第18話 地獄と化した慰労会、それから 後
順佑の自尊心は膨れ上がって肥大化していたが、いざ実際に、かりん、里奈、怜奈、美沙、美佳の五人を前にするとそれは呆気なく鳴りを潜めた。
「オラ……も、しない……ソソソ……」
呟くように言うのがやっとだった。
女性陣は不審に思ったものだが、順佑の父が安心して慰労会に参加する為には手元で監視しておくのが一番だということも分かっていた。存在は許されたが、受け入れられたとの同義でない。
皆がワイワイと盛り上がる中、順佑は不貞腐れた顔をして店の端にて黙り込んでいた。
異変がないことを時折確認しながら、順佑の父は若者らとの交流を楽しむ。今日は特別ということで店内に居るルッツの頭を撫でやったりもしていた。
ほろ酔い気味の田中が順佑に声を掛ける。
「どしたの、浜谷くん~、全然食べてないじゃん。何か持ってこようか」
「……ステーキ、一番大きい奴!」
小さな声には怒気が含まれていた。
「ステーキはないよ。ま、良いや。久しぶりの作業所はどうだった? 疲れたっしょ。お疲れ様」
「余裕だっただで!」
順佑の父を見ると、首肯している。昨夜は酔っていた為に考えが回らなかったが、やはり何かがおかしい、と田中も不信感を募らせ始める。だが決定打が見つからない。
田中と順佑の父が一抹の不安を抱える中、賑やかな時間は続く。
やがて宴もたけなわを迎え、女性陣から田中へ、労いと感謝を込めた贈り物の受け渡しが始まった。これは田中には伏せて計画されていたことであった。皆が頑張っていたのは間違いないが、一番の功労者は彼に違いないと、順佑の父もネクタイのプレゼントを用意していた。
「なんだよ皆~……俺だって皆には感謝してるんだから、内緒でプレゼント用意するなんてズルいじゃんよ~」
「ふふっ、たまには良いじゃない。お兄ちゃんが頑張ってたのは確かなんだし。私からは、はい、これ」
ネックレスを受け取った田中が、それを身に着けてかりんへ向き直る。
「……かりん」
どこかしっとりとした空気が流れる中に「パフッ」と気の抜けた音が響いた。
見るとルッツが玩具を咥えていた。
田中の足元にその玩具を置き、彼を見上げながら尻尾を振る。
「なんだよルッツ、お前までプレゼントくれるのか~? さんきゅーな!」
田中が屈んでルッツを抱き締めながら、ワシャワシャとその身を撫で回す。
一同がそんな様子に笑みを浮かべる。
無論、あの男だけは別であった。
おかしいだで! 何で小説家になったオラには何も贈らない! 気の使えない奴ばっかりだで! 田中なんて! こんな店! こんなしょうもうない店をやってる田中なんて! おかしい! オラが褒められるべきじゃん! オラが注目されるべきじゃん! オラが! オラが一番なのに! 犬までオラを馬鹿にして!
狂った認知を介して世界を見ている順佑は、フシー、フシーと不気味な息を漏らしながら、その矮躯に憎悪を滾らせる。
不意に田中のスマホが鳴った。
『フルーツパーラーおさなか』の店主からだった。電話を取ると、喫茶ぱにゃ付近の飲み屋に商工会の会長といるのだが、少しだけ顔を出せないか、とのことだった。
逡巡の後、田中は事情を説明して少しだけならと応じた。
順佑の改心については疑念があるものの、じっとしているところを見るに問題はないだろうと判断して店を出た。
少しずつ片付けに手を着けつつも、宴は続く。
事は、順佑の父がトイレの為に席を立っている間に起こった。
オラを見ない! なんで! オラは……! オラは!!
癇癪を起こす寸前、順佑は霧島の美辞麗句を思い出す。
仕方ないだで! オラは優しいんだで! 最後のチャンスをやるだで! オラは賢いからどうすれば馬鹿な女共がオラに注目するかも分かっているだで!
