あけおめです。
12月は忙しくて出せませんでした。待っていた方々は申し訳ない。
それ以外にも、ちょっとしたスランプというか、思い描けたようにかけていないので、読んでいて「ん?」となってしまったらごめんなさいね。
ジャンヌオルタには悪いが、この章はさっさと終わらせてアメリカにいくべさ。
復讐せよ。
復讐せよ。
──復讐せよ。
それだけが、私の根源であり生まれた意味だと、そう言われた。
私は、自分のことをジャンヌダルクだと、この世界に生まれ出でたその時から確信していた。
神の言葉に従い、多くの人々を率いて百年続く戦争に身を投じた、世間知らずの農民のガキ。
いつか、いつか、戦争は終わるのだと。神の悲しみと期待を背に私は、ジャンヌダルクという女は、戦場を駆けた。それがいつの日かに、誰かの笑顔のためになるのだと確信して。
──自分に訪れる結末を、知りもしないで。
ジャンヌダルクは火刑に処された。それはその当時最も残酷な処刑方法の一つだった。国と民を救ったはずの聖女は、そのどれもに裏切られて、魔女と呼ばれた。
その記憶──
私は、突き動かされるように竜の魔女となった。あの日、あの時代に、国や民が
いつかの時代に希望の象徴として振るわれていたはずの旗は、今では怨敵を貫く復讐の武器へと変わった。その穂先が導くものは、国と家族と同胞のために戦う兵士たちではなく、人を喰らい焼き尽くすワイバーンの群れとなった。
そのことに、後悔などありはしない。私は、私のやりたいように──やれと望まれた通りに振る舞った。それに慄き涙を落とすだれかが、そんな厚顔無恥で無責任な者たちがいるというのなら。それはただの自業自得ではないかと、暗い諦観と燻る愉悦だけがある。
たった一人の農民の女に。何事もなければ、一生畑を耕して、なんでもない男と契りを交わして、いくらかの子供に囲まれて──きっとどうでもいい、けれどささやかな人生を送っていただろう
その全てをなげうってもらわなければ滅ぶ国など──そんなものは、おかしいだろう。だからこれは正当な報復なのだ、と。あのとき心の中の私が、必死そうな表情で主張していた。
私は、人形だ。自分を──ジャンヌダルクを貶めた全ての者たちを滅ぼしつくすまで止まることのない、殺戮機構。その乾ききった
──そう。結局自分は、ただの人形だった。ジル・ド・レェやその他の民衆たち、「あれほどの仕打ちを受けた聖女はきっと復讐を欲しているだろう」と、そう考えた者たちの望む劇を演じる傀儡に過ぎなかった。
結局、あの場にいた誰もが。右腕だと思っていたジル・ド・レェも、私が救って虐げたフランスの全ての民たちも──私自身だって。私という存在そのものを見ていた訳ではなかったのだ。
誰もが私を通して、ジャンヌダルクを見ていた。人々に希望をもたらし、国を救い、そうして残酷な最期を迎えた──そしてその全てを後悔せずに逝った、あの清らかな
違う。違う。そう、幼子のような否定と不快感だけが私の胸で暴れ狂った。
私は、あんな女ではない。あんなことをされておきながら、それでも誰も恨まないなどと、そんなまともじゃない人間とは違う。
私は復讐者だ。私は私を虐げた全てを焼き払ってやりたかった。踏みつけにして、大切なものを蹂躙して、その全てを奪いつくしたかった。あんないい子ちゃんとは違う、本物の魔女だ。
でも、だとしたら。
──私は一体全体、何者だったのか、なんて。
私はオルレアンの城塞、その大広間で、死ぬ間際にきっとそんなことを考えた。
だから。
「わたしは、わたしたちは、あなたを見守っています。きっとあなたが救われるまで」
私を見つめた、あの坊ちゃんの宝石の瞳、透き通る空のように広大で底の見えない瞳に。私はきっと、打ちのめされたのだ。
彼は私のことをジャンヌダルクとしては見なかった。まるで、私の正体の全てを確信しているようにして、ジャンヌダルク・オルタという人物に語り掛けた。
私は生まれて初めて、私のことを誰でもない
それに加えて、私などを
