ドラゴンボールad astra   作:マジカル☆さくやちゃんスター

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ハーメルンの皆様初めまして。
マジカル☆さくやちゃんスターと申します。
皆様のSSに触発されて私も何か書こうかと筆を取りました。
や、キーボードだから筆使わないですけどね。
もしよろしければ、御覧になっていってください。


第一話 異分子の目覚め

 一人の少女が呆然と、空を見上げていた。

 見慣れたはずの空。しかしまるで宝石でも眺めるかのように、その瞳は輝きに満ちている。

 まるで雪のように白い髪を腰までなびかせ、ぱっちりとした金の瞳を瞬かせ、奇跡的なバランスで配置された美貌は歓喜に満ちる。

 歳の頃は九かそこいら。小娘と呼んで何ら間違いはなく、数年も経てば絶世の美女に化けるだろうが今はただの幼子だ。

 

 切っ掛けは唐突だった。

 ある日突然、何の前触れもなく彼女の前に現れた青い肌の男女が歴史がどうこうと意味の分からない事を言いながら彼女に襲いかかり、やはり何の前触れもなく登場した剣を持った銀髪の青年がそれを止めた。

 歴史の変化だの修正だの、後で邪魔になるだの、何かよく分からない事を言いながら両者は激突し、少女には全く見えない速度でしばらく戦った後に空へと飛んで行った。

 どちらにせよ、今の彼女にとってそれは些細な事なのだろう。

 エイジ暦500――銀河の辺境地球の、そのまた辺境の田舎に住む少女リゼットはある日突然に前世の記憶というものを取り戻した。よくわからない連中が空を飛んだ時に爆風で転んだのが原因かもしれない。

 いや、果たしてそれを取り戻したと形容すべきか。

 取り戻したというよりは得た――この表現の方がしっくり来ると彼女は自答する。

 なにせ全てが虚ろで不確かで、何より断片的だ。

 前世の自分の人格などはまるで取り戻せておらず、それはまるでスクリーン越しに映画を見るかのように、自分とは隔絶した存在としてしか捉えられない。

 記憶はある。『自分』が経験した人生の出来事が脳の記憶領域に突然現れて勝手に居場所を作って己の許可もなく居座った。

 だが他人事としか思えない。確かに経験したはずの過去を、自分の過去と繋げられない。自我の連続性がそこにない。

 ああ、何か自分の前世らしいどこかの誰かの記憶を得たけど、これ私じゃないよね。

 彼女の偽りない感想がそれだった。

 

 例えを出そう。

 突然に見知らぬ誰かの人生をダイジェストで垂れ流されて、最後に『これは貴方の前世です』と言われてそこに自分を見出す事が果たして出来るだろうか。

 過去に自分が確かに歩んだ足跡と同じように、それを自らの足跡であると実感出来るだろうか。

 ……無理だ。だって途切れている。

 足跡のサイズも歩幅も何もかもが違う。他人の足跡にしか思えない。

 『ああ、そうですか』としか言いようがない。

 

 だから前世の人格などというものは彼女にとって至極極めてどうでもいいものだった。

 自分はもう『自分』ではない。記憶をいくら得たって、もう他人だ。

 前世の『自分』の自我は死んだその瞬間に途切れてしまっている。連続性がないのだから自分と繋げる事が出来ない。

 記憶喪失の人間ですら喪失前の己と喪失後の己を繋げられないのに、どうして完全に別人になって繋ぐ事が出来る。

 無理なのだ。本当に自分と『自分』を繋げて連続性を持たせたいなら、今ここにいる自分を消して上書きしてしまうしかない。

 無論そんなのはお断りで、既に終わったはずの誰かに己の人生を明け渡してやる気など毛頭ない。

 

 故にそれはもうどうでもいい。

 肝心なのは、記憶の中身だ。

 

「ありえません」

 

 リゼットは一言呟く。

 ああ、何だこれは。ありえないだろう。

 記憶の中に眠る数多の架空世界。

 娯楽目的で生み出されたフィクションの絵空事、実在しないはずの空想の具現。

 紙の上にインクで描かれた在り得ざる平面の世界。

 その中にある、一際記憶に強く焼き付けられた『ドラゴンボール』の単語。

 これが何より有り得ない。

 

