傍系の皇嗣は暫定的な立場

傍系の皇嗣は、直系の皇嗣=皇太子が新たにご誕生になれば、その瞬間に皇嗣でなくなる。実例をあげると、昭和8年(1933年)12月8日に上皇陛下がお生まれになった瞬間に、それまで昭和天皇の弟宮の秩父宮が皇嗣だったが、皇位継承順位が第2位に繰り下がり、皇嗣ではなくなられた。

特例法に先のような条文があっても、頭の体操として天皇皇后両陛下の間に「男子」が生まれられた場面を想定すると、どうなるか。今の皇室典範の規定をまったく変更しなくても、傍系の皇嗣でいらっしゃる秋篠宮殿下は、その瞬間に皇嗣の立場を離れられることになる。

一方で皇太子の場合は、(不測の事故でもない限り)思考実験的にどのような展開を想定しても、将来に天皇として即位されるシナリオに変更の余地はない。

このような皇太子と傍系の皇嗣の立場の違いを考えると、皇太子という立場を公式に宣明する「立太子りったいしの礼」は過去にあっても、「立皇嗣の礼」という儀式がかつて行われた事実がなかったのも、当然だった。

検討開始を遅らせた政府の魂胆

皇太子とは立場が異なる傍系の皇嗣について、前例もなければわざわざ執り行う意味もない、立皇嗣の礼という不思議な儀式を政府はあえてこしらえた。加えて、それを無理やりご即位関連儀式と位置づけて、立皇嗣の礼が終わるまでは皇位継承問題への検討は行わないと、ストップをかける。そのような不自然で怪しげなやり方を政府は採用した。

その魂胆は何か。

立皇嗣の礼は、秋篠宮殿下がすでに傍系の皇嗣でいらっしゃる事実を単にお披露目するだけの儀式なのに、あたかもそれによって秋篠宮殿下が皇太子のような立場になられ、次の天皇として即位されることが確定したかのような間違ったイメージを、人々に植え付けることを目論んだのだろう。

そもそも近代以降の皇室制度では、皇太子とか皇嗣などの立場は、もっぱら皇室典範の規定によって定められるものだ。特別の儀式を必要としないし、儀式によって立場が変更されたり、強化されたりすることもない。

だから見え透いたトリックにすぎない。しかし、この印象操作は大きな心理的効果を発揮した。

さらに、この儀式は国事行為として行われている。だから、「内閣の助言と承認」(憲法第3条)つまり内閣の意思によるものだ。

にもかかわらず、それを天皇陛下ご自身のお気持ち=“大御心おおみこころ”によると吹聴したり、それをうのみにしたりしている人も、いるようだ。そうすると、先の錯覚はより根深いものになる。