安田登『話はたまにとびますが 「うた」で読む日本のすごい古典』
☆mediopos3673(2024.12.9.)
能楽師の安田登による
『話はたまにとびますが
「うた」で読む日本のすごい古典』
及び自著の紹介(本の名刺『群像』)から
「群像Web」での記事
(第一回/2024.10.22〜第十九回/2024.11.11)をガイドに
「うた」についての興味深いところをいくつか
能楽は韻文
つまり「うた」にこだわる
「この世ならざる世界を表現し得るのは散文ではなく、
韻文、すなわち「うた」だからである。」
なぜ人は「うたう」のか
それは「息」という文字の成り立ちからもわかる
息という字の上の「自」は鼻の象形
下に「心」がつくのは周の時代になってからだが
「呼吸は心でコントロールができる」ことに
気づいたからではないかという
呼吸をコントロールすることで
歌を歌うことができるようになり
そこに韻律が生まれる
人類が獣たちのなかで生きのびることができたのは
「「息を合わせ」、それらに向かう」ことができたからだ
それを可能にするのが「歌の力」であり
狩猟や農耕の際に大切な働きをするため
古代の人々は歌を大切にした
日本では古代以降でも
「歌の重要性の記憶は受け継がれ、長い間、
「勅撰和歌集」が国家事業として営まれて来」た
まさに「日本は和歌の国」なのである
勅撰和歌集ができるほどに
和歌が特別扱いされたのは
和歌に特別な力があると思われていたからだろう
奈良時代に日本最初の歌学書である
藤原浜成の『歌経標式』という書があるがそこには
「歌のルーツをたずねてみれば、鬼神の幽情を感じさせ、
天人の恋心を慰めるための方法であった」とある
「歌というのはもともと人間以外の存在との
コミュニケーションツール」であるというそうした考えは
平安時代になっても続き
『古今和歌集』の仮名序には次のように記されている
力をも入れずして天地を動かし、
目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、
男女の仲をも和らげ、
猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。
さてそうした「歌の力」は「礼」に近しい
「礼」とはもともと
「他者を動かすための身体技法」のことだったからだ
「「礼(禮)」とは、本来は鬼神に対する
コミュニケーションのための装置であり、そしてやがて
そのような行為も「礼」と呼ぶように」なった
また「言葉にならない思いが心の中で動き出す」
そうした「衝動や方向性(ベクトル)を示すのが
「志」という文字」であり
そんな思いが内側に溜められ
言葉として韻律に乗せて外に出されのが
「詩」である
そして「言葉だけでは足りない」とき
「自然に手足が動いて舞になる」
「歌われ、舞われる和歌は、礼と同じく
目に見えぬ神霊とのコミュニケーションツール」でもあったが
中国においてはやがて身体性から離れていくものの
「日本では「歌」はいつまでも
身体性を失うことなく歌であり続け」た
「天地を動かし、鬼神をあわれと思わせるツールとしての和歌は、
やがて男女の仲を和らげ、猛き武士の心をも慰める力を持ち、
いよいよ強力な装置になった」というのである
さて能における「ワキ方」は
「この世とあの世との「あはひ」に生きる者」であるがゆえに
「この世のものではないシテを、この世に呼び出す」ことができる
ワキはその多くが漂泊の旅人だが
「旅するワキの道中は「道行」と呼ばれる謡で表現」される
その「道行」において読み込まれる
地名の多くが「歌枕」である
「歌枕」の「枕」とは
神霊がうつるのを待つ装置(設備)のこと(折口信夫)
「祭礼の夜、神霊はまくらに憑り移り、
託宣者がそこに頭を置いて仮眠をすると、
まくらに移った神霊が託宣者の中に入り「神語」を託宣する」
というのである
土地は物語を記憶するが
「ただでさえ神話や物語、また心情をも記憶する土地なのに、
歌枕はそこに歌の記憶が重なるので、さらに重層的に」になり
「積み重ねられた歌は圧縮されて土地に記憶され」ることになる
「枕詞は五音のものが多く、能の詞章は七五調が多い。
そして五音のあとには「句点(。)」が付くことが多い。」
「たとえば「久方のー」とゆったりと謡う。
すると、それに引き出されるように、
眼前に空や月が出現するのを感じ」
「その景色は次の謡を引き出す。」
「そんな魔法の力をもつ言葉が「枕詞」」なのだという
以上はワキの視点ならではの
「うた」の視点だが
こうした「うた」は
AIのような死せる言葉の群れでは
