【もはや青年将校…!】滝沢秀明が見据える「世界変革」のビジョンと傾倒した「過激な思想」

中森明夫・欲望のジャニーズ論 第4章 滝沢秀明がジャニー喜多川を超える日④

前の記事『【ジャニーズ史上最大のスキャンダル】解雇された同僚を横目に…滝沢秀明が乗り越えた「屍たち」の正体』では、一人の才能を輝かせるため、多くの少年たちが犠牲となっていくジャニーズの構造を詳報した。

「二・二六事件」の将校に重なる生き方

ストイックな生き方でも知られる滝沢
ストイックな生き方でも知られる滝沢

「滝沢秀明って、もはや青年将校ですよ!」

若い記者が言った。大手メディアで働く敏腕の芸能記者である。

’22年10月、突如、滝沢はジャニーズ事務所を退所して、翌年3月、新会社「TOBE」を立ち上げた。元V6の三宅健や、King & Princeの平野紫耀、神宮寺勇太、岸優太、Kis-My-Ft2の北山宏光、さらにはジャニーズJr.のIMPACTorsのメンバーらが次々と事務所から移籍して、TOBEで活動を始めたのだ。

ちょうどジャニー喜多川の性加害が明らかとなり、藤島ジュリー景子社長が謝罪、ジャニーズ事務所が消滅へと至るのと同じ頃である。もし、滝沢秀明がジャニーズの副社長のままであったなら、彼もまた責任を問われ、記者会見で追及を受けて、東山紀之の立場になっていたかもしれない。

一連のジャニーズ問題は、英国BBC放送がきっかけとなった。日付を調べてみたのだ。すると……。

’23年3月16日=滝沢秀明、TOBEを設立。

3月18日=英国BBC放送がジャニー喜多川の性加害ドキュメンタリーを世界公開。

なんということだろう! ジャニーズ帝国の崩壊のその寸前に、滝沢は自らの独立国を建ち上げていたのである。そこで冒頭の記者の言葉が浮上する。

「青年将校」

いったい、それはどういう意味だろう?

二・二六事件である。

昭和11年(1936年)2月26日、日本陸軍の青年将校たちが引き起こしたクーデター事件だ。1483名が蜂起、大臣や軍上層部ら数名が殺害されたが、昭和天皇の怒りをかって鎮圧、首謀者らは処刑された。

この日本国家をジャニーズ、青年将校を滝沢秀明、軍上層部を藤島ジュリー景子ら事務所の守旧派になぞらえよう。天皇=ジャニー喜多川は既に亡くなっていた。つまり青年将校・滝沢秀明こそがジャニーの精神の正統的な後継者(=皇道派)として引き起こした叛乱なのだ。

関連記事

特集

アクセスランキング