なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 王国法の中でも貴族法と呼ばれる、貴族が持つ特権や与えられた義務について記された章に、決闘の権利は明記されている。

 自らの命を賭して叶えたい主張、命に代えても通したい主義がある場合などに決闘の申し込みが認められ、相手は受け入れて決闘に臨むか、辞退して相手の主張を受け入れるかの二択を迫られる。

 

 自身の代わりに戦う代理人を立てることはできないが、介添人を同伴させることはできる。

 

 介添人は二人目(セコンド)とも呼ばれ、味方する側の当事者が敗北した場合にのみ、決闘に参戦することができる。いわば復讐役だ。

 

 「な、何故です!? サークリス様が介入するようなことではありません!」

 

 慌てふためくカリストにフィリップが首を傾げ、それを見たルキアも首を傾げる。

 

 「いえ、普通に関係あると思いますけど……」

 

 空気を読まずにそう口にしたフィリップに、周囲が「あ、それ言っちゃうんだ」という目を向ける。

 

 カリストが絡んでいるのはフィリップだが、彼はルキアの名前を出して責めて来た。フィリップが最も嫌ったのは、フィリップのせいでルキアが与り知らぬところで不利益を被ること。

 本人が来たのなら、本人に任せてしまうのが一番いい。

 

 「そういえば、どうして決闘を挑まれたの?」

 「えーっと……」

 

 順を追って説明すると、ルキアの顔が段々と険しくなっていく。

 それに応じて部屋が暗くなっていくのは、おそらく錯覚ではない。

 

 「フィリップが私に相応しくない? ……そう。面白い言説ね?」

 

 部屋が闇に包まれ、ルキアの掌に浮かんだ小さな光球だけが唯一の光源になる。

 

 底冷えのするような声色からは明確な殺意すら感じ取れる。決闘という舞台の外での攻撃は普通に罪に問われるが、ルキアの実力であれば騎士団と衛士団を丸ごと敵に回しても難なく退けられる。

 敵対者は殺すし、不愉快でも殺す。取り敢えず粛清の光をぶっ放し、塩の柱に変わらなかった者だけが善良な者だ。そんな暴虐すら許される──否、その暴虐を貫き通すだけの力がある。

 

 周囲の生徒たちが踏鞴を踏んで下がるが、そんな小さな逃避ではルキアのキルレンジを出られない。

 

 彼女に撃つ気があるのか単なる脅しか、それはフィリップには分からない。

 恫喝なんてまだるっこしいことをする暇があったら鏖殺するような気もするし、そうじゃない気もする。ナイ神父やマザーのように振り切っていれば分かりやすいのだが、それはそれで面倒だ。

 

 どちらにせよ、このまま放置しておいていいことはない。

 

 フィリップは二人の間に入り、ルキアに落ち着けと身振りで示す。

 

 「ま、まぁ落ち着いてください。ここでそんな魔術を使ったら校舎が壊れちゃいますよ」

 

 『明けの明星』は半物理型の魔術だけあって、魔術防御を貫通しやすい。『粛清の光』を弾くような相手にも有意なダメージが見込める高威力の魔術だ。

 魔術学院の校舎に如何ほどの防御力があるのかは知らないが、まぁ耐え切れないだろう。

 

 フィリップの制止を受け、ルキアがそっと魔術を解除する。

 教室内に光が戻り、生徒たちが安堵の息を吐く。

 

 「ごめんなさい。少し熱くなってしまって」

 「え? いえ、謝る必要はありませんけど……」

 

 フィリップに向けて謝るルキアを見ると、どうにもマザーの姿が脳裏をチラついてやりづらい。

 彼女の判断基準がフィリップの機嫌に依存するとまでは思わないが、判断材料の一つくらいにはなっていそうで怖い。

 

 「それで、期日は?」

 「あ、い、一週間後でお願いします……」

 

 カリストが呟き程度の声量でそう伝える。

 

 では一週間後に向けて猛特訓だ。必然的に──

 

 「一等地観光は延期かぁ」

 

 フィリップの呟きを耳聡く聞き取り、同じ落胆を抱いたルキアがもう一度魔術を照準する。

 

 チャイムが鳴るまでの五分を全て費やし、何とか矛を収めて貰った。

 

 

 ◇

 

 

 

 その日の昼休み、ルキアに連れられて食堂へ向かったフィリップを見送って、カリストは数人の友人と共に私室に籠っていた。

 ソファに座った者、窓際の壁にもたれかかった者、同室の者のベッドに勝手に座った者。位置的にカリストを囲むようになっているが、彼らの視線は一様に慮るものだった。

 

 「なぁ、カリスト。どうしたんだよ、決闘なんて」

 「あぁ。お前らしくないぞ」

 

 自分のベッドに腰掛けたカリストは頭を抱え、ぼそりと呟く。

 

 「頭に血が上ってたんだ。でなきゃ、平民に決闘なんて持ちかけない」

 

