方程式というのは、数の「なぞなぞ」のようなものです。問題があって答えがある。ただし、問題はxの入った数式で与えられ答えは数になる、ということが普通の「なぞなぞ」を作って楽しんできましたが、同じようにさまさまな方程式を挑んできました。ここでは、タイムマシーンに載って、皆さんを「方程式の歴史をめぐる旅」にご案内しましょう。
まず、私たちの乗り物が停車するのは、紀元前の古代エジプトです。この地はピラミッドやスフィンクスで有名ですが、実は数学も発達していたのです。
人類の歴史に方程式が登場したのは、このエジプトの地であり、紀元前17世紀あるいはもっと昔のことでした。このことは、紀元前1650年頃に古代エジプトの神官アーメスかアーメス・バビルスという本に書きました。バビルスというのは、水草の一種で当時はこれを紙として使ったのです。アーメス・バビルスは、1877年にドイツの考古学者アイゼンロールによって苦心惨憺の末に現代語に翻訳され、世に知れることになりました。この本は、当時の数学知識を集大成したものですが、その中には1次方程式が含まれています。
例えば、次のような問題が入っています。現代語ていうなら、「その数の3分の2と、2分の1と、7分の1と、その数自身を加えると37になる。その数はいくつですか?」式に書くなら
frac{2}{3}x+frac{1}{2}+frac{1}{7}x+x=37
という、いわゆる1次方程式です。
他のバビルス、例えばテーベル・バビルスでは、2次方程式まで扱っているそうです。「二つの正方形の辺の比が4対3で、面積の和が100となるようにせよ」といった問題です。これを素直に立志式にすれば、2月方程式になります。
本格的な2次方程式の解法に出会うために、私たちの乗り物は、次なる古代バビロニアに向かいます。2次方程式に大きく貢献したのは、紀元前1600年頃のバビロニアでしたか、バビロニアの最も古い粘土板には、2次方程式の問題集が書かれています。このことは科学史家ノイゲバウアーが1930年に発表した事実です。
例えば以下のような問題と解法が記録されているそうです。
「正方形の面積から1辺の永さを引いた値が870であるなら、その正方形の1辺の長さはいくつか」。
これを式で書けば、
x^2-x=870
という方程式になります。解法には、本質的に「2次方程式の解の公式」と同じ計算が用いられます。現代語訳で書くと次のようです。
「まず1の半分を取る。これは0.5である。0.5と0.5を掛けると0.25になる。これを870に加えると870.25になる。これは29.5の2乗である。この29.5に0.5を加えると30になる。これが求める正方形の1辺の値である。」
実際、30^2-30=870ですから、ちゃんと解になっています。こんなはるか昔に「解の方程式」か知られていたことは驚異的なことではありませんか。
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