脳科学研究センター-脳研究の最前線

「脳を知る」「脳を守る」「脳を創る」「脳を育む」の異なる分野を統合しながら目標達成型の研究を統合的に進め、脳科学への理解を進行。

聞きたいことしか聞かない脳

この「こころ」の例によらず、脳科学の知見は、その議論で使われている言葉が、日常使われているものと近いだけに、あらゆる場面でそのような誤引用や誤解が見られます。一歩間違えれば、全く間違った知見が、さも正しいことのように世間に流布され、それが都合よく使われてしまう事例にも事欠きません。

ただ、これは脳科学者が悪いとか一般が悪いとか、そういうふうに、どちらかに責任を押し付けて簡単に片付けられる問題ではありません。聞きたいことしか聞かないというのは、誰しも日常の生活の中での実感としてお持ちだとおもいますが、それも私たちの脳の持つ機能の一つですから、仕方がないことかもしれません。

これらの誤解と混乱は、脳科学が応用の時代に入ったとあらわれといっても過言はありません。脳科学者が取り扱う問題が、一般の人々の共通の興味を引くことができるまで身近になり、科学者の持つ問題を一般化できるようになってきたからでしょう。

今や生命のしくみの理解のためにはなくてはならない遺伝子工学は、過去50年の間に、遺伝子治療、遺伝子診断など、純粋な科学的知見から実用のレベルに到達しました。最初は、その具体的応用例事例などほとんど想像もつかず、何のビジネスにもならなかった遺伝子工学は、知見が徐々に蓄積されることで、さまさまな派生分野を生成し、投資家たちの投資の対象になり、もはや当たり前の技術として社会に存在しています。そして、脳科学もそのステージに入りました。

今はその初期の段階ですから、さまざまな科学的事実の誤解や誤用が生じているのでしょう。これから、徐々に知識の整理がはじまり、社会の現実的欲求と脳科学の成果の両者が融合されていくはずです。

それでは、これからの脳科学はどこに向かうのでしょうか?「つなぐ」という言葉をキーワードに、脳科学の最先端と、これからの脳科学が向かう方向性を探ってみたいと思います。

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脳と「こころ」の問題

また、「こころ」の問題というものも、研究者と一般の乖離なはなはだしい例かもしれません。みなさんは、「こころ」と聞いて、どのように思われるでしょうか?おそらく人それぞれ違った言葉で「こころ」を定義されるかと思います。人それぞれで異なる「こころ」の多様性が、さまざまな文学や絵画、音楽などを生み出してきたのではないかと思います。

ところが、科学者はそれでは困るのです。「こころ」を科学的に扱うには、まず「こころ」を科学的に定義して、問題を明確に共有しなければなりません。そうしなければ検証すべき仮説をたてることができないからです。実際に脳科学では、「こころ」は、「自分の視点を自分から他人に動かし、他人の視点からモノを考える能力」とされます。おそらくはじめて聞いても、なにのことたかさっぱりわからないのではないかと思います。

TOM(Theory of Mind)と呼ばれる「こころ」の理論は、このような定義を前提に行われているのです。TOMの典型的な実験は以下のように行われます。

被験者Aさんがいます。Aさんには紙芝居をみてもらいます。紙芝居では、BさんとCさんが登場します。CさんがBさんにクッキーを手渡します。Bさんは、今はお腹が減っていないので、クッキーをカバンにしまい、今いる部屋を一時的に出ます。するとCさんはいたずらをして、Bさんが中座している間に、Bさをんがカバンの中にしまったクッキーを取り出して、冷蔵庫に入れてしまいます。そこで、その一部始終をみていた被験者Aさんに、「部屋に戻ってきたBさんは、クッキーがどこにあると思いますか?」と聞くのです。

当たり前ですが、正しい答えは「カバンの中」です。なぜならBさんは中座している間にCさんがクッキーの場所を移したことはわかるはすがないからです。ところが、Bさんの視点に立って考えることができないと、自分はCさんのいたずらを知っていますから、「冷蔵庫の中」と答えることになります。この実験課題のやり方だけを聞いて、「こころ」の問題を扱っているのだとわかる人はほとんどいないのではないかと思います。しかしながら、現実の問題として「こころ」の科学的解明のために、上記のようなさまざまな実験が行われているのです。

