7つの銀弾   作:りんごとみかんと餃子と寿司

35 / 36
北米ー1:『背中を預け合って』

 

 

 

「──そういえば、あんたってあんまり私の名前を呼ばないわよね」

 

「そうかな」

 

人のベットに勝手に寝転がりながら数分ぼうっとしていたジャンヌダルク・オルタがいきなりそんなことを言い出したのは、オレがちょうど例の日記を読む作業に見切りをつけて、広げたそれを閉じたときのことだった。

 

「ええ。“君”だとか“あなた”だとかばっかりで……気づいたら、なんだかムカついてきたわ」

 

「ええ!? なんで!?」

 

「なんでってそりゃあ──」

 

そう口ごもる彼女は、なんだか怒っているようにも照れているようにも見えた。

 

「──そりゃあ?」

 

「あああ! もうアンタってば、ホンットにデリカシーとかない訳ね。それとも人のココロをちっとも予測できないのかしら!?」

 

理不尽に怒られているような気もすれば、もっともらしくぐうの音もでない説教をされている気もする。

 

──そういえば母さんや姉さんが、女性がこういう怒り方をするときは大体男性の方が悪いって言ってたっけ。

 

だとすればやっぱり、妥当な説教をされているような気もしてきた。

 

「ごめん」

 

「──はあ、いいのよ謝んなくて」

 

「う、ううん」

 

「と・も・か・く。あの騎士王はちゃんと呼び名があって、それで呼んでいたんでしょう?」

 

「あ、ああ。そうだね」

 

 

 

「……じ……じゃあ、私にそれがないことに怒るのは、おかしいかしら」

 

「──」

 

 

 

恥ずかしそうに、そして同時に不安そうにして零す彼女。そう言われたら、反論する言葉をオレは持たなかった。

 

思い当たる節はいくらでもあった。オレがペンドラゴンのことを特別視していることに、間違いはなかったから。

 

その意識が災いして、目の前の彼女と、消えてしまった彼女の間に、なにがしかの優劣関係をつけていたとすれば。それは無意識であってもよくないことだと思った。

 

そして彼女を不安にさせたあげく、先のようなことを彼女の口から言わせてしまったのは、なんだか罪深いことにも思えた。

 

「あーあー、また変な方向に考えてるでしょう! いいってば、そんな深刻に考え込む話じゃないっての! ちょっと気になっただけよ!」

 

「──でも」

 

「いいのよ、別に。アンタに悪いことなんてなにもないの! でも気になってちょっと苛ついただけ! それで終わり!」

 

「じゃあ、考えてみるよ」

 

「──え?」

 

「君の呼び名を、考えてみる」

 

「別にいいって言ってるじゃない」

 

「それは分かった。でもオレがそうすべきだと──そうしたいと思う」

 

「──そう、ならお願いね」

 

そう言って彼女はオレの部屋を後にした。

 

上機嫌そうに鼻歌を口ずさみながら。

 

彼女と出会ってから数日後の夜の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その戦場は地獄の様相を呈していた。

 

轟く爆音とあふれ出んばかりの殺意が熱気となって立ち上る。そしてその熱を裂くようにして冷たい悲鳴がいくつも響いていた。

 

──ここはアメリカの開拓者たちとケルトの軍勢がひしめく戦場。北米という新大陸を切り拓き奪った侵略者たちが新たに出現した別の侵略者たちに抗う、いわゆる因果応報の戦争。

 

しかし、正義がどちらにあるにせよ。あるいは、どちらにもないにせよ。歴史は正されねばならない。世界を、救うためにも。

 

ゆえにこそ、オレは自然と、特に打ち合わせることもなく、当然のごとく、機械化歩兵たちの軍隊に味方した。

 

考えるべきことは一つ。あくまで俯瞰してこの戦場を見た限りで、どちらの軍勢がより正史のアメリカ()()()かということ。

 

西軍勢、機械化歩兵軍。時代に見合わないような技術が見え隠れしているが、鎧のデザイン自体はアメリカっぽい。星条旗のカラーリングなどを取り入れたらしいところも判断しやすい一要素だろう。

 

翻って、東軍勢、近接特化型脳筋ゴリラ軍。以前特異点Fでリツカが出会ったというクーフーリンの衣装にも似た、おそらくはケルト式の戦闘装束を纏った軍勢は、明らかにこの時代のアメリカにいてはいけない存在だ。

