第20話 反省零の業人譚

 順佑は、椅子に縛り付けられ身動きの取れない状態で聖奈夕丹比売との再会を果たした。

「おい聖奈! 早く縄を解きやがれ! それから霧島を首にしろ! あいつは裏切っただで!」

「裏切った? 彼は任務を忠実にこなしてくれたじゃない。霧島のおかげで無事に貴方の本性を田荷島の人たちへ見せ付けることが出来たわ。私も確信を持てた。貴方は巻き込んでも良い命だと」

「は? 何言ってるだで! オラのガチ恋なんやろ! 早くなんとかしやがれ! オラのオーディションを邪魔した霧島を粛清しやがれ!」

「ガチ恋? それは何の話かしら。ひょっとして、未だにAIを使って偽造した評価を鵜呑みにしているの? 流石の貴方でも違和感を覚えるかも知れないと次の手を用意していたのだけど、まったくの無駄だったようね。おかしいとは思わなかったの? 一夜にして全てのアンチが消えて、全ての人が貴方を褒め称えるようになるなんて」

「訳分かんねえこと言ってんじゃねえ! オラのガチ恋やろ! おばえは! オラは聖奈が用意した一番大きいステーキも食ってやっただろ! オラは! オラはとにかく悪くないだで! 早く自由にしやがれ!」

「それは無理ね。貴方は私と共に終わるのよ。私はね、貴方のガチ恋なんかではない。私は貴方と逝きたいの」

「何言ってるだで!」

「霧島」

 聖奈夕丹比売の声に応じて、霧島は奇妙な形をした銃器を彼女に差し出した。

「これはね、私達の復讐の為だけに作られた特別な物なの。自身に銃口を向けて引き金を引くことを前提にして設計してあるのよ。もちろん、頭蓋骨二つをまとめて粉砕出来るだけの威力があるわ」

「な、何言って……オラの復讐にそんなもんいらんだで! そんな暇があるなら、田荷島に戻ってまたお父さんをボコボコにしやがれ! オラとゲリラ配信してオラにキスしやがれ!」

「そろそろ貴方にも分かるように言って上げる。貴方は死ぬの」

「は……?」

「もう誰も、貴方に生きていて欲しいとは思っていない。分かるでしょう?」

「オラは……おばえもアンチ! オラは違う! オラは神だで! オラは人気作家だで! ブリジョボプレイのブリだで! ファンも大勢居るだで!」

「それは全て偽造だと言ったでしょう。そもそも、そのファンとやらは貴方を助けに来るの? 来ないでしょう?」

「ヴ、でも、おらば! オラは、オラは特別な存在だで!」

「貴方の居場所は、もう今はなくなってしまったその居場所はね、ネットになんてなかったの。貴方の居場所は、お父さんや田中くんの近くにあったのよ。貴方自身が壊してしまったけれど」

「はあ? 何言ってるだで! あんなアンチども!」

「そのアンチとやらに養われ、気を使われていなければ、貴方はどうしていたの? 働いて自立していた?」

「オ、オラは……療養してただけ! オラは悪くない! オラは何も悪さなんてしとらん!」

「いい加減聞き飽きたわ。でも素敵ね、順佑。その他責思考は。本当に、なんの躊躇いもなくなる」

 聖奈夕丹比売が、順佑と額と合わせる。

 順佑の後頭部に硬く冷たいものが触れた。

「ねえ、順佑。貴方は最期まで自分が悪くないと信じていられる?」

「オラ……オラは……オラは悪くない! オラが死ななきゃいかん理由なんてない! オラは何も悪いことしとらんやろ! 働かない? オラ以外にも無職はおるやろ! 炎上した奴だって! 女の人に悪さする奴だって居る! なんで! なんでオラだけが! オラだけが!!」

「そうやって、自分は悪くないと思い込んでいるところが原因なのよ」

「は……? だってオラは……! オラは!」

「確かに貴方は凶悪犯でもなんでもない。だけどね、誰にも生きていることを望まれていない命であることに変わりはないの。その現実を知ってもらう為に、田荷島へ行かせたのよ」