そこから出てきた結果が、例えば「右の側頭葉と前頂葉の境にTOMが関連した活動の増加がみられる」と決定づけたとします。そうすると、世間に流布されるときには、「こころ」の定義や、どのような実験を行ったかというところが省かれてしまい、「こころは右の側頭葉と頭頂葉の境にある」ということになります。

ところが何かの疾患で、その場所が壊れたからといって、私たちの「こころ」がなくなるわけではありません。発達過程にある三、四歳の幼児は、他人の視点に立って物を客観的に見るということができません。したがって上記のような課題では、「冷蔵庫の中」と答えてしまいます。つまり科学者がTOMという言葉を使って定義する「こころ」の機能がないとされてしまうのです。しかし、だからといって子どもには「こころ」がないと素直に同意してもらえることは少ないでしょう。

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応用の時代に入った脳科学

脳は対象を選ばない二一世紀にはいり、 脳科学は応用の時代に入ったと言われています。 巷では多くの脳関係の書籍が出版され、 たくさんの情報に触れることができます。 書籍だけではありません。新聞、テレビの中でも、 脳という言葉を見ない日はありません。過去に置いてこれほど、 人々の関心が脳に向かっていた時代はないのではないかと思います 。まるでみんな最近になって、 自分の頭の中に脳があることに気がついたかのようです。
そのようなメディアで取り上げられる脳についてのトピックスは、 さまざまな内容があります。純粋な基礎研究に関するもの、 そこから派生した応用、 科学的には実証されていない民間信仰に近いものまでいろいろです 。
脳科学の面白いところは、 誰でも自分でそれを簡単に試してみることができることです。 例えば、「一日ニンジンを一本と、 ヨーグルトを100グラム食べると記憶力を高めることができます 」と言われれば(これには何の科学的根拠もありませんが)、 誰もが試してみようと思うわけです。 脳は誰もが持っているものなので、脳に関係した情報はある意味、 対象を選ばない、万人に共通のメッセージになるわけです。 ビジネスという視点から見ると、 非常に効率の良い分野別なのです。
「最近は物忘れが激しくて」、「 私の恋がうまくいかないのはなぜかしら」、「 なかなかダイエットが成功しない」など、 あらゆる悩みは脳で解決しようという流れには驚くばかりです。 このような流れというのは、 実際に脳科学者たちが行っている実験と乖離しているのかと言われ ると、そう一概に言えません。むしろ脳科学が進展するにつれ、 段々と私たちの現実世界に近い問題を取り扱うことができるように なり、科学者の使う言葉と、 日常使われる単語がオーバーラップしてきているといった印象を受 けます。

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脳の活性化は機能を低下させる?

ところで、同じ言葉を使っていても、 科学者が使っている言葉の意味と一般に使われている言葉の意味と はかなり異なっていることがほとんどです。 一見同じ言葉を使って正しい科学的知見を引用しているように見え る議論も、脳科学の細分化と高度化により、 それを実際に扱っている研究者以外は正しく理解できないほうが多 くなっています。たとえば、「脳の活性化」 という言葉をよく聞かれるかと思います。 これは脳科学者からみると、 脳の一部での神経細胞が一時的に増加したということにすぎません 。「活性化」した脳が、 脳の健康にとって良いのか悪いのかはわかりませんし、 もしかしたらその「活性化」された脳の活動は、 正常な脳の活動の邪魔をしている活動かもしれません。
「活性化」 という単語はどういうわけか非常にポジティブな印象を与えます。 そうすると、脳を「活性化」することは、 いいことに違いないと感じてしまいます。何々をすれば脳を「 活性化」できるらしい、ならば何々をして脳を「活性化」しよう、 ということになる訳です。しかし、脳を効率よく動かすには、「 活性化」するだけではダメなのです。脳は、 それぞれ異なる機能を持つたくさんの脳領域が協調して形作ってい るシステムです。なので、 もし一部の脳機能だけを突出させることができたとしても、 システムとしての全体のバランスを壊してしまい、 脳機能は低下するだけになってしまうでしょう。
たとえば、自動車のエンジンだけを巨大なものに入れ替えても、 タイヤもボディもミッションも全てがその大きなエンジンに対応し ていなければ、かえってうまく走らなくなります。 脳というシステムをうまく使うのに一番大事なのは、 まずバランスを取ることなのです。

