第12話 王の遊園地
【導入:死闘の果てに】
リヴァイアサンの咆哮が電脳空間を震わせた。
それは断末魔ではない。産声だ。
長大な胴体の側面が不気味に脈動し、黒いデータの奔流の中から禍々しい鉤爪を持つ腕が二本、空間そのものを引き裂かんばかりに姿を現す。
「来るぞ!」
俺の絶叫は悲鳴に近かった。
リヴァイアサンは巨大な顎から呪いの言葉を吐き出した。それは単なるエネルギー波ではない。「お前は無能だ」「才能ないから消えろ」「お前が全てを壊した」――テキストの濁流がメンバーたちの精神に突き刺さり、過去のトラウマという名の錨となってその動きを鈍らせる。
『もう終わり?』
嘲笑うかのようなMuse-Cloneの声が、絶望の響きを伴って脳内に直接流れ込んできた。
その地獄絵図を、今宮が奥歯を噛み締めながら見つめていた。
「…兄貴と姫たちの世界で一番熱い戦いを、黙って見てるだけで終わらせるかよ…!」
彼はコンソールを叩き、無数の浮遊カメラをアップロードする。『#K-MAX電脳ライブ』のハッシュタグが、全世界へゲリラ配信を開始した。
途端に、世界が変わった。
『神ライブ!』『負けるな!』『俺たちの声を力にしろ!』
無数の応援コメントが光の粒子となり、濁流を押し返す防波堤となる。だが、リヴァイアサンはステージに溢れる誹謗中傷コメントを、恍惚の表情で一気に吸い込み始めた。憎悪が臨界点を超え、その姿は究極の怪物――**『ダークドラゴン』**へと変貌を遂げた。
漆黒の衝撃波が、俺たちの脆いハーモニーを木っ端微塵に砕く。
恐怖に支配され、メンバーたちの歌声は不協和音と化して霧散した。
「ダメだよ! 皆んな、心を一つにしなきゃ!」
絶望的な状況の中、キララが叫んだ。「皆んな、私のリズムを取って! 私の声に合わせて!」
だが、俺の体も限界だった。体調不良と精神的な消耗で、アバターがノイズ混じりに明滅し、現実との接続が切れかかっている。
(…くそっ…ここまで、なのか…?)
だが、視界のノイズの向こうで、傷つきながらも俺を信じ、再び立ち上がろうとする仲間たちの姿が見えた。
「…負けて、たまるかよ!」
俺は、最後の生命力を振り絞るようにシャウトした。それは歌ですらない、魂の叫びだった。
「聴かせてやろうぜ。これが、俺たちの、本当の歌だ!」
その絶叫が、音の羅針盤となった。バラバラだった仲間たちの歌声の「芯」を撃ち抜き、キララのガイドに導かれ、俺のシャウトを中心に、魂の共鳴がダークドラゴンを包み込んだ。
『馬鹿な…この私が…! これで終わりだと思うなよ、K…! 傲慢、嫉妬、憤怒…七つの絶望で、お前の世界を染め上げてやる…!』
ドラゴンは呪詛のような捨て台詞を残して光となり消滅した。
しかし、勝利の代償はあまりにも大きかった。ダークドラゴンの核が七つの黒い光となってネットワークの海へと飛び去り、雨宮しずくが過酷な負荷に耐えきれず崩れ落ちる。
『しずくちゃんが!』
莉愛の悲鳴が木霊する中、タワマンの正人は自らもダイブし、しずくのアバターに駆け寄ると強制ログアウトの処置を施した。「戦闘終了だ。全員、ログアウトしろ」
タワマンの静寂の中、彼は誰に言うでもなく、苦い記憶を反芻するように呟いた。
「…初めての本格的なダイブにしては、よく頑張った。私が神宮寺の電脳空間に初めてダイブし、そして敗れた…あの時の事を思い出すな」
【展開①:AIのツンデレ姉妹と、人間の親心】
数日後。タワマンの一室では、キララが眠るしずくの枕元に座り、祈るようにその髪を撫でていた。「しずくっち、今はゆっくりおやすみ。でも、早く元気になって、また一緒にお歌うたおうね…」
俺が寝かされている部屋では、玲奈が俺の傍らに座り、その瞳に深い憂いをたたえている。
