊急を告げる合図だ。


「来よったで。速い」


 朔夜は肩を回す。手を閉じたり開いたりし、筋肉をほぐして、

 太刀を抜刀。

 和真が左肩に跳ね上げた大刀を鞘からぞろりと抜き、八相に構えた。


 朔夜は軽装備。防具らしい防具は、着物の内側の鎖帷子程度。

 一方和真は甲冑を身につけている。

 朔夜が甲冑を好まないのは、手入れが面倒だからというそれだけのことだ。それに、自分には頼れる式神がいる。

 銀乃は鎖鎌を構えた。右に鎌、左に分銅。


 追い縋るのは、赤いマントに双頭の鷲の意匠を刻んだ連中。

 西洋人──あれは、


「ち、気づかれたぞ」「構わん、一人も残すな」

「En avant MARCHE!!」


 ──オン・ナヴァント・マーシュ。突撃せよ。


「やつらはダルタニア人だ! 璣巧からくりを使うぞ!」

 朔夜が怒鳴った。


「なつめの時間を稼ぐ。あいつの大砲が決まれば勝ち確だ」

 和真が駆け出した。泥を散らし、大刀を薙ぐ。


 ダルタニア人が咄嗟に左腕のカイトシールドで防いだ──が、ばきりと叩き砕かれ、左腕ごと胸を撫で斬りに裂かれ、昏倒。

 その隙に背後の男が璣巧を構築。木槌が構築されて、打ち下ろされた。

 和真は大刀を両手で担いで木槌を防いだ。両足が膝まで地面に埋まり、足元が捲れ、蜘蛛の巣のようにひび割れる。


「怪物め!」

「お前らこそ、天狗みたいな鼻してんぞ。酒でもひっかけたか? 顔が赤いぜ」

「貴様ッ!」


 なかなかどうして、和真も口が悪い。

 朔夜がすかさず〈赤狼〉を出し、木槌の根本の箱を爆撃、粉砕。

 