 

つまり大体の確率で西側に味方するべきと思われる。だからそうした。そもそも日記にクーフーリン・オルタと女王メイヴというケルト出身の二人が“ラスボス”としてリストアップされていた時点で、味方するべきがどちらかはなんとなくわかっていたという話でもあるが。

 

ともかく光の渦に吸い込まれるような奇妙な、それでいて慣れ親しんだ感覚を覚えながらレイシフトし、この大地に着地して数秒後には(少なくともオレの中では)そういう結論になっていた。

 

レイシフト完了してから早々に戦場に放り込まれるというのは、もはや手慣れたものだった。カルデア司令部はそういうことにならないよう全力を尽くしてはくれているが、どうにも特異点へのアクセスは不安定なものらしいから仕方ない。

 

 

 

しかしながら、もはや習慣じみた行いでどちらに付くかを決めたオレと違って、()()()()()──オレの新しいサーヴァントであるところのジャンヌダルク・オルタは、戸惑いを見せていた。

 

それも当然か、と思う。来歴から察するに、彼女には白いジャンヌダルクほどの戦場経験はないのだろう──本来戦場の経験なんて、なければないほうがいいのだろうけど──なんにせよ、彼女はサーヴァント。指示を出し、方針を示すのはマスターであるオレの役目だった。

 

「ジャネット、ケルトっぽい軍勢を蹴散らそう。殺さなくていい、とりあえずは牽制で。今のところは、きっとそれでいいはずだ」

 

「──そう、わかったわ。マスター」

 

ジャネット本人の性格は天邪鬼で子供っぽくて、正直ペンドラゴンという扱いやすい素直なサーヴァントとはまるで正反対の彼女を御しきれるか不安ではあったけれど、彼女はオレへの恩義からなのか、こと戦闘時や非常時には疑うこともなくオレの言葉を受け入れてくれている。

 

それはなんとも信じられないことであったし、しかしそれ以上にありがたいことでもあった。特にこのような鉄火場においては。

 

「はあああ──っ!」

 

彼女の炎がケルトの軍勢を二つに割るようにして真っすぐに燃え盛った。直撃したものはいないが、頬をかすめるように飛来した高熱の炎に肝を冷やさない人間はいないだろう。当然逃げまどったり蹲ったりする者がでてきた。そうして突如陣形を乱されたケルトは混乱して、勢いがそがれている。

 

ジャネットというサーヴァントは、戦闘経験こそ薄いものの、それを補って余りある高ステータスと強力な攻撃手段を持っていた。それこそ適当に振るうだけで、有象無象の集まりなど鎧袖一触だ。

 

シミュレータの記録で目にしていたよりも強力な炎に感嘆しながら、オレは事態の把握に努めた。

 

一気に弱腰になったケルトに機械化歩兵たちが弾幕をこれでもかと叩きつけている。しかしながら、ケルトの軍勢は腐っても神代に近い人間たち。銃弾で傷は負えども、致命傷には至っていないのがわかる。

 

逆に攻め立てる側が逆だった先ほどまでは、ケルトの槍が超合金の鎧を貫くことはめったになかったのだから、お互いのスペックは互角程度らしかった。

 

膠着した戦場。このままでは互いに痛み分けに終わるだけなのが素人でもわかる。実際この最前線はこれまでそうして保たれてきたのだろうけど。

 

ともかくなにもしなければこの戦線は進みもせず退きもせずに違いない。しかし、双方そんな事態を望んでいないのは当然の話で。と、なれば戦場の趨勢を決めるのはそれらの歩兵たちよりも強力な存在であり、即ちサーヴァントに他ならない。

 

 

 

つまりこの戦場のキーマンは、今しがた炎で戦場を一刀両断したオレたちであり。

 

 

 

──たった今、この瞬間に目の前に降り立った、美しい(かんばせ)の槍使いたちだ。

 

 

 

「──フィオナ騎士団が一番槍、双つ槍のディルムッド・オディナだ」

 

「──フィオナ騎士団団長、フィン・マックール、推参……と、これはこれは。あの凶悪な煉獄が、このような麗しき女性の仕業とは。女性とはやはり私の親指でも測れぬ神秘なのだね」

 

簡潔な自己紹介に終わらせた前者は、付け加えた二つ名の通りに長い一つと短い一つの槍を携えた、男のオレでもはっとして一瞬目を奪われるほどの美丈夫だった。

 