もっともその励まし方は不器用で。誰かの言葉を借りているようで。神に見放された私に、よりによってロザリオを握らせたことなんか、今思い返しても酷いやりかただなと笑ってしまいそうだ。
激励としては総じて0点。人の心が理解できないのかというくらいに、とことん説得や励ましとして機能していない。
──それでも、あの坊ちゃんは、地獄に落ちる私の手を、躊躇うこともなく握ったのだ。
きっと彼は、誰にだってそうしただろう。
例えば、あのジャンヌダルクの最期に居合わせたなら、きっと火に飛び込んで彼女を助けたのだろうと、そう思う。
私に対して特別に思ってああしたわけではきっとない。それでも、私にとっては
これから地獄に落ちるという時に、なんの打算も見返りもなく差し出された手のひらの感触と体温が。血の通った想いと言葉が。どれだけの救いとなるかなど。
それはきっと、地獄に落ちる者にしかわからないものに違いないのだから。
私は地獄に落ちた。誰もいない孤独の荒野。怨嗟と復讐の炎だけが燻る、熱と灰と死だけがまき散らされた場所に。
人類史に残らぬ英霊である私は、いずれひっそりと、その胸糞悪い大地に溶けていくだろう。
ジャンヌダルクの
しかし私の胸には、今までずっとその空間を占領してきた復讐と怨嗟のほかに、もう一つ、新たな炎が灯ったのだ。
きっと今までに抱いてきた激情とは、似ても似つかない。燃え尽きるような獄炎ではなく、燻るような余熱でしかない。
けれど、なによりも暖かくて、行きつく先のない旅路の寄る辺となるような、そんな優しい炎が。
その炎が燃え尽きるまで、きっと私はこんな地獄でも歩いて行けると思った。
私は、復讐者だ。受けた屈辱も、
──いつか、その報いを。
シロガネのあなたに、受けさせるまでは。
◆
◆
長い長い回廊には、肌を刺すような冷気と透明アクリルの壁窓に吹き付ける吹雪の音だけがあった。
数刻前までは騒がしかったカルデアも、今は休息の時間だ。多くの職員がそれぞれの個室で眠りにつき、英気を養っている。
そんな中で床に映る二つの影。一つは大柄な男性の──つまりは自分のもので、もう一つはほっそりとした女性のシルエットだ。
影は並んで人気のない回廊をゆっくりと歩んでいる。草木も寝静まった時刻に蠢く影など、おおかた碌なものでありはしないが、今回に限ってはそうでもない。
──女性の方の影が縦に大きく伸びる。つまりは、退屈を紛らわすかのように大きく伸びをしたのだ。
影の本体を見れば、ずいぶんと大きな口であくびをしている。灰のような髪色と出合い頭に印象深かった刺々しい性格から、私は思わず伸びをする猫を思い浮かべた。
「……ねえ、エミヤ。いつまでこの廊下をあるくワケ?」
「せっかちだな君は。
「とは言ってもねえ? なんでってこんなに遠いのよ。不便でしょうに」
「彼自身が選んだ部屋だからな。文句は彼に言えばいい」
「ハイハイ、わかりました」
そうつまらなそうに言うと、彼女は──ジャンヌダルク・オルタはこちらから視線を外した。回廊には再び沈黙が下りた。
私はそんな彼女の様子に苦笑しつつ、たった数時間前のことを思い返す。彼女がカルデアに召喚された──いいや、
ちょうど厨房で夕飯の支度をしていた頃(第四特異点修復記念の慰労会以降、私はなし崩し的にカルデア食堂シェフの座に収まってしまった。美味い美味いと皆に言われて悪い気はしないが)だったか。
カルデア全域に警報が走った。その内容は“召喚室への侵入者発生”。考えるまでもなく最悪な事態に私は料理を放り出して(完成間際の“ワイバーン”・ストロガノフを放り出すのは苦渋の決断だったが)召喚室へと急行した。
そしてそこで目にしたものは、破壊された召喚室と恐ろしい敵性サーヴァント──などではなく。パニック状態でアワアワとしているジャンヌダルク・オルタと、それをなんとも言えない表情で見ているロマニ&ダヴィンチのコンビだったわけだ。
私としても、投影した干将莫邪を思わず取り落とすレベルで意味が分からない状況だったが、いくら様子がおかしいとはいえ第一特異点の黒幕(のようなもの)だった彼女に対して旧友に接するように声をかけるわけにもいかない。
