自分としてはあまりに不満足な出来なのですが、これ以上時間をかけるとエターナルしてしまう気がしたので無理やり投稿。
そのうち修正するかも。未完成品を出してごめんね。
クオリティ向上のためとはいえ、悪いとは思ってます(いまさらDQ9にはまってやりこんでいた事実からは眼をそらしつつ)
ばしん、と。そんな破裂音が唐突に響いた。
頬に叩きつけられた、彼女の手のひらが、だらんと目線の先で垂れ下がっている。
あれほどの勢いで振り抜かれた手は、きっとオレの頬と同じくらいに痛んでいるだろう。
それなのに彼女は、それに頓着することもなく、じいっとこちらを見据えていた。
彼女の琥珀のような瞳に浮かぶのは、失望と、憤怒と──悲哀、だろうか。
一度も見たことのないほどの激情をもって──
「あなたはっ、…………私は、あなたのっ、そういうところが──!!!」
──彼女はオレに、そんな言葉を叩きつけた。
◇
◇
座り込んだベッドは汚れ一つない清潔さで、布団はまるで陽光にさらして干したかのように心地よい。このカルデアでは太陽が顔を覗かせる天気の空などないだろうに、どうやってこんな布団を作り出したのだか。不思議でならない。
思い返せば、最後に青空を見たのは何時だっただろうか。特異点攻略において、ロンドン以外の転移先はその多くが天気に恵まれていたが、現代においてあの深い蒼穹をまじまじと眺めたのは、きっと想起するにも難儀してしまう程の遠い過去の事なのだろうと思う。
シロガネハズムという人間には、その程度の──空を見上げて、その模様に感情を抱く程度の──余裕すらなかったのだなと、今更ながらに思い至った。
そうして、余裕なんて無縁なままだったから。
張り詰めて、張り詰めて、この矮小な身のほどに、抱えきれないほどの使命感と後悔、夢想を詰め込んで。膝を折ってしまわないのが不思議なくらいの重荷を平気なふりをして背負って。ぎちぎちに膨れ上がった負担が、今ではついに決壊したのだろう。
だから。ギリギリだったついこの間までの自分と比べて。今の自分のなんて空っぽなことだろうかと。
益体もないことを思い浮かべながら、指先で透明な空気を弄んだ。もちろん指の腹を何かの感触が撫でるようなことすらありはしないが。
そんなことしかできないくらいには、オレの置かれている状況は極めて空虚で虚無だ。
シミ一つない純白の立壁と、鏡面のように磨かれたタイル状の床。扉と対角線上に寝そべる寝台と、一人分のデスクセットだけが、この部屋の全てだった。
オレにとっては、恐らく慣れ親しんだ──慣れ親しんでいるべき光景で、しかし本当のところは、あまり馴染みのない光景であった。
ここは、オレに与えられた“マイルーム”だった。カルデアに訪れて一番に案内されたオレの城だ。“ここは君の思うように使ってくれていい”と案内人に言われたのが、ずいぶん昔の事のように思える。
自分で言うのもなんだが、あまりに生活感がない。与えられた時そのままが保存されているかのように、この空間は真新しかった。
それも当然で、オレはこの部屋をあまり使ってこなかった。訓練しながらシミュレータルームで夜を越すことはざら。特異点から帰還すれば医務室に直行。つまりこの部屋はオレにとって、ただ就寝の時に訪れるだけの空間だった。だから、本来慣れ親しんでいるはずなのに、馴染みがない。
今となっては、そうやって何もこの部屋に置かなかったことを少し後悔している。
それになんだか、この部屋は、ある種オレのやってきたことへの侮蔑を示しているかのように見える。
色々と手を尽くして、様々なことを成し遂げた
空虚が詰められた棚や、写真や本すら置かれていない机の鏡のような表面に映った暗影に、そう言われているかのようだった。
──オレは今、マイルームに閉じ込められている。まあ監禁、というのは言葉が悪かった。本当のところを言えば、実質的な謹慎処分を受けている。
『──貴方の部屋で、自分の何が
カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアがオレに下した処分は、そんな甘すぎるものだった。貴重なマスターを傷つけて、あまつさえ世界を滅ぼそうとした人間に対するものとは思えないほどに。