ケルトらしいぴっちりとした深緑のボディースーツには鍛え上げられた肉体が浮き上がっている。たれがちな目は優し気な印象を醸し出すが、それとは相反した決して油断しない戦士の顔をしている。

 

冗談じみた──あるいは案外本気かもしれない口説き文句と共に現れた後者は、こちらもかなり端正な顔立ちをした金長髪の槍使い。

 

先のディルムッドよりも美麗な装飾がされた戦闘装束から、彼自身が口にしたように高い地位に身を置くサーヴァントだという事がすぐにわかった。ジャネットに流し目を送りつつも、戦いに対する意識は十分に備えているようだ。隙が見えない。

 

「……我が主よ、戦場にて女性を口説くのはおやめください」

 

「まあゆるせ、ディルムッド。君と違って私は、こうして積極的に話しかけねば、女性とお近づきになれないのだ。それに、他人から女性を奪うことも苦手でね。フリーと見れば粉をかけたくもなる」

 

「……」

 

「はは、ジョークさ。そんな深刻な顔をするな」

 

「……は、かしこまりました」

 

皮肉なのか、本当に冗談なのか、どうにもわからないフィンの言葉に、なんと返せばよいか分からない様子のディルムッド。傍から見る分には漫才じみたやりとりだが、その雰囲気に乗っかって大丈夫なほどの余裕は当然なかった。

 

ケルトの戦士、それもディルムッドとフィン。カルデアで召喚されるかもしれない英雄についての勉強はやってきたけれど、覚えた中でもいっとうに、戦いという分野において手ごわい相手だと思う。加えて一人でも手に余るであろうそれが一気に二人。

 

いくらジャネットがオレにはもったいないほど強いサーヴァントだろうと、まともに正面から相対した今の状況で打倒するのは厳しく思える。

 

「(ジャネット、場合によっては令呪を切って逃走する。心構えをしていてくれ)」

 

気を抜いた瞬間には首を狩られてしまうだろう未来を起こさせないために、彼らの一挙手一投足を注意深く観察しながら、自らのサーヴァントに念話を通す。幸い応答はすぐだった。

 

「(それはわかったけれど、このままノコノコ逃げたっていつか追いつかれるだけじゃない?)」

 

「(ああ。勝てないまでも、せめて撤退の判断をさせるくらいの脅威は感じさせたいね)」

 

「(なら、ダヴィンチの教えの通りにやりましょ。それが一番いいと思うわ。それにこれは戦略とは関係のない私情だけど──)」

 

「(私情だけど?)」

 

「(──私、ああいうケーハク男はノーサンキューなの。焼き尽くしてやりたいくらいムカツクわ)」

 

南無、フィン・マックール。ジャネットは脈なしだったらしい。

 

 

 

 

「──さて、作戦会議は終わったかな? そこな女性をこの調子で口説きたいのは山々だが、残念。私たちは君たちを打ち倒しに来たのだ」

 

無言のまま会話を交わす俺たちをしばらく待った後、そう言いながら槍を構えるフィン。

 

思った通りだ。彼は軽薄そうで適当そうに見えても、戦場を生きた英雄らしい、完成された戦士だ。油断してくれていればどれほど楽であったか。一片の隙も伺えない構えに委縮してしまいそうなのを押し殺して、オレは強気な言葉を吐く。

 

「わざわざ待ってくれてありがとう。そんなことをしなければ、苦しい思いしなくてすんだのにね!」

 

「──悪いが、我が主も私も。貴様のようなただの人間はもちろん、剣の振り方すらまともに知らない小娘に何を図られようと、負けはしない」

 

「それに、ディルムッド相手だと女性は刃が鈍るからな! それだけではなく、敵であろうと他人の女であろうと落として見せる女たらしだ。いやはや羨ましい限り」

 

「……」

 

「冗談だよ、わが一番槍」

 

「は、かしこまりました」

 

なんだかディルムッドがかわいそうに思えてきつつあるが、そんな考えは振り払って。オレは両手に意識を集中し、戦闘準備を行う。右手の指は銃身のように真っすぐにたてて、魔力をみなぎらせる。左手の剣を鞘から抜き放ち、こちらにも魔力を通す。鈍色の刀身が白銀に瞬き、眼に見えて鋭さを増した。

 

