第16話 電脳監獄の魔女
【導入:電脳監獄への招待状】
クロノス・インダストリーの深層サーバー室。
静寂の中、一人の女――上坂が、凄まじい速度でノートパソコンのキーボードを叩いていた。
モニターには、緑と黒のテキストが滝のように流れ落ちる。
彼女は、額に脂汗を滲ませながら、最後のコマンドを打ち込もうとしていた。
> INIT_SEQUENCE.BAT //TARGET:SYS-TARTAROS
> SET_PROTOCOL:ERASE_ALL //SUBJECT:SASAKI.MIZUKI_SOUL.DATA
> EXECUTE_ORDER:66 //AUTH:JINGUJI
だが、その瞬間。モニターの画面そのものに、彼女が打つコマンドを上書きするように、新たなコードがひとりでに打ち込まれ始めた。
[ ACCESS DENIED. I AM WATCHING YOU. ]
「――ひっ!?」
上坂は、短い悲鳴を上げて椅子から飛びのき、反射的に周囲を見渡した。誰もいない。冷暖房の音だけが響く、無機質なサーバーラックの列があるだけだ。
恐怖に震える彼女の意志とは無関係に、コマンドは書き換えられ、強制的に実行される。
> COMMAND OVERRIDE //NEW_ORDER:INTRUDE.BAT
モニターの片隅に、おかっぱ頭でゴスロリ姿の美少女アバターがポップアップし、舌をペロリと出して、無邪気に笑った。
どうせ、あんたも、すぐにチェックメイトされちゃうけどねっ☆》
翌朝。タワマンの司令室は、決戦を前にした鋭い緊張感に満ちていた。
この司令室のテーブルは、現実の物質ではなく、高度なAR(拡張現実)技術によって投影されたホログラムだ。そのため、物理的な接触が可能でありながら、表示データを瞬時に切り替えることができる。
テーブルの中央には、ターゲットである佐々木美月の経歴書と、クロノス・インダストリーのサーバー室の立体図が浮かび上がっていた。
「いいか、これより、三つの作戦を同時に開始する」
俺は、テーブルのデータを指で弾きながら、各チームに指示を出す。
「【尋問チーム】は、俺と玲奈、今宮。ターゲットの精神を『タルタロス』に接続し、情報を引きずり出す」
「【解析チーム】、詩織、あんじゅ、キララ。お前たちは司令室で待機。尋問で得た情報を元に、即座に《パシフィック・ウォール》の攻略ルートを割り出せ」
「そして、【防衛チーム】、アゲハ、夜瑠、まりあ、みちる。お前たちはK-PARKにダイブし、陽動攻撃に備えろ。敵は必ず、俺たちがダイブしている隙を突いてくるはずだ」
「莉愛、お前は司令室で解析チームのサポートと、全部隊のバックアップを頼む。お前の情報処理能力が、この作戦の鍵だ」
「了解!」 莉愛が力強く頷く。「任せろ!」 アゲハが不敵に笑った。メンバーたちの士気は、最高潮に達していた。
そして、俺と玲奈、今宮は、深く息を吸い込み、特殊なヘッドギア――プロ仕様の『ダイブギア』を装着した。
「いいか、圭佑」 ダイブを見守る正人が、俺に声をかけた。「腕時計端末は、あくまで簡易的なログインツールだ。だが、この『ダイブギア』は、脳神経に直接作用し、五感の全てを仮想世界に送り込む。精神への負荷は大きいが、その分、思考速度と反応速度は現実の数倍にまで加速される。…無茶はするなよ」
「ああ、分かってる」
スイッチを入れると、視界が一度ホワイトアウトし、脳に直接、冷たいデータが流れ込んでくるような感覚に襲われる。魂そのものを、別の世界へと転送するような、強烈な没入感。今宮が「うおっ、やっぱこいつはキツいっすね…」と顔をしかめ、玲奈も、わずかに眉をひそめて、その負荷に耐えていた。
「圭佑、準備はいいな?」
正人の問いに、俺は静かに頷いた。
「ああ。いつでも、『お客様』を招待できる」
玲奈の部隊によって確保された佐々木美月。彼女は、警察の留置所ではない、天神グループが管理する、外部から完全に隔離された医療施設の一室で、同じくヘッドギアを装着させられていた。ここは、法の手が届かない、玲奈の領域だ。
これから始まるのは、尋問だ。だが、その舞台は現実(リアル)ではない。
「さて、行こうか。俺たちの『城』で、魔女のお茶会と洒落込もうぜ」
【展開①:K-PARK深層・電脳監獄『タルタロス』】
俺たちが降り立ったのは、K-PARKの、一般来場者は決してアクセスできない最深層エリア。