正直な話、オレは、自分が当然処刑されるものだと思っていた。人理修復の旅を私利私欲のために使い、人類の未来なんて一かけらも考えていなかった人間に対する処分としては、それがお似合いだろうと。
倫理とか慈悲とか道徳だとか、そういうものと関係なく。カルデアの人々がどれだけ優しくとも、越えてはならない一線はあるだろう。オレはそれを侵したと、そう考えていたのだが。
あの時、『最期に』と、その単語をオレが口にした瞬間。所長ははじめ呆然として、続いてとてつもなく沈痛な面持ちを見せた。そして、最後には煮立つ溶岩のような激怒を噴火させた。
頬にはまだ、あの時に打ち据えられた平手の痕が残っている。若い少女特有の、柔らかく綺麗な白亜で作られたような五指が、弦で張り詰めたように揃ってしなりながら頬に強く強くたたきつけられた時のことを、オレは数秒前の事のように思い出せる。
先ほどまで虚空と戯れていた指先を、ふと頬に這わせてみた。ペンドラゴンとの戦いで負った切り傷の痕が、まだ生々しく残っていることが感触ですぐにわかる。そこをなぞるだけであの時の痛みがじくじくと蘇るようだ。銀の弾丸と激突した、流星のような一撃。そんな、空から降り注ぐ星と天に上る銀弾の相克によって巻き上げられた礫が、オレの頬をかすめて刻まれた傷だ。
片や神造兵器による一撃の余波。片やただの少女の平手。どちらの方がより痛くて、より重症だったかなんて、明白に決まっている。
……ただそれでも、なぜだか、どちらともが同じように痛くて、忘れられないモノのように感じた。
どちらも鮮明に思い出せる。
ペンドラゴンが決死の覚悟で放ったあの一撃を。オレの選択に怒り、オレの描いた未来に憤り。この世の誰にも止められない──止まらないものだと思っていた“銀の弾丸”に立ち向かった彼女の顔を。
オルガマリー・アニムスフィアが叩きつけた平手を。オレの言葉に怒り、オレの選択を許さなかった、彼女の顔を。
“過去の後悔に打ち勝つ何かを探せ”と、鈍色に染まる空を背景に、黄金の魔力を散らしながら、彼女は言った。
“自分の何が悪かったか考えてこい”と、薬品の匂いの漂う医務室を背景に、白髪を怒りに振り乱しながら、彼女は言った。
もう終わったものだと思っていた。事実、オレの人生とは、家族があの魔術師に殺された──あるいはそもそも、前世で命を落としたその瞬間に終わっていたはずだったのに。
死んでしまった方が、殺してくれる方が、楽だったのに。死ぬべき人間のはずなのに。シロガネハズムは、なぜかまだ生きている。ならばきっと、オレはまだ歩かなければならないのだろう。
だとしたらオレは今、何を求められているのだろうか。今度は──
オレは、空っぽだった。まるで、何ものにも代えがたい大切な想いを、いつか気づかないうちにどこかへと捨ててしまったみたいに。
◇
◇
部屋から出るな、と言われている身のために、食事はいつもスタッフの誰かがここに持ってきてくれていた。そして今日の夕飯を持ってきたのは、ムニエルさんだった。
見たこともない肉のステーキ──聞くに“ワイバーン肉”らしい──をトレイに乗せて、彼は友人の部屋に訪れるかのように気負いなく、入り口をくぐった。
オレは反省するまでこの部屋から出ることを許されていないが、他の人間が入ることに関しては許すというのが、所長のお達しだった。
危険分子のオレの部屋なんかに入るもの好きはいないと思っていたのだが、これが案外そうでも無くて、色んな人たちがこの部屋にわざわざ入って、オレと目を合わせてくれる。
ムニエルさんも、そのうちの一人だったらしい。マスコットキャラクターのように愛嬌のある丸い顔。そこに浮かべた緩い笑みが彼という人間の親しみやすさを感じさせた。
「よう、シロガネ! 元気か。そろそろこのなんもない部屋にも飽きてきたころじゃあないか?」
「こんばんは、ムニエルさん。そろそろどころか、初日からとっくに飽きてますよ」
「そりゃそうだろうな。本やゲームどころかなんにもありゃしねえなんて、お前はミニマリストかなんかなのかってスタッフの間じゃ言われてるぞ」
「そうではないですが……なんだか、そういうの、懐かしいです」
