なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 ルキアは何故、マザーを指して神と言ったのか。それが分からない。

 確かにマザーの容姿は、彼女こそが美の女神であると言われても信じられるものだ。

 

 星明かりの下で輝く銀糸のような髪は滑らかで、物珍しさよりも美しさに目を惹かれる。柔和な光を湛えた銀色の双眸は吸い込まれそうに深く、それでいて星々の煌めきを宿している。

 

 透き通るような白い肌でありながら不健康さを感じさせないのは、その肢体が女性的魅力に溢れた艶やかなものだからだろうか。

 

 ゴシック調の喪服と精緻な装飾の施されたヴェールにはぎょっとさせられるが、彼女の魅力の前では些細なことだ。むしろ、その非日常的な装いこそが、彼女の纏う神秘的な雰囲気を最大限に引き出していると言えよう。

 

 ただ、いかんせん整い過ぎている。

 どんな絵画にも描けず、どんな彫刻でも表せない美といえばそれらしいが、彼女のそれは間違いなく人外の美だ。ただ見惚れるようなものでは無く、魅入られるといえばいいのか。

 湖面に映る自分に酔いしれて命を落としたナルキッソスのように、いっそ害ですらある美しさ。只人が見れば精神を揺さぶられるだろう。

 

 だが発狂するほどかと言われると、それは流石にNOだ。

 

 大陸全土で信仰されている一神教は、その聖典や外典、偽典に至るまで、一貫して唯一神のみがこの世界にただ一柱の「神」であるとしている。その容姿についての言及はないが、一般的に男神だとされることが多い。

 聖痕者──聖人であるルキアがそれを知らないはずはないのだが、さて。まさか唯一神以外の神性を認めるのか、それともマザーこそが唯一神あるいはその化身であると思っているのか。どちらにしても、理知的なルキアらしからぬ結論と言える。

 

 「さ、サークリス様? 一体何を……」

 「違うの?」

 

 マザーが何も答えず、ルキアを意識の片隅にすら置かず、ただフィリップに愛玩するような笑みを向けているのが幸いだった。

 変に肯定されても困るし、唯一神とルキアを嘲るように否定されても困る。とはいえこのまま黙っていられても不自然なので、フィリップが会話して誤魔化すことにする。

 

 「いえ、この方は……王都の投石教会にお勤めの神官様です」

 

 とんでもなく苦しい言い訳だった。

 黒山羊を一撃で潰すなどおよそ一介の神官にできる攻撃ではない。なんせ、最強の魔術師であるルキアでも無理だったのだ。なんでこんな森の奥に神官が居るのかとか、なんでルキアを庇う必要があったのかとか、なんで黒山羊が見るも悍ましい潰れ方をしているのかとか、そんな疑問が浮かぶことだろう。

 

 ルキアがフィリップをじっと見つめる。

 どの質問が飛んでくる? どう答えれば不自然ではない?

 

 そんな露骨な警戒が表情に表れないようにと願うが、フィリップの演技力を鑑みると絶望的だろう。

 

 「……そう。失礼いたしました、神官様」

 

 だから、ルキアがそう言って頭を下げたのは、まさに青天の霹靂だった。流石に正面から話しかけられて無視するのは不味いと分かっているのか、或いはフィリップの視線を受けてか、マザーは鷹揚に頷く。

 思わず「え?」と口走ると、彼女は穏やかな微笑を浮かべる。

 

 「貴方の言うことだもの。嘘だとしても、それは貴方の為か、私の為の嘘でしょう? 嘘でも本当でも、信じるわ」

 

 まさに全幅の信頼を見せるルキアに、フィリップは

 

 (え? 発狂してる?)

 

 という失礼極まりない、しかし正しい疑いを向けた。

 

 「サークリス様? ちょっと僕の目を見て貰えますか?」

 

 怜悧な光を湛えたアルビノの赤い瞳を見つめる。

 狂気に溶けていたりとか、毎朝鏡で見るような諦めに濁った影は見受けられない。両目に輝く紋章は、唯一神より最強と認められた証である聖痕──両目?

 

 「右目にも模様が浮かんでますよ? えっと……」

 

 手頃な棒を拾い上げると、およそ木とは思えない硬さだった。地面に絵を描くのにはちょうどいいが、あまり長々と触っていたいものでは無い。というか、落ちた枝まで変生させるのか。

 

 「ちょっと歪んでますけど、こんな感じの」

 

 どことなく左目の紋章に近しいデザインだ。地面に手書きの分かりにくい絵を見て、ルキアはさっと思索する。

 

 「……聖痕かしら?」

 「いや、僕に聞かれても……」

 

 魔術の素養に乏しい自覚のあるフィリップは、魔術書の類を読まない。特に現代魔術について書かれた書物など、無用の長物だ。才能がない以上、それを磨くこともない。

 ゆえに魔術知識は薄く、聖痕者については「当代最強」程度しか知らない。あとはどの属性の術者が誰、くらいだ。どうせ関係のないことだし、紋章がどんな形なのかとか、何処に発現するのかとか、聖痕者にはどんな特権があるのかとか、そういったことを調べようとは思わなかった。

 

 「そもそも、聖痕が二つなんてあり得るんですか?」

 「在り得なくはないわ。5代くらい前の教皇は、水と火の聖痕者だったし」

 

 反属性のハイブリッドとか、ちょっとかっこいいな。

 そんな少年的な──年相応の感想を呑み込み、フィリップはとにかく発狂してはいないようだと胸を撫で下ろす。

 

 「ま、まぁ、それは帰ってから調べればいいことですよね」

 「えぇ、そうね」

 

 話が一段落したタイミングで、マザーがぽんと手を打つ。

 音につられて注目すると、彼女はにこりと微笑んだ。

 

 「居心地のいい森だけど、夜も遅いし、帰りましょう?」

 

 居心地が……いい……?