 知っている。

 ああ知っている、知っているぞ。

 私はこの単語を知っている。御伽噺に聞かされた事がある。

 七つ集めればどんな願いも叶う奇跡の玉。

 今からほんの四十年程前から真しやかに囁かれるようになった都市伝説の類。奇跡の球。

 そしてこの世界の年号を表す『エイジ』の単語。

 道行く先々で目にする、犬とも人とも猫とも付かぬ、獣と人を合成したかのような亜人獣人竜人達。

 

 伝説の武闘家、武泰斗がピッコロ大魔王を倒して世界に平和を齎したのも四十年前。

 これは誰もが知る御伽噺であり、英雄譚だ。

 きっと後百年もすれば忘れられてしまうのだろうが、今はまだ人々の記憶に焼き付いている。

 

「なんてこと」

 

 思わず天を仰ぐ。

 その先にいるだろう神様に恨み言の一つもぶつけたくなる。

 無論彼に罪はない。きっとこの生まれ変わりに彼は一切合財微塵も関わっていない。

 いや、彼だけに留まらず恐らくはこの世界の転生を司る閻魔やその上に座する界王、更には界王神すら与り知らぬ事だろう。

 こんな……こんな『原作知識』などと、馬鹿げた記憶をそのままに転生などさせるはずがない。

 神々すら更に上の彼方から、紙上より眺めていた観察者の記憶などどうしてそのままに出来る。

 

 思い出さなければ良かった。得なければよかった。気付かなければよかった。

 そうすればきっと、何も知らぬままにこの世界で生きてこの世界で死ねただろうに。

 時代が主人公達と致命的にズレているのだから、そのまま天寿を全うする事だって出来た。

 だが駄目だ。もう黙って死ねない。

 

 だって、もう知ってしまったから。

 

 自分の知る常識は常識ではなかった。

 世界はこんなにも広くて、こんなにも狭くて、こんなにも予想外の事が目の前にある。

 平凡なだけの人生、それも悪いとは言わない。幸せな事だ。

 それが一番賢い生き方で、最も美しい死に方だ。

 

 だが――だが、もう駄目だ。ワクワクした心が止まらない。

 望めば空を飛べる。

 遥か遠い空間への移動も、手からビームも、宇宙の彼方への旅だって出来る。

 やろうと思えばどこまででも飛べる。

 そんな世界に生まれて、ここがそんな世界だと気付いて、それで平々凡々に生きて死ぬなど……それは余りに勿体無いだろう。

 

 好奇心。

 リゼットは人一倍それが強かった。

 いつか大きくなったら世界を旅してみたいと思っていたし、ドラゴンボールもいつか探してやると決めていた。

 『前』がどうだったのかは分からないが、少なくとも今のリゼットはそんな、冒険心の塊のような少女であった。

 

 だから死ねない。

 まだ自分は空の彼方まで飛んでいない。

 深海の底まで潜っていない。

 宇宙の果てを見届けていない。

 見たいものが沢山あって、やりたい事が山ほどあって、この世界ならそれが出来ると記憶が証明してくれた。

 愛おしきこの世界、されど自分はまるで知っちゃいない。

 愛しているのに、愛した物の実体すら解っていない。

 これではただの恋わずらい。一方的な世界への片思いだ。

 

 ならば見よう。ならば往こう。

 この世界の全てを解き明かし、全ての地を摩訶不思議大冒険しよう。

 死ぬのはそれからでいい。

 この心を占める未知が全て既知に変わった後でいい。この世界を愛し抜いた後でいい。

 ありとあらゆる全てが既知感で埋め尽くされて退屈になったなら、その時こそ満足と共に永遠の眠りに就こう。

 だから今は生きたい。

 生きて、生きて、生きて、満足して死にたい。

 

 見ているか前世の己よ。

 既に消えてしまった前の自我よ。

 私は貴方に心から感謝する。記憶をくれてありがとう。

 貴方の記憶がなければ、この世界の価値に気付けなかった。

 こんなにも未知と可能性に溢れている、何でも出来る夢の世界だなんて思わなかった。

 ここが私の生きる世界、生きる道。

 貴方が決して来られなかった、架空の先の果ての夢。

 けれど確かにここは現実で、己は確かにここに立っていて――。

 

「――私は、生きている!」

 

 

 

 それが、リゼットという少女の真の産声。

 己と記憶と世界を認識し、心から叫んだ第一声。

 そして同時にそれは、本来あるべき運命が捻じ曲がる不吉の音でもあった。

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