それは、あまりにも王道すぎた   作:親指ゴリラ

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「まず、補足させていただきたいのですが」

「……? はい」

 

 リティーがそう話を切り出したのは、二人の食事が殆ど済んだ後のことだった。戦士が去り、なんとなく会話が憚られる雰囲気になったため、料理が配膳されてからはお互いに黙々と手と口を動かしていた。

 あらかた食べ終えた事で、二人の間に流れていた気まずい雰囲気も払拭されていた。リティーは相変わらず果実水を、アクアはおまかせで出てきた白ワインをチビチビと飲んでいる。アクアが酒類を口にするのは初めてのことだったが、料理の名前から親近感が湧いて注文したメインのアクアパッツァにはこの一杯が良く合っていた。

 

 

「戦士さんが言っていた事ですが、アレだけでは誤解を招く可能性があるので訂正します。まずですが、僕がこの街で錬金術を広めたのは利己的な理由によるものです」

「はぁ」

「戦士さんはまるで僕が良いことをしたかのように語っていましたが、実際のところ、選択肢のない方々を労働力として確保して個人で使用する為の薬品を量産させているというのが現状になります。僕が技術を授けた者たちは殆どがこの街のスラム出身であり、彼らは身につけた技能をこの街で使うことを契約で強制されています。戦士さんは僕に恩を感じているようですが、これはあくまで僕の行いが結果的に彼にとって利益となったにすぎません」

「……? なるほど?」

 

 アクアはリティーが何を弁明しているのか、全くもって理解できていなかった。利己的な行いであったとしても、結果的に良いことに繋がり感謝されるのであればそれに越したことはない。

 それを態々言葉を尽くして否定する意味を、アクアのこれまでの人生観からは見つけることはできなかった。

 

「僕の目的はダンジョンに潜る事、その先で経験値を含む成果を得る事。より強い武器を手に入れ、より強い敵と戦い勝利する事です。この目的を達成させるためにはより良い攻略環境を整える必要がありました。僕の知識にあるポーションやエリクサーを量産させ、継戦能力を高めることが必須です。さらに言えば、アルケミストのジョブツリーを発展させマスター・アルケミストになるために必要な実績作りのためでもありました。あくまで僕個人の利益を追求するための行為であるため、そこを過大評価されても困ります」

「困るんですか?」

「はい、困ります。自分のために行った事を良いことのように語られると、手の届かない場所がむず痒くなります。気まずいですし、居心地が悪いです。有り体に言うと、凄く恥ずかしいのです」

 

 そう言い切ったリティーの頬は、ほんの僅かに赤く染まって見えた。相変わらずの無表情であり、言葉に感情は籠っていない。それにも関わらず、とても恥ずかしがっているのが伝わってくる。

 アクアはまるで頭を鈍器で叩かれたかのような、とても大きく強い衝撃を受けた。

 

 ――か、可愛い……!? 嘘でしょ!?

 

 元が男であるとは信じられないほど、可憐な仕草だった。今のリティー(シン)は確かに少女の姿ではあるが、周囲の反応を見る限りは中身は男である筈だ。更に言うと、今日一日だけで信じられないほどの非常識さを叩きつけられている。アクアは概ね理不尽の権化であるこの存在に対して、胸のときめきを感じた事が信じられなかった。血迷うにしても限度がある。

 

 確かにリティーの見た目は美しい少女だ。

 月の光を反射して輝いているかのような銀髪、小さい顔は貴族に揉まれて鍛えられたアクアの審美眼を持ってしても文句のつけようがないほど整っており、ぼんやりとした瞳も相まって保護欲を掻き立てられる。

 長身とはいえないアクアよりもやや低い身長と、アンバランスなほど大きい胸と尻は全身を通して見ると何故か均衡が取れており、小動物らしい印象を与えつつも危険な色気を漂わせている。

 

 ――あれ? もしかして勝てるところがない……?

 

 危険な結論に達しそうになり、アクアは我に帰った。

 怪しくなっていた目つきを、眉間を揉むことで丁寧に解きほぐす。負けてたまるか、という気持ちを込めて再度リティーを観察する。

 

 ――嘘、もしかして……リティーさんって凄く可愛いのでは?

