第13話 怪物たちの鎮魂歌
SCENE 1:K-PARK / ペットランド(電脳空間)
仮想の夜空を、俺の声が切り裂いた。
デジタルな星々が瞬く巨大ドーム
「最初のゲストのお出ましだ。派手に歓迎してやろうぜ」
その言葉は、宣戦布告。
俺たち《K-MAX》の視線が、一点に収束する。エリア中央に出現したソレは、『嫉妬』という名の悪感情が具現化した、醜悪の化身だった。
濁った深緑のオーラ。ぬらりとした粘液に覆われた巨体。長い耳を持つウサギのようなフォルムの中央で、血のように赤い一つ目が、憎悪を煮詰めたように俺たちを睨みつけている。
「──挨拶代わりだッ! 聴きやがれ、怪物どもッ!」
ゴシックドレスを翻し、アゲハが躍り出た。彼女が振りかざす漆黒のマイクスタンドが、スポットライトを鈍く反射する。次の瞬間、その華奢な喉から迸ったのは、空間そのものを震わせる重低音の衝撃波──彼女の代名詞たるデスボイスだ。
衝撃波が怪物の巨体を揺るがす。しかし。
キィィィィ、とガラスを爪で引っ掻くような不協和音が響き、怪物はその衝撃波をオーラに吸収。あろうことか、その体をさらに二回りは巨大化させた。
「なっ…!?」
アゲハの瞳が、驚愕に見開かれる。編み上げブーツの爪先が、思わず後退った。
「攻撃しちゃダメよ!」
鋭い声は、バーカウンターの内側からだった。
スレンダーなベストに身を包んだ詩織が、砕け散ったカクテルグラスの幻影──攻撃が吸収された余波だろう──に震える指を抑えながら叫ぶ。
「こいつ、私たちの攻撃エネルギーだけじゃない! それを見たお客さんの興奮や熱狂を、自分の力に変えてるんだわ!」
証明するように、オーディエンスのチャット欄が凄まじい速度で流れ始めた。
『なんだあの怪物!カッケー!』
『いっけええええK-MAX! ぶっ飛ばせ!』
純粋な応援。それが悪意の触媒となり、怪物をさらに強くしていく。最悪の相性だった。
このエリアの創造主、キララは立ち尽くしていた。
パステルピンクのアイドル衣装に身を包んだ彼女が夢見たのは、誰もが優しくなれる癒やしの楽園。だが今、その大地は黒い茨に覆われ、嫉妬の緑が全てを汚染している。
彼女は、レースのついた胸元を、爪が食い込むほど強く握りしめた。
(私の想いは…私の歌は…こんな場所では、何の力にもならないんだ…)
絶望が彼女の心を蝕む。その華奢なアバターが、バチバチと音を立ててノイズ混じりに明滅し始めた。
SCENE 2:タワマン / 静かなる戦端(現実世界)
意識が、ふっと現実へと引き戻される。
シーンは、静寂に支配されたタワマンの一室へと切り替わる。
窓の外には、コンクリートジャングルを睥睨する月。その冷たい光が、空気中を舞うハウスダストを銀粉のように照らし出していた。
キララは、すやすやと眠るしずくのベッド脇に置かれたパイプ椅子に、深く身を沈めていた。祈るように組んだ手を胸に当て、か細い声で語りかける。
「早く元気になって、また一緒に歌おうね…」
すると、薄目を開けたしずくが、弱々しくも微笑んだ。
「キララちゃん…ごめん、足、引っ張っちゃって…。私ってば、メンタル弱いな……」
「そんなの、私だって弱い人間だから、お互いさまだよ」
キララは、そっとその手を取り、優しく握り返した。少女たちの間に、言葉にならない絆が流れる。
隣の医務室。
俺の肉体は、高熱に浮かされながらベッドに横たわっていた。
「…わりぃな、玲奈」
朦朧とする意識の中、俺は額の冷たい感触に呟く。
「お前と出会った頃を思い出すよ。…なあ、俺は、少しは成長しているのか?」
ひんやりとした指先が、俺の濡れた前髪をそっと払う。
「自分で気付いていないだけよ。私はずっと圭佑の側にいるから分かるわ」
玲奈の穏やかな声が、俺の心を静かに満たしていった。
だがその頃、司令室の空気は凍りついていた。
メインモニターに映るK-PARKの惨状を睨みつけ、正人が苦々しく吐き捨てる。
「エネルギーの吸収率が異常だ。こちらの攻撃パターンを予測していたかのように、効率的に変換している。これはただのマルウェアじゃない…明確な『意志』を持った、高度な捕食プログラムだ」