「そりゃあ、どういう意味だ?」
「高校生や大学生のときも、そういう風に噂されました。“シロガネハズムは修行僧かなにかだ”ってね」
「はは、そりゃ傑作だ……お前は、
そう零したムニエルさんの顔は、先ほどまでの笑顔が嘘であったみたいに、沈んでいた。
「どうかしましたか?」
「──いいや、なんでも。ほら、早く食べちまいな。肉は熱いうちに食え、っていうだろ?」
そう冗談めかして彼は俺に食器を手渡した。ステンレス製のナイフとフォーク。仮にも反逆者分類されているだろうオレに、そうそう気安く渡すものではないだろうに。
スタッフの多くは元魔術師なのだから、ナイフ程度では傷一つつかないのかも知れないけれど、あまりにも不用心ではないだろうか。いや、別に危害を加えるつもりは微塵もないが。
ともかく。そういう、態度から自然とにじみ出る信頼らしきなにかが、オレにとってはとても居心地のわるいものだった。
「──シロガネ」
しばらくの間黙々とワイバーン肉を咀嚼して、ちょうど最後のひと切れを嚙み切ったぐらいのときに、ムニエルさんはオレに声をかけた。
「?」
「ああいや、なんでもない──いや、やっぱり、なんでもあるわ」
「なんですかそれ」
はっきりしない彼のあたふたする様子が面白くて笑うと、彼は恥ずかしそうに赤面しながらも、こほん、と仕切り直して口を開いた。
「突然なんだけど、俺はさ、中性的な感じの美貌が好みなんだ。オルレアンにデオンってサーヴァントいただろ? あんな感じとか特にたまんなくてさ、正直興奮するね」
「……はあ。それは本当に、突然ですね」
まさか性癖をいきなり暴露されるとは。まるでアニメの探偵キャラクターのように眼鏡を光らせながらしゃべりだしたから、なにを言うかと思えば。
「まあ聞けって……でさ、俺は観測班だから、レイシフト中は当然オペレーターとして、存在証明なりデータ観測なりをするわけだけど──興奮しすぎて一時任務を外されちゃったわけだ」
「ああ……まあ、オルガマリー所長は許してくれないでしょうね、そういうの」
「そうそう、あの人、最近とっつきやすくなったけど、まだ意外にお堅いから──げふんげふん。ああつまりだな、人類の存亡を決める重要な任務中に色欲に負けて無様を晒す馬鹿野郎が俺って訳で。まあ、なにが言いたいかってな、えっと……」
彼は相応しい言葉をどうにか引き出そうとしている様子だった。そうしてしばらく。彼の言語野を一生懸命に探索したのだろう、ようやく見つけた、と言わんばかりに口を開こうとするのだが──
『──アナウンス。カルデア全職員へ。終業時間となりました。夜シフトに当てられている者以外の職員は、各自の個室へ戻り、休息に努めてください。より良い人類の未来は、よりよい健康から。アナウンス終了』
機械音声の自動アナウンスが、抑揚もなく淡々と終業を告げる。カルデア壊滅以前にあった特定時間に流れるアナウンスだが、無茶する職員が多いからとオルガマリー所長はあえて流しているらしい。
曰く、「人員が少ないから無茶しがちなのは仕方ないけれど、それで倒れられたら元も子もないわ! 休むときはちゃんと休む。よっぽどの事情がなければ、これが流れた瞬間には解散して就寝よ!」ということだった。
なんにせよ、そのアナウンスに対して、ムニエルさんは機先を制されたように口を噤んでいた。
「──ああ、えっと、その」
「……アナウンス、聞いていたでしょう? ムニエルさんもお休みの時間ですよ」
「そう、だな」
彼は残念そうにため息をつくと、オレをなにかよくわからない感情を抱えた瞳で見つめながら立ち上がった。
「……ワイバーン肉のステーキ、美味しかったか?」
「ええ。とても」
「よかった。じゃあ、おやすみ」
「……ええ、お休みなさい」
挨拶をすると、彼は食器をもってオレの部屋を出ていった。結局、彼が言いたかった言葉は聞くことができなかった。
しかし、なんとなくではあるが。彼の言いたいことは予想できた気もした。
◇
「人生で一度だって娯楽を嗜んだことがない、って顔してたなあいつ。前世とやらでどうだったかは知らないけど」
「それは、ちょっと、なんだか。