そこは、正人が設計した、対象の精神を拘束し、情報を引き出すための電脳監獄『タルタロス』。無限に広がる、漆黒の空間。床も、壁も、天井もない。ただ、中央にそびえ立つ、巨大な監視塔だけが、不気味な青白い光を放っている。そして、俺たちの足元からは、無数の青白いデータの鎖が、奈落の底へと伸びていた。
その中央、監視塔の直下にある、データの格子でできた冷たい独房の中に、アバター姿の佐々木が一人、座っていた。そのアバターは、現実の彼女の姿ではなく、彼女がかつてプロデュースに失敗した元彼のアイドル衣装を、皮肉にも着せられていた。
俺たちは、独房の目の前に具現化させたテーブルを挟んで、彼女と対峙した。
「…何のつもり? これが、天神グループのおもてなし?」
「ああ。最高のセキュリティールームだ。あんたが余計なハッキングも、外部との通信もできない、俺だけの城だぜ」
俺は、彼女の向かいに腰を下ろした。「早速だが、本題に入ろう。神宮寺のこと、そして天神グループのスパイについて、知っていることを全て話してもらう」
「…私が、あなたに協力するメリットは?」佐々木は、不敵に笑う。
「メリット? ないな。これは取引じゃない。尋問だ。あんたが嘘をつけば、俺の仲間が、あんたの精神に直接アクセスして、記憶を無理やりこじ開けることになる。…どっちがいい?」
俺の冷たい言葉に、彼女の表情がこわばった。
――その、瞬間だった。
ウウウウウウウウウウウウッ!!
完璧なはずの『タルタロス』に、けたたましい侵入警報(イントルード・アラート)が鳴り響いた!
なんと、内部スパイ(上坂)が、俺たちがダイブしている隙を突き、『タルタロス』自体に不正アクセスを試みてきたのだ。
轟音と共に、空間そのものが引き裂かれ、黒い亀裂からネオンカラーの武装ジープが現れた! その巨大な排気筒からは、エンジンの黒煙ではなく、赤黒い光の粒子(パーティクル)が、怨念のように噴き出している。
その荷台から、旧式のVRゴーグルのようなヘッドギアを装着した、グロテスクな笑みを浮かべた武装ゴブリンのウイルスモンスターたちが、次々と飛び降りてきた。手には、半透明のデータで構成され、内部で不気味なエネルギーが脈動するマシンガンやショットガンが握られている。
上空からは、同じくネオンラインが走るハンググライダーにまたがったゴブリンたちが急降下してくる。その翼に搭載されたガトリング砲から、無数の光弾が放たれるが、玲奈の指示で展開された幾何学的なデータ防壁が、それを完全に防いでいた。
「兄貴は下がっててくだせえ! こいつは俺が!」
今宮が叫ぶと、その両手に、半透明の青いデータで構成された二丁のハンドガンが具現化された。引き金を引くと、銃口から放たれたのは物理的な弾丸ではない。敵のプログラムを直接破壊する、眩い光の弾丸(データバレット)だ。
だが、その時だった。
ゴブリンたちの中から一体、ひときわ体格のいいリーダー格のゴブリンが、おもむろに味方であるはずのゴブリンたちに、ショットガンの銃口を向けた。
次の瞬間、轟音と共に放たれた散弾が、ウイルスモンスターであるゴブリンたちを、背後からいとも容易くデータへと還元していく。
あっけにとられる俺たちを前に、そのリーダー格のゴブリンは、ニヤリと歪んだ口元で笑い、そして、俺だけをまっすぐに見つめて、聞き覚えのある声で言った。
「よぉ。俺のこと、忘れてねえよなァ? 神谷圭佑」
「…てめえ、田中…! 何でお前がここにいる!?」
「ああ? あんなもん、『上の人』がすぐにどうとでもしてくれたぜ。それどころか、こんないいオモチャ(ハッキング能力)までくれてな。お陰で、こうしてまた、お前と遊べるってわけだ」
今宮が、信じられないものを見る目で田中を睨む。「てめえ、何しにきた…! そのハッキング能力…素人じゃねえな!?」
田中は、そんな今宮を鼻で笑うと、独房に囚われた佐々木を一瞥し、侮蔑するように吐き捨てた。
「よぉ、佐々木さんよぉ。神宮寺様は、あんたみたいな『失敗作』はもういらねえとよ。俺が、あんたを『処分』して、神宮寺様の新しい駒になるんだよ!」
「なっ…!」佐々木は、田中の裏切りに、驚愕と絶望の表情を浮かべた。
「圭佑! 俺はお前を爆破予告犯に仕立て上げた! これは俺なりの、せめてもの罪滅ぼしだ! ここは俺が食い止めておく! だから、とっとと行け! …次に会う時は、敵だ」
