60歳を超えて結成した漫才コンビ「なにわシーサー's」の伊原剛志さんと川平慈英さんに、結成の経緯や漫才の魅力などをうかがいました。もちろん漫才も披露していただきました。

【出演者】
伊原剛志さん
1963年、福岡県生まれ大阪府育ち。1983年、舞台デビュー。以後、役者として舞台・映画・テレビドラマで活躍。

川平慈英さん
1962年、沖縄県出身。大学在学中にミュージカル舞台でデビュー、以後、俳優として映画やテレビドラマで活躍。


伊原:
どうも、なにわシーサー'sのボケ担当、なにわの“つよっさん”こと伊原剛志と申します。

川平:
ツッコミ担当、川平慈英です。よろしくお願いします。

――去年の12月から正式に活動されているんですよね?

伊原:
約半年ちょっとですね。

川平:
まだ新人です。

桃花:
この大御所のお二人がデビュー半年なんですね。でも、伊原さんは落語とかもおやりになってますよね?

伊原:
昔、桂雀々師匠に「雀々や剛々」っていう名前をつけてもらって、何度か高座に上がったことがあるんですよ。

桃花:
何度か見たことあるんですが、かっこよかったです。

――どうしてお二人が、しかも「還暦」を超えて漫才コンビを結成されたのですか?

伊原:
僕はあまり還暦を意識したことないんですけど、たまたま4年前に野田秀樹さんの舞台でジェイと久しぶりに共演しました。楽屋がいっしょで、「そろそろオレらもいろんな経験を積んだし、何か二人でおもしろいことできるんちゃう?」っていう話から始まったんです。

川平:
どうせやるならコメディーで、漫才の中に歌と踊りを入れたらおもしろいと思ったんです。

伊原:
芸人さんが役者にトライするのは頻繁にあるじゃないですか。でも、ちゃんと役者でやってる人が漫才とかないから、人がやってないことをチャレンジしようとなったんです。

川平:
コンビ名の「なにわシーサー’s」は即決でした。剛志が大阪だから「なにわ」、オレは沖縄だから「シーサー」の一択でした。

伊原:
それで漫才師のミュージカルをやろうと企画したんです。踊りは入ってなかったんですけど、ジェイに言われて37年ぶりにダンスをしたんですよ。しかもインドダンス(笑)。

川平:
ちゃんとプロの劇作家、構成作家に頼んで、漫才も演出してもらうために大阪まで出稽古に行きました。

伊原:
舞台の企画を進めてる一方、やっぱり漫才を適当にやったらあかんなと思い、去年の12月にデビューして、営業も20本ぐらいやりました。

川平:
忘年会、新年会、会社の創立100周年記念などに行っていろんな経験をしました。

伊原:
浅草の東洋館にも2回出ました。

桃花:
東洋館に出られていたのはびっくりしました。

川平:
まさか東洋館にすぐ立てるなんて、国立競技場に草サッカーチームが出るような感じでビビったけど、剛志は行ったことないから「行ったれ! 行ったれ!」でした(笑)。

伊原:
おれら新人漫才コンビやから、仕事を断ったらあかんと思ったんです。

川平:
おぼん・こぼんさんの後で、ねづっちさんの前で、すごくビビったけど、すばらしい経験をさせてもらいました。

伊原:
そういう経験を経て、きのうから始まった漫才ミュージカル『なにわシーサー's』には漫才が4本入ってるんです。営業に行って人前でやりながら育てられたというか、どんなにブレても、ちゃんと話に戻ってくるようになりましたね。

川平:
ウケたときも、ドすべりもありましたね(笑)。

伊原:
あまり笑いを狙いにいったらあかんとか、ネタでやるべきことをやらないとかんとか、そういう考えになりましたね。すべってもサッといかなあかんとかね。

桃花:
役者さんから聞く言葉ではないと驚いております(笑)。役者さんは一字一句セリフを覚えるというイメージがあるんですけど、漫才との違いはどうですか?

伊原:
役者の場合はコメディーをやってもアドリブを言ってるようで決められているんです。でも、漫才はそのときのお客さんの空気と交流を持つというか、自由度はあるけど、ちゃんとネタに戻ってくるという。

川平:
舞台とかミュージカルは決まり事を反復練習して完全に箱に詰めてお届けするけど、漫才の場合、ちょっと外れたり、押さえたり、子どもが下ネタで必ず笑うところを拾ったり、会話ができるのがだいご味ですね。


おふたりの漫才は「聴き逃し」で。7月25日まで配信します。


【放送】
2025/07/18 「まんまる」