決して得ることができない
「息」を伴う言霊であってこそ
私たちの生を賦活させてくれる生きた力となる
■安田登『話はたまにとびますが 「うた」で読む日本のすごい古典』
(講談社 2024/10)
■本の名刺『話はたまにとびますが 「うた」で読む日本のすごい古典』安田登
(『群像2024年12月号』
■群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
**(本の名刺『「うた」で読む日本のすごい古典』より)
*「能楽は韻文にこだわる。「うた」にこだわる。なぜならこの世ならざる世界を表現し得るのは散文ではなく、韻文、すなわち「うた」だからである。
私たち能楽師は、舞台に出るときは(当然)この「歌(謡:うたい)を暗記して臨む。舞台は水物である。何が起こるかわからない。ふと詞章を忘れることもある。一度覚えたものでも安心はできない。多くの能楽師は、常に詞を口ずさんでいる。おそらく死ぬまで口ずさんでいる。「うた」ばかりくちずさんでいる。
だから能楽師は韻文漬けになっている。あの世から戻れないことはないが、韻文からは離れられない。本人たちは意識していないが、生活そのものもかなり韻文的、「うた」的だ。
すなわち「うた」の世界を生き、世界を「うた」の視点で見るクセがついているのだ。」
*「能の世界に入って四十年以上経つ。いまではどっぷり「うた」の世界に浸かっているが、私と「うた」との出会いは現代短歌だった。むろん、小学校や中学校の教科書にも短歌は載っていた。しかし、出会いというほどの衝撃的な邂逅は高校の図書館で手にした寺山修司の歌集だった。
ひかれた歌はたくさんあった。歌にひかれたというよりも、異世界にひきずり込まれるような不思議さを寺山修司の短歌は持っていた。いま考えると、能楽の世界にひかれたのも、この寺山修司の短歌との出会いがあったからかもしれない。」
「もうひとり、名前だけをあげると塚本邦雄だ。
高校時代はおもに漢詩を作っていた。そのせいか、国語の授業で「短歌を書け」といわれても感じばかりの短歌になってしまい、先生からは「お前の短歌には返り点をつけたい」と笑われ、散々な評価だった。
ところが塚本邦雄の短歌を見たら漢字がいっぱい。それがなんとも美しい。高校の先生には理解されないけれども、漢字がいっぱいの短歌でもいいんじゃないかと思った。そして、塚本邦雄を読み漁った。
塚本邦雄の短歌も幻想世界を詠う。
この原稿を書きながら、やはり高校時代の短歌体験が、私を能楽の世界に引きずり込んでいったのだと気づいた。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第一回 たった一言で世界が大転換する
…「世界で活躍する能楽師」のセリフに隠された「スゴい秘密」」より)
*「「これはこんな意味だ」と考えながらセリフを発しているのではない。意味は関係ない。正しく「うたわれる」ことが大事なのです。
声に出し、節をつけて「うたう(歌う、謡う、詠う)」、それが私たち能楽師にとっての「うた(歌、和歌)」です。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第二回」なぜ人は「うたう」のか
…「息」という字をひもとくと見えてくる、「うた」が人類生存に不可欠だったワケ」」より)
*「「息」という文字。よく見ると不思議な字です。
息という字の上の「自」は鼻の象形です。自分を指す時に鼻を指さすことから、もともと鼻であった「自」が自分という意味になり、新たに「鼻」の字が作られました。
不思議なのは下です。なぜ「心」がつくのでしょうか。実はもっと古い時代の文字には心がついていません。」
「うえにあるのは「自」=鼻で「息」と同じです。その下から線が3本出ています。これが息を表すのでしょう。これならわかります。これに「心」がつく「息」の字が生まれるのは周の時代になってからです。」
「なぜ心がついたのでしょう。
想像でしかありませんが、それにはふたつの理由があったのではないでしょうか。
ひとつは、「呼吸は心でコントロールができる」と気づいたこと、もうひとつは「呼吸で心をコントロールすることができる」と気づいたこと。」
「「類」として呼吸をコントロールすることができるのはヒト(現生人類)、鳥類、鯨類だけだといわれています。」
「、この3つの類に共通することは歌を歌うことができるということです。歌というのは、それが反復的で、そしてどのようなパターンが次に来るかが予測可能だということです。韻律を持っているということです。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第三回 「狩猟」も「農耕」も「恋愛」も「歌」がカギだった