「──“もっと気楽に生きろ”なんて、俺みたいなやつに言われてもだよな。はあ……」
◇
「……はい、食べなさい」
「ど、どうも。ナタリーさん」
次の日。どことなく無理をしている感じの無表情で食器をずいっと差し出すのは、ムニエルさんと同じく観測班であるナタリーさんだ。
お礼を言うのは眼を見ながら、と自分なりのルールに従ってそうすると、彼女はバツが悪そうに眼を背けた。彼女にそうされるほど特別な関わりがあった覚えはないけれど。
彼女がオレと目を合わせにくいなら、それに配慮することにして、目の前の晩御飯を観察する。今日のメニューは唐揚げらしい。これもワイバーン肉なのだろうか。
アツアツの唐揚げを口に放り込む。犬歯を肉に突き刺せば、サクサクの衣を貫いて、その穴からじくじくと肉汁が染み出してくる。下味もしっかり付いていて、てかてかのご飯にとてもよく合う。なんというか、控えめに言っても
なにより日本食っぽい味付けに、なんだか懐かしさが胸にじんわりと広がっていく心地だった。学校の帰りに唐揚げ屋でリツカやナツキと買い食いをしていたときのことを思い出す。
そういえば二人とも、駅前の唐揚げ屋が大好きだった。毎日のように3人してそこに行くくらいには。
「…………(もぐもぐ)」
「…………(じー)」
……き、気まずい。彼女はオレがそちらに目を向けないのをいいことに、オレをじいっと観察してきているようだ。彼女のいる右側から穴が開くほどの視線を感じる。
彼女はそれでいいかもしれないが、オレとしてはたまったものではなかった。もちろん自分が監視されてしかるべきとはわかっているが、食事中に面と向かってそうされると落ち着かないに決まっている。
オレはともかくこの状況を打破したくて、適当な話題を探して口にした。
「お、美味しいなー……え、と。これはその、エミヤさんが作ったんですか?」
「……ええ、そうよ。よくわかったわね」
「そりゃあ、エミヤさんって言えば料理だ、し…………」
以外にも返事をしてくれた彼女。沈黙を破壊できたのが嬉しくてこのまま会話を続けようとするが──じく、と頭が痛んだ。
最近は、こういうことが多かった。まるでオレがオレではないみたいに、記憶にそぐわない不合理な感情と印象が、襲い来ることがある。
銀の弾丸で記憶をなくした弊害、だろう。オレはきっと、忘れてしまった例の“原作知識”とやらで、エミヤのことを知っていたに違いない。
もう思い出せはしないが。
「……それも、前世とやらの知識?」
彼女は頭を押さえたオレを心配そうに見つめると、そんなことを聞いてきた。オルガマリー所長によって、オレの事情は皆に周知されているらしかった。
彼女の質問に「ええ、恐らく」と無難に返すと、彼女はなにか痛ましいものをみたかのような顔で、オレを見つめた。
「──そう」
彼女が発したのは、その表情に反してそれだけだった。
空っぽになった食器を優しく持ち上げると、彼女は「じゃあね」と言って部屋を後にした。
電動式のドアが閉まる寸前に、彼女は何か、ぽつりと言葉を零したような気がした。
残念なことに、オレにはそれを拾うことができなかった。
◇
「──酷い話ね、まったく。ごめんなさい、ハズム。あなたの命を見捨てようとしてしまって」
◆
「──同情しているのかい、ロマニ?」
湯気の立つコーヒーを両手にそう尋ねてくるレオナルド。彼女は「ん、」と片方のカップをこちらに差し出した。ボクはそれを受け取りつつ、問いには首を横に振った。
「いいや。そう思ってしまっては彼に対する侮辱だろう。ボクとは似ているようで違う。彼は独りで立ち向かったけれど、ボクは独りでここまでこれた訳ではないからね」
そう返せば、レオナルドがわかってないなぁという風に肩をすくめた。そうしたオーバーなしぐさが不思議と彼女には似合っていた。
カップを傾けて唇を湿らせる。ほろ苦い味が舌の奥にじんわりと染み渡った。
「そうは言うけど、君も独りで戦ってきたようなものだろう。誰も信じず、誰も頼らず。ただ
「……だけれど、ボクには君がいたさ。それだけでどれほど救われたか」
「……あ、そう」
彼女は一瞬あっけにとられた顔をして照れたような様子を見せた。珍しいこともあるものだと思って観察していれば、彼女はひとつ咳ばらいをして続きを話し始めた。
