【そもそも解説】反汚職機関めぐり大規模デモ ウクライナで何が?

藤原学思

 ロシアの侵攻を受けるウクライナが、国内問題で揺れています。争点となっているのは、ウクライナで長らく課題となってきた汚職対策です。最高会議(国会)やゼレンスキー大統領らに対する不満が一気に噴き出し、内政は2022年2月の全面侵攻開始以来の混乱に陥っています。何が起きているのか、解説します。

 Q ウクライナの汚職はどれぐらいひどいのか。

 A ウクライナでは1991年の独立以降、国有企業の民営化などに乗じて大金と権力を得た大富豪「オリガルヒ」と政界との癒着が問題になっていた。国際NGO「トランスペアレンシー(透明性)・インターナショナル」が毎年発表している「腐敗認識指数」(CPI)によると、ウクライナは昨年、180カ国・地域のうち105位だった。

 報告書では「ロシアの侵攻にもかかわらず、司法の独立、高官の汚職の訴追において大きな進展を見せた」と評されている。親ロシア政権の崩壊につながった「マイダン革命」の前年、2013年は177カ国・地域中144位だったので、11年間でそれなりの改善があったとみることができる。

 Q それはなぜ?

 A マイダン革命の翌年、15年に設立された二つの反汚職機関の存在が大きいと言える。汚職を捜査する「国家反汚職局」(NABU)と、訴追権限を持つ「反汚職専門検察」(SAP)だ。政権中枢からの独立性がカギで、日本では東京地検特捜部のような組織と言えるかもしれない。

 ウクライナにとっては、汚職対策を重んじる欧州連合(EU)との関係強化、さらには将来的な加盟に向けた重要な機関でもある。

 Q 現在の混乱はどうやって始まったのか。

 A 不穏な兆候が明らかになったのは、今年6月23日のことだ。NABUとSAPがこの日、チェルニショウ副首相(当時)への捜査開始を公表した。本人は否定しているが、地域・領土開発相時代に違法な不動産取引に関与し、賄賂を受け取ったという容疑がかけられている。

 チェルニショウ氏は大臣になる前、19~20年にキーウ州知事を務めていたが、これはゼレンスキー氏によって任命されたものだ。そうした経緯もあり、チェルニショウ氏に対する捜査はウクライナ国内で大きな波紋を呼んだ。

 一方、7月11日には、ウクライナで最も有名な反汚職活動家の1人で、NGO「反汚職行動センター」のトップ、ビタリ・シャブニン氏(40)の事件が明るみに出た。国家捜査局(SBI)によると、出張を装って兵役を逃れていた疑いなどがかけられているが、本人側は「大統領府やイエルマーク(大統領府長官、ゼレンスキー氏の最側近)への批判を理由とした攻撃だ」として、容疑を否定している。

「政権が汚職をごまかそうとしている」 高まる市民の不信

 Q それからどうなったのか。

 A 市民の間で「政権が汚職をごまかそうとしている」といった意見が強くなってきた。その風潮がさらに高まったのが、7月21日のことだ。情報機関であるウクライナ保安局(SBU)と検事総長事務所(検察当局)、SBIが合同で、NABUの職員らの関係先、計70カ所以上を捜索した。これに対してNABUは「進行中の捜査情報を入手される可能性がある」と反発した。

 Q NABUには非はなかったのか。

 A はっきりとしたことは現時点ではわからない。SBUによると、NABUはロシア連邦保安局(FSB)とつながりのある野党議員から影響を受けており、NABU幹部の1人はロシアで違法に事業を展開していた疑いがあるという。市民の間でも、NABUが必ずしも「清廉潔白な組織」と認識されているわけではない。24年には組織ナンバー2が、情報漏洩(ろうえい)や内部告発者への圧力を疑われ、解任されるスキャンダルもあった。

大統領府に数千人が集結、大規模デモに

 Q それなら、市民の不満はさほど大きくならないのでは?

 A 混乱が極まったのは、国会の動きだ。7月22日に突然、NABUとSAPを検事総長の指揮下に置くという刑事訴訟法の改正案が採決にかけられ、賛成多数で可決した。

 ウクライナの検事総長は、大統領が任命、解任することができる。検事総長がNABUとSAPを指揮下に置いてしまえば、政権内や周辺の人物に捜査の手が及んだ場合、大統領の意向によって捜査中止の命令を下すことすら考えられる。そのため、汚職が広がっていたマイダン革命以前に戻るつもりか、という反発が一気に爆発したわけだ。

 ゼレンスキー氏には、この法案に署名しないという選択肢もあった。だが、22日深夜、署名したことが明らかに。23日未明のビデオ演説でゼレンスキー氏は「ロシアの影響力が排除されなければならない」と説明した。

 Q 具体的にどのような反発があったのか。

 A 現地報道によると、数千人の市民が22日、23日の2夜連続で、首都キーウの大統領府周辺などで大規模な抗議デモを行った。全面侵攻が始まって以来、明示的に現政権を非難する大規模なデモは初めて、とも伝えられている。

 また、EU幹部や加盟各国の政権幹部からも深刻な懸念の声が上がっている。ニュースサイト「ポリティコ」によると、フォンデアライエン欧州委員長はゼレンスキー氏と連絡を取り、「強い懸念を伝え、ウクライナ政府に説明を求めた」という。ウクライナにとってEUや加盟各国は支援元で、今回の改正法の成立は明らかに逆効果になっている。

デモ続く?沈静化?どうなる今後

 Q 今後はどうなりそうか。

 A 政権も反発があまりに強くなったことを重く見ている。ゼレンスキー氏は23日、NABUとSAPのほか、SBUやSBIのトップ、さらに内相と検事総長を全員大統領府に集め、会合を開いたことをSNSで発表した。「社会の声を聞いている。国家機関に何を求めているか見ている。公正な司法の確保と、各機関の効率的な連携だ」と主張し、2週間後に「共同計画」を策定することを明らかにした。

 ただ、国民の不満はなおくすぶっていることから、23日夜には急きょ、国会に新たな法案を提出することも発表。「反汚職機関の独立性を確保するための、すべての規範が整備される」としている。

 Q 法案に署名をしたゼレンスキー氏の進退問題にはならないのか。

 A 大統領選を望む声があからさまに高まっているわけではないようだ。そもそも戦時体制下では、選挙を実施することが原則としてできない。

 ただ、支持率や求心力の低下は避けられそうにない。キーウ国際社会学研究所(KIIS)の世論調査によると、ゼレンスキー氏の「信頼度」は5月前半時点で74%。2月末にトランプ米大統領と口論になってから上昇気味だったが、次回調査でこうした高い信頼度は望めないとみられる。

 侵攻を続けるロシアからすれば、今回の騒動は格好の攻撃材料だ。また、ウクライナ支援に懐疑的な欧米の政治家らを勢いづかせることにもなり、さらには前線の兵士の士気への影響も懸念される。

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この記事を書いた人
藤原学思
ロンドン支局長
専門・関心分野
ウクライナ情勢、英国政治、偽情報、陰謀論