巨大資本の光と影

 2025年度からは年収20万ドル以下の家庭を授業料免除、10万ドル以下であれば食費や住居費、健康保険、渡航費を含むすべての費用を完全無償とする新制度が発表された。経済的背景に関係なく優秀な学生を受け入れる「ニーズ・ブラインド」入試の実現や、図書館・博物館の運営、研究ポストの創設も、この基金に依存している。

 一方で、構造的な制約もある。基金の約7割は寄付者による使途指定付きであり、学部や研究領域、教員ポストにいたるまで、寄付者の関心が資源配分に影響を与えている。自由裁量で使える資金は全体の約2〜3割に限られており、教育や学問の方向性そのものに、資金提供者の意図が反映される構造的リスクが存在する。

 これまで大学は大幅な税制優遇を受けていたが、現政権との軋轢の中で、2025年7月には新たな税制法案が成立し、大学基金への税率が現行の1.4%から最大8%まで引き上げられることが決定した。ハーバードには年間約2億ドルの追加負担が見込まれ、大学運営への影響が懸念されている。

 大学側は研究や奨学金への影響を理由に8%課税に反発するが、税制研究者らは、「大学が富裕層にとって有利な節税手段として機能している」と指摘する。大学への寄付が税控除の対象となるため、寄付者は結果的に、自らの信条や関心に沿って税金相当を再配分しているとも言える。この仕組みにより、特定の思想や立場を支援する研究や教育プログラムへの資金が集中し、大学の研究領域や学問的中立性に影響を及ぼす可能性も指摘されている。

「ハーバードは大学ではなく、大学を併設したヘッジファンドである」との批判もある。8兆円の資金を運用し、税制優遇を受け、大学予算の約40%を基金収益で賄っている。そのうち7割は寄付者によって使途が指定されていることを考えると、この指摘にも一理あるかもしれない。実際、ハーバードは2023年にHMCのCEOに約600万ドル(約9億円)の報酬を支払ったと大学の年次報告書で明らかになっている。

 学生ローンで卒業後も長期間返済に苦しむ学生が存在する一方で、運用担当者が高額報酬を受け取る構造に対し、批判が向けられるのも理解できる現実がある。

 巨額の基金を持つハーバードだが、その研究活動を支える資金構造を詳しく見ると、決して中立とは言い難い複雑な依存関係が見えてくる。ハーバード大学は「学問の自由」を標榜するが、2025年春に米現政権がハーバードへの連邦研究助成金22億ドルを凍結したことで、この構造的脆弱性が一気に表面化した。