国際人権法に反する「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」に反対する会長声明


出入国在留管理庁は、2025年5月23日、「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」(以下「ゼロプラン」という。)を発表した。


同日の法務大臣の記者会見によれば、ルールを守らない外国人に係る報道がなされるなど国民の間で不安が高まっている昨今の状況を受け、誤用・濫用的な難民認定申請を繰り返している者を含め、ルールを守らない外国人を速やかに退去させるため、「入国管理」、「在留管理・難民審査」、「出国・送還」の3段階における対応策を「ゼロプラン」としてまとめたとされている。


このゼロプランは、日本に滞在している「不法滞在者」は「ルールを守らない外国人」であり、「国民の安全・安心に大きな不安を与えている」という認識に基づいている。しかし、このような認識は、現在の日本において、後述するとおり適正な保護がなされないために在留資格を得られない外国人が多数いるという実態に反している。その結果、ゼロプランは、難民認定手続及び退去強制手続に関する憲法上及び国際人権法上の重大な問題を解消しないまま、正当に保護されるべき外国人までをも排除しかねない施策となっており、極めて問題である。


まず、ものの見方や考え方、価値観の異なる人々が、互いの文化の違いを認め合い、対等な関係を築きながら、社会の中で共に生活していくことが求められている多文化共生の姿である。外国人についてのみ、「ルール」を守らないという曖昧で漠然とした理由で「国民の安全・安心が脅かされる社会情勢」にあるとすることは、外国人に対する不安や偏見、差別につながりやすく、多文化共生の理念に反し、「非正規滞在者の存在イコール治安悪化の要因である。」といったような誤った認識の固定化を招きかねない。


次に、ゼロプランは、誤用・濫用的な難民認定申請を抑制するためとして、難民審査における案件の振り分け(難民認定申請書の記載内容等により申請案件をA案件〜D案件の4種に振り分ける)について、出身国情報等を踏まえてB案件(難民条約上の迫害に明らかに該当しない事情を主張している案件)を類型化し、在留の制限を実施すると共に、早期かつ迅速に処理するとしている。しかし、申請者自らが当初から十分な主張をできるとは限らず、実際に、空港で難民認定申請ができずに収容され、収容中に難民認定申請を行ったものの1か月で不認定となり、審査請求では「何らの難民となる事由を包含していない」とされてインタビューも実施されなかったが、その後の裁判で難民と認められたケースがある(大阪地方裁判所令和5年3月15日判決)。その上で、公正かつ適正な出身国情報の充実と情報の開示による反論、説明の機会提供という適正手続が保障されていない日本の難民認定実務の下で、出身国情報等限られた情報をもとに誤用・濫用的な申請であると判断することは、難民申請者の地位及び権利を大幅に制約し、本来保護されるべき者を排除することになりかねず、国際人権法に反する事態をもたらす。


さらに、ゼロプランは、令和5年改正入管法により送還停止効の例外となる3回目以降の難民申請者などを中心に、計画的かつ確実に護送官付き国費送還を実施するとしている。しかし、2024年には、3回の難民不認定処分を受けながら、裁判では難民と認められたケースが2件あった(名古屋高等裁判所令和6年1月25日判決、東京地方裁判所令和6年10月24日判決)。難民認定手続の適正、透明性(インタビューでの弁護士等の立会い、供述調書の開示、録音・録画の実施など)が保障されていない現在の難民認定実務の下では、3回目以降の申請者であっても難民と認定される可能性を否定できず、その心身に重大な危険が及ぶ可能性の高い本国への送還を促進することは基本的人権を侵害しかねない。


翻って、ゼロプランは、既に入国している者について、出国、送還の方向の施策のみを示すものであるが、非正規滞在者となっている者の中には、例えば人身売買の被害者であったり、DVを受けていたりするなど、本人の責めによらない事情で在留資格を得られていない者・失う者も多数存在する。日本においては、ノン・ルフールマン原則、子どもの権利や家族結合権など、国際人権法の遵守が不十分であるが故に、非正規の在留が長期化してしまうという現実がある。例えば、日本で生まれ、母国を一度も見たことがない者、幼い頃に親と来日して以来、一度も帰国していない者のように、日本語で考え、日本文化に親しみ、日本社会の中で生きてきた非正規滞在者もいる。また、日本人や正規滞在の外国人と婚姻するなどして家族を構築し、日本社会に根付いている非正規滞在者もいる。こうした者たちは、非正規滞在であるために、言葉も話せず親族はおろか知り合いも一人もおらず、生活の術も皆無である母国に強制送還されてしまうことになりかねない。そうした非正規滞在をなくすためには、国際人権法に基づいた権利擁護をすることで在留を正規のものとすることこそが不可欠である。


ゼロプランは、「国民の安全・安心を脅かす危険な外国人を退去させる」としながら、実際には、国民の安全・安心に何ら脅威を与えず、かつ、保護されるべき外国人の人権を侵害するおそれが高く、国際人権法に反するものである。


当連合会は、国際人権法に反するゼロプランに反対し、偏見に基づく差別が解消され、平等権が保障された共生社会の実現に向けて今後も力を尽くす所存である。



2025年(令和7年)7月22日

日本弁護士連合会
会長 渕上 玲子