杉田水脈が落選したらしい。
参議院選挙の開票速報を、特別な感慨もなく眺めていた。杉田水脈氏の落選確実の一報に、胸がすくような思いはなかった。ただ、深く、静かな溜息が出ただけだ。それは安堵とも諦めとも違う、巨大な機械が然るべき音を立てて停止したのを確認した時のような、不思議な静けさを伴う感情だった。
数週間前、私は彼女の事務所に一本の電話を入れ、苦情を申し立てた。あの時の電話対応の不誠実さは今でも忘れない。
「多数いる支持者の中でも、わざわざ現在刑事告訴6件で多方面に迷惑かけてる人間を引用リポストするのは、死亡説犯人説だらけのTLに誘導する事になり、告訴の当事者としても非常に迷惑です」
言葉を選び、事実を並べて伝えた私の訴えは、ただの一市民の切実な声だったはずだ。X、YouTube、併せて約50万人のフォロワーを持つインフルエンサー「暇空茜」こと水原清晃が、私を含む複数の個人に対してどれほど執拗で、根拠のない誹謗中傷を繰り返してきたか。私のアカウントは乗っ取られ、黒幕は宗教団体「真如苑」であり、某自称学生は殺害され、その犯人は私か、あるいは共犯者であるという荒唐無稽な陰謀論。彼はそれを「エンターテイメント」として、何百時間ものライブ配信で垂れ流し続けた。
その結果、私の一個人としての社会的信用は著しく毀損され、現実の生活にまで被害が及んだ。同じように、彼の妄想の登場人物に仕立て上げられた者たちも、それぞれの人生をかき乱された。私たちは、彼が作り出した「物語」の登場人物ではない。被害を受けた、生身の人間だ。
政治家とは、そのような個人の尊厳が踏みにじられる状況を看過してはならない存在だと、私は信じている。だからこそ、少なくとも6件もの刑事告訴を抱える人物のポストを、国政選挙を戦う議員が公然と拡散することの異常性を訴えたのだ。
しかし、返ってきた対応は「はい。今、選挙中なんで」。こちらの苦悩や被害の実態を理解しようとする姿勢は微塵も感じられなかった。まるで、巨大な組織の前では一個人の声など取るに足らないと言われているようだった。あの時、私は無力感と共に、彼らが依って立つ権力の本質の一端に触れた気がした。録音データは、今も私の携帯電話に保存されている。
そして今日、その権力の一角が崩れた。
杉田氏の落選は、もちろん様々な政策や政治姿勢に対する民意の総合的な判断だろう。私の訴えがその結果に影響を与えたなどと考えるほど、私は自惚れてはいない。だが、有権者が下した審判の中には、彼女がどのような言説を支持し、どのような人物と連帯してきたかという点への評価も、間違いなく含まれているはずだ。
事実に基づかない陰謀論で個人を攻撃し、それを支持する者たちと熱狂的なコミュニティを形成する。そうした手法で社会の分断を煽り、注目を集める人物を支持することは、健全な民主主義を蝕む行為に他ならない。有権者は、その危うさを見抜いていたのかもしれない。
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