 

 それはアクアにとって、今日一番の理不尽な出来事だった。認め難い現実で、変えられない事実でもあった。

 そう、リティーは見た目だけならアクアがこれまで接してきた人々の中でもトップレベルなのだ。

 しかも、よく考えてみれば。

 理解出来ない理屈で作用しているとはいえ戦闘力も高く、その身につけた技能は多彩であり、現状に甘んじない向上心を持っている。更に言えば権力者の孫であり、本人も街の名士と呼ばれるに相応しい実績を持っている。

 

 シンと呼ばれる男の姿も、思い返してみれば好青年といった風貌でカッコよかった。程よい長さの黒髪と、同じ色の瞳。良く鍛えられていることがわかる体つきと、実力に相応しい名剣。

 

 性格と行動、この二つが常識外れというデカすぎる欠点から全力で目を逸らせば、アクアの人生で出会った中でも最も優れた存在である可能性が高い。いや、その欠点すらも高スペックの前では嫌味さを感じさせないための一要素になっている、ように感じる。

 

 ――嘘でしょ……こんな事が許されていいの!?

 

 アクアは戦慄していた。

 黙って動かなければ美少女、黙って動かなければ好青年。それがこの街に住む人々からの、シン(リティー)への正直な感想だった。あまりにも悔しいため、誰も本人の目の前で口にすることは無いが。

 

 アクアはこの街の人々と同じ結論に達した。

 つまり、彼女は明らかに混乱していた。

 

 

 ――なるほど、押せばいけそうですね。

 

 そしてアクアのその機微を、リティーは正しく把握していた。まるでテキストログで確認したかのように、アクアがリティーにバグ的な好意を抱いたのを見抜く。ここぞという重要な場面において、リティーの前で内心の自由は存在しない。

 

 何故なら、本当にテキストログを確認しているから。

 リティーが常に薄らぼんやりしているように見えるのは、自分にしか認識できないテキストログを参照している事が多いことも理由の一つだ。

 そこにはアクアがリティーとシンに対してプラスの評価をした事実が赤裸々に記されており、明らかなプライバシーの侵害だった。

 

 話を切り出すのであれば、ここだ。

 リティーは二人の今後について考え、なるべく受け入れられるような内容を組み立て、口を開く。

 

 

「アクアさん、今後のことについて相談したいのですが」

「……うぇっ!? へ? なんです? 相談?」

「今後の、ダンジョンの探索について相談したいのです」

 

 百面相のように表情を変えながらリティーの顔と体を眺めていたアクアは、話しかけられた事で不意を打たれたように動揺する。リティーに対して邪な感情を抱いた事がバレたのかと思ったのだ。

 当然、バレている。

 

「いま、僕には固定でダンジョンへ潜行できるパーティメンバーがいません。普段は概ね大手クランの活動に合わせて入り込むか、ギルドでメンバー募集している面々と臨時で組むか、もしくはソロで活動しています。ぼっちというヤツですね」

「へえ、それは意外……でもなく割と順当なような……」

「なので、パーティメンバーを募集しています。アクアさんには、パーティの加入を検討していただきたいのです」

「ちょっ、ちょっと待ってください……! そういう大切な事はこう……もっとお互いを知ってからの方が良くないですか?」

 

 アクアからすれば、それは予想出来つつも急な話だった。

 そもそもお試しで一度ダンジョンに入ったばかりで、まだお互いがどのような人間であるかも知らない相手だ。リティーの人となりは多少は理解できた気がするものの、常識を無視した首を傾げるような行動が多いためアテにならない。

 アクアとしては組むことを否定する理由こそないものの、もう少し段階を踏んでから結論を出すべき話題だと考えていた。

 

「なるほど、相手を知る。ではお互いに自己紹介をしましょう」

「えっ、此処でですか?」

「先手はいただきますね」

「自己紹介で先手後手とかあるんだ……」

「名前:“特異点”シンギュラリティー

 年齢:十五歳

 身長:性別により変化

 種族:人間種・魔人

 趣味:ダンジョン探索

 好き:強い武器、強い味方、強い敵

 苦手:反射ダメージ

 ――――以上になります」

「ちょっと待って、待ってください。やめてくれませんか? 情報をぶわーっと叩きつけるのは……え? なんか色々ツッコミどころがあった気がするんですけど」

「では後手をどうぞ」

「えっ、あっ……えと、アクアです。十八歳で、身長と体重は秘密です。種族? は人間で、趣味は……趣味、難しいですね……強いていえば魔法ですかね? 好きなのは猫ちゃんで、苦手なのはクラゲです」

「ありがとうございます。では、握手を」

「あっ、はい……っ!?」

 

