なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 フィリップが死んでも、ステラが無事に戻れる保証はない。

 

 フィリップの死が、この空間の終わりに直結するとして──ステラの意識が永遠に戻らない可能性は、確かにある。空間が終わるときに死んだことにされたり、見てはならないものを目にしてしまったり、そんな理由で無事では済まない可能性もある。

 フィリップの死が、この空間の終わりに直結()()()可能性だって、勿論あるのだ。何が配置されているのか、戦闘が主なのか、それ以外のギミックなどに対する対応能力まで見られる試験なのか、フィリップは知らない。そんな得体の知れない試験空間に、ステラだけが取り残される可能性がある。

 

 無事に戻れない場合が、この一瞬で三パターンも思い浮かぶ。

 全ての可能性が同等に有意だとして、無事に戻れる可能性は25パーセント。

 

 フィリップの死──最終的に死なないにしろ、死ぬほど不快な経験をする──が、全くの無駄に終わる可能性が75パーセントもある。

 

 危なかった。よくぞ止めてくれた。

 普段のフィリップならそう思い、安い頭を下げ軽い礼を口にするところだ。心が籠っていないわけではなく、籠める心に天地万物への蔑視と冷笑が染みついているという意味で、フィリップの礼や謝罪は軽い。

 

 しかし、今のフィリップにそんな余裕はなかった。

 

 「いや、泣いてるところから見てたなら、その時に止めてくださいよ!」

 

 然して親密なわけでもない、しかし他人というほど知らないわけでもない年上の女性に、そこそこ本気で泣いているところを見られたのだ。フィリップとしては穴があったら入りたいというか、照れ隠しに穴を掘るレベルで恥ずかしかった。

 

 「ははは! それは無理だ! 意識と視覚以外、まともに覚醒していなかったからな!」

 

 強制的で不自然な睡眠状態が、意識と肉体──ここにあるのは全て意識だから、ちょっと表現に困る──の覚醒タイミングにズレを生じさせ、金縛りのような状態になっていたのだという。

 おかげでフィリップは彼女が寝ていると思い込み、寝ているうちにことを済ませてしまおうとして、彼女にトラウマものの光景を見せるところだった。

 

 「うん。それと、その時に気付いたのだが……ここでは魔術が使えないらしいな」

 「……え?」

 

 もののついでのように、ステラが重大な情報を開示する。

 

 「あのな? 私も聖痕者──ルキアと同等の魔術師なんだぞ? 肉体が未覚醒でも意識があるなら魔術は使えるし、魔術が使えるなら、わざわざ怪我をしなくともナイフくらい弾き飛ばせる」

 

 ステラはモノを知らない子供に教え聞かせるように、ゆっくり丁寧に語る。

 

 金縛りの中、75パーセントの確率で無意味になる死に向かおうとしているフィリップを見つめ、魔術で止めようとして不発に終わり、羽を捥がれたような不安感に苛まれる。

 そりゃあ、勢い余ってナイフそのものを止めようとしてしまっても、おかしくはない。ただでさえ、意識の隔離という意味不明な状況に置かれて動揺しているだろうし。

 

 それに、フィリップだって半年近く魔術学院で勉強して、ルキアという人類最高峰の実力者とずっと一緒にいて、その教導まで受けている。ステラに最低限何ができるのかくらい、分かっているつもりだ。

 

 そこじゃない。

 

 この空間では魔術が使えないとしたら、フィリップの試験そのものが成立しないはずだ。

 丁稚時代の名残で同年代の子供より多少のタフネスがあるとはいえ、15歳のクラスメイト達とは比較にならない運動能力の差がある。基礎訓練レベルの体育の授業、たとえば2000メートル走などでも、いつもクラス最下位争いに参加している。

 

 ナイフという分かりやすい、誰にでも扱える物理攻撃武器があるにはあるけれど──それは握って、振れるというだけ。

 対処目標として配置されているであろう神話生物や魔物に対して、フィリップ自身の身命を守る技量さえない。ステラも守るなど、夢のまた夢だ。

 

 「《ウォーター・ランス》」

 

 モニカから『魔法の水差し(マジック・ピッチャー)』という有難い別名を貰った、水の槍を作り出す魔術。

 フィリップが日常系魔術として最もよく使う魔術は、しかし。練習を始めたばかりの頃のように、何も為さず、魔力すら消費せずに終わった。

 

 「……試すのは結構だが、攻撃魔術は止めてくれ。流石に驚く」

 「え? ……あ、す、すみません!」

 