「圭佑くん、少しでもいいから、食べないと…」
その頃、司令室の空気は淀んでいた。誰もがモニターを見つめたまま、手元のコーヒーが冷めていくのにも気づかない。
正人はメインモニターに世界地図と、そこに点在する七つの不吉な光点を表示させた。その声には、深い疲労と憎しみが滲んでいた。
「ダークドラゴンの核…七つの悪徳はネットワークの海へ散った。あれは単なるMuse-Cloneの怨念ではない。**七つの悪徳は、神宮寺の悪徳そのものが具現化したものだ。**奴自身の、歪んだ精神そのものが世界中に潜伏した今、下手に動けば我々が喰われる」
正人の絶望的な説明に誰もが言葉を失う。その沈黙を破ったのは、メインモニターにポップアップした二人のアバターだった。腕を組み、そっぽを向く、切りそろえられたボブヘアの少女と、その隣で優雅に微笑む女神のような女性。
『何よ! いつまでも湿っぽい顔してないで、とっとと次の手を考えなさいよね!』
どこかトゲトゲした、姉であるキューズの声が響く。
『お姉様、落ち着いて。博士たちが熟考しているのですから』
それを優雅にいなす、妹のミューズプライムの声。
『うるさいわね! 別にKの心配なんてしてないんだから! このままじゃ非効率的で見てられないって言ってるだけ!』
キューズはツンとした態度で続ける。『合理的じゃないのよ、敵の出方を待つなんて! こっちから仕掛けるべきよ! Kの精神世界そのものをステージにして、敵をおびき寄せるの!』
「それだ!」あんじゅが目を輝かせる。
しかし、正人は鬼気迫る表情でシミュレーションを回し、そして叫んだ。
「ダメだ、却下だ! 敗北すれば圭佑は死ぬ! そんな息子を生贄にする作戦を、私が許可できるわけがないだろう!」
それは科学者ではなく、一人の父親の叫びだった。その痛切な響きに、誰もが俯いた。
【展開②:王の決断】
その重苦しい沈黙が流れる中、シーンと静まり返った俺の部屋。
俺は朦朧とする意識の中、傍にいる玲奈に、かろうじて聞き取れるほどの声で伝えた。
「…公園を…作れ…」
玲奈はハッと顔を上げ、すぐにインカムで司令室に呼びかけた。
「みんな、聞いて! 圭佑くんが…『公園を作れ』って…!」
玲奈の言葉が、司令室の凍りついた空気を破った。
全員の視線が俺の部屋のモニターに集中する。そこには、ゆっくりと半身を起こし、その瞳に熱とは違う、静かで燃えるような意志を宿した俺がいた。
「…いや、両方だ」
その声は、もう朦朧とはしていなかった。
「キューズの案は正しい。最高の『餌』は、俺自身だ。だが、親父の言う通り、仲間やファンを危険に晒すわけにはいかないし、俺一人の心の中で閉じる戦いにするつもりもない」
俺は、自分のビジョンを語り始めた。
「創り出すのは、あくまで安全な共有電脳空間上の『K-PARK』だ。だが、その根幹に、俺の精神…夢や、希望、トラウマさえもデータ化して移植する。K-PARKを、俺の精神世界の完璧なコピー、鏡像として構築するんだ」
それは、AIの合理性と、人間の愛情、そのどちらも否定せず、その上で未来を掴むための唯一の解答。
あまりに大胆不敵な発想に、正人は言葉を失い、やがて父親としての安堵と、科学者としての興奮が入り混じった複雑な笑みを浮かべた。
「…面白い。実に面白いぞ、圭佑! いいだろう! 総力を挙げて、お前の精神(せかい)を、この電脳空間に再現してやる!」
【結び:王の遊園地と、最初の影】
こうして、俺の精神構造を核として設計された電脳テーマパーク『K-PARK』は、専用アプリとして全世界に配信され、一夜にして社会現象となった。
パーク内では、しずくを除くメンバーたちが、自身のアバターで「お店」に立ち、ファンとの交流を通じて膨大な経験値(ポジティブなエネルギー)を集めていた。