「ヨウジュツ──早くカラクリを構築しろ!」

「わかってる!」


 ──ぐずぐずじゃないか。なんだ、こいつらは。


「璣巧に慣れてないな。……誰かから供与されて間が空いてないのか」


 一軒便利に思える璣巧だが、その一方で、妖術同様、戦闘に取り入れ使いこなすには熟練を要する技術だ。

 素人がすぐに、玄人ばりの活躍をできる技術ではない。

 元は佐幕側の帝国軍人──の中でも、補充兵の類か。璣巧に触れ始め、日が浅いと見える。


 ──異国に放り込まれ、置き去りにされ、十一年。

 ──だからといって、同情はしない。


 朔夜は構築準備にかかり、織璣しょっきを回している男に肉薄。腿を斬り、脾腹と胸と喉を抉り、刺し、貫いた。

 高速の三段突き──稲葉狐閃流いなばこせんりゅう花美突はなみづき〉。


 しかし、──敵の中に、とんでもないのが混じっているのはわかっていた。

 明らかに違う──殺気の、質が。


 豪と吹き荒れるように、殺気が燃え上がった。


「Je ne peux pas regarder ça, reste en retrait」

「Je… je comprends」


 女だ。上背は六尺はある。手にはサーベルを握り、金色の髪を短く刈っている。

 彼女は素早く璣巧を展開し、それで全身を覆った──璣巧戦鎧からくりせんがいと呼ばれる、強化服の一種だ。


「失礼仕った。不肖、元ダルタニア帝国陸軍大尉、クロエ・ド・ブルセル・ラ・ピクセロラームが受けて立とう」

「俺だけを狙え。他の連中はあの戦に参加していない」

「……ならば、まずは一対一で貴様と戦うとしよう。名乗れ、妖術師」


 流暢な和深かずみ語で、クロエは言った。


「稲葉朔夜」

「イナバサクヤ……聞いている、動物の霊を使うそうだな」

「ふん……誰から聞いたか含め、吐かせてやる」


 互いに駆け出した。距離は六間。まず朔夜は紙筒を一本投擲し、常套手段である二頭の〈白犬〉を召喚。

 左右から弧を描き接近する〈白犬〉のうち、クロエから見て左の奴を、腕に仕込んだサイクルガンで蜂の巣にした。

 束ねられた銃身を回転サイクルさせて、高速で弾丸をばら撒く恐るべき──慈悲の銃。

 討幕側にサイクルガンを卸した王国人は、嬉々として「痛む間も無くペイン・レス死に至る銃・ガン」などと呼んでいた。


「どちらが怪物だ」


 左から接近した〈白犬〉を凍結させ、戦鎧の足を巻き込んだ。


Putainくそッ!」

ッ」


 鋭く呼気を吐き、太刀を首元へ突き込む。が、クロエは脇腹の筒から蒸気を噴射して強引に体を弾いて氷を砕き、横に転がった。

 空を切った刺突をすぐに引き戻し、クロエの右腕に着剣されたバヨネットの一撃を凌ぎつつ、左手で紙筒を掴み飛ばす。


「オン・キリカク・ソワカ──〈荒鱗こうりん〉」


 煙と光が噴出、そこから顕現したのは浅葱色のホホジロザメ。全身の鮫肌が鱗のように毛羽立ち、まさしく荒ぶる鱗の如き様相。

 宙を回遊するそれは、恐ろしい面で吠えた。


「これが人の技か……?」


〈荒鱗〉が突貫。クロエがサイクルガンで迎撃するも、分厚い鱗に弾かれてしまう。

 激突──凄まじい轟音と、戦鎧の軋りが重なり、クロエは数間ほど後ろに押し飛ばされる。

 朔夜はすかさず切り掛かった。まずは左の銃を落とすと、返す刀で肘関節を刺し貫いた。


「ぐ──」

「悪く思うな。〈荒鱗〉、いつも通りの数を数えたらやれ。オン!」


 飛び退き、朔夜は左手の刀印を〈荒鱗〉に向けた。

〈荒鱗〉が戦鎧の右足に喰らいつき、五つ数えたところで自身の消滅を代償に、その足を鎧ごと噛み砕く。

 ぐしゃり、と金属がひしゃげ、そこに包まれていた肉と骨を粉砕。

 クロエはしかし、無様な悲鳴をあげず、耐えた。


「隊長ッ! この、山猿がァ!」

「さっきからやかましいわボケ共!!」


 激昂した敵に、銀乃が分銅を頭部に打ち付けて頭蓋を粉砕。

 和真が男の一人を組み伏せて、拘束した。

 なおも立ちあがろうとする戦鎧──しかし、なつめが素早くそのうなじに刺刀を振るって、頚椎を切り砕いて沈めた。


 雨が一際強くなる。


「なに、こいつら」

 なつめが降りてきて、そう聞いた。大砲を使う必要はないと判断したのだろう。一時的に昂りを見せていた妖気が、静かに薙いでいでいる。

「わからん、朔夜曰く、あの戦の残党らしい」

「幕末の亡霊っちゅうわけや」


 朔夜は、生け捕りにした男の顔を見た。


「洗いざらい、吐いてもらうぞ」




「知らぬが仏、という言葉がこの国にあるそうだな」


 ブレソール・バロワンと名乗った男は、そう言った。

 街道脇の、打ち捨てられたボロ小屋である。なつめは周囲を旋回、和真は軒で雨を凌ぐふりをして見張り。

 中には朔夜と銀乃がいる。


「信奉こそすれ俺が仏になる気はない。言え、誰の差金だ」

「確か……叔父さんだったかな」


 すかさず、朔夜は銑鋧を──錐のようなそれをブレソールの手の甲に打ちつけた。


「Oh là là, c’est pas vrai!(ちくしょう、やりやがった!)」

「お前らが好きな拷問も知っている。薄い竹篦たけべらを爪と肉の間に差し込むんだったか。討幕時代、仲間がやられたから覚えてるよ」

「…………!」

「言えば、逃してやる。だが金輪際俺たちに関わるな」


 ブレソールは朔夜の目に宿るものが、──殺人を厭わぬ狂気だと気づいたようだ。

 青ざめた顔で、震える呼吸を漏らし、自白した。


「デンクール……ラウル・デンクール。彼は、イヅナソウジュツというものに興味があるらしい」

「俺の? なぜ。妖術師なら、もっと襲いやすい奴がいるだろう」

「その術は、一人軍隊を実現し得る。もし、一個中隊全員がその術を模倣できたら?」

「なるほどな。だがな、妖術は決して真似できない。複製も、模倣も無理だ」


 ブレソールが引き攣って、笑う。


平賀銀志ひらがぎんしという男が、それを実現した。デンクールは、銀志と組んで、兵隊を貸している」

「……生きているのか、あの男が!」


 我を、忘れかけた。

 朔夜はそれこそ狐のように牙を剥き出しにし、ブレソールの軍服、その胸ぐらを掴み上げる。


「どこにいる!」

「し、知らない! 本当に知らない! 俺たちはあくまでもクロエ隊長の麾下きか──でびゅッ」


 途中で、ブレソールの頭が殴られたように震えた。

 見れば眼球が左右で別々を向いて、鼻と口、耳から黒ずんだ血をこぼしている。


「な……何が起きたん……」

「くそ……見たくもないものを」


 朔夜はそっとブレソールを横たえ、顔を覆った。


「脳に、爆弾を仕込んでいる。璣巧からくりの小型爆弾を」

「そ──そない、外道……許されるはずが、」

「銀志なら、やる。奴はそれで、西郷時盛から軍勢を差し向けられ殺された。ありえない……」


 ──なぜ生きている!


 その思いが強かった。


 西郷時盛の敗因は、一つに平賀銀志の暴走が挙げられる。

 西の璣巧からくり先鋭部隊──璣巧からくり隊を率いた銀志は、敗戦後、璣巧からくり研究の名目で特別顧問という立場を与えられ、芽慈政府に与していた。


 だが奴の軽挙妄動とも取れる行動の数々は、時に味方を激しい混乱に陥れた。何を思ったか彼は西郷の挙兵に身を乗り出して参加し、火に油を注ぐかのように武器や技術を提供した。

 もともと西郷自身は最後まで反乱を起こそうとはしていなかった──という説もあり、ゆえに、混迷を極める中で、西郷時盛は平賀銀志暗殺を実行した。


 もし銀志を始末していなければ、おそらく、東雲国しののめのくにはまだ内乱状態だったと言っていい。

 いや、下手したら、戦火が遥かに拡大していた可能性さえある。


「穢れに、才蔵、銀志……嫌な予感がする」


 手厚く葬る暇はなかった。

 ブレソールらの遺体はなつめが略式で穢れ祓いの祝詞を読み上げて、神楽鈴で舞を踏み、野犬に掘り返されないよう深く掘った穴に入れて土を被せた。

 彼らが腰に差していたサーベルを墓標の代わりにし、一行は北へ向かう。


 県庁第四課に呼び止められても、事情を話せば釈放されるだろうが、いっときは拘束される。そのためにわざわざ元いたところの屯所に連れて行かれては余計な時を食う。

 特別厳しい刻限があるわけではないが、「坂東の地に穢れ迫る」という予言めいた忠告が、ずっと脳裡にあった。


 杞憂で済めばいいが──というには、状況がきな臭い。

 今日の目的地は雫丘県しずおかけん・浜松。

 予定では夕暮れ前には着くだろう。


 朔夜らは、雨の中東海道を進んだ。

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