…科学が明らかにした、人類の存続と「歌」の意外」より)
*「猛獣たちに囲まれた世界の中で、ひ弱な人類が生き延びることができたのは道具の力によるところが大です。(・・・)道具だけでは猛獣に勝つことはできないのです。
多くの人で「息を合わせ」、それらに向かう必要があります。」
「この「せーの」が息を合わせることであり、これを可能にするのが歌の力です。」
「歌は狩猟の際に力を発揮するだけではありません。農耕においても大切です。」
「狩猟においても、農耕においても、人が生きていく上で、歌はとても大切だったのです。そして、息を合わせるのが上手な人の遺伝子を残していくためには、歌の上手な人を見つけ、その人の子孫を残していくことが重要でした。
古典の世界の人々の恋愛は和歌の贈答で行われました。すなわち歌によって相手を選んだ。だからこそ古代の人々は歌を大切にしたのでしょう。
そして、時代が古代を脱しても日本では歌の重要性の記憶は受け継がれ、長い間、「勅撰和歌集」が国家事業として営まれて来ました。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第四回 世界的にも珍しい
…日本に「天皇が命じて作らせた歌集」があることの「スゴさ」」より)
*「日本は和歌の国である。」
「不思議に思ったことはありませんか。
日本には「勅撰和歌集」という、天皇・上皇の勅命によって編纂された歌集があるのです。天皇・上皇ですよ。国家事業ですよ。歌集ですよ。
こんな国は、なかなかありません。」
「勅撰和歌集は、武家政権に変わっても天皇・上皇の命によって引き続き行われ、永享11年(1439年)成立の『新続古今和歌集』まで続いたのです。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第五回 樹木の心を動かし、精霊を成仏させる
…昔の人々が信じた、和歌の持つ「特別な力」を知っていますか?
*「なぜ日本では勅撰和歌集ができるほど、和歌が特別扱いされたのでしょうか。それは和歌に特別な力があると思われていたからではないでしょうか。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第六回 「神」や「鬼」ともコミュニケーションできる
…「日本の和歌」がもっていた「スゴいちから」」より)
*「奈良時代に『歌経標式』という書があります。藤原浜成による日本最初の歌学書といわれるものです。その冒頭には次のように書かれています。
歌のルーツをたずねてみれば、鬼神の幽情を感じさせ、天人の恋心を慰めるための方法であった(原夫歌者、所以感鬼神之幽情、慰天人之恋心者也)
「鬼」とは死者の霊魂、「神」とは天地の神霊をいいます。天地万物の霊魂や天人をあるいは感じさせ、あるいは慰める、それが歌なのです。」
「歌というのはもともと人間以外の存在とのコミュニケーションツールだった、そういう考えは、平安時代になっても続いていました。『古今和歌集』の仮名序を読んでみましょう。
力をも入れずして天地を動かし、
目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、
男女の仲をも和らげ、
猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。
歌の対象として挙げられる最初のふたつが「天地」と「鬼神」。『古今和歌集』でも、歌の対象の基本は非・人間です。」
「そんな言葉の通じない相手ともコミュニケーションすることができる、それが歌だというのです。
歌の力、おそるべしです。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第七回 なぜ人間は「歌」や「詩」に惹かれるのか
…「中国の古典」がおしえてくれる「意外な理由」」より)
*「歌の力ってほかのものでいうなら何かなと考えると、どうも「礼」が近いのではないでしょうか。
礼というのは、もともとは他者を動かすための身体技法をいいました。」
「神意を尋ね、あるいは神に祈りを捧げる、それが「禮」でした。すなわち、「礼(禮)」とは、本来は鬼神に対するコミュニケーションのための装置であり、そしてやがてそのような行為も「礼」と呼ぶようになりました。」
*「心がどこかに行きたがっている、その衝動や方向性(ベクトル)を示すのが「志」という文字です。