不意にバンとテーブルを叩いて立ち上がった順佑は、かつて天津姉妹に苦痛を与えたのと同じ方法を取った。
ルッツが一つ大きな声で吼え、前方へと躍り出る。その横に、椅子を持ち上げた怜奈が立つ。彼女もこの三ヶ月余りで成長していたのだった。
「こいつ、やっぱり改心なんてしてないじゃん!」
「……だで?」
想定外の反応に、順佑は醜いものを丸出しにしたままきょとんとした表情を浮かべる。
ルッツの鳴き声で異変を察した父親がトイレから飛び出し、すぐさま順佑を殴り付けた。体勢を崩した順佑の襟首を掴んで店の外へと引きずり出す。
強引に立たせて思いっきり頬を殴った。
「ここへはもう二度と近付くな」
「オラは何も悪くないのに……オラを無視して田中にばかり構うあいつらが悪いのに……」
そう言って順佑は細い目から涙を流す。
父親は驚愕して目を見開いた。こうまで情緒も認知も狂っているとは思わなかった。絶望しながらも何とか「帰れ」とだけ搾り出した。
順佑が大人しく背を向けたことを認めると、父親は外へ出て来た五人に向かって土下座をした。
「本当に申し訳ないです。ワシがあんな嘘に騙されたばっかりに、みんなにはまた嫌な思いをさせてしまって! 本当に! 本当に申し訳ない!」
何度も頭を地面に打ち付ける順佑の父を責める者はいなかった。五人がなだめているところに、会長への簡単な挨拶を済ませた田中が戻ってきた。
「ちょ、タツさん、何やってるんですか!」
無理やりに抱え起こし、何があったんですか、と訊ねる。
「あいつ、あいつが、また悪さしおった」
「……そっか。やっぱり変わってなかったんだ。それで、浜谷くんは?」
「とりあえずは帰らせた」
そう言って闇夜に溶け込みつつある順佑の背を指す。
全員がその姿を見ている中、一台のセダンが彼の近くで止まった。誰にも見覚えのない車だった。そこから一人の男が現れた。
順佑はその男と何事か話しているらしかったが、内容が聞こえる距離ではない。
やがて順佑は車に乗り込み、そのまま姿を消した。
「は? え、えっと、タツさんの知り合い?」
「いやワシは何も聞いとらんし、見覚えもない」
「何……? どういう事……?」
動揺する一同であったが、順佑の父は以前にも詐欺師や迷惑系ヴーチューバーが順佑を家から連れ出したことがあったと説明し、美沙に対しては行方不明者届も出さない旨を伝えた。
それから数時間後、順佑は聖奈夕丹比売と対面していた。
真っ白な髪の女はドレス姿をしていた。順佑はニタアと笑い、その容姿を気に入ったことを示していた。
「ずっと会いたかったわ。順佑」
「オ、オラも……」
「よく彼を連れて来てくれたわね、霧島。最後の実験もばっちりだったわ」
傍らに控える霧島が小さく頭を下げた。
「本当にオラのガチ恋、で良いんだよね? オラのこと好き? オラのどこが好き? オラの顔、可愛い? オラの小説読んだ? 濡れた?」
「ふふふ。順佑、貴方は本当に……私が見込んだ通りなのね。私はね、貴方と同じ業人なのよ」
「ごうにん? オラは神作家やろ? ほんでえ、ブリジョボプレイのブリだで? DJも出来るし、バーの店員も出来るやろ? ほんでえ、動画編集も出来てえ、AIも使いこなしてえ、コーデも出来てえ? その上、優しいじゃんか。なかなかおらんでえ、こんないい男は」
「……まずは、理解してもらえないだろうけど、自己紹介をしても良いかしら」
「だで? ステーキは?」
「後にしてもらえるかしら。霧島から聞いているでしょうけど、私は天神グループ当主の一人娘よ。欲しいものは何だって手に入るわ。そう、子供の頃からずっとそうだった。私は恵まれていたのよ。そして私は自分が特別な存在だから恵まれているのだと勘違いしていたわ」
「……それは大変やね。でもこれからはオラが傍に居てあげるだで? だからステーキは? そ、それに、セ、セセッ、にしし!」
「私はね、父の後を継ぐつもりで居たの。その為に努力していたわ。そうする義務があると思っていたもの。私がこんなにも贅沢な暮らしを送れているのは、やがて後を継ぐ存在だからだと考えていたわ。でも違った。父は私を失敗作だと罵り、決して後継者にはしないと言ったわ」
「オラも! オラもお父さんには理不尽に怒られているだで! オラも! 妹なんかよりずっと優秀なオラを! アイツは!」
「後を継げないのであれば、この生活は捨てるべきだと思った。だけど、出来なかったわ。試しに普通の女として社会に出ようとしたことがあるの。私は思い知ったわ。私の努力は一般社会に適用出来るものではなかった。悔しい気持ちを抑えて頭を下げる、知らないことを知らないと認めて教えを請う、そうしたことが出来なかった。そんな私に父は、金なら今まで通りに使って構わないから何もするな、天神家の恥さらし、そう言ったわ。ふふっ……そこで私は気付いたの。私は贅沢を覚えただけの無能なブタなのだと。終わらせようと思ったわ。でもね、それすら出来なかった。一人で消えていくことが怖くてたまらなかった。だから、貴方のような巻き込んでも心の痛まない者をずっと探していた。それが私の業人たる所以」
順佑は首を傾げていたが、話が終わったと見るや、聖奈夕丹比売へ近付き、彼女の頭を撫でた。
「オラがおるけん」
「貴方は本当に何も理解出来ない、理解しようとすらしないのね。……ふふ。それでこそ私に相応しい人だわ。貴方のそんな姿には性的な昂ぶりを覚える程よ、順佑。ああ、貴方のような人が居て本当に良かった」
順佑に理解出来るのは、表面的な言葉だけである。誇らしげな笑みを浮かべているのはそのせいだ。
「だから始めましょう。復讐を。まずは思い知らせてやりましょう。田荷島の人々へ。それからやり遂げるの。二人で。真っ赤な命の花を咲かせてやるの。社会から拒絶された私達が、今度は社会を拒絶してやるのよ。それが、ささやかではあるけど私達に出来る唯一の復讐」
近況ノート
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