そもそも、彼女が侵入者だというのは間違いないようだったし、いざとなったら切り付けてやる、と覚悟を決めて進み出でたところで、彼女は私に気づいた途端に、こんなことを言い出した。
『さーばんと、あ、アヴェンジャー、わわわわ、私、私がきてあげたわ! あ、っほら覚えてるかしら? フランスであ、あなたと戦った私よ! 特別にち、力を貸してあげるから、光栄に──あれ?』
どうやら、彼女は私のことをマスターの類と勘違いしていたらしい。それに思い至った彼女は、ただでさえ混乱してぐちゃぐちゃだった表情を次は真っ赤な羞恥に染めて、拳を握った。
『誰よあんたーーー!!!』
振り抜かれた拳をかろうじて回避できたのは、私がサーヴァントだったおかげだろう。というか思い出せば理不尽なことこの上ない暴力だった。思わず口癖の4文字が飛び出しそうになるくらいには。
いつもであれば攻撃されたからには敵とみなして容赦はしないのだが、どう見ても彼女は敵というよりただ思うようにいかず空回りしているだけの様子であったので、矛を収め話し合うこととなった。
話し合いの詳細は省くが、来た手段は何だったにせよ、人理修復のための味方として現れたのには違いないようだったため警報は解かれ、彼女は正式にカルデアのメンバーとなったのだ。回想は終わり。
……彼女がダヴィンチやオルガマリーと話し合っていた間も、今も、私に恨めしそうな目線を送っていることは思い出さないようにしよう。
ともあれ、彼女についての話し合いが終わったころには遅い時間だったこともあり、睡眠の必要がない私は彼女を案内する役割を仰せつかった。
食堂や図書室、シミュレータルームや司令部など、おおよその施設を案内し終わって。さあ解散だといったころに、彼女は一言、「アイツにあわせなさい」とこぼした。
つまり、今彼女と二人並んで歩いているのには、そういう経緯があった。
目麗しい女性と二人きり、という状況に動揺するほど純情ではないが、お互いの間には距離が開いている、理由は色々あるだろう。召喚直後のアレだったり、私が第一特異点で彼女を殺した人間であることだったり。
しかしその中でも一番大きいものをあげるとすれば、それはきっと私たちの歩みの目的地にいる、
私と彼女の間には、彼に対する印象や感情について大きな乖離がある。それがきっと彼女は気に食わないのだと思う。
「……アイツが何をしたのかは聞いたけど、よく生きてるわね。とっくに殺されてておかしくないでしょうに」
手持ち無沙汰だったのか、彼女はそんなことを零す。
「ああ。まあ、それがカルデアの判断だったということだ。私からすれば正直、甘いと思ってしまうがね」
「甘い、ねぇ。確かに甘ちゃんの集団なことに変わりないでしょうけど。じゃあ、エミヤ。あんたは殺しておくべきだと思ったの? あんたのマスターの親友なのに思うところはなかったワケ?」
彼女の言い方はどこか皮肉っているようにも馬鹿にしているようにも聞こえた。どちらにしろ、私にとってその問いかけは
「……自分一人で世界を救える、救おうなどと思っている者は、いつか周りを巻き込んで破滅をもたらす。ならば早めに切除するのも悪いことではない。周りにとっても……本人にとっても」
「フーン……」
「大儀に情を挟むことは、正直、あまり推奨すべきことではないと思う。親友だとか恋人だとか、そういう
「そう、アンタはそうなわけね。だからアイツが気に入らないんだ?」
「気に入らないわけではない。ただ、彼は英雄に向いてないと思うだけだよ……私のように」
「でも、それを言ったらあんたのマスターだってそうでしょうに」
「それは、そうだが」
「向いてる向いてないじゃなくて、なっちゃうもんなんでしょ、そういうのは。周りのせいで
そんな、立ち入ったようでそうでもない会話をしていると、私たちは目的地に──シロガネハズムの部屋に辿り着いた。
彼女は緊張しているようだ。深呼吸を3つほどして、鼓動を整えている。
「──あんたはアイツのこと、気に入らないというか、信じられないんでしょうけど」
「……」