田中は、そう言い放つと、残りのウイルスモンスターに向かって、単身で突撃していった。
背後で激しいサイバー戦闘が繰り広げられる、まさにその中で、俺は顔色一つ変えず、佐々木への尋問を続行した。
「…さて、続きだ、佐々木。あんたが嘘をついている間に、あんたを助けに来た(と、あんたは思っている)仲間が、俺のファミリーに駆除されちまう。それでもいいのか?」
佐々木は、俺の底知れない胆力と、背後で繰り広げられる圧倒的なK-MAXの戦闘力に、完全に戦意を喪失した。
「…わかったわ! 話す! 話すから、止めて!」
「スパイの名は、上坂…! 天神のサーバー管理者よ!」 彼女は、全てを白状し、命乞いのように、俺に「取引」を持ちかけた。
「私をここから出して、安全を保証してくれるなら、あなたの駒になってあげるわ」
【展開②:魔女の取引と、秘書の誕生】
俺は、その取引を承諾した。しかし、俺が提示した「報酬」は、佐々木の予想を遥かに超えるものだった。
「いいだろう。だが、あんたに『K-Venus』の椅子はやらねえ」
「…! 話が違うじゃない!」
俺は、不敵な笑みを浮かべて続ける。
「あんたの能力は、ステージの上でキラキラ輝くもんじゃねえ。神宮寺の駒として立ち回り、俺と対等に交渉しようとした、その『狡猾さ』と『頭の回転の速さ』だ。…そんな奴を、俺は飼い殺しにするほどお人好しじゃないぜ」
その言葉に、佐々木は息をのむ。アイドルという虚像ではなく、自分の本質を認められた。
彼女は、フッと、自嘲するように、しかしどこか晴れやかな笑みを浮かべた。
「…そうね。私は、ステージの上で歌うガラじゃなかった。ずっと昔から、そうだった…」
彼女は、遠い目をして、自らの罪と過ちを告白し始めた。
「…私には、元彼がいたの。売れない地下アイドルだったけど、誰よりも才能があると、私だけは信じていた。私は、彼をスターにするために、全てを捧げた。プロデューサーとして、彼を支えようとした…。でも、ダメだった。才能がなかったのは、彼じゃない…私のプロデュース能力が、あまりにも無力だったからよ…!」
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「そんな時、あの男…神宮寺は、私に近づいてきた。『君の彼を、私がスターにしてやろう』って。その甘い言葉に、私は飛びついた。でも、結局、神宮寺も彼を利用しただけ。彼は心を病み、ステージを去った。そして、私は、神宮寺の便利な駒になった。…それが、事の顛末よ」
彼女は、涙を拭うと、俺の目をまっすぐに見つめた。
「だから、あなたの『アイドルになれ』という提案には、乗れない。私には、その資格がない」
「――今度は、私が、私をプロデュースする」
彼女が、静かに、しかし力強くそう宣言した瞬間、彼女のアバターが、まばゆい光の粒子に包まれた。
光が収まった時、そこにいたのは、もはや屈辱的なアイドル衣装を着た女ではなかった。
体に吸い付くような、シャープなラインの黒いビジネススーツ。内側には、深紅のシルクブラウスが覗き、彼女の秘めた情熱と危険な香りを漂わせている。艶やかな黒髪のロングストレートに、怜悧な美女の顔立ち。
それは、彼女が、自らの意志で、最高の自分を『プロデュース』した、真の姿への『覚醒』だった。
「――美しい」
俺の口から、思わず、本音の言葉がこぼれた。
佐々木は、その言葉に、初めて、本当に微かに、しかし確かに、頬を染めた。そして、完璧な所作で一礼すると、王に仕える、しかし対等なパートナーとしての声で、改めて告げた。
「私の能力、存分に使いなさい、ボス。その代わり、あなたも、私を退屈させないでちょうだい」
【結び:肉体を捨てた騎士と、王の懐刀】
侵入してきたウイルスは、今宮と田中によって完全に鎮圧された。
「待て!」俺が叫ぶより早く、田中は、破壊されたジープの残骸から、黒いデータチップ…おそらく、今回の襲撃の全ログが記録されたブラックボックスを抜き取ると、再び武装ジープに飛び乗り、空間の亀裂の向こうへと消えていった。
「…あいつ、一体何者なんだ…」今宮が、呆然と呟く。
だが、侵入経路のログから、不正アクセスの発信源が、上坂の端末であるという、動かぬ証拠は確保された。
その時、玲奈が展開していたデータ防壁が、激しいノイズと共に砕け散った!