モニターの片隅。アバターのキューズが、腕を組んで冷たく分析する。
『非効率な戦闘ね。Kの指示は合理的だけど、敵の目的が不明瞭すぎるわ。まるで、何か本命を隠すための陽動みたい』
『お姉様の言う通りです』妹のミューズプライムが、憂いを帯びた表情で同意した。『K-PARKに集まる膨大なポジティブエネルギー…その巨大な流れの裏に、何か別の、不吉な奔流を感じます』
その、瞬間だった。
医務室で待機する玲奈のタブレットだけが、音もなく、一つの赤いアラートを点灯させた。
──LOCATION: B4 PARKING AREA CARGO ELEVATOR──
タワマン地下。搬入口の貨物用エレベーター。内部監視カメラの映像が一瞬ノイズに乱れ、すぐに復旧した。ログデータに異常はない。
だが、玲奈の瞳が、スッと細められた。その琥珀色の瞳に宿っていた穏やかな光は消え、絶対零度の氷が宿る。
彼女はシルクのブラウスを揺らし、音もなく立ち上がると、耳元のインカムにそっと唇を寄せた。
「爺、お客様のお出ましよ。最高のおもてなし──セキュリティレベル・マックスの準備を。このフロアには、塵一つ通さないわ」
静かなる守護者の、もう一つの戦いが、今、始まろうとしていた。
【Bパート:王の告白と、守護者の覚醒】
SCENE 3:K-PARK / ペットランド(電脳空間)
戦況は悪化の一途を辿っていた。
精神的なショックで戦線を離脱したキララは、アバターを半ば霧散させ、ステージの隅で膝を抱えている。彼女という光を失ったK-MAXの連携は、明らかに精彩を欠いていた。
「くそっ…!」
俺は、詩織から投げ渡されたフラスコ入りの栄養ドリンクを一気に呷る。舌に広がるフルーツの甘みと酸味。(ちっ、市販のモンより美味えじゃねえか)
奥歯をギリ、と噛み締めた。
この戦いの本質は、目の前の怪物じゃない。この状況に熱狂し、無責任なコメントを打ち込み続ける、一億人のオーディエンスだ。
俺は攻撃の手を止め、腹の底から叫んだ。
「全員、攻撃中止ッ! プランを変更する!」
Kの絶叫。それが新たな号令だった。
詩織がシェイカーを振れば、カクテルミストが戦場を濡らし、オーディエンスの興奮を鎮静させていく。あんじゅがDJブースで指を踊らせれば、ステージの構造が変化し、怪物との距離が生まれた。アゲハのデスボイスは攻撃ではなく、オーディエンスの悪意ある声を打ち消す『ノイズキャンセリング』へと変わる。
だが、肝心のキララが、まだ立ち直れない。
俺は、狂ったように踊り続ける『嫉妬』の化身から目を離さずに、うずくまる彼女のもとへ、ゆっくりと歩み寄った。
「…ひでえ光景だよな」
俺は、励まさない。同情もしない。ただ、事実を告げた。
キララの肩が、びくりと震え、驚いたように顔を上げた。
「俺が創ったこの世界は、お前の理想を踏みにじった。その責任は、俺にある」
自嘲の息が漏れる。
「だがな、キララ。こいつを、ただの怪物だと思うな」
俺は、怪物の赤い一つ目を、真っ直ぐに見据える。
「こいつは、俺たちの心の闇だ」
「……え…?」
「誰かを羨み、誰かを妬む、醜い感情。それは、このパークにいる一億人のオーディエンス…いや、俺やお前の心の中にも、確かに巣食っている闇そのものなんだ」
俺は、初めて自分の内側を晒すように言った。
「ああ、そうだ。俺たちも、化け物だったんだよ」
キララの瞳から、涙が零れ落ちた。
「だから、こいつを倒すんじゃない。俺たち自身の、どうしようもなく醜い部分を、それでも『いいよ』って、抱きしめてやるんだ」
俺は、キララに向き直り、そっと手を差し伸べた。
「立てるか、キララ。お前の理想は、この程度の悪意に負けるほど安っぽくねえだろ?」
俺の瞳に、彼女の震える瞳が映る。
「お前の歌は、ただの癒やしじゃない。**
「だから、聴かせてやれよ。お前の、本当の歌を」
SCENE 4:タワマン / サーバールーム(現実世界)
現実世界。薄暗いサーバールーム。
明滅する無数のサーバーランプだけが光源の中、一人の老人がキーボードを叩いていた。
玲奈が「爺」と呼ぶその男の指は、まるで十本の独立した生き物のように、ありえない速度でキーの上を舞う。侵入者の仕掛ける高度なハッキングは、彼の前では子供の火遊びに等しい。