 ステラにしてみれば、『ウォーター・ランス』は程度は低いながらもれっきとした攻撃魔術だ。

 ルキアは初級魔術など魔術戦では使わないと言いながら、彼女のそれは最低品質の標的人形に穴を空ける威力を持つ。ステラもきっとそうだろう。

 

 不発だと分かっていても、眼前で使われていい気はしない魔術だ。それが『水差し』だと知っているのは、この場ではフィリップだけなのだから。

 

 「いや、構わないさ。お前に攻撃の意志がないことは分かっていたしな。でも、今後は気を付けてくれ。特に外ではな」

 「……肝に銘じます」

 

 外──現実世界で同じことをすれば、最悪の場合、次期国家元首殺害未遂で処刑台送りになる可能性だってある。

 自分の無能をよく知っているとはいえ、あまりにも迂闊過ぎた。

 

 「うん。では、取り敢えず、ここを出る方法を探ろうか。一応聞いておくが、心当たりは?」

 「ありません」

 

 あったらカンニングどころの話ではないし、ナイアーラトテップはそれを許すほど間抜けではない。

 

 「だろうな。なら、まずは順当に──」

 

 ステラは振り返り、テーブルを挟んで部屋の反対側にある扉を示す。

 

 「あれだな」

 「あれですね」

 

 扉は金属製で、叩いてみても音が反響しない程度には重厚だった。

 光が反射しないよう微細な凹凸が彫られており、金庫室やシェルターなどに使われる錬金術製の高価なものだと、知識のあるステラには分かる。フィリップはせいぜい「このくらいなら人間でも作れそうだな」程度だ。

 そして二人とも、魔術無しでこの扉を破壊するのは不可能だという結論に至る。

 

 「……これ、向こう側で閂がかかってますね」

 「そうらしいな」

 

 こつこつと、ステラが扉の一部を示すように叩く。

 そこには指二本分程度の小さな穴が空いており、反対側に木の壁──おそらくは閂──が見えるようになっていた。施錠確認用の穴だろう。

 

 「王室が持つ別荘の倉庫の扉が、これと似たような造りだ。魔術が使えれば、閂を燃やすくらいわけないんだがな」

 

 ステラは自嘲気味に肩を竦め、扉に背を向ける。

 フィリップは蝶番を探して壁に目を這わせるも、向こう側にあるらしく見当たらなかった。

 

 「……なにしてるんですか?」

 

 フィリップが未練がましく扉を叩いたり、向こう側に聞き耳を立てたりしている間に、ステラは何もない白い壁に手を這わせながら、部屋をゆっくりと一周していた。

 

 「隠し扉か、それに類するものがないか、とな。手応えはナシだ」

 

 となると、と、ステラはテーブルの上に置きっぱなしだったポーチを取り上げ、中身を卓上にひっくり返す。

 

 「……僕も見ましたけど、全部薬でしたよ?」

 

 少なくとも、扉をブチ破れるような火薬の類は入っていなかったはずだ。

 名札に書かれた内容物の名前は半分以上が知らないものだったが、少なくとも全て小さな袋入りの錠剤か、小瓶に入ったペーストだった。見るからに救急処置キットか医薬品バッグといった風情なのに、包帯や止血剤が入っていないのは不親切だけれど──まぁ、内・外用両方の鎮痛剤と化膿止めがあれば、だいたい何とかなるというし。

 

 「…………」

 

 中身を検分していたステラがちょいちょいと手招きし、フィリップを呼ぶ。

 大人しく近寄って行ったフィリップに、彼女はテーブルに他の薬とは離して置かれた一つの錠剤袋を示した。袋に貼られた名札には『愚かな錬金術師』と書かれている。

 

 「……これは? もしかして、火薬ですか?」

 

 期待も露わに問いかけたフィリップに、ステラは神妙な顔つきで首を横に振った。

 

 「毒だ。世界最高に頭のいい馬鹿が作った、化学毒にして魔術毒。地球上のあらゆる存在を殺すというコンセプトで作られた、あらゆる毒を混ぜた複合毒」

 「……へぇ」

 

 それはすごいのだろうか、と。ステラとは違い、暗殺や毒についての知識に欠けるフィリップは、なんとなく頷く。

 ステラもステラで、普段ルキアと一緒にいるけどそういえばこいつは平民だったと思い至り、言葉を重ねる。

 

 「……解毒不可の、いろいろ苦しんで死ぬ毒だ。これも自害用かもしれんな」

 