「──ほう。ディルムッド、お前の下した先ほどの評価は訂正すべきかもしれんぞ」

 

「は、確かに。凡庸なマスターでないのは確かなようです。油断なきよう」

 

過分な評価を頂けて大変結構なことだが、そんなことに喜ぶ余裕がないくらいに、こっちはこっちで緊張しっぱなしだ。ダヴィンチちゃんが考えてくれた()()()()が上手く決まればいいけど──

 

 

 

じりじりとお互いの闘志がぶつかり合い、摩擦して、熱が高まる中。先制攻撃はこちらから──ジャネットからだった。

 

「──はあああ!」

 

燃え上がるような気合の叫びとともに血を這う獄炎を、二人の槍使いは余裕そうに回避した。

 

「──ふう、怖い怖い、なあディルムッド」

 

「余裕でしたでしょうに、そんなに謙遜なさらずとも」

 

「まあ、回避は容易かったが、当たればただではすまんだろうということだ。まったく女とは恐ろしいな、ディルムッド?」

 

「は、そうでございますね」

 

「はあ、ったく。ほんとムカツクやつらね、アンタたちっ──はっ!」

 

まだ軽口をたたく余裕のある二人に青筋を浮かばせながら、ジャネットは復讐の炎を生きた蛇のようにうねらせ取り囲もうとする。オレから見ればかなり密で蟻んこ一匹逃げ出せなさそうな炎檻が完成しているように思えたが、どうやっているのかするりと抜けだされる。

 

まるでたくましい鮭が激流を素知らぬ顔で抜けていくかのように。強き力に対して、柔らかくしかし芯のある(スキル)で対抗するさまは、戦闘という野蛮な行為の中にあって一種の芸術を感じさせた。ケルトの戦士の技術は伊達じゃないらしい。

 

──いいや、見惚れている場合ではない。オレにはオレの役割がある。ジャネットが頑張ってくれている間に、最適なタイミングを見つけ出さなくては。

 

思い出せ。オレは一人ではない。今はジャネットがついている。

 

そして、ジャネットには、オレがついている。

 

サーヴァントとマスターは二人で一人。お互いの長所を高め合い、お互いの弱点を補い合うことができれば、それは強力な武器となる。

 

そしてその連携の成果は、マスターを()()()()()()()と舐めがちな相手程に刺さる。そう、例えば、目の前のディルムッド・オディナのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特異点攻略にオレが再び乗り出すと決まってから、多くの仲間に迷惑をかけた。

 

例えばそれは、カルデアに属する多くのスタッフさんたち。オレのような人理の裏切り者が再び人類の命運を握ることになったのに不安を覚える人は多かっただろうし、得体のしれない力を隠していた相手にまた仲間として接するのは怖かったと思う。

 

例えばそれは、オルガマリー所長。オレのこといつだって考えて慮っている彼女は、それでもカルデアの所長だから、色々なこと──使命や、義務や、感情や、倫理や、ともかく数えきれないものに板挟みにあっていたことだろう。それでもオレを笑顔で送りだしてくれた、「無事に帰ってきて」と言ってくれた彼女は、オレの恩人だ。

 

例えばそれは、Dr.ロマン。いつもボロボロのオレの身体を治療してくれるのはもちろん感謝しているし──なにより、日記に記された“死亡者リスト”らしき存在に名前が載っていたことを正直に伝えても、彼は恐怖や不安を押し殺して笑顔を作った。どころかオレを気遣って、「たとえボクがこの先その通りに死んでも、それは君のせいなんかじゃ決してない」と励ましてくれた。

 

 

 

──そして、例えばそれは、オレがこのカルデアに来てからずっと師事してきたダヴィンチ先生。

 

レイシフト先がアメリカに決まり、オレがそこに赴くことが決まってから、実際に作戦が開始されるまでにはいくらかの時間があった。日数にして3日。レイシフト存在証明の調整や装備の新調などを踏まえれば、長いように見えてその実タイトなスケジュールだった。

 

その中でオレはそのほとんどの時間をジャネット及びダヴィンチちゃんの二人と過ごした。

 

ジャネットとは、お互いの能力を把握し、連携力と信頼を高めるために。

 

そして、ダヴィンチちゃんとは、オレの装備のメンテと──これからの特異点攻略での()()()を学ぶために。

 

「──まずは、君に謝罪させてくれ」

 

