うんちの力学特性に関する調査と物理シミュレーション
現在うんち物理シミュレーターの開発をしていますが、その際に調べたうんちの力学的特性について万が一誰かの役に立つ時のためにまとめておきます。
※本資料自体には一切成人向けの要素は含まず、学術的内容に限るので全年齢で公開しています。
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目次:
1ページ目 - 便の物性値に関する調査結果のまとめ
2ページ目 - 便をシミュレーションするために用いた物理モデル
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便は弾塑性物体としての性質と、塑性後に非ニュートン流体として流動する性質をもつようなので、関連する物性値について文献調査を行った。
# 降伏応力
Vane testによって排便後一時間以内の比較的新鮮な便の降伏応力(論文中では"yield stress"としか記載されていないが、せん断降伏応力を測定していると思われる)を測定した研究によると、便の降伏応力の対数はブリストルスケールの二次関数によってフィッティングできる(de Loubens et al., 2020)。
彼らの論文のFigure 2にプロットされた測定値を基にフィッティングを行ったところ、以下のようになった。(ただしbはブリストルスケール)
log_10(降伏応力) = -0.0755 b^2 + 0.1695 b + 3.782
参考値として、各ブリストルスケールごとに上記式で推定される降伏応力を以下に示す。
ブリストルスケール | 降伏応力 (Pa)
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1 | 7525.98
2 | 6597.54
3 | 4084.23
4 | 1785.45
5 | 551.18
6 | 120.16
7 | 18.50
また、彼らは便100gあたりの固形分重量に対する降伏応力も測定しており、指数関数でフィッティングできるとしていた。そこで同様にプロットされていた測定値を基にフィッティングを行ったところ、以下のようになった。(ただしsは100g中の固形分重量(g))
log_10(降伏応力) = -3.53 exp(-0.032 s) + 4.15
なお、(Mercer et al., 2021)においても同様に固形分重量に対するせん断降伏応力を分析しているが、(de Loubens et al., 2020)の結果と比べて固形分10%の領域で約30倍小さい結果、20%の領域で約10倍程度小さい結果が示されていた。(de Loubens et al., 2020)の実験結果を見ても、同程度の固形分重量、ブリストルスケールの便でせん断応力が10倍-30倍程度のばらつきを示しているケースもあり、この程度のばらつきは便の組成によって起こりやすい可能性がある。
# 粘度、非ニュートン流体としての性質
便はせん断速度が大きくなるにつれて粘度が小さくなる非ニュートン流体としての特徴を持つことが示されており、降伏応力と粘度低下の双方をモデル化したHerschel-Bulkleyモデルによる分析が行われている(Ahmad et al., 2022)。
ここでHerschel-Bulkeyモデルとはせん断応力tauが降伏応力tau_y、一貫性指数K、せん断速度gamma_dot、流動指数nによって以下のようにあらわせるとするモデルである。nが小さいほどより強い非ニュートン性を示し、降伏後に急激に抵抗が減少する挙動を表現できる。
tau = tau_y + K * gamma_dot^n
(Ahmad et al., 2022)では柔らかい便を模して作られた人工便であるneostoolを用いたX線ビデオ排便造影を行い、数値シミュレーションによる流体力学解析を行ってモデルパラメータを推定している。彼らの結果によると以下の結果が得られている:
* 降伏応力: 350Pa ((de Loubens et al., 2020)の結果を用いると、ブリストルスケール5-6の軟便相当か)
* 流動係数 (n): 0.42
* 一貫性係数 (k): 1000Pa·s^0.42
* 肛門および肛門管における粘性応力は降伏応力を約10倍上回るため、流れは主にせん断薄化特性に支配される
排便シミュレーション的に興味深い知見:
* 排便中の直腸内の圧力はほぼ一定で15kPaから30kPaである一方、肛門管のあたりでは0-10kPa程度と小さい
* 肛門における排便速度は10cm/sから20cm/s程度
(Yang et al., 2017)においても様々な動物の便の粘度の分析が行われているが、降伏応力の影響を無視したpower-lawモデルでの分析に限られており、便の硬さを評価していないため硬さによるばらつきを評価できない。そのうえで、彼らの結果ではnは0.1から0.5(平均0.21)、Kについては20から3000まで大きくばらついた結果が得られている。
# その他の物性値
便はその75%が水分で構成されるため、ほぼ非圧縮(ポアソン比0.5)に近く、密度も水と同程度(1000kg/m^3)と考えられる。
実際、便を模擬するハイドロゲルではポアソン比0.49、密度1010kg/m^3が用いられている(Hinman et al., 2021)ほか、(Penn et al., 2018)では密度の中央値が1060-1090kg/m^3であり10-15%の健康な人の便はガスのため水の密度を下回ると紹介されている。
便のヤング率に関しては、これまでの調査では実際の測定値を見つけることはできなかった。推定値として、降伏応力の5倍から10倍程度の値であると仮定することができるかもしれない。
# 参考文献
Ahmad, Faisal, et al. "Flow simulations of rectal evacuation: towards a quantitative evaluation from video defaecography." Interface Focus 12.6 (2022): 20220033.
Hinman, Samuel S., et al. "Magnetically-propelled fecal surrogates for modeling the impact of solid-induced shear forces on primary colonic epithelial cells." Biomaterials 276 (2021): 121059.
de Loubens, Clément, et al. "Rheology of human faeces and pathophysiology of defaecation." Techniques in coloproctology 24 (2020): 323-329.
Mercer, Edwina, et al. "Rheological characterisation of synthetic and fresh faeces to inform on solids management strategies for non-sewered sanitation systems." Journal of Environmental Management 300 (2021): 113730.
Penn, Roni, et al. "Review of synthetic human faeces and faecal sludge for sanitation and wastewater research." Water research 132 (2018): 222-240.
Yang, Patricia J., et al. "Hydrodynamics of defecation." Soft Matter 13.29 (2017): 4960-4970.
As a scientist I find this fascinating. I hope the simulator development goes well!