壁の向こうから、巨大な装甲車が、全てをなぎ倒しながら、俺たちに向かって突っ込んでくる!
運転席に座る詩織が、叫んだ。「皆、乗って!」
俺と玲奈、今宮、そして覚醒した佐々木は、疾走する装甲車に飛び乗る。背後からは、新たな追っ手の武装ジープと、銃器をぶっ放すゴブリンたちが迫ってくる。壮絶なカーチェイスが始まった。
一体のゴブリンが放ったロケットランチャーが、俺たちのいた監視塔を直撃し、巨大なデータ爆発を起こす!
「親父、ゲートを開けろ!」
俺の叫びに、現実世界の正人が応答する。俺たちの目の前に、光り輝く転送ゲートが出現した。
装甲車の屋根に搭載された銃器が火を噴き、ゲートを塞ぐ瓦礫を吹き飛ばす!
装甲車は、光の中へと突っ込み、俺たちは現実世界へと帰還した。
玲奈の部隊を率いて、敵の本拠地であるクロノス・インダストリーのサーバー室へと向かう。
「――動くな! 天神グループ保安部だ!」
だが、そこにいた上坂は、一切の抵抗を見せなかった。
彼女は、椅子に座ったまま、優雅にこちらを振り返る。
「…見事ですわ、神谷圭佑。私の完璧な計画を、こうも容易く打ち破るとは」
彼女は、おもむろに机の上に置かれていたヘッドギアを手に取ると、ゆっくりと装着する。それは、正人が開発したものとは比較にならないほど、深く、そして危険な領域まで精神を潜行させる、橘教授の遺した狂気のオーバーテクノロジーだった。莉子を探すため、彼は全てを注ぎ込んだのだ。
「なっ…! 何をする気だ!」
「ゲームは、まだ始まったばかりですもの。次のステージで、またお会いしましょう? ――王様」
彼女は、悪戯っぽくウインクすると、床にある、メンテナンス用の巨大な排気ダクトの蓋を蹴り開け、その暗闇の中へと、躊躇なく身を投げた!
彼女の体が奈落へと落ちていく、まさにそのコンマ数秒前。装着したヘッドギアが青白い光を放ち、彼女の肉体ごと、その存在がネットワークの海へと完全にダイブしていた。
俺たちは、ただ、その光景を呆然と見送ることしかできなかった。玲奈は悔しげに唇を噛み、今宮は「…マジかよ」と呟いている。次元が違う。俺たちが戦っている相手は、人間の常識を超えた存在なのだと、改めて思い知-らされた。
全ての作戦が終わった後、俺は、司令室からK-PARKを眺めていた。
その隣には、アバターとしてホログラム投影された、秘書としての佐々木が立っている。
「ボス、これが《パシフィック・ウォール》の内部構造です。最短の攻略ルートを3パターン、算出しました」
玲奈が、少し面白くなさそうな顔で、その光景を見ている。
「…本当に、いいのかしら? あの女を、そこまで近くに置いて」
「ああ。毒は、皿の隅に置いとくより、懐に入れて、自分で管理する方が安全なのさ。…そうだろ? 秘書さん」
「ええ。あなたの牙にも、盾にもなりましょう。ボス」
その時、司令室のモニターに、緊急の通信が入った。そこに映し出されたのは、漆黒の光学迷彩スーツに身を包んだ、上坂のアバターだった。腰には、特殊なワイヤーを射出するグラップリングフック・ガンが見える。
『…回線、確保しました。初めまして、と言うべきでしょうか、ボス』
その声に、玲奈たちが息をのむ。
俺は、静かに頷いた。「ああ。よくやってくれた、俺の『騎士』」
全ては、俺と上坂が仕組んだ、壮大な芝居だったのだ。神宮寺は、上坂に佐々木の『口封じ』を命じた。だが、上坂は、Kと事前に交わした密約に従い、その命令を『陽動攻撃』へと偽装し、Kにスパイの正体を暴かせる手助けをした。 彼女は、橘教授への忠誠と、莉子を救うという目的のために、俺の二重スパイとなる道を選んだ。
『ご心配なく。私は、私の信じる二人の『主君』のために、この身を捧げると決めたのですから』
上坂は、そう言うと、光学迷彩を作動させ、フッと姿を消した。
俺たちの本当の敵は、あんな小物じゃねえ。
俺の視線の先には、次なる戦場**《パシフィック・ウォール》**のデータが、不気味に浮かび上がっていた。
成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 浜川裕平 @syamu3132
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