 リティーから差し出された手を思わず握り、アクアはその手の小ささと肌のなめらかさに驚愕した。びっくりするくらい、手が小さい。思わずさわさわと摩るように手を握るアクアを見て、リティーは「この人結構人肌に飢えているな」という感想を抱いた。

 

「はい、これでお互いを知った仲になりましたね」

「……はっ! いやいやいやいや、今それどころじゃなかった気がしたんですけど? なんか変じゃなかったですか?」

「そうですかね。まぁ確かにちょっと名前が長かったかもしれませんね」

「それもそうなんですけど……あの……リティーさんって歳下なんですか……?」

「ええ、はい。今年で十五歳になります」

「若さでも負けてる……!?」

「勝ち負けの話なんスかね」

 

 リティーの若さ溢れる手を堪能しながらも、本日何度目かの衝撃に打ちひしがれるアクア。もっと気にするべき箇所があったことは一目瞭然だが、もはやアクアに客観的な判断するだけのリソースは残されていなかった。

 

「組んでいただけますか、パーティ」

「……え? パーティ?」

「はい。アクアさんの事情についてはわかりませんが、ダンジョンに関する事でしたらお役に立てると思いますよ」

「う、う〜ん……なんか……その、もうちょっとちゃんと話した方が良くないですか? 今ここで決めるのは、流されている気がするというか」

「なるほど、確かに。大切なことですからね」

 

 アクアはリティーが、どこか焦っているように見えていた。態度や仕草に変化はないものの、やけに決断をせかしてくるように思える。そして、その推測は概ね間違っていなかった。リティーは目的のためならなりふり構わない、必要とあれば衆目の中でアクアの足元に縋りついてでもパーティに勧誘するつもりだった。

 

 だが、今回に限ればもっと有効な手があることを知っていた。

 

「では、僕の家にきませんか」

「え?」

「もう少し、踏み込んだお話をしましょう」

 

 

 

「着きましたよ、ここが僕の家です」

「え?」

「どうぞ、お入りください」

 

 扉を開けて中へ入るのを促しているリティーを他所に、アクアは混乱の極地にあった。これまでの人生において、アクアが他人の、それも同年代の相手から家にお呼ばれした経験など存在しないからだ。魔法学校に行くまでは魔法使いとしての容姿を恐れられ、魔法学校では才能を恐れられるか身分差から遠ざけられるかの二択。

 

 リティーは自らをぼっちと表現したが、それはアクアにもいえる事だった。むしろ、過去に遡って人と接した経験を数えればリティーをぶっちぎりで置き去りにするレベルで少ない。平民出身の成績優秀な魔法使いというのは、対等な相手がいない哀れな存在だった。今回はその隙をリティーに見事に突かれていた。

 

「お、お邪魔……します?」

「はい、お邪魔されます」

 

 フラフラ、と。まるで光におびき寄せられた虫の如く、手招きされるがままに玄関を潜る。これが食虫植物の袋の中だとして、アクアは既に捕食されたようなものだった。

 玄関を通り抜け、リビングを超えて、いくつもある扉の中から一つを開けて、その中へと導かれる。

 

 そこはリティーの私室であり、生まれながらの女の子であるアクアからしても実に見事な女子部屋だった。ベッドはやや少女趣味であり、鏡台付きの化粧棚も置いている。

 

「わ、わぁ……可愛い部屋ですね……! 女の子の部屋って感じです……! ん? 女の子の部屋?」

「気に入っていただけたようで良かったです。是非、自分の部屋のように寛いでください」

「あ、あの? リティーさんって元々は男の人なんですよね?」

「はい。母のお腹の中から出てきた時は性別:男性でした。アルファーでの正式な身分も男性で登録されていますね」

「じゃあ……あの、女の子の部屋なのはおかしいんじゃ……? その、元々は男なら部屋の内装も男の人向けが普通なのでは……? ドレッサーとか置いてあるんですけど」

「ええ、置いてありますね。現在の僕が性別:女性なので、自室も女性用のテクスチャーが適用されています。なので、おかしい事ではありませんね」

「……? …………?? おかしくないんですか?」

「はい、仕様通りですね」

「そうなんですね」

 

 リティーの言っていることを簡単に要約すると「性別を女性に変更したから、部屋も女性用のものに変化した」という内容になる。明らかにおかしい事を言っているが、アクアはその事について考えるのを辞めた。なんかもう、そういうモノなのだと諦めたのだ。

 

