小泉悠さんが語るプーチン氏の世界 シマ分け合う大国にあらがえるか

聞き手=佐藤達弥 喜田尚

帝国の幻影~壊れゆく世界秩序~プーチン氏が描くロシア【3】

 ロシアのプーチン大統領は、侵攻を続けるウクライナについて「全体が我々のもの」と主張しています。力の論理を振りかざすさまは、かつての「帝国」を見るようです。プーチン氏はどんな国際秩序を思い描いているのか。日本はどう向き合うべきなのか。ロシアの安全保障政策を研究する小泉悠・東大准教授に聞きました。

 ――プーチン氏は6月に登壇したフォーラムで、ロシアとウクライナが「一つの民」だとし、「その意味でウクライナ全体が我々のものだ」と持論を繰り返しました。ウクライナ人の独立と主権に向けた権利を疑ったことはないと言いつつ、ウクライナが「非同盟、非核、中立」であるべきだとも要求しています。

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2025年6月20日、ロシア西部サンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムで発言するプーチン大統領=ロイター

 「欧米にくみすることなく、おとなしくしていれば一応、独立国の地位をあげよう。でも生意気になってきたらお取りつぶし」という言い方です。そのくらいの感覚で中小国を見ているので、極めて上から目線な情勢認識があると思います。大国の都合で他国を好きにしようとするところが、現代人から見ると帝国的な秩序をめざしているように映ります。

記事の後半には、小泉さんがプーチン氏の世界観やトランプ米大統領との類似点について語ったインタビュー動画があります。

 ――日本は欧米と協調しながら「ルールに基づく国際秩序」を訴えてきましたが、プーチン氏はどんな世界観を持っているのでしょう。

ふわっとしたナショナリズムと、屈辱感

 1991年の旧ソ連崩壊後、ロシアは「多極世界」を唱えてきました。大国も中小国も完全に平等な「無極世界」でも、米国による一極支配でもない。いくつかの強力な国々による連携体制みたいなものです。

 そこではロシア、米国、中国などの強力な国が「極」となり、周りの中小国を従えて勢力圏をつくります。それぞれの勢力圏の内側で人権問題などがあっても、それはよそのシマのことですから、お互い手出しをしないようにしましょうと。ヤクザ同士の平和共存のような論理です。

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中国の習近平国家主席、米国のトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領が描かれたロシアのマトリョーシカ人形。2024年11月、ロシアのサンクトペテルブルクの土産物店で売られていた=AP

 ――ウクライナはソ連の構成国でした。プーチン氏からすると、今のウクライナ侵攻はソ連という失われた帝国の勢力圏を回復している感覚なのでしょうか。

 そうなのでしょう。プーチン氏は2022年の侵攻開始以来、帝国の回復、復活というナショナリスティックな問題意識に加え、米欧の影響力が及ばないようウクライナを緩衝地帯とする狙いを強調してきました。

 ――プーチン氏はまるで、帝国の幻影に取りつかれているかのようです。

 旧ソ連全体を勢力圏と考え、特に言語・文化的な共通点の多いウクライナは、ロシアと一体だとみなす。こういう態度自体は、ロシア人の中で決して珍しいものではないと思います。ある程度皆がふわっと持っているナショナリズムであって、一人のロシア人であるプーチン氏もそれを共有しているんだろうということが一つです。

 もう一つは、プーチン氏はソ連の崩壊後、経済の混乱などでぼろぼろになっていたロシアを、何とか身の丈に合った形で立て直そうという意識の強い政治家だったんじゃないかと思います。

 その一環で、米欧に対しても関係改善に取り組もうとした。にもかかわらず、彼らから愚弄(ぐろう)され続けてきたという思いがあると思います。

 01年に米同時多発テロが起きた後、ロシアは米国の対テロ戦争に協力し、米国が中央アジアの旧ソ連諸国に基地を置くことを容認しました。ベトナムやキューバからも基地を撤収させました。

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モスクワで2005年5月9日、戦勝60年パレードに出席し、プーチン大統領(中央)と歩くブッシュ(子)米大統領(前列右から2人目)やイタリアのベルルスコーニ首相(同左端)ら=AP

 ロシアの世界観の中では、ここまでやったら「よろしくやっていきましょうや」ということで米ロの勢力圏同士の手打ちができて、一種のヤクザの合従連衡みたいなものができるはずだった。

 しかし、唯一の超大国となった米国は軍拡を続け、02年には米ロ軍備管理の一環で結ばれていた弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からも脱退。北大西洋条約機構(NATO)の、東方への拡大も続きました。

 結局、欧米からは「お前はその辺に引っ込んでろ」という扱いしかされなかった。当時のロシアを率いていたプーチン氏の頭の中で、ものすごい屈辱感があったのかなという気がします。