「私にとって、アイツは英雄なのよ。だから、私はここに来たの」
「それは、礼を言いに?」
「まあ、それもあるけど──」
そう一瞬言葉が途切れて浮かべた彼女の表情は、いつか、私が見たことのある誰かに似ていた。
「アイツ一人じゃ、頼りないでしょ。別に一人で何もかもする必要なんてないんだから、私がいくらかやってやろうって、それだけよ」
「そうか」
別に、私は、シロガネハズムのことを排除すべき敵とは思っていない。
ただ、彼という人間は、いつかの不甲斐ない自分を見ているようだった。だから苛立ったり、心配したり、不安に思ったり。
それはきっと、複雑で、言い表せるものではないけれど。彼にも私にとっての彼女たちのような、寄りかかれる誰かができたのだとしたら。
それはもう少しましな未来を手繰り寄せるきっかけになるのかもしれない。
「……頑張れよ。私は戻る。あまり変なことはしないように」
「変なことってなによ! なにもしないわよ……」
頑張れという激励は、彼女へ向けたものであると同時に、扉の向こうへ向けたモノでもあった。
◆
◇
相変わらず代り映えのしない時間を過ごしている。
オルガマリー所長は一向にオレを外へ出す許可を降ろさない。“なにが悪かったか考えてきなさい”という言葉の通りに、色々と考えて、その結果を毎日のように報告しているのだが、オルガマリー所長曰く「全然ダメ」とのことだった。
昔から自己分析だけは得意だった──得意にしたと思っていたんだけれど。どうやらそうでも無かったらしい。ともかくこの数日は、自分の欠点を粗探しする日々だ。
その一環として、最近はご無沙汰だった日記も手に取って読んでいるところ。最初のページは家族が死んだ翌日から始まっている。
オレ自身マメな人間でもないので、毎日記録されているわけでもなく、時間は飛び飛びに記入がなされている。大きな出来事があればページが割かれているし、その逆もしかり。
とにかく、大体がああすればこうすればという後悔なので、読んでいてあまり面白いものでもないけれど、気づいたことは色々とあった。
例えばそれは、銀弾を使うごとに段々と記憶を失っているのが文脈から読み取れることだったり。原作知識とやらを見える記録に残すのを恐れたからか、その詳細が書かれていなかったり。
悪かったこと探しのほかに、忘れてしまった“シナリオ”の補完ができないか期待していた身としては、肩透かしもいいところだ。
とはいえ、断片的な情報は残っていた、箇条書きのようにして端的に記されただけではあったが、役に立つ情報ではあるだろう。それを手土産にすれば謹慎処分も解除されるだろうか。
「──ああ、くそ、まただ」
そこまで考えて、また“この部屋から出たい”と思っている自分がいることに気づき、嫌気がさす。何様のつもりだ、と思う。
何もない部屋で、外への想いが募るのはまだ許容するとして、問題はその先だ。オレは、外に出てその後何をしようとしているのだろうか。
また性懲りもなく人理修復の旅に出ようとしているのだとしたら、あまりに愚かとしか言いようがない。失敗を繰り返すことがわかっているくせに、そんなことをしてなんになるものか。
たとえ、この旅路の先に
余計なことを考える必要はない。オレはただ、じっとしていればいい。もし人理修復の旅に駆り出されるとしても、命令を忠実に守ればそれでいい。その心の奥底にいる自分の人格に念押しをするようにして、オレは握った拳に額を叩きつけた。
手元の日記に目を下す。そのページには、
第一特異点、ジャンヌダルク・オルタ
第二特異点、神祖ロムルス及びアルテラ
第三特異点、イアソン及びメディア・リリィ
第四特異点、魔術王ソロモン
第五特異点、クーフーリン・オルタ及び女王メイヴ
──そして。
その先に続く文字列に目を奪われそうになりながらも、そっと日記を閉じた。
もうオレには、過ぎた知識にしかならない。
たとえそこに並べられた名前が、オレにとって唯一無二の相棒の名前だったとしても。
◇