 決闘は貴族対貴族であれば、伝統と格式ある裁定手段として重んじられる。だが血統的に魔術適性に乏しく、武術に秀でているわけでもない平民、しかも年下を相手に吹っ掛けたとなれば話は別だ。

 それが即座に法律に反するとか、貴族社会において重大な意味を持つということはない。だが、それは単なる弱い者いじめだ。

 

 最高位貴族として一点の曇りなく美しい生き様を求められ、それに応え続けてきたルキアが怒るのも理解できる。

 あれは高貴でもなければ美しくも無い、無様な行為だった。

 

 だが、それでも。

 

 「それでも、誰かがサークリス様をお諫めし、常道に戻して差し上げねばならん」

 

 あれは譲れない主張だった。

 貴族と平民の間には、魔術の才能──戦う力の差が顕著に表れる。勿論全ての貴族が高い魔術適性を持ち、全ての平民がそれに劣るわけではない。だがルキアは世界最高の才能を持ち、やがては王国を先導する立場になる。

 

 その時、戦争になったとしたら?

 

 貴族は王を補佐する立場として、国の体制を維持するのに重要なものを最優先にする。

 時には100の兵や100の貴族を守るため、1000の平民を見殺しにするかもしれない。

 

 その残酷な決断を迫られた時、彼女は一片の躊躇もなく、一片の後悔も無く、首を縦に振る必要がある。

 ほんの少しでも心に傷が付けば、それは積もり重なって破綻を招くからだ。

 

 冷酷であれ。無関心であれ。

 今までのルキアは求められるまでもなく、そう在った。

 

 「で、でもさ。そのサークリス様が介添人だったら、勝ち目は無いんじゃないか?」

 

 疑問形ではあるが、表情を見るまでもなく内心では不可能だと思っているのが分かる。当然だ。カリスト自身も不可能だと分かっている。

 聖痕は最強の証。彼ら聖痕者に対抗できるのは同格である聖痕者だけで、カリストはその域に無い。

 

 友人の心配を吹き飛ばすように声を上げて笑い、カリストはベッドに寝転がった。

 

 「サークリス様に勝つ必要などない。あの方の傍から平民が消えれば、それでいいのだから」

 「……カーターを殺すのか?」

 「何を言ってる? 決闘とはそういうものだろう?」

 

 確かに、カリストの言う通りだ。

 当然ながら大多数の場合において、決闘は戦力的に有利な者が挑みかける。故に戦力に劣る挑まれた側は和解を申し入れ、妥協点を探ることが多い。

 

 だが落としどころが見つからず決闘に至った場合、ほぼ確実にどちらかが死ぬ戦いになる。

 

 決闘の場において手加減や温情が認められないわけではないが、手心を加えるような余裕があれば、その主張を通すために決闘などしない。

 

 相手を殺すか、自分が死んででも通すべき主張だと。

 決闘を挑むということは、そういうことだ。

 

 「フィリップ・カーターを生かす代わりに見逃してくれなどと、そんな無様を晒してまで生き延びたくはない」

 「い、いや、でも──」

 

 カリストは言葉を最後まで聞くことなく、弾みをつけてベッドから起き上がり、部屋の扉を開ける。

 そう言えばそろそろ午後の授業かと友人たちもそれに続き、どうにか止めようと言葉を探るが、カリストの決意は固い。

 

 「奴が死に、私が死に、サークリス様は以前の彼女に戻る。それで、この話は終わりだ」

 

 突き放すように言ったきり、カリストは一言も発さずに教室へと戻った。

 

 

 ◇

 

 

 ほぼ同時刻、食堂。

 人混みから隔離された特等席で向かい合い、フィリップとルキアは共に昼食を摂っていた。

 

 既に決闘騒ぎの事を忘れかけている──開戦直後に介入して終わらせる気でいる──ルキアとは違い、フィリップは真剣に決闘に挑むつもりでいた。

 それはルキアがどうこうではなく、もっと個人的な理由によるものだ。

 

 勿論、決闘に挑む理由そのものはルキアだ。彼女のことは気に入っているし、他人に言われたから友達を辞めるなんて家畜じみたことはしたくない。

 とはいえ、万が一フィリップが負けてもルキアが勝つので、決闘の結果についての心配はない。

 

 そして当然ながら、フィリップが負けることはあり得ない。

 

 学生の喧嘩の域ならばいざ知らず、命の懸かった決闘になって黙っているヨグ=ソトースではないだろう。

 いくらカリストがルキアに大きく劣る魔術師の卵で、副王にしてみれば認知する価値も無い相手だとしても、フィリップを死に至らしめる攻撃を仕掛けたとなれば話は別だ。

 

 フィリップは即座に世界全ての干渉を跳ね除けるほど強固な鎧に守られ、敵対者は時間と空間の絶対性を知って死ぬことになる。

 観戦者の何割が巻き添えで発狂するのかなど、副王にはどうでもいいことだ。

 