タタタタタンッ! という軽快な打鍵音と共に、敵の仕掛けた最後のバックドアが粉砕される。
だが、敵もさるもの。最後の悪足掻きに、一体の小型ドローンを空調ダクト内に放っていた。その目標は、しずくや俺が眠る医務室の予備電源ユニットだ。
ドローンの魚眼レンズが、ダクトの吹き出し口の先に、静かに佇む玲奈の姿を捉えた。
彼女は、優雅にティーカップを片手に、まるで客人を待つ主人のように微笑んでいる。
「──残念だけど、そのダクトの先にあるのは、ただの鉄の壁よ」
次の瞬間。
バチィッ! と青白い閃光が弾け、ドローンは強力な電磁パルスによって火花を散らし、完全に機能を停止した。
玲奈は、音もなくティーカップをソーサーに置くと、冷え切った瞳でモニターを見つめた。
「…甘く見ないでちょうだい。圭佑くんたちがあちらの世界で戦っている間、こちらの世界で、あの子たちを守るのが、私の戦場なのだから」
彼女は、ただのお嬢様ではない。
仲間たちの「現実」を守る、冷徹で有能な**『
【Cパート:勝利の代償と、悲劇の序曲】
SCENE 5:K-PARK / ペットランド(電脳空間)
キララの覚悟を決めた瞳から、最後の一筋の涙がこぼれ落ちた。
彼女は、俺の手を取り、力強く立ち上がる。マイクを握りしめ、目を閉じ、そして──歌い始めた。
それは、力強い歌声じゃない。
優しく、悲しく、そしてどこまでも温かい、魂を揺さぶる鎮魂歌だった。
俺は、その歌声に乗せて、全世界のオーディエンスに呼びかけた。
「罵り合うのはもうやめだ! そいつの醜さも、弱さも、全部含めて**『いいね!』**って言ってやれ! それが、俺たちのやり方だ!」
その瞬間、チャット欄が光の洪水で爆発した。
誹謗中傷の濁流が嘘のように止み、代わりに、一億人分の愛と承認の光──無数のハートマークが、まるで祝福の吹雪のように、エリアに降り注ぎ始めた。
「ギ…ギャアアアアアアアッ!!」
『嫉妬』の化身は、その温かい光に焼かれるように、断末魔の叫びを上げた。
「コ、コンナ…アタタカイヒカリナンテ…シリタクナカッタ…!」
怪物の体は緑のオーラを失い、美しい光の粒子となって霧散していく。後には、脈動する黒い宝石──**『悪徳の欠片』**だけが、静かに残された。
勝利の歓声がK-PARKを包む。
キララは、そっと『悪徳の欠片』を拾い上げた。その瞬間、欠片はまばゆい光を放ち、キララのアバターを飲み込んだ。
光が収まった時、そこに立っていたのは、純白と金色を基調とした神々しい**【
【新能力:リデンプション・ソング(魂の記憶を読み取る歌)を獲得】
SCENE 6:K-PARK & タワマン医務室
キララは、導かれるように、その新しい力を行使した。
浄化された欠片に残る残留思念に語りかけるように、再び鎮魂歌を奏で始める。
その歌声に呼応するように、タワマンで眠るしずくの首元で、ペンダントが心臓のように、不吉な深紅の光を明滅させ始めた。
K-PARKの戦場に、浄化された欠片から、ノイズ混じりの少女の悲痛な声が響き渡った。
『…どうして…忘れてたの…? 圭ちゃん…』
その声は、しずくのペンダントからも同時に発せられていた。
俺──Kの脳裏に、忘れていたはずの記憶がフラッシュバックする。太陽のように笑う、活発な幼馴染の顔が。
司令室では、モニターに映し出された声の波形データを見た正人が、かつて自分の研究室から抹消された**『被験者リスト』**に載っていた少女の顔写真と、その名前を思い出し、顔面蒼白になって椅子から崩れ落ちた。
勝利の余韻を全てかき消すように、静寂が支配する。
俺の、絶望に染まった呟きだけが、虚しく響いた。
「…………嘘だろ…」
最初の勝利は、最大の謎と悲劇の扉を開ける、始まりのゴングに過ぎなかった。
成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 浜川裕平 @syamu3132
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