今日もいきなり警報がなったこと以外はいつも通りの日々だった。すわ襲撃かと出撃準備を整えていた(銀弾の使用が必要な事態が来るかもしれないから)が、どうやら誤報──と言えるような言えないような何かがあったらしい。
心配しないようにとムニエルさんがわざわざ通信で伝えてくれたのだが、忙しいのかすぐに通話が切られてしまったため詳細は聞けずじまいだった。
まあとにかく、今日のカルデアはちょっと騒がしかったが、大事なく無事。過ぎ去って見ればいつも通りの日々が戻ってきたらしい。
オレもいつも通り、ぼーっとしたり、筋トレをしたり、ペンドラゴンに教えてもらった素振りをしたり、日記を読んだりしている。
昨日閉じてしまったページの次を見ていたのだが、そこには特に表題もなく名前が羅列してあった。とはいえそのリストが何なのかは、今までの日記を読み返した身からすると、わかり切っていた。
オルガマリー所長の名前や、Dr.ロマンの名前を含めていくらか、聞いたことがあるものもないものも並んでいるそれは、きっと
リツカが特異点Fの攻略をした日付──つまりは、オルガマリー所長を含め管制室の面々が爆破された日の日記からするに、オレは本来死ぬはずだったオルガマリー所長を助けた……らしい。
今のオレの認識だと、
とにかく、リストの認識が死亡者リストであっているとすれば、この先Dr.ロマンにも死が訪れるということだろうか。
毎回傷だらけで帰ってくるオレを必死に治療して、励ましてくれた彼が。無理をしていると思って叱ってくれた彼が。こっそり貴重な甘味を分けてくれた彼が。死ぬ。命を落とす。
それは、なんというか──
「いやだなあ……」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
でも、オレにできることは無い。原作知識があったころのオレでも、なにもなすことはできなかった。ならば今やそのアドバンテージをすべて忘れてしまった自分になにができよう。
そんなことを、ずうっと、ずうっと、考え続けていた。
「……入るわよ」
扉の向こうから、そんな声が聞こえた。分厚い素材に阻まれてあまり良くは聞こえなかったが、女性だろうか。しかし、もう終業時刻から随分過ぎているのに、何の用だろうか。
緊急の連絡の場合もあるし、そうだとしたら早く扉を開けたほうがよいだろう。そう考えて、オレは扉のロックを解放した。
「──どうぞ」
「失礼するわ」
入室を促すと、入ってきたのは予想だにしていない人物だった。
職員ではない。サーヴァント。それも、知らない顔じゃない。
ジャンヌダルク・オルタ。第一特異点で戦い合った、復讐の聖女がそこに立っていた。
◇
とにかく座ってもらって話を聞きだすと、彼女は自力でこのカルデアに到達したとのことで、それが今日の警報の原因でもあったらしい。
正式にカルデアのメンバーとして人理修復に力を貸すことになったと、彼女は面倒くさそうに、しかし同時に誇らしげに、そんな矛盾した表情で語っていた。
とはいえ、白いほうの聖女──つまりはジャンヌダルクだが──がいつか来るかもしれないというのは予想していたが、まさかジャンヌダルク・オルタが来るとは思っていなかった。
「──で、で! よ。こんな前置きはどうでもいいとして、あなたに言いたいことがあるの」
確か日記の記述からするに、彼女は特別なサーヴァントというか、縁を結んだ(それも敵として)程度で来てくれるような存在ではなかったはずだ。
彼女という存在には色々と問題というか、不安定な部分がある。彼女自身そんな自分について悩んでいて、それを救いあげたのがリツカで──ということが原作ではあったらしい。
「私は当然すごいサーヴァントだから、並みの奴に仕える気はないんだけど、ほら、今ってなんか大変な状況らしいじゃない?」
そんな彼女がこうして目の前にいるということは、その出来事が起こったのだろうか。リツカが今でも起きないのは、もしかしてそれが原因なのだろうか。
リツカには眠っている間にサーヴァントと友誼を結ぶ特異体質があるらしい。それが発動して、今回はジャンヌダルク・オルタと縁が結ばれた?