「それを言うなら、君にとっての私は、彼にとってのアルトリア・ペンドラゴンだったろう。彼も決して独りではなかったよ」
確かにそれは彼女の言う通りだった。けれども召喚初期の時点で彼はアルトリアに敬遠されていたし、なにより、彼も彼女を頼っていなかった。彼らの信頼関係が築かれたのは、本当にここ最近の話であっただろう。
彼はそれまでただ独りだった。生まれてからずっと抱えてきた“前世”という記憶。その意味に気づいた藤丸立香との出会いの時から、ずっと。
そういう意味では、きっとボクより苦労してきただろうし、苦しんできたことだろうと──そうした外野から測っているだけの不正確な推量をしてしまう。
「──そうかもしれないね。しかし残念なことに、彼女は二度と戻る気はない様子だけど」
「ああ、勿体ないことだね。彼女は優秀だった。人格面でも戦闘面でも」
レオナルドはそう言ってコーヒーを一口ふくんだ。しかしながらまだ熱すぎたのか、彼女は美貌をゆがめたままで、ちろと舌を外にだした。
冷ますためかテーブルにカップを置くと、その手にタブレットを持つ彼女。いくらか指でタップすると、そこに映ったドキュメント──オルガマリーの書いた“シロガネハズムの事情聴取記録”を眺めた。
「この世界が物語の世界、ね。哲学ではよく挙げられる考えだけど、それが現実になったわけだ」
「この世界が滅ぶことを知っていた──か。まあ確かに、彼の言動にはときたま、不自然なところはあった……生前のボクもあんな風に見えていたのかな」
例えばロンドンに行く前にダヴィンチに“毒の霧の対策装備”をねだったのなんかは最たるものだろう。未来を知る者はそれゆえに常人から見れば突拍子もないことをするのだな、とロマニは学んだ。
そして自分が
「そういえば、彼の命をどうこうしよう、という考えは薄れてきているみたいだ」
「……みんな好きでそんなことしたい訳じゃなかっただろうしね」
あのときのカルデアは一種の恐慌状態にあった。(それは非人道的行為の免罪符になるものではないが)
ロンドン特異点の観測では誰かの──恐らくはレフ・ライノールの──意図があって、見せつけられる情報が取捨選択されていたのだと思う。できるだけシロガネハズムの危険性を誇示できるように──そうした策略がみられた。
だからオルガマリーが強引にハズム君の扱いを決めたのは英断だった。時間をかければかけるほどに、カルデアには疑心暗鬼が蔓延しただろう。リツカとマシュが目を覚まさない以上は、不安の元凶であるハズム君の証言だけしか上がってこないのだから。
容疑者の弁明ほど信用できない言葉はないものだ。たとえそれが真実を口にしていようとも、その場にいなかった者たちにとっては不確かで怪しい言葉でしかないのだし。
ハズム君を疑って、その言葉すら信用できなくなり。そうしてついには彼の命に手をかけることになっていたかもしれない。決して可能性として低い話でもないだろう。
そうならなかったのは、オルガマリーの成長の賜物だろうか。
「──滅びを知っていたから、それを解決する英雄になりたかった、か」
指先でタブレットの画面をなぞりながらレオナルドがそう零したのを、ボクは胸の中で反芻する。
突き詰めると彼は、それを目的に頑張っていたらしい。死んでしまった家族に見合う人間になる、と。
それは一種の精神的な病に近かった。サバイバーズ・ギルトだとか、そう呼ばれるものだ。医療従事者としては、“治療すべき病”であると、主張すべき状態である。その思想は危険で異常なものなのだと。
けれど同時に、それは何よりも
自分のせいで家族が死んだと、そう思っている彼にとって。選べるのは二つだったのだ。自死をするか、恩を返すか。そのうち自死という選択は叔母の存在があって選べずに、だから彼はこのカルデアのマスターになった。
「──医者としては、彼のその心傷に気づけなかったことを、なにもしてあげられなかったことを、酷く後悔しているよ」
「……君だけがそう思う必要もないだろう。私は──私も、気づけなかった。師として彼とよく接していながらに。ただ、努力を怠らない良い弟子だとそれだけを考えて──」
