この記事のフォーカス・イシュー
とおい居場所をつくるデザイン
外からは見えにくい生きづらさや困難。その支えとなるデザインを評価する
2020.10.30
アートディレクター、デザイナーとしてUMA/design farmの代表を務める原田祐馬がフォーカス・イシューのディレクターに就くにあたり掲げているテーマは「とおい居場所をつくるデザイン」。それは、外からは見えにくい環境で生きる人たちの支えとなるデザインを評価することで、その領域のデザインの取り組みが増えていくことを意図している。先日行われたベスト100に選ばれた受賞者によるプレゼンテーション聴講後に、改めて今回定めたイシューテーマについて語ってもらった。
福祉の領域にも光を当て、人が生きる環境について考えていくのもグッドデザインの役割
障害を持って生きる人や、一人で暮らす高齢者、母子で何とか生きる家庭、養護の必要な子どもたち、何かにうまく打ち込むことのできない高校生……。この社会には、外からは見えにくい、さまざまな生きづらさや困難のなかで生きる人たちがいます。
自分の眼に映る身近な人のためにではなく、自分とは背景の異なるそうした人たちのことを想い、その支えとなるようなデザインの取り組みが増えてほしいという思いから、フォーカス・イシューのテーマを「とおい居場所をつくるデザイン」としました。今回選ばれたベスト100には、そんな自分の関心と同じものが感じられる応募作品が多くありました。
1つは、精神障害を持つ12歳の女の子に、リハビリと社会や地域との接点を兼ね備えた居場所を作った「みいちゃんのお菓子工房」。
2つ目は、デジタルファブリケーション技術を活用して、半径10キロ圏内の経済圏に新しい仕事を生み出した「まれびとの家」。
3つ目は、敷地内の線の引き方を工夫することでコミュニティの実験をした「ソーラータウン府中」。
4つ目は、「第2の家庭としての保育園」ということを想起させた、保育園の食育活動から生まれたレシピ本『「ひより食堂」へようこそ 小学校にあがるまでに身に付けたいお料理の基本』。
また、聴覚障害のある人も含め、誰もが聞き取れて適切に不安を感じられるNHKの「緊急地震速報チャイム音」にも、同じ関心を感じました。
テーマ「とおい居場所をつくるデザイン」に関連する受賞対象
お菓子工房
精神障害と闘う12歳の女の子が、お菓子づくりの才能を開花させたことをきっかけにお菓子工房を建てることとなりました。 10歳からお菓子づくりを独学で勉強し、「パティシエになってみんなを笑顔にしたい、いつか自分のお店を持ちたい」という夢を実現させるため、だれもが立ち寄りたくなるお菓子工房の計画を行いました。
宿泊施設
デジタルファブリケーション技術を用いて、木材調達から加工・建設までを半径10km圏内で完結させた本作品は、林業の衰退と限界集落化の課題に挑んでいる。人口約600人の村に地場の木材を活用し「共同保有型の」宿泊施設を作ることで、人々が親戚を訪れるように継続的に山村を行き来するような「観光以上移住未満」の暮らしを提案する。
住宅街区
ソーラータウン府中は東京都の「長寿命環境配慮住宅モデル事業」に沿って計画された16戸の住宅による小さなまちです。心地よく永く住み続けることをテーマに、「園路」と呼ぶ共有地の計画、長寿命環境配慮住宅の設計・施工、自然エネルギーの活用など様々な手法を組み合わせることで、コミュニティ豊かな緑あふれる風景が生まれました。
レシピ本
保育園の食育活動から生まれたレシピ本です。味覚の基礎が形成されるこの時期に「お手伝い」ではなく全行程自分で、あるいは大人と一緒に調理をする経験を重ねることで、料理の勘所だけではなく段取り力や観察力なども身につくようデザインしました。小さな子どもでも、視覚的に内容が理解しやすいように工夫されています。
サウンドロゴ
気象庁の緊急地震速報が発表された際に、「強い揺れ」が予想される地域の人々を対象として、放送等を通じて揺れへの備えを注意喚起するトリガーとなる音源。
とくに印象に残ったものの1つは、「ソーラータウン府中」です。16戸の住宅群からなるこの街区では、各住宅の敷地の一部を、中央にある「園路」という共有地に含ませることで、つまり、線の弾き方を少し変えることによって、住民の人たちの居場所を創出しました。こうした取り組みは、いまこそ必要なものだと思います。
「ソーラータウン府中」は、2013年の竣工後、7年の月日が経ち、コミュニティが育ってから評価されるという、そのあり方も良いと感じました。居場所のデザインには、「みいちゃんのお菓子工房」のように、本人への効果が比較的すぐにわかるものもありますが、府中の場合は長期のスパンで完成するものと考えられていますし、実際に長い時間をかけないと見えてこないものもあるはずです。
そうした意味で、このような長期的なプロジェクトが評価の対象に入ってきたことは、良い傾向だと感じました。「みいちゃんのお菓子工房」や「ソーラータウン府中」は、いますぐにでも現地を訪れてみたいですね。
また、上に挙げなかったもので個人的に関心を持ったのは、投げるだけでボールの回転数や回転軸などを計測できる、野球ボール回転解析システム「MA-Q」です。高校野球をはじめとする部活動で、いまだ非論理的な「スポ根」的指導があるなか、このテクノロジーは、非論理的な指導から論理的で話せる指導への転換の可能性を感じさせて、ほかのスポーツにも影響があるのではないかと思いました。
野球ボール回転解析システム
MA-Qは、アマチュア野球界をターゲットとした、センサ内蔵の野球ボールである。ボールを投げるだけで、回転数や回転軸、球速などの計測ができ、データは、スマートフォンのアプリケーションを通じて管理可能である。データを基に指導者や選手が客観的にピッチングを「デザイン(組み立てる)」するためのツールである。
今後の自分の問題意識としては、今回のように外からは見えにくい領域の支えとなるデザインを評価したり、現場の声を届けたりすることで、福祉領域などからの応募が増えると良いなと思っています。私自身、普段の仕事で、障害を持つ方や、母子家庭や里親家庭、児童養護の現場に多く関わってきましたが、そうした人たちは目の前の課題で忙しく、新しい情報に出会ったり、グッドデザイン賞に応募したりする余力を持つことはなかなか難しいものです。
自分がその領域に光を当てることで、少しでも福祉の現場から挑戦する事例が増えていくと良いと思います。経済の環境だけではなくて、人が生きる環境について考えるのもグッドデザイン賞の良さだと思うので、この問題をさらに考えていきたいです。
原田 祐馬
アートディレクター/デザイナー|UMA /design farm 代表
1979年大阪生まれ。京都精華大学芸術学部デザイン学科建築専攻卒業。UMA/design farm代表。名古屋芸術大学特別客員教授。大阪を拠点に文化や福祉、地域に関わるプロジェクトを中心に、グラフィック、空間、展覧会や企画開発などを通して、理念を可視化し新しい体験をつくりだすことを目指している。「ともに考え、ともにつくる」を大切に、対話と実験を繰り返すデザインを実践。著書に『One Day Esquisse:考える「視点」がみつかるデザインの教室』。 *肩書・プロフィールは、ディレクター在任当時