「それで、パーティについてなのですが――」

「あ、あの! すみません、その前に一つ聞いてもいいですか?」

「はい、どうぞ。僕に答えられる事なら何でも聞いてください」

「ぱ、パーティに誘ってもらえるのは嬉しいんですけど……そもそもなんですが、どうして私なんですか? 今日会ったばかりですし、ダンジョンの探索でもまだ魔法を使って見せて無いですよね? 勧誘するにしても、まずは実力を見てからが普通ではないんですか?」

「なるほど、そういう考え方もありますね……ですが、僕はもうアクアさんの実力を大まかにですが理解していますよ」

「え? 魔法を見せてもないのに……?」

「はい」

「……もしかして、あの、攻略うぃき? に書かれていたとかじゃないですよね……?」

 

 これまでのリティーの言行から、可能性の高いものをおずおずと尋ねるアクア。得体の知れないモノに個人情報が記載されているのではないか、という恐れの感情が瞳の中にありありと浮かび上がっている。

 違うと言ってほしい、そういう気持ちを全身で表現しているアクアを見て、リティーは頷く。

 

「それもあるのですが」

「あるんですか!? 便所の落書きに!? 私の個人情報が!?!?」

「それとは別に、僕には編成した味方ユニットの性能を大まかに把握する能力が備わっているのです。なので、ダンジョンに入った時には既にアクアさんの能力は概ね理解していました」

「ええ……もう、その、どこから突っ込めばいいか……」

 

 頭を抱えて机に突っ伏するアクア。一つ指摘すれば二つの疑問が浮かび上がる、シンギュラリティーとはそういう人間だった。この世界の常識に当て嵌めるには、あまりにも規格外な存在すぎる。一人だけ浮いていて、どこか別の世界からやってきた生き物のようだった。

 

「それでですね、僕がアクアさんの性能(スペック)を知っているのも勧誘の理由ではあるのですが」

「人の能力を性能(スペック)って言うの、良くないですよ……」

「それだけだと頷いていただけない事が分かっているので、もう少しちゃんと理由をお話ししたいと思います」

 

 そこまで言うと、リティーは一瞬躊躇うように顔を歪めた。ほんの僅かな表情の変化ではあるものの、それは紛れもなく“苦痛”の現れでもあった。その些細な変化を、アクアは見逃さなかった。

 

 

「僕は……冒険を初めてからずっと、“真の仲間”を探しています」

「“真の仲間”、ですか」

「はい。志を同じくし、たとえどんな困難が訪れても互いを手放す事なく、同じものを見聞きし、共に生きる……そういう仲間です」

 

 そう語ったリティーの瞳は、真っ直ぐにアクアへと向けられていた。何かしらの信念に基づいた、力のある瞳だった。強い意志が双眸から溢れ出し、波打っているようにすら思えた。

 アクアは思わず息を飲んだ。

 

「なんていうか、意外ですね。リティーさんって……こう、強ければそれで良いみたいに考えていると思っていました」

「それも間違っていませんよ。強いことは大切です……ですが、強いだけでは意味がないのです」

「強いだけでは、意味がない?」

「はい。例えばですが……酒場が実家の戦士さん、彼を見てどう思いましたか? 弱いと感じましたか? 強いと感じましたか?」

「私は前衛の善し悪しについてはわからないんですけど……その、強い方なんじゃないでしょうか? ギルドにいた方々と比べて、という意味ですけど。存在感というか、生命力が違うように見えました」

「はい。彼は僕と一時的にパーティを組み、アルファーのダンジョンの五十三階層までを攻略しています」

 

 リティーが錬金術を広めるまでの最高到達点が、三十二階層だと言っていた。その事を考えれば、恐らくだが上澄みなのだろうという事は想像がつく。そう考えたアクアを見て、リティーはまた一つ頷いた。

 

「そう、彼は強い。少なくとも僕の攻撃にも耐える事ができるし、本気を出せば僕の装備品による防御力補正を超えてダメージを与えられるでしょう……尤も、それを何回繰り返せば僕を倒せるかはまた別の話ですが。名も無きチンピラだった事を考えれば、信じられない成長です」

 

 そう語ったリティーは、褒める言葉とは裏腹に、心底悔しいといった表情をしていた。その感情が、徐々に言葉に乗り始めている。今の彼女は、明らかに無感情では無くなっていた。

 

「ですが、彼は“真の仲間”にはなれません」

「それは……どうしてですか?」

「簡単な話です。彼はダンジョンを攻略する事よりも、ダンジョンで手に入れた力を使って家族を支える道を選んだからです」

 

