第四話 璣巧使いの人斬り
宿場を西に突っ切る。人垣を泳ぐようにすり抜けて、棒手振りと肩をぶつけて「前見ろボケ!」と怒鳴られながら、旅籠の脇を抜けて、急斜面をするすると登っていく。
稲葉一門の妖術は式神任せでは成立しない。術師も目まぐるしく活動し、戦うことで成り立つ。ゆえに、代々、稲葉の術師は相伝を継ごうが継ぐまいが、苛烈な山暮らしを余儀なくされる。
朔夜は十人兄弟の末弟である。上には三つ子、双子、三つ子、そして双子の兄がいた。
一番上の兄世代で五つ離れているだけ。朔夜が五つの時に、皆で山に放り込まれた。
猛獣が住む山だ。初日で、双子の兄が喰われた。朔夜は生き延びるために兄の肉を喰らい、親を憎み呪い、ひたすらに研鑽した。
そんな生活が五年。残ったのは朔夜と、二番目の兄と、次女のみだった。
──そのうち、兄弟で殺し合えと言い出すやもしれぬ。朔夜、お前だけでも逃げろ。
兄、長二郎はそう言い、姉の
あれから兄と姉がどうなったのかは知らない。
今の平和な世を生きるには苦労することは想像に難くないが、どうにか、普通の暮らしをしていて欲しいと思う。
斜面を駆け上がり切ると、そこは草原だった。
冬に枯れたススキが潮風に鳴り、チガヤの赤い新芽が芽吹き始めている。
スミレやオオイヌノフグリが彩りを与え、やにわに一陣の潮風が吹いた。
立ち枯れたススキが舞い、その先に一人の男がいる。
陣笠にマント、軍装風の詰襟。しかしその色は白と浅葱色でも、黒と深緑でもなく、赤いそれ。おまけにマントには、双頭の
朔夜はすぐに、同類と判断。鞘払い、二尺七寸五分の太刀を正眼、やや八相気味に構えた。
「ちらと見かけたが、まさか、稲葉朔夜とはな。ちと老けたかい」
「人斬り才蔵だな。俺を知っているのか」
「岡田才蔵。元討幕軍、鞍替えして深撰組にね。四番隊にいた。遠目に貴様を見たことがある。手合わせ願いたい」
「死合いの間違いだろう」
蹴る。枯れ果てたススキが弾け、朔夜は駆けつつ素早く紙筒を抜いた。小さく「オン・キリカク・ソワカ──〈白犬〉」と唱えている。二頭の〈白犬〉が顕現、駆け抜ける軌跡にある草が凍結していく。
才蔵はすかさず、
〈白犬〉が
縫い付けられた璣巧犬の腱にあたる人工的な神経組織を太刀で切り裂き、沈める。
が、〈白犬〉の一頭が敵の
二体一──冷静さを欠いた時点で勝負は負けが決まる。朔夜は冷徹な殺意をそのままに、踊るような足捌きで、まずは突っ込んできた才蔵の刺突を体の右に受け流しつつ、己の回転力に巻き込む形で才蔵の腕を掴み、後方へ投げ飛ばす。
舌打ちが聞こえたが、無視。
懐から
左足でススキの枯れ草と若い新芽を潰しつつ土を抉り制動をかけて、左手で土を噛むようにして、体を跳ね起こす。すでに才蔵は眼前に迫っていた。
鋭い金属音が打ち合わされ、火花が二度、三度と散り、朔夜は鍔迫り合いに持ち込んだ。
「我流か? 知らん剣術だ」
「一族に伝わる剣術だ。お前らの嫌いな妖術の類でもある」
「!」
「今のは、妖術じゃない」
寸勁自体は修練すれば、誰でもできる。朔夜は相手の姿勢が崩れたところへ、すかさず袈裟に切り下ろした。
が、敵もさるもの。いつの間にか抜き放っていた
才蔵が右手を捻り、刀を手首の僅かな可動域を使って振り上げた。