だとしたら。
「だから、特別に。と、く、べ、つ、に、よ? マスターに求める基準を下げてやってもいいかなって思うワケよ」
だとしたら、オレは。
彼女の恩人を、撃ってしまったのだろうか。
「だから、えと、私のマスターに──」
「ごめん」
「え?」
彼女は、あっけにとられたような、悲しそうな顔をして、オレのことを見ていた。それが余計にオレの犯した罪を突き付けてくるようだった。
「オレは、君の恩人を──マスターになるはずだった人を撃った。もしかしたら、もう二度と目を覚まさないかもしれない」
「あんた何言って──」
「本当に、ごめん。謝っても仕方ないことは分かっているけど──」
「いやちょ、」
「もし君の気が済まないなら殴ってくれても焼いてくれても構わないから──」
「ひとの話聞きなさいよ!」
「ごふっ!?」
痛烈なブローがオレのみぞおちを襲った。鍛えた体とは言ってもサーヴァント相手に通用するものではない。オレは当然耐えることなどできずに簡単にダウンすることとなった。
「あああ、ごめんなさい。別にそんなつもりじゃ──じゃなくて! あんたさっきからなに言ってるのよ!?」
「え、と。君が来たのはきっとリツカに出会って救ってもらったからだろうと思って。だから彼を撃ってしまったことを謝ろうとおもって……」
そう息も絶え絶えに告げると、ジャンヌダルク・オルタは一瞬“コイツは何を言ってるんだ”という顔になって、その後なにか納得したようにして、最後には苛立った表情になった。
なんだか最近そういう表情の遷移ををよく見ている気がする
「なにかと思えばそういうこと。オルガマリーちゃんも苦労するワケね。別に、あんたの親友ちゃんは関係ないわよ。アイツとは第一特異点以降会ってないし」
「え、じゃあ、」
なんで彼女はここにいるのだろうか。彼女の性格からして、急に世界を救うという正義感や使命感に目覚めたというわけでもないだろうに。むしろそういうものを一生嫌っていそうだ。主にジャンヌダルクみたいになりたくないという意味で。
「──なんでって、そりゃあ、ね?」
急に眼を反らす彼女。心なしか、頬も紅いようだ。言うのが恥ずかしいのだろうか、ならば無理に聞くつもりもないが……
「……」
「どーしてそこで退くのよ!? 聞きなさいよ!」
「ええ!? 言いにくそうだったし……」
「ああもう、めんどくさいヤツ!」
彼女はフスフスと荒く鼻息を鳴らすと、改まったようにしてオレの眼を真っすぐに見た。薄い琥珀を通したような眼光に射られた錯覚を覚えた。
「い、一度しか言わないわ」
「は、はあ」
「アンタ、私の、マスターになりなさい」
「は?」
彼女の口から出た言葉は、まったく予想していないものだった。オレが、彼女の、サーヴァントになる?
そんなこと、そんなものは、まったくオレの埒外にある事柄だった。
「……なんで?」
だからその返答が精一杯だった。だって本当に、なんでそうなるのか訳が分からなかったから。
「……理由なんて色々あるけど、そうね。アンタに手を貸したいからよ」
手を貸したい? それは人理修復の手助けをしたいということだろうか。でもオレは既に失敗した身だ。
「またなんか変な方向に考えてるわね、アンタ。段々わかってきたわ、あんたの面倒くささってやつが!」
「──ごめんなさい?」
「ちゃんと、言葉通りにとらえなさいな。私は、アンタを、助けたい。アンタの大いなる目的とやらじゃないわ。アンタ自身を助けたいって言ってるの」
そこまで念を押されれば、流石に正しく認識できた、と思う。彼女はオレに手を貸そうとしている。けれど結局、それはなぜなのか。それが分からない。
「……はあ。もう。そんなのアンタが、私を救ってくれたからでしょうに」
「なによ、その顔。アンタが、私を、救った。わかった?」
「だから、がらじゃないけど、恩返しよ。復讐よ。報いを受けさせるのよ! 私に手を差し伸べたんだから、そのくらいの覚悟をしてほしいわ」
「──ほんと、何そのひどい顔。得体の知れないもの見たような顔しちゃって」
◇
◆
酷い表情をしている。目の前の少年は心底わかっていないのだなと改めて思う。
軽くではあるが、彼の近況は聞いている。なにをやらかしたのか、どんな存在なのか。彼という人間がどれだけ自罰的で、自分を信じていないのか。
所長であるオルガマリーは、そんな彼の危うさを是正するために謹慎を言い渡したのだろう。彼に“悪かったところ”を探させたのはその一環。