 植生は芝から木々まで悉くが変性し、今や異界だ。黒山羊の死体に、カルトと仔山羊だった塩の柱の数々。周りを見渡せば死体かそれに類するものしかない。

 

 「……そうですね。帰りましょうか」

 

 帰ろうという部分にだけ同意して、マザーの差し出した手を取る。

 ルキアにはフィリップが手を差し出し、どこか嬉しそうにその手を取ったルキアも並んで三人で宿へ戻ることにする。

 

 図らずも当初の予定通り、三人仲良く森のお散歩だ。

 思い描いていた想像図では真ん中にマザーがいたのだが、まぁ、誤差だろう。

 

 昨日は帰らなかったわけだし、アイリーンやオーガストがさぞかし心配している……だろうか。ナイ神父が上手く誤魔化してくれている可能性もある。どうせなら怒られないであろう後者がいいな、などと考えながら、フィリップは疲れを溜息として吐き出した。

 

 5人の生徒が死んだことを悼みもせず、あれだけ憎んでいたカルトの死を喜ぶことも無く、ただ漫然と疲れたと息衝く。その異常性を自覚することも無く、そんなフィリップに愛おしそうな視線を向ける二人の女性に気付くことも無く、帰って寝たいと欠伸を零した。

 

 

 ◇

 

 

 教皇庁・第四尖塔『摩天牢』

 枢機卿や教皇の暗殺を企てた重罪人や、信仰を穢した聖職者などが拘束される、地上約30メートルに聳える牢獄だ。

 

 その最上階、枢機卿レベルの権限でしか入れない、最上級機密エリアに拘束されているのは、壮年の男性だ。

 伸び放題の髪や髭は高ストレスによって白髪の割合を多くしており、かつては艶のある金髪であったことは、よく観察しなければ分からないほどだ。鍛えられていた肉体は痩せ衰え、石の床にぐったりと座り込んでいる姿には一片の覇気も感じられない。

 

 そんな姿の彼を見て、彼が闇属性最強の魔術師、唯一神より認められた聖痕者であると看破できる者はいないだろう。

 

 いや──

 

 「貴様の処刑が決定した。元、闇の聖痕者──いや、魔王の預言者エゼキエル」

 

 牢の外から宣告する兵士に、彼は何も答えない。

 発声に差し障るほど枯れた喉では無理もないが、それでも彼は微かに口角を上げた。僅かに動く口元は「やっとか」と呟いたようにも見える。

 

 「執行は本日、たった今だ。だがその前に、枢機卿より質問を預かっている」

 

 両手両足に三つずつ、最上級の魔力制限装置を付けられてなお、その耐魔力は一介の兵士の魔術を容易く弾く。

 ゆえに魔術ではなく、剣によって頭を落とすため、牢を開けて中に入る。

 

 「闇の聖痕は唯一神ではなく、魔王サタンが刻む。それがお前から移ったということは、魔王が目覚めたということか?」

 

 エゼキエルの口元が歪み、明確な嘲笑を浮かべる。兵士は不快そうに眉根を寄せるが、どうせこれから死ぬ男だ。殴る必要もない。

 

 か細い、嗄れた声を聞き取ろうと、兵士が一歩近づく。

 

 「──その、通りだ」

 

 弱々しく、兵士が何をするまでも無く死にそうな男の言葉に、完全武装の兵士が怯えて下がる。

 その無様を一瞥し、エゼキエルは魔王より預かった言葉を伝える。それは兵士にでも、いずれ彼が伝えるであろう枢機卿や教皇に向けたものでもない。

 

 「ルシファー様は、御自らと同じ名を持つ少女をお認めになられた。彼の者こそは、いずれ父なる神と、我らが魔王の右席へと至る者なり」

 

 この光景を見ているであろう、唯一神へ伝える。

 

 ただ強さのみが指標となる聖痕者の中で、闇属性だけは例外だった。

 この世全ての魔術師の中で、闇属性に最も優れ──唯一神を唾棄し、世界を唾棄し、己の価値観にのみ生きる者。闇属性だけが聖痕者不在であることも珍しくない理由はそこにある。

 

 だがその事実と、預言の内容は相反するものだ。

 唯一神と魔王サタンの双方が、同じ人間を聖人として認めた? それは遥かな昔──魔王など存在せず、サタンが未だ天使長ルシフェルであった時代以来のことだ。

 

 それが魔王の見せた歩み寄りか、或いは宣戦か。全知全能たる唯一神と、その反逆者である魔王サタンのみぞ知ることだ。

 

 「御言葉はそれだけだ。……殺してくれ」

 

 兵士は苦しげな男の請願に頷き、その首を刎ねた。

 

 

 




 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ2 『森の黒山羊』 クトゥルーエンド

 技能成長:【応急手当】+1d3 【オカルト】+1d3 【サバイバル】+1d6
 SAN値回復:通常なし ただし、KPが森歩きによって正気度を回復できると考える場合、妥当な量の回復を与えてよい

 特記:同行者『ルキア』が20の【クトゥルフ神話】技能および特性『シュブ=ニグラスを信仰』を取得。

 取得物:金属製のコイン

クトゥルフ神話要素の強さ塩梅

  • 多すぎる。もっとナーロッパ強くていい
  • 多いけどまあこのぐらいで
  • ちょうどいい
  • 少ないけどまあこのぐらいで
  • 少なすぎる。もっとクトゥルフしていい
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