自分の内側で何かが動き回っている、そういうことありませんか。
言葉にならない思いが心の中で動き出す。眠ろうと思っても、そいつが激しく動き回るので眠れない。苦しくて、苦しくて仕方がない。からだの中であっちに行ったり、こっちに行ったりしている。吐き出したい。
そんな思いを内側に溜めている状態が「志」なのです。」
*「そして、とうとうと言葉として外に出す。それが「詩」です。
「詩」という文字の右側の「寺」は、もともとは「何かをしっかりと持つ」という意味です。
すぐに声に出したら、それはただの叫びです。怨嗟や怒り、不満。それでは相手は動きません。動き回る思いを、まずは自分の内側にじっと留め、留めに留めてこれ以上無理だというときに声に出す。
そこで大切なのが「志」、すなわち心のベクトルです。無軌道に出してはいけない。たとえば漢詩ならば平仄を整え、韻を踏む。短歌ならば「五七五七七」という韻律に乗せる。それによって心のベクトルも整います。
そのようなプロセスを経て言葉になったものが詩なのです。」
*「しかし、『詩経』の大序では「言葉だけでは足りない」ことがあるといいます。」
「それでも足りない。そうすると、自然に手足が動いて舞になる、というのです。
これが「礼」です。そして「舞」です。
中国の詩だけではありません。和歌も本来は歌われ、舞われるものだったのでしょう。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第八回 日本の「和歌」という文化は、じつはこんなにスゴかった
…ほかの国の「詩」と違っているところ」より)
*「歌われ、舞われる和歌は、礼と同じく目に見えぬ神霊とのコミュニケーションツールだった。だからこそ『歌経標式』の「鬼神の幽情を感ぜしめ、天人の恋心を慰む」となるのです。
しかし、中国では詩や、詩を身体化したものとしての「礼」はやがて徳の一種となり、道徳化されます。」
「さらに『周礼』という経典において、礼の一形態として官僚組織をも作ることにより、さらに身体性から離れていきます。」
*「それに対して日本では「歌」はいつまでも身体性を失うことなく歌であり続けました。天地を動かし、鬼神をあわれと思わせるツールとしての和歌は、やがて男女の仲を和らげ、猛き武士の心をも慰める力を持ち、いよいよ強力な装置になったのです。」
「勅撰が和歌集になることによって実現した女性歌人の活躍は、いまにつながる日本の文化を作ったといっても過言ではないし、このことは日本文化の特質を考える上でもとても重要なことだと思うのです。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第十回 「神」や「幽霊」をこの世に呼び出す
…日本の「古典の登場人物」たちが「各地を放浪する」理由」より)
*「多くの方が「能」といってイメージする、能面をかけて舞を舞っている役者、あちらはシテ方の役者で、演劇やドラマでいえば主役です。では、ワキ方は脇役なのかというと、それはちょっと違います。
能の演目は「夢幻能」と「現在能」というふたつに分類することができます。夢幻能のシテは、たとえば神様、たとえば幽霊、たとえば動植物の精霊など、本来は不可視の存在です。この世のものでない。その、この世のものではないシテを、この世に呼び出す、それがワキの役割です。
ワキがこのようなことができるのは、この世とあの世との「あはひ」に生きる者だからです。ワキという語は「分く」の連用形、すなわちふたつの世界の「あはひ=境界」が原義です。ワキは、死者と生者とのあはひ、神と人とのあはひに生きる者です。
あはひに生きるワキには定住の地はありません。多くが漂泊の旅人です。それに対して、シテはその土地に鎮座まします神霊であったり、あるいは念を残した(残念)まま亡くなり、その地に宿った幽霊であったりします。ですから能の幽霊は、あまり移動をしません。「残念」を抱えたままその地に留まり、念いを解き放ってくれる旅人の通過を待ちます。
そして、旅するワキの道中は「道行」と呼ばれる謡で表現されます。」
*「「道行」というのは、このように地名を読み込んでいきますが、そこに読み込まれる地名の多くが「歌枕」です。」
*「須佐之男命の追放・漂泊から始まり、大国主命、倭建命など、日本の神々(命)はよく旅をします。遊行漂泊こそ神々の性質なのでしょう。しかし、月読命、建速須佐之男命と違って最初から神であった天照大御神はこの世での身体を持ちません。そこで彼女の代行者・代弁者である巫女たちに憑依して漂泊をしたのです。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第11回 「日本の古典」と「西洋の古典」の大きなちがい