朔夜はすぐに顎を逸らして回避、左の草鞋の底で、才蔵の腹を蹴り付ける。
才蔵は手甲で蹴りを受けつつ、楽しそうに口角を持ち上げる。
「十三で天瀑・伏辺の戦いに出ただけはある。凡百の妖術師共とは動きからして違うな」
「お前。……璣巧服を着てないな」
「ああ。俺も
術式──固有の妖術は持っていないということだが、基礎的な身体強化は使えるだろう。
そのあたりは術というよりは、妖力を使うだけの技芸に近い。
「芽慈政府は璣巧研究に躍起らしいな。世界征服でも?」才蔵が問うた。なぜか楽しそうだ。
「違うな。保守的なあの連中がそこまで肝が据わっているようには思えない」
「なるほど、防人の血か。くだらん──攻めてこその、勝負事だ」
才蔵が土をこちらへ向け蹴り上げた。目潰し──朔夜は咄嗟に瞼を薄く閉ざし、視界を確保しつつ目を保護。が、朧がかった僅かな視界では、奴ほどの使い手を捉えきれない。
殆ど勘と言ってよい。空気の流れ、音、鉄の匂い。右から首を刈られると判断、寸でのところで屈み、回避。
「おいおい、なんで、見えてんだ」才蔵がやはり楽しそうに笑った。「こんな相手が、まだ生きていてくれるとは」
朔夜は小さく唱え、術を発動。飛び出したのは胴体が鎖のアオダイショウ──〈鎖蛇〉だ。
大口を開けて飛びついた〈鎖蛇〉を、しかし才蔵は左の裏拳で横合いから打ち落とすと頭部を踏み潰して霧散さ──「
〈鎖蛇〉の術──それは、拘束用の麻痺毒の散布。
才蔵はかすかな異臭に気づいて息を止めて飛び退く。吸い込めばたちまちに神経が麻痺することを、刺激臭から察したに違いない。
この毒の耐性を朔夜は持っていた。舞う、鉄色の麻痺
虚をつかれた才蔵は、次の瞬間、咄嗟の判断を下した。
下段逆風の切り上げを、左腕を犠牲に、凌いだ。
「ぎっ──ぁ」
才蔵が後ろに数歩下り、憎々しげに朔夜を睨む。
「てめえ、俺の、腕を」
「珍品売りのところに持って行ってやる。買い戻せ」
「この野郎……」
そこへ、鋭い笛が響いた。
県庁第四課だ。才蔵は舌打ち。
「高くつくぞ、稲葉」
「負け犬の常套句だな」
才蔵は逃げ出した。朔夜は太刀の血を払い、肘で脂を拭ってから鞘に納める。
そうして、脇腹を押さえた。
「……はらわたは避けたみてえだ」
そこには、刺刀が突き刺さっていた。
逆風に切り上げる刹那、奴は刺刀を投擲し、朔夜の脾腹を抉っていたのだ。
万に一つでも中身をやられていれば、危なかった。
だからといって、下手に抜くわけにはいかない。幸い毒の気配はなかった。
「おい。……大丈夫か、あんた。ええと、稲葉だっけか」
「腹に短刀ブッ刺されて大丈夫なものか。……俺はいい、才蔵を追え。西へ逃げた。奴から左腕を奪った。ついでに、
織璣とは、
「お前ら、西をさらえ!」
「はっ! 行け、いけ!」
「今医者が来る。気を確かにもて」
「そこまで重傷じゃあないが……
朔夜は己の衰え──いや、甘さに、呆れた。
信じる道は違えど、奴は同じ、亡霊──幕末に烈火と燃え上がった御霊の、残り火だ。
よもや情が湧いたわけではないが、殺すには惜しいと、そう思ってしまった。
そうこうしているうちに、宿場の医者が駆けつけて、朔夜の脇腹の処置を始めるのだった。
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