【もはや青年将校…!】滝沢秀明が見据える「世界変革」のビジョンと傾倒した「過激な思想」

「異常な情熱」のルーツとは

幼少期の滝沢秀明の憧れの的だった大仁田厚
幼少期の滝沢秀明の憧れの的だった大仁田厚

さらに言えば、昭和6年(’31年)9月の満州事変である。中華民国の柳条湖で関東軍が鉄道線路を爆破、これを機に満州全土の占領へと至った。主導したのが軍参謀の板垣征四郎と石原莞爾だ。

ちなみに今年2月に亡くなった世界的指揮者・小澤征爾は満州生まれで、板垣「征」四郎、石原莞「爾」の文字をもらい名づけられた。映画『ラストエンペラー』で描かれたように満州国こそは、日本から脱した者らによって作られた夢想国家なのだ。

つまりは、青年将校・滝沢秀明によるジャニーズ電撃脱退は二・二六事件であり、TOBEこそは満州国なのだ――という見立てである。

昭和初期の青年将校と、令和初期の滝沢秀明をつなぐものとは、いったい何か。寺内大吉著『化城の昭和史』(毎日新聞社、’88年刊)を読んでみよう。

〈満州事変とは、いったい何だったのか? 永年にわたる僕の疑問は、やがて五・一五から二・二六事件へ至る日本ファッシズムの形成過程で随所に顔を覗かせてくる日蓮主義者たちの存在を知るに及んで、重大な関心事となった〉

同書の副題は「二・二六事件への道と日蓮主義者」である。

満州事変の首謀者・石原莞爾や、二・二六事件の青年将校たちは、日蓮主義の熱烈な信奉者だった。日蓮は特異な仏教僧で、その教えは苛烈なイデオロギー(主義)として恐れられた(佐渡へと流刑になる)。

昭和史を揺るがす青年将校たちの革命思想の根底には、日蓮主義があったのだ。滝沢秀明が、日蓮の仏法を信仰する我が国最大の宗教団体の会員らしいとは、よく聞く話である。

お笑いタレントの長井秀和は、滝沢と共に同団体の名誉会長と面会した時のことを告白していた。

「’05年1月、八王子にある東京牧口記念会館で開かれた本部幹部会で、集まった千人ほどの学会員の前で池田先生から激励を受ける機会がありました。タッキーはNHK大河ドラマ『義経』の主演に抜てきされた頃でしたから、歴史モノ好きの池田先生は壇上でうれしそうにしていました。タッキーといえば、あのジャニーさんにも気に入られて、それに池田大作でしょ。クセの強い昭和のフィクサーたちから寵愛を受けていて、すごいなと思いましたよ」(デイリー新潮、’23年11月21日)

これを聞けば、滝沢の信仰の件は長井秀和の持ちネタではないが「間違いない!」ということだろう。

とはいえ、彼が世俗化された宗教団体の数多くいる芸能人会員の一人であることに、さほどの興味を覚えない。いや、むしろ、日蓮その人の過激思想、いわゆる日蓮主義に殉じた昭和の青年将校たちの血中に流れる情熱と等しいものを、滝沢秀明に感じるのだ。

滝沢の強烈なストイシズムと超越的なものに対する強い志向は、よく言われる。少年時にプロレスラー・大仁田厚に憧れ、自らの部屋のベッドに有刺鉄線を張りめぐらせリングとして、毎夜、一人で闘っていたとか。さらには、なんとアントニオ猪木と横浜アリーナのリングで対戦してもいる。

また、火山探検家という意外な顔も持っていた。世界の五大溶岩湖のうち、既に4つを制覇、人類史上わずか5人の偉業を達成しているという。趣味の域をはるかに超えた異様な情熱だ。

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