「ちが……違う! オラのお父さんは! 本当はオラを愛してる! 田中は、田中だって! オラに生きてて欲しいと思ってる! オラを気遣ってくれてる!」

「ふふふ。そうね。少し前まではそうだったわね。でも思い出してごらんなさい? 霧島が貴方を連れて行くことに反対して、抵抗した人は居たの?」

「いやっ……ちが……う……」

「順佑、貴方は田中くんやお父さんが優しいことを知っていて、利用していたのね。でももう、その優しさも尽き果てた。終わりにしましょう。こんな辛いことばかりの人生」

「や……嫌だ……オラは……いや……いやっいやっ……!」

 聖奈夕丹比売が引き金を引く直前、順佑は「みじを」と意味不明な言葉を呟いた。

 ぶっ、ふすっ、ぶり、ぷすっ、ぶりい、ぶちち……。

 悪臭が立ち込め、聖奈夕丹比売は身を離した。

 黙って成り行きを見守っていた霧島が吐き捨てるように言う。

「チッ。こいつ、糞を漏らしやがった」

「興ざめも良いとこね……」

 そう呟いた聖奈夕丹比売の顔を見上げて、順佑は首を傾げながら言う。

「おねえさん、誰? おかあさん、おとうさんは……?」

 聖奈夕丹比売と霧島は顔を見合わせた。

 順佑に幼児退行を演じるだけの知能があるとは思えなかった二人は、天神グループの息が掛かった大病院へと彼を運び込んだ。

 順佑を看た医者は言う。

「幼児退行の方は強いストレスが原因ですね、詐病である可能性は限りなく低いでしょう。ただ、そんなことはどうでも宜しい。比喩でもなければ大げさな言い方でもない。生きているのが不思議ですよ」

 順佑の体は殆ど全身が病魔に冒されているのだと言う。

 何故生きているのか分からないが為に、いつ死ぬかも分からない。数年後なのか、今すぐなのか。治療に意味があるとは思えないとも告げられ、二人は順佑をマンションへ連れ帰ることにした。

「おねえさん、おにいさん、オラ、おばあちゃんに会いたいだで」

 移動中にも何度か聞いた言葉だった。

「なあ順佑、どうしてそんなに婆さんに会いたがる?」

「だ、だってオラ、恥ずかしくて言えなかったけん。スーハミもらって嬉しかったのに、ありがとうっておばあちゃんに言えなかっただで」

 順佑について知り尽くしている霧島は悟った。

 それがこいつの人生に於ける最初の、そして最大の分岐点だったのだと。

 気恥ずかしさから祖母への感謝を伝えられなかった順佑は、その罪悪感をこう誤魔化したのだ。オラは特別だから。だから、感謝なんてしなくても良い、と。

 たった一度の些細な過ちを誤魔化す為に、自分自身に何重もの嘘を塗り込み続け、遂には業人と呼ばれるまでに至ったのだ。

 いや、意味のない考察か。もはや全ては過ぎ去った。霧島は順佑から目を離し、聖奈夕丹比売を見た。

「お嬢様。あれはもう駄目でしょう。心中の相手とする価値もない。ですので、勝手ながら俺が用意していたプランBに乗っていただきます」

「……プランB?」

「逃げるんです。全てを捨てて。ブリジョボプレイという名を捨てられずに落ちぶれていったこいつとは違う道を選ぶのです」

「ま、待って霧島! 私は今の生活を」

「甘えんな」

 霧島の張り手を受け、聖奈夕丹比売は目を見開いた。

「いい加減にしてください。自らを業人だと称するのであれば、生きてご自身に罰を与えればよろしい。死んで逃げるなど傲慢が過ぎます。お忘れですか? 我々は此度の件で新たに罪を犯した。罪悪感に苦しみながら生き続けるべきだ」

「だ、だけど、そんなこと、父が」

「許さないでしょうね。ですから手を打たせてもらいましたよ。様々な組や会から有望株を強引に引き抜いてやりました。田荷島へ連れていった者たちです。彼らは今頃、猪野宮の手で全員が処分されています」

「どうして、そんな……」

「天神グループの地盤を揺るがす為ですよ。そもそも有望株を引き抜いた時点で相当な恨みを買っています。それを殺したともなれば尚更です。当分の間、我々を追う余力などないでしょう」