「えーと、別になにか先生にやられた覚えは──」

 

「君にとってはそうだろうね。というか君の自己評価は低すぎて、何をやっても許してくれそうだし、大したことないと思っていそうだ」

 

「いやいや、オレだって、嫌なことは嫌だし、怒るときは怒ります」

 

「そうかな。じゃあ、その矛先が自分に向いているもの以外に具体例を教えてくれれば、大変勉強になるんだが」

 

「……」

 

「ほらね」

 

ダヴィンチちゃんはそう、なんだか寂しそうにしながら、誤魔化すように冗談めかして笑った。

 

なんとなく気まずい沈黙が工房に漂った。

 

「ともかくだ。私は君に、その、先生として師として失格の酷い対応をしていた。だから謝罪したい。すまなかった」

 

「──オレはそうは思いませんでした。あなたはオレにとって多くを授けてくれるとてもありがたい存在だった。そもそも嫌悪を覚えてしまっていたのは、亜獣(デミ・ビースト)を目の前にした英霊として当然の、所謂生理的反応のようなもので、仕方のないことだったって結論はこの間出ましたよね」

 

そもそも初期のペンドラゴンなどと比べてみれば、ダヴィンチちゃんのなんと理性的な対応だったことか。内心どう思っていようと、態度にさえ出していなければ全然許容できるだろう。

 

あのときのペンドラゴンの警戒心バリバリの野良猫のような塩対応と、ダヴィンチちゃんのちょっと事務的だがしっかりとした授業のどっちにメンタルをやられたかといえば、普通はペンドラゴンのほうだろう。

 

つまり、オレとしては別に、ダヴィンチちゃんが悪いともなんとも思っていやしない。

 

──だからそんな仕方のないこと、なかったことに対する謝罪は受け取れない。と言外に主張したつもりだったのだが、ダヴィンチちゃんは顔を上げなかった。

 

「師は、生徒を公平な目で見守る責務を負うものさ。そうでなければ、授けるものは教育ではなく、洗脳や脅迫、弾圧に近いものに変質してしまう。これは私の矜持の問題だよ」

 

「そう、ですか」

 

「……君と似た境遇の人をずっとそばで見守ってきたはずだったんだ。大きすぎる使命を背負わされて、たった一人で戦い続けた、バカな男を。その男の無理には気づいたのに、君のそれには気づかなかった。私には君と接する時間がいくらでもあったのに」

 

いつも飄々として、マイペースで、我が道をいくダヴィンチちゃんらしくもない、悲壮な症状でそう言うものだから、こっちまで悲しい気持ちになってくる。

 

この状況をどうにかするには──まあ一つだろうか。

 

罪には罰を。たとえそれが実際存在しない罪科であったとしても。罪人という自己認識をもつ人間には、なんらかの罰を科す必要がある。罰とは決して苦しみを与えるだけのものではない。許しを与えるものでもあるのだ。

 

少なくともオレにとっては、そういうものだったと思う。

 

「──じゃあ、ダヴィンチ先生が悪いと思っているのなら、一つ、頼みがあります」

 

「なにかな、なんでもどうぞ。できうるかぎり応えようとも」

 

「オレに、あなたの知恵を貸してください。“原作知識(カンニング)”の仕方を忘れてしまったオレは、このままじゃあ次の特異点攻略を赤点で終えてしまうでしょうから」

 

「ふふ、そうかい……そうだね。君はカンニング魔のわる~い生徒なんだった」

 

ダヴィンチちゃんはそうしてようやく、楽しそうに笑った。やっぱりそれが一番彼女らしいと、オレは思った。

 

「じゃあ、知恵を貸そう。そうして一緒に考えよう。君が正面から、未知の問題(とくいてん)を解決するには果たしてどうすればいいのか。戦略も、装備も、なんだってばっちこいだ。なんたって私は──

 

 

 

──そう、万能の天才だからね」

 

 

 

 

 

 

思い出す。たった三日、されど三日。本調子を取り戻した万能の天才に教えを請うた時間は、たとえそれを享受する側のオレが凡人だとしても、値千金の価値をもつ貴重かつ有意義な時間だった。

 

『──第四特異点で君という亜獣(デミ・ビースト)はアルトリア・ペンドラゴンの活躍により打ち倒された。それによって君の中にあった“世界を滅ぼす可能性”は非常に薄れ──または砕け散って──その結果、君のある種パッシブスキルであった“英霊から警戒される”性質はその力を弱めた』

