2025-07-20

社会への不満⇒排外主義参政党支持 という機序存在しない

僕はずっと、「政治家になりたい、政治をやりたいなんていう人を『支持』するのは、なんか嫌だな」と思い続けてきました。

fujiponさんのこのエントリ、全体としては共感できるところが多く、良い読み物だったという感想なんですが、一点少しひっかかる記述がありました。

でも、いまの日本で、少なくとも直接的に移民によって傷つけられているわけではない人たちが、いまの自分が置かれている状況への不満を「移民差別」や「懐古主義」に置き換えてしまうのが、正解だとは思えない。


ここに書かれているのは、なにかしらの現状への不満を抱えた人がそれを排外主義に転化しているという認識です。

この認識自体は決して珍しいものではありません。というか、排外主義について語られる際にはほぼほぼこのような語りがなされると言ってもいいくらいのスタンダード認識です。

でも、排外主義の裏には社会への不満があるという認識事実に基づいているのか、自分はかねてより疑問に思っています

例えばこんなケースを想定してみてください。

Aさんは長年正社員として勤め、定年退職した。現役時代の稼ぎは悪くなく、老後の経済的不安は少ない。配偶者子供との関係も良好である

退職して自由時間が大きく増えたAさんは、その時間Youtubeをよく視聴するようになった。

Youtubeトップページに表示されるオススメ動画の中には政治についての動画もあり、タイトルサムネイルから興味を持ちそのうちのひとつを視聴してみると、その後オススメにはそれと似た政治系の動画が数多く表示されるようになった。

Aさんはそれらの動画を視聴していく中で、現在日本では外国人による凶悪犯罪が多く発生し治安が脅かされていること、外国人が過度に優遇され日本人はないがしろにされていること、そしてメディア政治家の多くが反日左翼勢力支配されているためにそれらの問題は軽視されたり否認されたりしていることを知った。

そのことから、Aさんは選挙では日本人のための政治をしてくれる愛国的な新興政党投票すると決めた。

以上のケースはあくま自分創作ではありますしかし、これがただの勝手創作に過ぎないのか、それとも似たような事例が日本中のあちこち実在するのか、というと後者ではないかと思います

ではこのケースでAさんが排外主義的主張をする政党への投票を決めた背景に社会への不満は存在すると言えるでしょうか?

おそらくAさん自身に聞けば外国人ばかりが優遇される社会に大いに不満があると答えるでしょう。

でもそれはAさんが排外主義的主張に染まった結果生じた社会への不満であり、元々Aさんがなにかしらの社会への不満を抱えていたがゆえにそれが排外主義的主張を受け入れる背景になったとは言えないでしょう。

このように考えてみると、不満の感情排外主義に転化しているという認識現実に即しているのか極めて怪しいと言わざるを得ません。

かにここ最近日本話題といえば、まず物価上昇による生活苦という問題が大きなものとしてあり、その後排外主義的主張を掲げる新興政党の伸長という事態が発生しています。よって大きな話題時系列順に単純に考えるとそこに因果関係を見出すのも理解できる考えではあります

しかし、本当に因果関係存在するのかは慎重に見なければならないでしょう。

参政党の支持者層の偏りとして、男性が多いというのはありますが、低収入の人が多いという傾向は存在していません。収入が低い層ほど物価高の影響を大きく受け、社会への不満が高まるはずなので、これは経済の影響は大きくないことを示唆しています

欧州では低所得層ほど反移民感情を持ちがちな傾向があったとしても、それを単純に日本に当てはめられないということも指摘しておきます。なぜなら、日本島国であり、近隣の貧しい国の人が仕事を求めて不法入国就労するということは非常に困難ですし、そもそも少子化人手不足社会です。よって、低所得層仕事移民に奪われる恐れから反移民感情は極めて発生しづいからです。


不満の感情の転化でないならば、何が人を排外主義に向かわせるのかですが、自分はこれはインターネットの利用とメディアリテラシーの欠如でだいたい説明がつくと考えています

前提として、人間認知は遥か昔の野生生活生存率が高くなるように作られており、巨大で複雑な国際社会を生きるのに適合的ではありません。

よって、我々は余所者が嫌いです。仲間でない余所者の中には友好的な人物敵対的人物もどちらもいますが、友好的な人物に対して警戒心を持って接しても死ぬことはなく、逆に敵対的人物に警戒心を持たずに接してしまえば最悪命を奪われるわけで、生存のためにはそのほうが都合がいいからです。

