もちろん、意図としては、
- 電車と人が接触しないようにしましょうという意味
- 黄色い線よりホーム側の少し離れた位置に移動する
という意味です。
駅の「黄色い線」とは、

これのことですね。線の意味もありますが、視覚に問題のある方向けの凹凸などもつけられているのが一般的な様子かと思います。
ところが、この「内側」という表現を、「ホーム側」と感じる人が多いわけですが、「線路側」と感じる人もいるわけです。
実は、私は、ずーっと、子供の頃から「内側は線路側だよね」と思っています(笑)
※毎回、一瞬考えてから対応してます(笑)
この件について、良くされる説明は、
駅の「黄色い線」とは、
これのことですね。線の意味もありますが、視覚に問題のある方向けの凹凸などもつけられているのが一般的な様子かと思います。
ところが、この「内側」という表現を、「ホーム側」と感じる人が多いわけですが、「線路側」と感じる人もいるわけです。
実は、私は、ずーっと、子供の頃から「内側は線路側だよね」と思っています(笑)
※毎回、一瞬考えてから対応してます(笑)
この件について、良くされる説明は、
内側という言葉の定義から考えて「線路→ホームの端→黄色い線→ホーム中央部→黄色い線→ホームの端→線路」となっている駅の構造から考えて、黄色い線と黄色い線の内側はホーム中央部である
とするものです。
これは理にかなっているようですが、ホームが2つ以上あると、起点を変更すると、
「ホーム中央部→黄色い線→ホームの端→線路→ホームの端→黄色い線→ホーム中央部」と並んでいるので線路が黄色い線の内側と考えられる
という考え方もできます。
絶対的な起点のない話の内側と外側という表現は相対性があって曖昧です。
おそらく「黄色い線の内側」というアナウンス表現は、推定ですが、かなり昔からあると想定すると駅のホームが1つの場所が多く、安全上の考えを配慮すれば誤解をうみにくい表現として設定したことは、想像が難しくなく、多くの人にとっては適切な表現です。
ところで。
この感じ方の問題は、おそらくなのですが、あのアナウンスの主語(主体)を電車と感じているか自分と感じているかという問題なのかなと思います。そして主体がいる側を私たちはなぜか「内側」と思っている。
主語が「人」と感じている人は「人がいる場所が内側」という基本認識のもの「黄色い線の内側に」と言われれば、ホームが内側。主語が「電車」と感じている人は「電車がいる場所が内側」という感じ方をしているのではないかと思うわけです。
※実際は私は幼少期から「電車にこれから乗る=電車のある側が内側では?」みたいな考え方だった。
まぁ、非常にレアなケースなんだと思いますが、そんな風に感じている人もいるよってことで(笑)