 そう、それは考えてみれば当然のことだった。

 ダンジョン攻略は、本来は命懸けだ。

 出現する魔物は低階層ならまだしも、三十を越えれば一般的な冒険者では到底太刀打ちできない強さを誇る。だからこそ、以前は三十二階層が最高到達地点だったのだ。それ以上を踏み込もうとすれば、死という落とし穴に落ちていくのみだった。

 得られる富は決して少なくはないが、命をベットする程の価値があるかは人によるだろう。そもそも、低階層でもある程度は稼げるのだから。超えられるかも分からない壁を登ろうとするよりも、ある程度の位置で安定に稼ぐ方が“正しい”選択だ。

 そもそも、ダンジョンで手に入れられる強さは外の世界で使った方が圧倒的に富を生む。国としても、鍛えられた冒険者が命を落とすのは惜しい。ダンジョンで一定以上の力を得るまで鍛え、それ以降は“上がり”を迎えて国に雇用してもらう。

 それが、一般的な“冒険者”の辿る道だった。

 

 シンギュラリティーの求める道とは違う。

 彼、あるいは彼女が選ぶのは、ひたすらに強さを、それこそ不必要なほどの強さを、際限なく手に入れるための“求道者”の道だ。

 そしてそれは、守るべき者や帰るべき場所がある人々にとっては茨の道に他ならない。

 

 同じ道を征く事は出来ない。

 

「彼は本当に良く頑張ってくれました。今でも偶に一緒にダンジョンに潜ることもあります。僕が欲しい素材を手に入れるために、命の危険がある場所へ身を投げ出してくれるのです……彼の言う“恩”を返すために。生きていくためには不要なリスクを背負ってくれる。そこには感謝の気持ちしかありません、文句を言うなど恥知らずにも程がある」

 

 感情だった。それは、言葉という名の感情だった。

 テキストとは違う、ログで確認できるものとは違いすぎる。耳で聴くことで理解できる、シンギュラリティーの抱いている感情を。

 

「独立都市国家アルファーのダンジョンは百階層が最深部になります」

「百、ですか」

「そして僕は今、六十階層までを攻略しています」

 

 途方もない程、遠い数字のように感じられた。

 

 シンギュラリティーの持つ理外の力を以てして、六十階層。ダンジョンは深く潜るごとに、魔物たちは強さを増していく。未だ十階層までしか見た事がなく、なんなら戦いすら経験していないアクアにとって、それは想像する事すら出来ない領域の話だった。

 

「僕は探しています。独立都市国家アルファーのダンジョン……通称“巨人の剣”を共に制覇できる仲間を。お互いに命を預け、共に命を賭けて、能力の限界を迎えても足りぬと叫び、まだ観ぬ景色を見るために……一緒に“馬鹿”を貫く“真の仲間”を」

 

 それは“浪漫”だった。

 

 アクアはそれまでの人生で、やりたい事というのが見つからなかった。魔法使いとして生まれたから学校に通い、魔法使いとして優秀だったから勉学に励んだ。そこに何かしらの目的意識はなく、ある意味流されてきただけの人生だった。

 

「もちろん、アルファーだけではありません。この大陸にはまだ見ぬ迷宮、誰も到達した事のない景色が存在しています。“巨人の剣”を含む、古のダンジョン……“十の試練”を制覇する事こそ、僕の最終目標です」

 

 今もまた、流されているだけかもしれない。

 だが、どうせ流されるのであれば――――。

 

 

「ですから、アクアさん。貴女に“真の仲間”になって欲しい」

「随分身勝手な事を言うんですね」

 

 シンギュラリティーの言うことはつまり、全てをダンジョン攻略に賭けろという意味だった。まともな道を捨て、一般的な幸福を享受する権利を捨て、叶うかも分からない夢を追い続けようという勧誘だった。

 アクアの言う通り、身勝手な言葉だった。

 

「自覚はあります。僕の語ったことは全部、結局のところは自分都合にすぎません」

「だけど……まぁ、語りは上出来だと思います」

「では」

 

 だけど、嫌いではなかった。

 上手く乗せられているのは理解している。

 それならせいぜい、最後まで気持ちよく乗せて欲しいと思ってしまった。だからもう、アクアの答えは決まっていた。

 

 

「――見せてあげますよ。

 ただの人間の魔法使い、その最高到達点の力を」

 

 

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