 故に、フィリップはこの決闘に於いて、一撃も貰わずに完勝する必要があった。

 

 「となると、急に難易度が跳ね上がる……」

 

 食事の席ということも忘れて深々と溜息を吐いたフィリップに、ルキアが窘めるような視線を向ける。

 

 「行儀が悪いわよ?」

 「あ、すみません……」

 

 フィリップの真剣な表情と憂いの籠った目を見て、ルキアは微かに顔を歪めた。

 

 「彼の言葉を気にしているのなら、その必要はないわ。貴方が私に釣り合わないなんてことは、絶対にないから」

 「え? あ、ありがとうございます」

 

 それが本心か慰めかは、然して問題にはならない。

 彼女とフィリップの間に大きな社会的地位の差があるのは事実だ。それを正確に認識してなお、フィリップに気後れは無い。

 

 社会的地位も含めて、彼女とフィリップは等しく無価値だ。

 同じく非力で矮小で無価値で無意味な人間だ。

 

 遥かな視座を与えられたフィリップは、この世の誰より人間を平等に見ることができる。

 

 貴族名鑑に名前が載り、豊かな財産を持ち、人類最強の証を与えられたから、何だと言うのか。その全てが一個存在の一挙動で纏めて滅ぶ、泡のような世界だというのに。

 

 そんな価値観を持ちながら貴族を尊重し、社会的立場に重きを置くのは、それが人間らしいと思うからだ。

 内心の冷笑は、どうやらカリストにも見抜かれていたようだが。

 

 「あと一週間で初級魔術が使えるようになると思いますか?」

 

 話を逸らす意図も含めての質問に、ルキアは一瞬考えて首を横に振る。

 

 「難しいわね。もし初級魔術を習得できたとしても、魔術師相手に初級魔術なんて何の効果も無いわよ?」

 

 確かに、ルキアほどの魔術師であっても、初級魔術の稲妻の弾丸は標的人形の耐性によって無力化されていた。

 魔術式に代入できる魔力量や算出される威力の限界値が著しく低いのが原因だろうが、そもそも初級魔術は戦闘用ではなく、半ば道具扱いだ。無理もない。

 

 「ですよね……」

 

 と、なると。

 フィリップに残されたカードは鬼札一枚。切れば勝てるが、色々と終わる。しかもクトゥグアのつもりで切ったけど、出てきたのはヤマンソでした! なんてオチもあり得る最悪のカードだ。これならヨグ=ソトースが介入した方がマシである。たぶん。

 

 「待って? まさか、戦うつもりなの?」

 「え? それは、まぁ、はい」

 

 パンチでもキックでもいいが、火力調節の利く魔術ならもっといい。

 というか副王の介入と邪神の招来がダメ。それ以外なら何でもいい。

 

 邪神の招来に関しては、フィリップの魔術行使がトリガーだ。自分の意志でどうにかなる。

 

 だが副王の介入は、フィリップが致死の攻撃を喰らった時点でアウトだ。決闘のセオリーなど知らないが、様子見程度の攻撃から始まるという保証はない。初手に最強の一撃を持ってくるものだとしたら、先制した上で倒す必要がある。

 

 つまり、純戦闘型魔術師に発動スピードで勝り、かつ一撃で相手を戦闘不能にさせるだけの魔術が必要ということだ。

 

 「無理かな……?」

 

 初級魔術はルキアほどの実力があっても、その力の1割も発揮できないほど威力上限が低い。

 仮に習得できても、カリストに先制し一撃で倒すなんてことは不可能だ。

 

 フィリップの無意識の呟きを耳聡く聞き取り、ルキアが悩ましげに眉根を寄せる。

 

 「難しいわね。一般に中級魔術以上が実戦用だと言われているけど、魔力量が同格以上の相手なら魔力抵抗で弾かれることもあるし、対魔術師戦は上級魔術の撃ち合いになることが多いわ」

 「そうですよね……」

 

 ルキアの魔術理論講義でも教わったことを繰り返したのは、フィリップを止めようという意図があってか。

 

 エンチャント系の魔術でも使えれば魔術師相手でも有意なダメージが見込めるのだが、肝心の武術の心得が一切ないので無意味な仮定になる。

 召喚術は……制御可能で、誰かに見られても発狂されず、この星や生態系に影響を及ぼさない召喚物に限り、選択肢に入る。そんなものはないので、これも無意味な仮定だ。

 

 現代魔術も召喚術も望み薄となると、領域外魔術?

 召喚物を媒介としない純粋な魔術も存在するらしいが、生憎、ここには領域外魔術を教えてくれる教師はいない。

 

 いや、ナイ神父は来なくていいが。

 

 

クトゥルフ神話要素の強さ塩梅

  • 多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
  • 多いけどまあこのぐらいで
  • ちょうどいい
  • 少ないけどまあこのぐらいで
  • 少なすぎる。もっとクトゥルフしていい
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