第二章 聞けば西から来たらしい

第七話 忍び

 猫又の女は、講談で言うところの忍びだと明かした。見るからにそういう装束なのだが、それには訳があり──というのも、彼女が所属していた御庭番の誇りを失わぬためであるという。


 時の徳河八代将軍が発足した、隠密・諜報・暗殺さえも生業とする忍び衆。彼女はその中でも陰忍にあたる、「心も名も捨て、捨身報国せよ」とされた一族・霧島家の血筋であるという。


 さて──。

 祓った直後の土地は、刺激に過敏に反応する。

 人が立ち入り、そこにわずかでも穢れの気があれば、たちまち同じことの繰り返しになるゆえ、信仰の厚い仏僧や、神職、あるいは樹師という連中以外は立ち入ることができない。


 一行は流川宿を沿岸沿いに北上し、二里(約八キロ)進んだところにある新田宿の旅籠に来ていた。


 なつめは「手伝ってから合流する」と言って祓ったばかりの流川宿で手伝いをしている。

 朔夜と和真は、小柄な四尾猫又──五尺ほどの上背の、逢坂おうさかから来たという女を見た。


霧島銀乃きりしまぎんのと言うもんや。よろしゅう」


 逢坂の、上方訛かみがたなまりを初めて聞く和真は「不思議な喋りだ。でも通じるから余計不思議だ」と唸っている。


「何言うてんねん。こっちからしてみれば、自分らの喋りの方がよっぽど独特やで」

「そういうものか。だが恵戸訛りよりはずっと聞き取れるな……なぜ東雲に」

「お告げや。その前に、西の妖怪の扱いを知っとるか」


 朔夜も和真も、大塔京(旧恵戸えど)以西の治世には詳しくない。

璣巧からくり璣巧からくり使いが幅を利かせていたのは知っている。深撰──」

壬生浪みぶろでええねん」

「みぶろ」


 朔夜が鸚鵡返おうむがえしに問うと、銀乃は説明した。


 深撰組は最盛期こそ最高の装備に身を包む隊士組だったが、元は恵戸のさらに西、京都で活動していた討幕思想鎮圧隊のような連中である。

 もっと言えば、そこらの道場上がりのチンピラ集団、であった。


 実態は討幕だろうと佐幕だろうと同じで、商家に押し入り「守ってやるから金をよこせ」と金品を“合法的”に盗み、酒に女と、ひたすら遊興惚けであったという。

 そして、壬生浪みぶろというのは身ボロみぼろ、つまり身なりが貧相な深撰組を揶揄した物言いであった。

 京の連中はとかく気位が高いものだから、田舎のチャンバラ集団がいたく気に食わなかったのだろう。


 それを、同じ上方の妖怪が言うということは、やはり一筋縄では行かぬ事情があると見ていいだろう。


「忌兵隊も似たようなもんだ。というかどこの隊もそうだろう。力さえあればよろしいという時代を生きた連中の徒党だからな」

 口汚く、朔夜はかつての古巣を罵った。

 それが、朔夜の本音である。

 強奪、寺社占領、強姦、殺害、過ぎた拷問──なんでもあり。


 ゆえに、高潔であろうとする少数はひどく浮いていた。そしてあからさまに、忌兵隊を嫌う連中がいた。

 けれども御一新ののち、反乱を鎮圧する都度、朔夜らはなぜか英雄扱いとなった。

 意味がわからなかった。ひとの心というものがますますわからなくなった。


 それが嫌で軍隊を抜けたというのもある。いつの間にか武士も妖術師も、弱者を守る盾、悪を斬る剣ではなくなり、強さを笠に着て乱暴狼藉を働くカスとクソの肥溜めに成り下がった。

 軍の要職に誘われて、それを断ったのも、そうした理由だ。うんざりなのだ、わざわざ勝ち筋の見えている相手と喧嘩するのは。

 弱いものいじめはひたすら時間の無駄だし、自尊心が傷つく。


 ──どうせなら、強いやつと。


 和真が肘で脇腹を小突いてきて、「おい」と声をかけてくる。そこではたと思考を止める。


「瘴気に当てられたんとちゃうんか。水、もらってこよか」

「いい、平気だ」


 燦仏天さんぶってん──一般的な神仏の最高位にあたる、三ツ神の一柱陽之慧ひのえを最高仏天とする教え。その寺が、この新田宿にある。

 先ほど、三人は身を清める意味でも仏堂で手を合わせて、ついでに預かった言伝を住職に伝えた。

 和真は辞したが、朔夜と銀乃は報奨金を幾許かもらい、そうしてこの旅籠に来た訳である。


「煙草吸っていいか」


 朔夜が聞くと、二人は好きにしろ、というふうに軽く手を振ったり、頷いた。だが和真は几帳面なのか煙が嫌なのか、戸を開け、風を通す。

 煙草入れから紙を抜き、それで刻んだ煙草を巻く。唾で紙を留めると、簡単な火術で着火した。


「西の妖怪は、どういう扱いなんだ」

 二口、紫煙を肺の底まで落とすように深く吸ってから、朔夜は聞いた。


「賞金首やね。強さにもよるけど、子供の妖怪でさえ、その首に二働貨の懸賞金がかかっとんねん。人里におられへんから、みんな、山で暮らしとる。でも御一新があって、うちらのようなのも、ようやく出られるようになってん」