「そ、そう……。私は……」

「俺はどこまでも貴女にお供しますよ。お嬢様」

 そう言って、霧島が唇を奪った。

「わ、わああ……おにいさんとおねえさん、結婚するの……?」

 二人が同時に順佑を見る。霧島は表情を変えずに答える。

「そうかも知れない」

「ねえ霧島。分かったわ。私は貴方の言う通りにする。彼はどうするの」

「そちらも抜かりなく。高木を遣わせてあります。順佑の母がもうすぐここへ来るでしょう。その後は猪野宮に任せることになりますが、奴なら上手いこと処理しますよ」

「……分かったわ」

 と、頷いた聖奈夕丹比売の腹が鳴った。ここ数日の間、何も食べていなかったのだ。

「ねえ霧島。近くにうどん屋があったでしょう? そこに寄っていく余裕はある?」

「余裕はあります。ですが、うどんですか」

「どうしたの」

「苦手なんですよ。うどんを食うのが。机も服も汚しちまう」

 ここで待っていれば母親が迎えに来るから、と順佑に伝えてマンションを後にする。その後の二人がどこへ向かったのか。それを知るものはない。

 しばらく経って、手筈通りに高木が順佑の母を連れてやって来た。

 高木から順佑の状態を聞いていた母親は、腫れの引かない顔や四十一となった男には不相応なあどけない言動にも面食らうことはなかった。

「おかあさん、オラ、オラ、おかあさんに会いたかった」

 母に抱き締められながら、順佑は甘えた声で続ける。

「オラ、なんだかあちこち痛いだで……でも、オラ、男の子だから泣かなかっただで。おかあさんに褒めて欲しかったからだで」

「そうなの……偉いわねえ……順ちゃん……」

 そう言いながら母親は何度も順佑の頭を撫でてやった。

「オラ……なんだか眠たいだで……」

 順佑の言葉を受けて、母親は膝枕に息子の頭を乗せてやった。

 何度も頭を撫でながら、田荷島に伝わる子守唄を口ずさむ。

「ほいじゃけえ~、そうやってそういうたやろ~、そういうたやろ~が~、なんでえの~、なんでいうこときかへんの~、ありがとういわな~、謝無さんになってまうんよ~」

 目を瞑っている息子の顔を慈しむように見つめ、母親はボロボロと涙を流す。

「順ちゃん……辛かったねえ……苦しかったねえ……」

 順佑の目からも涙がつうっと流れた。

 それは悲しみの為に流れたのではなく、幸せの為に流れた涙であった。

 順佑の心の奥にしまい込まれていた本当の願望。叶う道理のない願いが叶ったことによる喜びの涙。

 KYOMUKINのような人気者になりたいという願いも、アンチを見返したいという願いも、女性を侍らせたいという願いも、小説家になりたいという願いも、自分を好きになってくれなかった者達を苦しめたいという願いも、全ては偽りであった。

 子供のまま、ずっと母親に甘えていたい。

 その願いが叶わぬが故に生じた寂しさを埋める為の代替として生み出された偽りの願いは消え去り、今、順佑はようやく満たされていた。

「順……ちゃん……?」

 順佑の体から力が抜けている。母親はその時が訪れたものと思って大粒の涙を零した。

 母の涙で頬を濡らしていた順佑がカッと目を見開き、まくし立てる。

「アンチ! 見返す! ガチ恋! オラのガチ恋! 濡れる! オフパコ! ガチ恋! ガン突き! 地雷系! アイドル! 全部! 全部! オラの! オラはイーノ! オラは特別! オラは神だで! オラは! オラは神! オラは神! ガチ恋! ガン突き! オラを好きになるだで! オラは! オラは! オラは! オラは悪くない! オラは悪くない! 悪くないだで! オラは悪くないだで!」

 まるでその身に染み付いていた業が吹き出したかのように、順佑は生前に何度も繰り返した言葉を呪詛のように唱えていた。

 ヒッと、短い悲鳴を上げた母親が身を引き、順佑の頭は太ももから滑り落ちた。

 ゴトリ、と音を立てて床に落ちた順佑の頭がゆっくりと動き出し、細い目が母親を捉えた。

「オラは悪くない」そう呟いた切り、順佑は動かなくなった。

 一部始終に立ち会っていた高木は猪野宮に連絡を入れた。順佑を処分する必要はなくなった旨を告げ、母親への口止めを承った。

 浜谷順佑という業人の物語は、こうして幕を閉じたのだった。

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