同じように、我々は性善説よりも性悪説現実的だと感じます。実際には多くの人は自身良心を裏切るような行動を取ることに大きなストレスを感じ、自身が善良な人間であるという自己認識を得られることは大きな報酬と感じるわけで、好ましいとされる振る舞いをすることが多いです。しかし、生存のためには他者の悪意に備えたほうが都合がいい。よって実際の現実とは無関係性悪説のほうが現実に即していると感じられるのです。

このような認知バグ存在意味するところは、人間排外主義者になるのが自然だということです。

余所者を脅威に感じるのは我々の認知がそのようにできているからであって、当たり前のことですから

そして、この認知バグに沿った言説ほど、我々はわかりやすいし好ましいと感じるわけです。

いわゆるオールドメディアは、まだ正しさや妥当性という評価軸にとらわれています

しかインターネット上ではより多くのインプレッションを稼げる言説こそが強く、ウケているからこそより多く拡散されるという正のスパイラルが生まれます。正しさや妥当性よりもウケるか否かが重要世界では、認知バグに沿った言説ほど有利になります

そして、前述のように排外主義はまさに認知バグに沿ったものであり、インターネット時代において最強の立場であると言えます

インターネット時代では排外主義こそが最強である

この認識世界各地で極右勢力が伸長していることに対して「インターネットが普及した結果の必然」という簡潔な説明可能します。

また、「ネット右翼(ネトウヨ)」という言葉存在するのに「ネット左翼(ネトサヨ)」という言葉ネット右翼という言葉ありきでしか使われないのはなぜかということの説明にもなります(左派リベラル派は認知バグに反することばかりを主張するのでネット時代では支持されない)。

なぜ2016年米大統領選のときヒラリーサンダースの支持者向けのフェイクニュースはあまりまれず、結果トランプ支持者向けのフェイクニュースばかりが作られることになったのかについても、これは説明可能です。

言うまでもないことですが、自身認知バグ無自覚排外主義同調してしまう人というのはメディアリテラシーの欠如した人と言わざるを得ません。

一定以上のリテラシーのある人は事実と反するにも関わらず支持されてしまいがちな言説のパターンをある程度把握しており、そのパターン通りの言説に対しては「あ、これデマっぽいな」という嗅覚が働きます

また、情報信頼性について自分が納得できる内容なのかよりも発信者信頼度によって判断するため、動画サイトまとめサイト情報源として信頼しません。

多くの情報を得ると情報強者になったような気になりますしかし、本当に大事なのは情報の量ではなく、情報信頼度を判定するメディアリテラシーです。これが欠如していると、ジャンク情報に振り回され、情報強者を自認する情報弱者になってしまうのです。

以上のことを逆の言い方をすれば、人を排外主義に向かわせる最大要因はメディアリテラシーの欠如であると言えます

実は思想の左右と思われているもののうちの多くは、思想の差ではなくメディアリテラシーの差であろうと自分は考えています

思想の左右というと対等な関係に思えますが、メディアリテラシーの高低は対等ではありません。よって、ネット右翼が「リベラル傲慢だ、対立する意見も見下さずに対等に扱うべきだ」と言ったところで、無茶な注文でしょう。なんならその「リベラル」も単にネット右翼よりもまっとうなメディアリテラシーを持っているというだけで特別リベラルな考えの持ち主というわけではないパターンも多いでしょう。



まとめると、なにかしらの社会への不満などの要因が転化して人は排外主義に染まる、というモデルは間違いだろうということです。

そうではなくて、なんの要因もなくても自然に人は排外主義の主張を好むものであって、逆に排外主義に染まらない人のほうにこそその不自然説明するためのなにかしらの要因を見出すべきであり、その要因として最大のものメディアリテラシーを身につけていることが挙げられる、というのが自分の考えです。

そして、突然人々のメディアリテラシーが急上昇することはない以上、たとえ今後経済が上向いたとしても排外主義は支持を伸ばすでしょう。もしかしたら参政党は支持を失うかもしれません。しかし、その際は他の党が排外主義票の受け皿として伸長するはずです。

排外主義の裏には不満の感情があるはずだと考えれば、経済社会が良くなって人々の不満が減れば排外主義も退潮するはずだと希望が持てます。でも、そうではないでしょう。

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