 

『そうですね。この前の検査でも言われました』

 

『ああ。そしてそれにはもちろん、現地で合流するサーヴァントとの親交が深めやすくなったという大きなメリットがあるが、追加してもう一つの価値が付随している。なにかわかるかい?』

 

『──? すみません、思いつかないです』

 

『君は、ようやく敵に“等身大の敵”として認識してもらえるようになったってことさ。今まで敵性サーヴァントにとってもシロガネハズムは“警戒に値する敵”だった。武勇に優れた英雄ほどその傾向は強く、君が視界に入るだけで無意識に警戒し注視していたはずだ。例えばオケアノスで出会ったヘラクレスなんかはその筆頭だろう。目の前で“銀弾”を使う素振りでも見せれば粉々だったろうね』

 

『──まあ、使おうとしなくても粉々になったわけですけど』

 

『こら、今のは私も言葉を選び間違えたが、そういう笑えない冗談を言うな。オルガマリーが怒るよ……ともかく、今まで必要以上に警戒されていたところであった君は、有体に言えば敵の“眼中にない”存在になり下がったわけだね』

 

『それって男としてはちょっと苛立っても許される言いぐさでは?』

 

『まあまあ……そうすると君になんのメリットがあるかっていうとだ。君は確かに多くの部分でその敵の評価の通りだ。身体能力も頭の回転も人並み以上にはあっても、サーヴァントに勝てるほど逸脱していない。その礼装の剣も、行使する魔術も、まずサーヴァント相手に当てられないし当たっても大したダメージにならない──が。ただそれを覆す、ただ一つの切り札がある』

 

『“銀弾”』

 

『そう。君の異能“銀弾”は、どんなサーヴァント相手でも確実に致命傷を与える非常識なチカラだ。サーヴァントらしいサーヴァントほど、そのチカラに気づけない。気づけるとしたら、そいつは“ごく普通の市民が核のボタンを貸し与えられていると想像し、確証をもって断定できる”やばい奴だ。そんな奴は普通いない』

 

『つまり、オレのやるべき戦い方は、ジャネットを前面に出しつつその陰に隠れ、彼女では倒せないようなら隙をみて銀弾で必殺を狙うスタイルだと?』

 

『まさか! 失うことになれることなかれ、とオルガマリーにも言われただろう? 君のチカラが君の大事なモノを削るとわかっている以上、それを使うことを私は推奨しないし許可もしたくないね』

 

『──しかし、先ほど先生も言ったように、オレの手札においてサーヴァント相手に有効なのは銀弾だけで』

 

『ジャンヌダルク・オルタに、“一人で戦う必要はない”とも言われたんじゃなかったかい? 自分を想ってくれる人々の言葉を無下にしてはいけないよ──というか今彼女を“ジャネット”と呼んだかい、その辺あとで詳しく聞かせてね

 

『ははは、先生プライバシーの侵害ですよ』

 

『君の体型どころか、DNA、魂の構造、起源、はては()()()()()()()まで知ってる私に何をいまさら──』

 

『セクハラなんですけど。失望しました』

 

『あああ、すまない、すまない、謝るから出ていかないで!!』

 

追いすがる彼女──彼?──に渋々座りなおす。なんだかダヴィンチちゃんは今までと違って妙にはっちゃけているというか、気安いというか。

 

嬉しいようなうざいような、複雑な気持ちだ。前の威厳を返してほしい気もしてくる。

 

『おほん。ともかく、銀弾の使用は禁止だ、でもだからといってそんな強力なチカラ、死蔵するのも勿体ないだろう』

 

『はあ、まあ。役に立つならそれに越したことはないですけど』

 

『そうだろう。だから利用するのさ。君も以前やったと話していただろう──“装填して発射しない”という行為を』

 

『──!!』

 

例えば、家族が皆殺しにされたあの日、“世界を滅ぼす”ことを願った弾丸を結局発射しなかったように。

 

例えば、銀弾が魔神柱相手に通用するか確かめるために、魔神柱を狙ってその発動可否だけを確認して、発射を取りやめたように。

 

ダヴィンチちゃんの言うとおりにオレの“銀弾”は、弾を込める動作と引き金を引く動作が連動して起こるわけではなく、それぞれが独立した行程なのだ。

 

