痛みを耐えてこそ母になれる? 「母性神話」を支えてきたのは誰か
東京都は10月、全国に先駆けて無痛分娩(ぶんべん)への助成を始める。誰もが生き方を選ぶように「産み方」も選べる社会にするため、今、何が必要なのか。日本や海外の無痛分娩を研究してきた神奈川県立保健福祉大准教授で助産師の田辺けい子さんのインタビューを2回にわけて紹介する。【聞き手・小国綾子】
助産師・田辺けい子さんのインタビュー
後編・出産方法で女性を差別しないで 無痛分娩は特別なんかじゃない
「無痛? 育児できるのかしら」
――フィンランドでは妊婦の9割、フランスでは8割が無痛分娩を選んでおり、欧米では無痛分娩が主流です。一方、日本ではせいぜい1割。
とはいえ2018年に5・0%だったのが23年には13・8%と倍以上に増えました。東京都の助成で希望者がますます増えそうです。田辺さんはなぜ「無痛分娩」の研究を始めたのですか。
◆30年以上前、助産師として最初に勤務した病院では、当時から無痛分娩をしていました。
都心の、外国の大使館の多い街の大きな病院でしたから、外国人の方の無痛分娩が主でした。
助産師の先輩たちは、外国人女性が無痛分娩をしても何も言わないのに、外国人と結婚した日本人妻が無痛分娩をするとなると、手のひらを返したみたいに、「無痛? そんなのでちゃんと育児できるのかしら」と陰口をたたいていました。ショックでした。
痛みを取り除くことがいけないこと?
女性の心と体に寄り添うのが助産師の仕事なのに、なぜ?と。それが無痛分娩や出産時の痛みに関心を持ったきっかけです。
無痛分娩が自然分娩よりも劣位に置かれ、女性たちも無痛分娩で産んだことを家族の中でも隠している、そんな状況がどうしても理解できませんでした。
「痛みを乗り越えてこそ母になれる」という価値観を、女性の味方であるべき助産師が再生産しているのではないか、と疑問を持ち、大学で無痛分娩の研究を始めました。
出産は女性の分断装置
――私が30年近く前に出産した時にも、助産師さんが耳元で「すべての女性はこの痛みを乗り越えてお母さんになったのよ!」と励ましてくれました。痛みでハイになっていた私はむしろ大いに励まされ、全世界の女性と手を取り合って産んでいるような気持ちで産みました(笑い)。
◆あはは、その光景が目に浮かぶようです。「赤ちゃんも頑張ってるからお母さんも頑張って!」とかですよね。
でも、私はそういうことを安易に口にする助産師が苦手でした。もちろん、無痛分娩が一般的ではなかった時代の話ですから、助産師は、痛みに意味や価値、あるいはストーリーをつけることで、産婦が痛みに立ち向かっていけるように励まさざるを得なかったと思います。
そこは十分に理解できます。ですがやはり、母性や子どもへの愛情の深さを証明するために痛みの経験が使われることには、違和感しかありませんでした。
――私はその後、米国で4年間暮らした時、多くの女性が無痛分娩で産んでいることを知り、「痛み」への考えが社会や文化によってまったく違うことに仰天しました。また、日本で帝王切開で出産した女友達が「ちゃんと産めなかった」と言う…
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