社会科学者のキャスリー・キラムは、常に人と人とのつながりを科学することに魅了されてきた。例えばスタンフォード大学時代、キラムは個人的な実験を企て、108日間、親切な行為を毎日し続けた。ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院では、孤独の解決策を研究テーマにした。そしてグーグルのヘルステック関連企業であるVerilyでは、人々を結びつけて、社会的健康を促進させるのがキラムの仕事だった。
「スタンフォードで研究をしているときに初めて、“ソーシャルヘルス(社会的健康)”という言葉に出会いました。ちょうど人と人とをつなげるアプリの開発をしていたときです」とキラムは語る。「それ以来、わたしの仕事はすべて“つながり”というレンズを通して行なわれています」
キラムは、3月18日(英国時間)にロンドンで開催される「WIRED Health」で基調講演をする予定だ。同講演に先立ち、ソーシャルヘルスが人間の健康に欠けている理由について、キラムに聞いた。インタビューは、長さとわかりやすさを考慮して編集されている。
──従来、人間の健康は身体的要素と精神的要素に分けられてきました。しかしあなたは、第3の柱である「ソーシャルヘルス(社会的健康)」を導入する必要があると主張しています。理由はなんですか?
キャスリー・キラム:ソーシャルヘルス(という概念)を高め、区別することがとても重要だと思っています。その理由は、人とのつながりが、わたしたちの健康に非常に大きな影響を与えるのに、見過ごされていて、過小評価されているからです。あらゆるデータを見れば、それがわたしたちの健康、幸福、寿命にどれほどの影響を与え、決定づけているかに驚くでしょう。人とのつながりは、感情的なものではなく、寿命を左右するのです。ソーシャルヘルスは、暗がりから抜け出してスポットライトを浴びる価値があるのです。なぜなら、わたしたちが思っているよりもずっと重要なものだからです。
──あなたの著書『The Art and Science of Connection(つながりの芸術と科学)』[未邦訳]では、社会的なつながりの欠如が、脳卒中から認知症まで、さまざまな病気のリスクを高めると指摘しています。驚くべき発見のひとつは、人間関係が欠如していると、精神的健康か身体的健康かにかかわらず、今後10年で死亡する確率が2~3倍も高くなるという点です。これは、常習的な喫煙や過度の飲酒、肥満や運動不足に匹敵します。孤独になると、わたしたちの体に何が起こって、どうして悪い結果を招くのでしょうか?
有力な説のひとつに、「ストレス緩衝」という考え方があります。空腹や喉の渇きをイメージしてください。これらは体が発する合図です。体に必要なのに不足しているものを知る有用な方法です。孤独感も合図のひとつです。慢性化すると問題です。慢性的な孤独感は、慢性的なストレスと同様に、最終的にはコルチゾールを増加させ、炎症を引き起こし、免疫システムを弱めてしまいます。わたしたちは生きるためには他者を必要としています。なので、慢性的な孤独は、文字通り脅威として認識されます。対照的に、支えとなってくれる人がいれば、身体が落ち着き、ストレスに対処しやすくなります。つながりは、わたしたちの身体が理解している基本的なニーズなのです。
──あなたはソーシャルヘルスの現状を、公衆衛生上の緊急事態と呼んでいます。そして、多くの人があなたに同意しています。2023年、米国公衆衛生総監は孤独と孤立の蔓延について勧告を出し、世界保健機構(WHO)は社会的つながりに関する委員会を設置しました。この危機の根本原因は何でしょうか?
断絶は現実的な危機で、よく話題になります。しかし、また過剰なつながりというのもあります。人は実際、これまで以上につながってはいます。しかし、意味のあるつながり方をしていません。(断絶と過度の干渉という)両方に取り組む必要があります。現状を助長している要因は数多くあります。そのひとつにテクノロジーとソーシャルメディアがあります。わたしが近年、ますます心配していることです。テクノロジーツールは、人間同士のリアルなつながりを補完するものでなければなりません。ところが現在、その多くが代用品、あるいは支柱として設計されています。AIがその一例です。何百万人もの人がAIを恋愛相手や友人の代わりとして使っていて、とても心配です。
職場文化にもトレンドがあります。どれだけ働いて、どれだけ忙しいと感じるのか。少なくとも北米文化圏では、人間関係よりもキャリアを優先することが多いです。そのほかのトレンドとしては、ひとり暮らしがあります。これは危険因子です。また人々はかつてないほど流動的な生活を送る傾向もあります。わたしは、これまでに12都市、3カ国に住んだことがあります。常に移動していると、コミュニティを築くのは困難です。
──もちろん、新型コロナウイルス(COVID-19 )がソーシャルヘルスに及ぼした影響も抜きにして語ることはできません。
ところが驚いたことに、皆さんが思っているほどソーシャルヘルスは悪影響を受けませんでした。当初は孤立や孤独感が高まったものの、人々は適応し、回復力があったことを、多くの研究が示しています。人間関係やその重要性が改めて認識されたのです。ニュースでは、孤独の蔓延は悪化の一途をたどっているという論調が多いですが、すべてのデータがそれを裏付けているわけではありません。
かなり興味深い結果のひとつが、地域の回復力に関するものでした。米国の研究だけでなく、ブータンやデンマークのような世界中の国々での研究でも、集団感染の前に地域の絆が強かった場所では、コロナの感染者が少なく、死亡者も少なかったという結果が出ています。わたしたちは、ソーシャルヘルスを積極的に構築して、いざというときに頼れるようにする必要があります。
──あなたが著書のなかで紹介しているソーシャルヘルスの取り組みを実践している、パリを拠点とする(近隣地区と共生関係を図る)「Republic of Super Neighbors(最高の隣人共同体)」や、英国の国民保健サービス(NHS)が、個別ケア戦略の中核として導入している、患者を地域の団体やサービスと結びつける「Social Prescription(社会的処方)」の概念を、とても気に入りました。ソーシャルヘルス運動は、始まっているとお考えでしょうか?
その通りです。現在のソーシャルヘルスは、10~15年前のメンタルヘルスに匹敵するものです。イノベーションの速度とこの業界の規模は、今後数年で加速すると予想しています。いまから期待していることはたくさんあります。学校の体育の授業で、身体的な筋肉の鍛え方を教えるように、生徒たちに“社会的な筋肉”の鍛え方について教える「つながりに関する学習コース」を導入したり、都市が共有スペースを再設計するために投資したり、そのほかにもたくさんあります。
わたしは、2020年に非営利団体であるSocial Health Labs(ソーシャルヘルス研究所)を設立して、「マイクログラント」事業を始めました。この事業では、米国居住者を対象に、地元のコミュニティで人と人を結びつけるアイデアを持っている人に、毎月1,000ドル(約15万円)の支援金を進呈しました。それは、とても刺激的なことでした。5マイル(約8km)以内に住んでいながらこれまで会ったこともない人々を結びつけるという、大変な努力をして、共感と会話を生み出している人たちのことを尊敬しています。この人たちはバズってもいなければ、AIを活用してもいません。でも、それは正真正銘、本物のつながりであり、わたしたちが必要としているものなのです。
(Originally published on wired.com, translated by Miki Anzai, edited by Mamiko Nakano)
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