『たとえ発射されないとしても、“自分の命を確実に奪う不可避防御不能の武器を突然向けられる”という感覚はすさまじい影響を敵に与える。戦闘に習熟し、その戦術を直感的に構築するものほど、これに引っかかるだろう。警戒を外している相手ににわかに必殺の一撃を突き付ける。これは必ず、敵の体勢を崩すなり、意識の矛先を奪うなりの戦果を得る』

 

『そう、ですね。それは正しい考えだと思います』

 

『──ジャンヌダルク・オルタは強力なサーヴァントだが、戦闘経験に乏しい。必然君たちがこれから経験する戦闘の殆どにおいて、勝ち筋は“彼女のスペックに任せたごり押し”が多くなるだろう。そして、そうした強引な力押しに“技”を備えた英霊はめっぽう強い。だから、彼女の苦手とするその優秀な英霊に刺さる、“偽装の銀弾”を君が身に着けるんだ』

 

『ジャネットの弱点を、オレがカバーする』

 

『そう。そして君に足りない一対多の処理力などは彼女がカバーしてくれるだろう──君は、第四特異点で自らの未熟を省みた。そして新たな相棒たる彼女も、成熟したサーヴァントとは言い難い』

 

だから、と先生は、今回の授業の結び──もっとも大切な()()()に入る。

 

 

 

『──君たちは二人で強くなるんだ。今度こそ。お互いに刃を向け合うような関係ではなく、お互いに背中を預け合うような、そうしたコンビになれ。そうすればきっと、君たちはもっと色々なことができるようになる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──よく頑張ったが、やはり拙いな、お嬢さん」

 

「は、いってなさいよ、すかぽんたん。アンタなんかに見下されるほど、私は安くない」

 

「そうか、その強がりだけはあっぱれだ。ぜひ甘い時間を共に過ごしたかったが、これも仕事でな──ディルムッド」

 

「は!」

 

「私はこのお嬢さんにとどめを刺す。お前はあのマスターの元へ──」

 

「──やらせるかっての! お前らなんかがアイツに手を出すな! 今に見てなさい、絶対に焼き尽くしてやるんだから」

 

激昂したように荒々しく立ち上がり、ディルムッドに向かって旗を突き出すジャネット。ぜえぜえという息遣いなどから判断するに、かなり疲弊をしているように見えるが、その実半分は油断をさそう演技だろう。オレから吸収されていく魔力も、普段の2割増し程度に収まっている。

 

遠くから見守っていると、ジャネットが威勢のいいセリフを吐きつつ、念話で「(そろそろ)」と端的な合図を送ってくる。オレも念話で了解を返した。

 

「お前に我ら二人を止める力があるとでも? 吠えるだけなら人でなくともできるぞ」

 

「──随分と怒らせるのが上手ね、復讐者(アヴェンジャー)っていう私のクラスを忘れてるのかしら。受けた屈辱には報いを返すわよ、何倍にもしてね!」

 

その言葉と共にごっそりと魔力を持っていかれる。が、まだ立てないほどではない。こういう時には自分の魔力量の多さがありがたい。

 

彼女の周りに燻る火の粉が突如噴火するように飛び散り、飛来した先々で地獄のような猛火を拭き上げる。そして地面からはいくつもの杭が飛び出し乾いた大地を割る。

 

──ジャネットの宝具が、展開された。

 

そしてそれと同時にオレは指先に意識を集中させる。そして、願いを込める。込める願いは“ディルムッド・オディナの打倒”。願いは承認され、体中の血潮と魂が、右手の指先に流れ込むかのような錯覚を覚えた。

 

「──これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮」

 

白銀(しろがね)の浄化、(ひじり)の貫徹、脅かすものは地に、悪意あるものは天に──」

 

ことさら大きく発せられるジャネットの宝具詠唱の陰に隠れて、装填を進める。照準はぴたりと、あの双槍の戦士の眉間に。撃つつもりはなくとも、狙いは正確に、だ。そっちの方がきっと彼の動揺も大きくなる。

 

「──吼え立てよ我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)!!」

 

「──そのような大ぶりの宝具で! 喰らうがいい、破魔の紅(ゲイ・ジャ)──」

 

ディルムッドがフィンの前に出てジャネットの宝具を迎撃しようとしたそのとき。その携えた血のような紅色の長槍が今にも振り下ろされんとする刹那──

 

 

 