もちろん、彼が今までに報告に挙げたようなことは明確に彼の悪点だった。銀弾の能力を隠したこと。原作知識を誰にも話さなかったこと。自分の力を過信して結果最悪の事態を招いたこと。人理修復の旅を自身の名誉欲のために使ったこと。
挙げていけばきりがない──けれど、オルガマリーが本当に求めていた反省は、そこではない。気づいてほしかったのは、報告してほしかったのは、自分がどれだけ無意味で無価値なのかということの羅列ではない。
彼女は、シロガネハズムの、自分を省みないその生きざまこそを、見直して欲しかったのだ。
それが難しいことはわかっていても。年月とともに積み重なったその分厚い心の重圧と後悔を取り払うのが、簡単にいかないとわかっていても。オルガマリーは、彼に一言でも「生きたい」だとか「死にたくない」だとか、そう零して欲しかったのだ。
悲しいことに、その想いは届いていない様子だが。
「アンタは私に手を差し伸べたでしょう? だから次は私が手を伸ばすの。オルガマリーだって同じよ」
「でも、オレは、失敗ばかりで──だから」
「だからもくそもない。言い訳しない。逃げない。アンタが自分を信じられないのはどうでもいいけど、私──を信じられないのも付き合い短いからいいけど。せめて、せめて。オルガマリーは信じてやんなさいよ」
「……」
「アンタが目覚めた時、オルガマリーが開口一番なんて言ったか思い出してみなさい。私はもちろん知らないけど、確信って言っていいくらい予想付くわ」
「“生きていてくれてよかった”って……」
「なら、あんたはそう言ってくれたやつにどんな言葉を口走ったのよ」
「……そ、れは」
「あんたが一番悪いのは、多分そういうところでしょ。アンタがアンタ自身をどう思っていようといいけど、せめて
「──!」
彼は私の言葉の何が琴線に触れたのか、何か懐かしいものを思い返すような表情をして、頭を押さえた。
「注がれた、想いを……それは、なんだかどこかで」
別に私はコイツに説法ができるほどえらい立場でもない。ただ一つ言いたいことがあるとすれば。もっと生きたいとのたまえということだ。
「自分に手を差し伸べた奴が、そんな辛気臭い顔していて、怒らない人間がいると思うワケ?」
私を引き上げた男が、そんな地獄のような心境でいつでも死にたいと思って過ごしていて、じゃあ救われた私はどうすればいいのだ。救ったなら、手を伸ばしたなら。その引っ張り上げた先がせめて前よりもマシな場所なのだと、笑って証明してほしい。
身勝手な想いかもしれないけれど。それが救う側の責任という奴だろう。
「……アンタはさっきから後悔ばかりしてうじうじ言ってるみたいだけど。アンタごときのチカラでどうこうなるほど世界は甘くないし、仮にだれか一人が頑張って犠牲になって丸く収まる世界なら、そんなのはくそくらえよ」
「……君は」
「ジャンヌダルクの二の舞になんて、私自身は絶対ならないし、眼の前の誰かにそうならせもしない。犠牲を強いた先に救いも何もありはしないのだから」
たった一人の献身でなりたつものに、正しさなどない。
農民の少女一人が人生を捧げたくらいで終わった戦争だってそう。あんなものはきっと、あの場あの時代にいた皆がほんの少し頑張れば終わるものだったのだ。努力しない者たち、諦める者たち、変えようとしない者たちのせいで、ジャンヌダルクという
国のことも、世界のことも、誰か一人の責任に収束するなんて、そんなものがあってたまるか。
だから。
「だから、あんたは、一人で世界を救う必要なんてない」
この言葉を、もっと早くに、誰かが言ってやるべきだったのだ。この少年は、決して、世界を救う英雄などではないのだから。
「──ああ、そう、か。そうだね」
彼はまるで、彼の人生最大の使命が奪われたような表情をしていた。そうして同時に、今まで背負い続けてきた重い重い荷物を、やっと下したかのような表情をしていた。
ようやく、人間らしい顔になった。私が仕えるのはそういう奴でなければ。
痛みも何も感じない狂人ではない、自分を省みない聖人ではない、世界を救う
人間くさい人間で、それでも正しく、優しくあろうとする者にこそ。私の忠誠はある。あふれるほどの多くを救えなくとも、目の届く誰かをつい放っておけない、慈しめる貴方だからこそ。
「私は、救国の聖女でも、救世主でもない。ただの竜の魔女。だから決して、人々の、国の、世界のために旗を振るうことはしない」
誓う。私の旗は、ジャンヌダルクとは違う。博愛のもと平等に振るうのではなく。偏愛のもと不平等に──たった一人のためにそれを振ろう。