 もう一つは、ロシアの主要輸出品である石油の価格上昇もあって国力が回復してきた00年代の終わりから10年代にかけて、何か変化があったのかもしれません。

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インタビューに答える小泉悠・東京大准教授=2025年6月25日、東京都目黒区、長島一浩撮影

 ロシアの09年の国家安全保障戦略は、「ロシアは(ソ連崩壊後の)20世紀末のシステム的な危機の影響を克服した」という書き出しから始まります。日本で1956年に出された経済白書の、「もはや戦後ではない」というフレーズと似ています。

 「ソ連崩壊後の混乱は終わった。大国であるロシアの地位を改めて主張していく時なんだ」という風に、プーチン氏が認識を変えた部分もあるのかなと思います。

トランプ氏との類似点は

 ――力の論理を振りかざすのは今や、ロシアだけではありません。米国のトランプ大統領もデンマーク自治領グリーンランドやパナマ運河の領有を掲げ、隣国のカナダを「51番目の州」にすると主張しています。

 もともとの米国は太平洋や大西洋を越えて影響力を行使する帝国だったのに、自国第一主義のトランプ政権下で急に東西の大洋に対する関心を失い、陸上で国境を接する南北の国々に関心を持ち始めました。グローバルな帝国をたたんで、地域帝国に引きこもろうとしているように見えます。

 20世紀の2度の世界大戦では、膨大な数の犠牲者が出ました。帝国の論理に従って他国を従わせようとするのはおかしいだろうと、当時の人類は反省したはずです。

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2019年6月28日、主要20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれた大阪で会談するロシアのプーチン大統領(左)と米大統領1期目のトランプ氏=ロシア大統領府の公式ホームページから

 今また、帝国的なるものが幅を利かせていくのだとすると、それは「ネオ中世」です。

 政治家たちが外国に攻めていって勢力圏とか緩衝地帯をつくります、みたいな古色蒼然(そうぜん)とした話をまた言い始めたというのは、ちょっと前までの世代が持っていたレッドライン(越えてはいけない一線)の感覚が失われている結果でもあるのかなという気がします。

日本は「暴力を止める要」

 ――帝国的なるものに対して、日本はどう対処すべきでしょうか。

 日本は東アジアの中で地理的に、帝国の拡張とか、暴力を止める要みたいなところに位置しています。

 日本自身が防衛力を持つことで力の空白にならないようにし、中国が台湾を併合しようとしても、それはだめですよと言えるようにしておく。朝鮮半島の安定を維持する上でも、在日米軍の存在は重要です。今の状態を維持しておくという意味で、日本の責任は大きいと思います。

 ウクライナでは、「中世返り」したロシアがのしかかってきて、帝国的秩序の中に取り込もうとしています。私は、帝国に牛耳られた世界で生きていく日本であってほしくないので、ウクライナの側を支援するべきだと思っています。

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ウクライナ中西部ジトーミル州で2025年5月28日、ロシア軍の攻撃で亡くなった人たちの葬儀で涙を流す女性=AP

 ロシア軍を止める上では弾薬を送るのが最も効果がありますが、それが難しければ、大量の建設機械を送ってあげたい。

 ウクライナは戦場で押されており、陣地を構築する能力が非常に求められます。建機大国・日本の総力を挙げて、ウクライナに(第2次大戦前のフランスの)マジノ線みたいな要塞(ようさい)線をつくらせてあげたらいい。

 ただ帝国にのまれていく未来を見ているだけではなくて、できるだけあらがいたい。日本にできることはあると思います。

 こいずみ・ゆう 1982年、千葉県生まれ。早稲田大大学院修了(政治学修士)。外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー客員研究員などを経て2023年から現職。著書に「『帝国』ロシアの地政学」「現代ロシアの軍事戦略」など。

【動画】小泉悠氏が語るプーチン氏の描く国際秩序=長島一浩撮影

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この記事を書いた人
佐藤達弥
国際報道部
専門・関心分野
昭和史、ジェンダー、中東・ロシア
喜田尚
国際報道部
専門・関心分野
欧州、旧ソ連地域、民主主義、難民問題など人間の安全保障
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    小林恭子
    (在英ジャーナリスト)
    2025年7月25日17時4分 投稿
    【視点】

    ウクライナ戦争の現場の状況が、毎日テレビで報道される英国に住んでいます。 欧州は非常にきな臭くなっています。ノルウェーのノーベル委員会が日本の被団協にノーベル平和賞を贈りましたが、欧州や中東の戦争の現実と被団協などの核兵器撤廃の運動をどうつなげたらいいのか、悩んでいるところでした。 「日本は一体どうしたらいいのか」と考える中で、小泉先生が日本は「暴力を止める要」という説明で、救われたような気がしました。

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