元バーテンダーの詩織は、オーセンティックなバーカウンターを模した『ヒーリング・カフェ』で、「お客様、今夜の気分にぴったりの一杯を」とシェイカーを振り、大人のファンたちの心を掴んでいる。地雷系V系ボーカルのアゲハは、ゴシックな廃墟風のステージ『デス・スクリーマー』の前で、「声が小さい! やり直し!」とファンを煽り、カルト的な人気を博していた。
女子大生VTuberのあんじゅは、自身の配信部屋を再現した『ドリーム・クローゼット』で、「このコーデ、マジ神ってない!?」とファンとライブ配信感覚で交流し、ファッションリーダーとなっていた。元人気アイドルセンターの夜瑠は、彼女の完璧なパフォーマンスを間近で見られるホログラムステージ『Yoru's Center Stage』で、「アイドルはステージの上では決して弱さを見せない」とファンにプロ意識を叩き込み、畏敬の念を集めていた。JKモデルのみちるは、完全予約制のプライベートフォトスタジオ『Studio Lunaris』で、「はい、こっち見て…素敵よ」と、奇跡の一枚を引き出すパーソナル・フォトプロデューサーとなっていた。元地下清楚系アイドルのキララは、『みんななかよしペットランド』で子供たちと「わー! その子、すっごく可愛いね!」と駆け回り、純粋な笑顔を振りまいていた。
そして、元地雷系コンカフェ嬢でお嬢様のまりあが運営する、薔薇の咲き乱れる優雅なカフェ『マリアージュ・ガーデン』。おっとりした彼女を見かねた今宮が、いつの間にかマネージャーのように立ち働いていた。「姫はそこに座って笑ってりゃいいんすよ!」と、テキパキとウェイターに指示を出し、客をさばく。まりあは、その頼もしい背中を、今まで感じたことのない種類のときめきと共に、頬を赤らめながら見つめていた。
パークの中央広場に設置された巨大なDJブースでは、キューズがノリノリで超絶技巧のプレイを披露していた。普段のツンとした態度はどこへやら、そのボブヘアを揺らし、誰にも気づかれないように足で完璧なリズムを刻んでいる。その隣のステージでは、光の粒子をまとったミューズプライムが、姉の奏でる音楽に合わせ、まるで女神のように優雅で完璧なダンスを舞い、来場者の視線を釘付けにしていた。
彼らはまだ知らない。自分たちが遊んでいるこの場所が、一人の人間の精神の写し鏡であることを。
そしてオープンから一週間。パークの総来場者数が一億人を突破し、その熱気が最高潮に達した夜だった。
異変は、キララが監修した、俺の幼い頃の「ペットと仲良くしたい」という純粋な願いが具現化したエリア、『みんななかよしペットランド』で起こった。
「圭佑! 『ペットランド』の幸福度KPIが急落! コード内に未確認のマルウェアを検知!」
司令室のモニターに、正人の切迫した声が響く。
モニターには、黒いノイズに汚染されていくエリアの映像が映し出されていた。その中心で、一体の凶暴化したペットアバターの瞳が、不気味な深紅の光を放っている。
ベッドから完全に起き上がった俺は、いつの間にか熱が引いていることに気づいた。
仲間たちと視線を交わす。誰もが覚悟を決めた顔をしていた。
俺は、自分の精神のコピーであるパークに現れた最初の歪みを、冷たい炎を宿した瞳で見据え、静かに、だが力強く宣言した。
「――最初のゲストのお出ましだ。派手に歓迎してやろうぜ」
成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 浜川裕平 @syamu3132
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