跪いて彼の手を取る。契約を交わす、その儀式のために。
「──我が真名はジャンヌダルク・オルタ。貴方からの救済に報いるために、貴方の、
「……オレは、本当に未熟で、愚かで、きっと君のその想いに、報いることはできないけれど」
──それでも、よければ。
彼は不安そうに、そうつぶやいた。
私は、「当然」と返して、彼の手をきつく握った。
◆
◇
別に、なにかが変わったわけではないと思う。
死にたいという気持ちも、もう放っておいてほしいという気持ちも、なくなってはいない。
いきなり現れたサーヴァントに、いくらか言葉をかけられたくらいで変わる人生なら、とっくの昔に改めているのだ。
シロガネハズムという人間は、別に、立ち直ったわけではない。
でも、彼女からかけられた言葉は、なんだか、大切なもののように思えたのだ。
──決して忘れてはいけなかった。それでも取りこぼしてしまった。いつかの、自分自身のような。
「──ようやくお目覚めかしら、ハズム」
呆れたような顔で、白髪の少女、オルガマリー所長がこぼす。今なら理解できる。彼女には随分と迷惑をかけてしまっただろう。
「それで、あなたはどうする──どうしたい?」
カルデア指令室。そこにはカルデアの人員のほぼ全てが集結していた。いないのはいまだに昏睡状態にある藤丸立香及びマシュ・キリエライトの二名だけ。
第五特異点発見の報がもたらされたと同時に、オレは自主的に謹慎の処分を破り、この場に足を運んだ。
様々な視線がオレを取り囲んでいた。込められた感情は、心配だったり、不安だったり。思っていたほど嫌悪の視線は無かった。その事実が、カルデアの優しさを証明していた。
今この瞬間だって、自分自身が信じられない。なにをしようとも失敗するビジョンしか沸かないし、もう一度失態を犯してしまえば、きっとオレという人間は壊れてしまいそうだ。
ただそれでも。ひねくれて逃げたくなったとしても。少しくらいは、素直に受け取ることにした。
「──オレを、もう一度、レイシフトさせてください」
だからこれは、オレの我儘で、ちょっとした望みだ。
「……それは、なぜ?」
オルガマリー所長が、オレの返答を待っている。理由によってはきっと、許してくれないだろう。
だから、率直に想いを伝えることにする。
「リツカが目覚めるまでやれるのはオレしかいない、という認識もちょっとはあるし、使命感だって無いとはいえません──けど、一番は」
「オレは、オレなりに。やりたいと思えることをやるんです」
「──それが、辛くて苦しいものだって、分かっているくせに?」
「──はい。
失敗ばかりで、何も得られるものがない、意味のない旅路だと思っていたけれど──ちょっとくらい、砂粒一つくらいには価値があった、らしいので」
未だにそれを信じられなくとも。そこに価値があると言い聞かせてくれる人たちがいる。だからせめて、その想いだけは無駄にしないように。
今までの行いが許されるのなら。オレはそのように在りたいのだ。
「──なら、約束しなさい」
オルガマリー所長は、オレに指先を突き付けた。そうして数舜後、握った手を開いて、オレの頬に優しく置いた。
「もう二度と、死ぬことを、苦しいことを、当然だと受け入れないで」
彼女の言葉に、いつか張られた頬の痛みが蘇った。じんじんと、熱を帯びた痛みだった。
彼女はそれを奥に沁み込ませるようにして、手のひらを強く押し込んだ。顔に加わった突然の圧力に、オレは思わずたたらを踏んだ。
「──さあ! 忙しくなるわ! 戦力も半減、物資も心もとない。それでも、私たちはやらなきゃならない」
オレの頬から手を放し、彼女は振り返る。ぴしりと伸びた背筋、力強い瞳で、カルデアの全域に激励を飛ばす。
「次は第五特異点。北米の大地。さっさと修復して、さっさと宴を開きましょう。昨日食べ損ねた、エミヤ特製 ワイバーンストロガノフを肴にね!」
自分から立ち上がったわけではなく、ケツを叩かれて思わず動いただけですが。
一歩を踏み出せたことは、大きな前進となるでしょう。
さてさて、次は第五特異点アメリカですが、構成上オリジナル展開が増える予定です。
具体的にはオリキャラ視点とハズム視点が交差する感じで。うまく書けるか不安じゃ。
オリキャラってだれかというのは各々予想してみてネ。
最後まで読んでくれてありがとナス!
去年は感想、お気に入り、ここすき、評価、ありがとうございました!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
ではではまた次回。