「大変だな。こっちじゃ、恵戸の執政権の真っ最中でも、わりかし妖怪がいたけど」と和真。

 彼の故郷は、天狗と鬼の国と言われる土地だ。東地域は特に妖怪・神仏の数が多かったために、徳河もその圧政を敷き切ることができなかったのである。


 けれど幕末、時の将軍は特に妖怪嫌いであり、璣巧からくりに傾倒する男だった。強硬手段に出て、東側の妖怪、果てには寺社破壊に懸賞金をかけたのだ。

 思えばそれが、討幕の始まりであったように思う。

 時にそれは、ダルタニア帝国の後ろ盾を得た幕府の暴走とも、帝国、そしてエルトゥーラ王国が代理戦争に持ち込んだという見方もできるが。


「うちらはみんな、西で忍びをやっとった。猫に化け切れば、人も、警戒解くしな。んで、独自の網張って、人の同行探ってうまいことあちこち暗躍してな。

 けど、将軍が変わるにつれ御庭番は嫌われもんなってきてな。

 うちらの頃にはもう、追われて、狩られる側やった。

 したら、こっちに嫁いだ従姉妹から、東は妖怪が大手振って歩けるなんて聞いたもんやから、こっちへ来たってわけや」


 そういうことか。


「あそこで戦ってたのは?」朔夜が、ちびてしまった煙草を慈しむように、最後に一吸いし、分厚い指の皮で揉み消して、灰皿がわりの角筒に入れる。

「世話になる土地やぞ。恩返すのが忍びやし、猫の誇りや」


 和真は角を指で擦りつつ、「ありがたいよ。あの戦からこっち、あちこちで穢れが蔓延している。……西も、そうなのか」


 こくり、と銀乃は頷いた。


璣巧からくりも、その力の根源は龍脈……要するに、妖力と同じやから、どうにか対処できとるけど。そもそもの信仰が薄い……いや、薄いどころか神仏やら妖怪を憎んどるくらいの土地やから、こっちより、酷い有様になっとる」


 穢れにも、神がいる。

 穢征神えとがみ。正体不明、発祥時期不明、誰が何の目的で祀っているのかも不明──いや、負の感情の漏出や、流血、そして他の神仏への憎しみが、穢征神への祈りを意味しているのだろう。

 ゆえに、神仏を忌み嫌うという行い、それ自体が穢征神を肥太らせる。


「うちらを一掃すれば、存外、こっちへの穢れも消えるかもしれへんで」

 自嘲気味に銀乃は口角を引き攣らせた。

 過去にそういう扱いを受けたのだろう。実際、東の連中の中には──そういう、人間に向けるべきではない言葉を吐く奴らがいる。


 けれど──どういう事情であれ。


「俺たちは同じ和深かずみの民だ。共に生きることはできる」

 朔夜はそう言った。


「侍……いや、妖術師やないの? うちらを恨んどるんやろ」

「西にも人妖融和を掲げた連中がいたことを知ってる。まして、迫害されていたお前を憎む道理はないし、そもそも俺は……今し方の物言いと反するだろうが、人の世に、そこまでの期待など寄せていない」


 それでもなお生きるのは。

 和真が問う。


「なぜ天慈颶雅之姫あまじくがのひめ様がお前を選んだのかは、預かり知らぬことだ。……だが、お前は何を思って戦うんだ」

「埋み火のような闘争心が消えんのだ。人斬りとはそういうものなのだろう。妖術師とて、一度人を殺めればもう止まらん。ひたすらに強い者を欲する。お前たちに同道する一番の理由は、強い奴と闘うために他ならん」


 その言葉の奥底に、何か、本心が隠されているような気がする。和真はそう思ったが、何も言わなかった。


 朔夜はそれだけ言うと、太刀を抱き寄せ、座ったまま壁に背を預けた。かすかに顎を引きつつ目を閉ざす。

 飯まで仮眠というところだろうか。


 銀乃はどうすべきか、少し迷った。それから、おそらくは起きているであろう朔夜に問う。


「うちも、一緒に……あんたらと行っても構へんか。穢れを祓うというのも、ひょっとしたら、うちの役目なのかもしれん」

「好きにしろ」


 それだけ答えると、朔夜は無言を貫く。

 和真は、朔夜に比べれば愛想が良い。肩をすくめ、


「外で軽く腹ごなしと行こう。朔夜なら一人置いておいても平気だろう」

「わかった」

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