…じつは「地名」の扱い方に、こんなに差があった」より)
*「日本では神話時代からあった道行ですが、西洋の古典に目を向けてみると、『イーリアス』や『オデュッセイア』などの神話叙事詩やギリシャ悲劇などの中にはなかなか見あたりません。」
「日本の道行を知るものには、『オデュッセイア』の霊魂の道行も『アガメムノーン』の狼煙の道行も「道行」と呼ぶにはちょっと抵抗があります。地名は確かに読み込まれてはいるけれども、地名に重層的な意味はありません。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第12回 日本の「土地」には「神や霊や念」がやどっている
…「日本の古典」を読むと、強くそう思える理由」より)
*「心情を内包する土地、それが歌枕です。」
「「歌枕」の「枕」とは何なのでしょうか。」
「民俗学者の折口信夫は「まくら」というのは、神霊がうつるのを待つ装置(設備)だといいます。」
「祭礼の夜、神霊はまくらに憑り移り、託宣者がそこに頭を置いて仮眠をすると、まくらに移った神霊が託宣者の中に入り「神語」を託宣するというのです。」
「そして枕がそうであるならば、歌枕としての土地も神霊の宿る装置であり、だからこそ能のシテの「残念」はそこに留まるのでしょう。」
「それにしてもたかが土地に神霊というのは少々大げさな気がします。しかし、日本の土地というのは、世界的に見てかなり特殊なのではないかと私は思っています。
たとえば、日本では時代をあらわすのに地名を使います。奈良時代、平安(平安京)時代、鎌倉時代、室町時代、そして江戸時代と。そして、時代を冠された土地は、その時代の性格をいつまでも保持します。平安京であった京都は、いまでも平安時代の面影を色濃く残していますし、鎌倉などもそうです。土地は時代の記憶をもったまま生き続けるのです。
しかし、これは時代を冠された土地だけではありません。『風土記』や『古事記』などの中には地名命名の神話が多く載っています。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第13回 「日本の和歌」のスゴい力をご存知ですか
…? 土地に記憶を封じ込める「驚きの技術」」より)
*「文字に書かれたものだけではありません。日本の地名はとても詩的で、そして物語を有するものが多い。その名を聞けば物語が脳裏に再生され、そしてその地に立てば眼前に神話が出現する、それが日本の土地なのです。
土地は物語を記憶します。
ただでさえ神話や物語、また心情をも記憶する土地なのに、歌枕はそこに歌の記憶が重なるので、さらに重層的になります。」
*「歌枕として認定されたときの元の歌に、旅人の詠んだ歌が重なる。さらに次の歌人が詠えば、また重なる。さらに次の歌人、次の歌人と無限に積み重ねられた歌は圧縮されて土地に記憶されます。
そのアイコンが歌枕です。歌を詠むということは、そのアイコンをクリックするようなものです。歌人の詠歌によって、圧縮された歌の記憶は解凍され、それが一挙に押し寄せてきます。」
「ソングラインの土地もネイティブ・アメリカンの聖地も、物語を持っているという以外にもうひとつ特徴があります。それは、その土地に行くと次に行くべき土地が示されるということです。
これは能の道行もそうです。」
**(群像Web『「うた」で読む日本のすごい古典』
〜「第17回 「日本の和歌」の技術に隠された「魔術性」をご存知ですか
…? 言葉にやどる「不思議な力」の正体」より)
*「枕詞は五音のものが多く、能の詞章は七五調が多い。そして五音のあとには「句点(。)」が付くことが多い。これは五音のあとでちょっと一息継ぐことができるということです。そこに枕詞があると少し休める。それだけではなく、この少しの休みの間に次の7音が自然に引き出され、謡も自然に出てくるのです。
おそらく古代の歌人たちも、枕詞を記憶の助けのひとつとして使っていたことでしょう。しかし、それは単なる記憶の助けというだけではありません。
たとえば「久方のー」とゆったりと謡う。すると、それに引き出されるように、眼前に空や月が出現するのを感じます。そしてその景色は次の謡を引き出す。まるで魔術のようです。そんな魔法の力をもつ言葉が「枕詞」なのです。」



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