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#統合失調症

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精神疾患から脳を探る-参考文献

E.フラー・トーリー著/南光進一郎、中井和代訳「統合失調症がよくわかる本」日本評論社 2007

G.ウォーレンシュタイン著/候刀浩訳「ストレスと心の健康-新しいうつ病の研究」培風館 2005

加藤忠史「こころだって、からだです」日本評論社 2006

加藤忠史編「精神の脳科学東大出版会

遺伝子の関与

統合失調症はいわゆる遺伝病ではないか、遺伝子配列が完全に同じ一卵性双生児では、およそ50パーセントの確率で二人とも発症する。この率は、遺伝子を半分しか共有していない二卵性双生児きょうだい(10パーセント程度)に比べてはるかに高いことから、統合失調症の発症に遺伝子が関与していることは間違いない。その遺伝子を探る試みは1980年代から盛んに行われてきた。

一つの方法は、染色体の中の沢山のキーポイントとなる遺伝子配列を指標として、統合失調症に関係する遺伝子の在処を探る、遺伝子連鎖解析である。

もう一つの方法は、統合失調症の原因に関係ありそうな分子を調べる。候補遺伝子の解析である。真っ先にその候補にあがったのが、抗精神病薬が結合する、ドーパミンD2受容体で、これに関連した遺伝子が統合失調症の原因遺伝子としてもっとも有力視された。1993年、糸川らが、ドーパミンD2受容体の中の311番目のアミノ酸が、セリンからシステンに変わっている人(Cys311)がいることを発見した。この受容体は細胞膜を貫通しているが、このアミノ酸は、細胞の中に存在している。翌1994年、同じ研究グループの有波は、このCys311を持つ人は、健常者にも存在するが、これを持つ人は、統合失調症患者の中に統計学的に有意に多いことを「ランセット」誌に報告した。その後糸川は、このアミノ酸の変化によって何が起きるかを詳しく調べた。このアミノ酸システインに変化した人(Cys311)の場合、ドーパミンが結合した後、ドーパミンD2受容体が不活性化されにくくなることを1996年に報告した。これは、同じ量のドーパミンがやってきても、Cys311を持つ人ではドーパミンの働きが強すぎて、効果が強く出やすく、統合失調症の陽性症状が現れるという、ドーパミン仮説に一致するものであった。Cys311を有する患者は、持たない患者に比べて、陰性症状が軽度で、相対的に陽性症状が優位であるという特徴があったことから、統合失調症の中でも、ドーパミン過剰症候群とも言うべき、特別の症状を持つ患者群である可能性も考えられた。この研究は、精神疾患もいよいよ分子レベルで語られるようになったことを高らかに告げる、記念碑的に研究となった。

 

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#統合失調症

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統合失調症とは

2005年の厚生労働省の「患者調査」では、日本全国で146万人の入院患者がいるが、そのうちのおよそ20万人が統合失調症の患者であることは、あまり知られていないであろう。また東京の都心部では精神科病院が不足していて、精神医療過疎地と言っていいくらいで、多くの精神科病院は、郊外である。多数の統合失調症患者がいるにもかかわらず、その存在は十分知られていないということだろう。実際は、統合失調症の生涯罹患率は、およそ0.8パーセントといわれており、100人に一人くらいの数の患者がいるのである。

幻聴、被害妄想、滅裂な会話など、世間の人たちが思っている精神病のイメージは、恐らくほとんどがこの病気に関してのことだろう。しかし、こうした派手な症状は現在では薬でコントロールできるようになっている、思春期に発症して、こうした精神病症状の再発を繰り返しながら、次第に人格水準が低下していき、人格荒廃状態にいたるという、古い教科書に書かれていたこの病気のイメージは、完全に過去のものとなりつつある。

実際、精神科病院の入院患者の平均年齢はおよそ60歳となっている。これは昔入院した人が退院しにくくなっているためで、新たに入院する人は多くないことを示している。今や統合失調症は、長期に入院しなければならないような病気ではなくなった。なるべく早く治療を開始し、投薬により幻聴、妄想をコントロールし、再発を予防することで、激しい症状はかなりコントロールできる。

しかし、こうした患者で、実際に生活の上で問題になるのは、陰性症状と呼ばれる症状である。これは思考貧困、感情鈍麻、自発性低下などと言われるが、生活の中で見ると、融通が目立たない症状が、実際には患者の社会適応を阻害している。

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