──銀の弾丸の装填は、完了した。

 

 

 

「──化け物は灰と消えろ」

 

 

 

「──! 戻れディルムッド! 罠だ!」

 

 

 

「我が主、いったい何を──!!! この、気配はっ!」

 

 

 

フィンの反応が想定より速いが、構わない。標的のディルムッドはそれに反応できずに、釣られている。

 

目論見通りに、彼の武に習熟した肉体は、彼の意識が追い付く間もなく、オレの方に迎撃の構えをとる。急な転身に体勢が崩れ、ジャネットにあからさまな隙を晒す。

 

そしてその隙は、ジャネットほどの“当たれば必殺”級の威力を持つ宝具使い相手に、致命的に過ぎる。

 

──そうして、数舜。緊張によって噴き出たオレの額の汗が、こめかみに到達するまでの時間がすぎたのち。

 

憎悪の炎と、残忍で鋭利な杭が、ディルムッドの元に到達し、彼を包んだ。

 

 

 

「──ディルムッド!!!」

 

 

 

迫る炎の壁の向こう、フィンのそんな悲痛な叫びがこだました。

 

 

 

 







【おまけ:命名式】

「(彼女は白い自分のことを良く思っていないから、そのまま“ジャンヌ”って呼ぶのはなんかオレとしては嫌だな)」

「(かといって、“ダルク”って姓で呼ぶのもなんだか違う気もするし)」

「(うーん、“邪ンヌ”? いや発音は変わらないし、そんなネット用語みたいな呼び方はちょっと失礼だな)」

「(“ジャンオル”? うーん、これはあだ名っていうより略称だなあ)」

「(名付けって行為は難しいもんなんだな。これを子供のいる夫婦は全員やっているって本当なのか? オレなら1年くらい悩んじゃいそう。そして結局決まらなそう。いや子供つくるどころか結婚する気もないし、できる気もしないけどさ)」

「(子供、子供ねえ。そういえば、ジャンヌダルク・オルタ──彼女も生まれたての子供みたいなものなんだよね)」

「(なら、そうだな“ジャネット”はどうだろう。ジャンヌの愛称としても適切だし、これから彼女なりに色々なものを見て感じて、彼女だけの経験をつんで、いつか自分が“ジャンヌ”だって胸をはって言えるようになってくれれば──いやそこまでは余計な話か、上から目線すぎる、何様だって)」

「(まあともかく悪くないかな。呼びやすいし、親しみを感じる)」


──というわけで──


「決まったよ、名前」

「へ、へーそう、どんな名前なのかしら」

「“ジャネット”でどうかな」

「……」

「……お~い? どうしたの黙って」

「(“ジャネット”って“ジャンヌ”の幼名じゃない!? 白いほうの私は村でそう呼ばれていたらしいけど……なに、私が子供っぽいって言いたい訳!? ケンカ売ってんのコイツ!?)」

「もしもーし」

「(……でもよく考えたら別に幼いかどうかは関係ないのか。白い私の経験を鑑みて過剰反応しちゃったけど、“ジャンヌ”って女性名に対しての愛称としては無難なのよね。それに、騎士王みたいに苗字で呼ばれるのは他人行儀で嫌だし──これはこれで距離が縮まった感じがして良いの、かしら?)」

「あの、気に入らなかったなら、取り下げるから──」

「しょーがないわねえー! センスのかけらもないありきたりな名前だけど! 仕方なく、し・か・た・な・く! 許してあげるわよ!」

「……いやだから、別に嫌なら他の考えてくるし、何なら君が決めてくれても──」

「いいって言ってんのよ、これで! それに私が考えても意味ないでしょう! あんたが考えたってのが大事なんだから!」

「──へ?」

「──あ」

「キミ、それはどういう──」

「あああああ! ほっといて何も聞かないで! あと“キミ”じゃなくて“ジャネット”!! あんたが決めたんでしょ」

「は、はあ。ごめん、()()()()()

「…………♪」






上記のようなことがあったとかなかったとか。

良いコンビだね(白目)

ではでは最後まで読んでくれてありがとナス!

感想やお気に入り、評価、ここすき、諸々の反応いつもありがとう!

特に感想は最近忙しくて返せてないけど、ちゃんと読んで千喜一憂してるから安心して!

そして今回も反応よろしくでんな。

ではではまた今度! 頑張って投稿するから見といてや!


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。