 ヘビ毒、植物毒、昆虫毒、魚介毒、化学毒、魔術毒、錬金毒。ただのグループ分けで7種類もある毒物を、開発当時に発見されていたほぼ全種類混合して作った、アホの考えた毒。

 残念ながら、そのアホには、それを実現してしまうだけの知識と技量があった。

 

 完成したのは世界最強の自然毒である龍の血に次ぐ、世界最強の人工毒。

 色々混ぜすぎて、盛られた人間の死因に幅広い個人差が生まれるという、なんとも不思議な毒であり──暗殺向けの毒だ。

 

 そんな説明をするだけ無駄と切り捨てたステラの判断は、

 

 「おぉ……すごい」

 

 という気の抜けた相槌を打ったフィリップを見れば、正しかったと分かる。

 

 「絶対に飲むなよ」

 「いや、飲みませんよ」

 

 ここに来た瞬間ならともかく、今はそれが解決策ではないと知っている。

 いや、ここに来た瞬間でも、苦しんで死ぬ毒なんて絶対に呷らなかったとは思うけれど。ナイフで首を突くのに、あれだけ泣きながら躊躇ったのだ。確実に苦しむ服毒死しか選択肢が無かったら、ステラの為にそれを選んでいたかも怪しい。少なくとも今のフィリップはそう自己分析する。

 

 即答したフィリップに満足そうに頷き、ステラはぶちまけた薬を片付けた。

 

 「さて……行き詰ったな。あの隙間にナイフは通らないだろうし、閂を動かせない限り──どうした?」

 

 何事か思い付いたように──というよりは、大前提を今更思い出したように気まずそうな表情を浮かべたフィリップに、ステラは怪訝そうな目を向ける。

 

 まぁ、その、なんだ。

 試験空間──フィリップの状況対処・問題解決能力を見るためのテストなのだから、現代魔術の行使なんて端から想定されていないだろう。フィリップにとって、そしてナイアーラトテップにとって身近なのは、そちらではない。

 

 「殿下、体力に自信はありますか?」

 「……扉を破壊しよう、なんて言い出すなよ?」

 

 フィリップは「まさか」と笑う。冗談半分だったステラも軽く笑って応じるが、では何なのかと目で問うてくる。

 

 「この場所でも使える魔術に心当たりがあります。……失敗しても笑わないでくださいね」

 「……それは、どの程度の失敗かによるな」

 

 大爆発とかじゃないから安心して欲しい。

 領域外魔術──現代魔術とは全く別系統の、発動プロセスからして異なる魔術。

 

 クトゥグアでも、ハスターの毛先でも、扉を壊すくらい造作もない。

 とはいえ、それら高威力の魔術では高確率でステラにダメージがいく。特に、今の彼女は魔術が使えない。仮に大爆発を起こすような魔術が使えたとしても、その衝撃や熱から身を守る術を持たないのだ。

 

 「……《萎縮(シューヴリング)》」

 

 覗き穴に指を突っ込み、その先にある木製の閂に魔術を撃ち込む。

 扉そのものに撃たなかったのは、いつぞや標的人形に試した時のように変なガスが発生したら困るからだ。体育館とは違い、ここは密室なのだし。

 

 果たして、領域外魔術はきちんと発動した。

 

 「今のは魔術、なのか?」

 「はい。……ちょっと離れましょう」

 

 じゅうじゅうと、木材に強烈な脱水炭化が起こる音がする。

 独特の臭いが鼻を突く。口元を庇いながら、ステラにも下がるよう身振りで示した。

 

 「なるほど、通常の魔術ではないな」

 「……いやいやそんなわけ、ははは……」

 

 フィリップが何を言うまでも無く、魔術行使の際の魔力の動きを見てその結論を導き出したのだろう。魔力の動きから魔術式を予測するなんてことが、本当にできるのかは知らないけれど。

 だとしたら、彼女の前で召喚魔術を使うのは危険だ。クトゥグアにしろハスターにしろ、召喚術は彼らの居城と()()を魔術的な通路で繋ぎ合わせるという過程を含む。彼らが召喚に応じようと、応じるまいと、だ。

 

 「……欠陥テストもいいところだ」

 

 木の炭化する音が小さくなってきた扉に向かって、フィリップは苛立ちをぶつけるように体当たりした。

 

 

クトゥルフ神話要素の強さ塩梅

  • 多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
  • 多いけどまあこのぐらいで
  • ちょうどいい
  • 少ないけどまあこのぐらいで
  • 少なすぎる。もっとクトゥルフしていい
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