彼女はそう歯噛みするようにこぼした。
レオナルドがこのごろぼうっとしていることが増えたことをボクは知っている。彼女らしくない行為だから、そのちょっとしたことがひときわ目立っていた。彼女は彼女なりに、今までの自身のハズム君に対しての扱いに、思うところがあるらしかった。
彼は傷を表にださない子だった。どんなにひどい傷をどんな場所に負っていても、彼はまるでそんなものないかのように振る舞うのが得意だった。
いや実際、彼にとって自分というものはそれほど頓着するものでもなかったのかもしれない。
事実、彼は死んでしまう恐怖や痛みよりも、死んだことで銀の弾丸が減ること──つまりは、“自分の命”よりも“自分の価値”を亡くすことこそを心配していたらしいから。
特異点から帰るたびに、体にどこかしら酷い傷を負って帰ってくる彼。それを見るたびに、ボクを含む医療班は彼を精一杯に治療した。治療したつもりだった。
実際は、そうして身体の傷ばかりに目を向けて、心の方に目を向けることをしてこなかった。
先に考えたように、彼は傷を隠すのが得意な子だ。体の傷も、心の傷も。だから気づけなかったと、そう言い訳することはたやすい。
けれども、リツカくんやオルガマリーなど、彼のその“傷”を察している人間は確かにいた。だからこれは、仕方のないことなんかではなく、ボクの怠慢だ。
カルデアの医療班トップとして不甲斐ない。彼のことをちゃんと診てあげられていなかった。
その結果が──オルガマリーの報告書に書かれている通りだ。
「当然のように、“最期”なんて言葉を使って、“銀の弾丸”で記憶が削れている事にも、まったく気にしている様子が無かった、ね。酷い話だ。オルガマリーも、それを聞くのは辛かっただろう」
レオナルドが口にするその事実が、なによりの証拠だった。
「……ボクは、彼と同じような道筋を辿ってきたと、そう思う。人生は2度目だし、世界の滅びを知っていたし、それを救おうと思って頑張った。けれども、彼と決定的に違うのは──」
「──違うのは?」
「──ボクは
けれど、と思う。僕が語ったそうした陽だまりのような居場所は、彼にとってもう失ってしまったものなのだと。
過去に落としてきてしまったもの。思い出の中でしか再会できない居場所。もう二度と帰ることのできないその時間。
「彼はきっと、この世界に居場所が無いように思っているんだと思う──いや、ボクたちがそれを作ってあげられなかった、と言った方がいいかな」
寄る辺のない船は、いずれ海底へと沈んでいく運命からは逃れられないものだ。
彼という人間は、もう
だから、誰かが引き寄せてやらねばならないのだ。錨として固定して、あるいは灯台のように道を示したっていい。
「彼は、勘違いしているんだ。きっと、それを気づかせてあげなければならない。彼は
そうして、言葉を紡ごうとしたさなかに。ひどく唐突に。
がたり、とカルデアが
『──アナウンス。召喚室に侵入者発生。パターン解析:サーヴァント。各職員に第一種の緊急迎撃作戦を発令。配置についてください』
無機質な機械音声がその緊急事態を知らせてくる。ボクたちはとっさに立ち上がる。その衝撃にコーヒーが床にぶちまけられるが、そんなことを気にしている時間なんてありはしない。
侵入者なんて、あってはならないことだ。ついに敵からの攻撃が来たのかもしれない。しかもよりにもよって召喚室に! あそこは英霊召喚システム・フェイトという唯一の戦力補充手段がある場所なのだ。
それが破壊されれば、大変なことになってしまうというのは、猿でも理解できることだった。
「──ロマニ!」
「ああ! なんてこった、侵入者!? しかも召喚室になんて、すぐ隣じゃないか! レオナルド、悪いけど来てくれ。多分ボクたちが一番近いから、様子をうかがうべきだろう」
「それはいいけど、あまり戦闘には期待しないでくれよ。あくまで偵察だ。エミヤが到着するまでのね!」
「わかってるさ」
ボクたちはそうして現場に急行した。
まさか、あんなサーヴァントに対峙することになるとも知らずに。
◆
「──あれ、うそでしょ!? 勢い余って来ちゃったんだけど!? 私のスペックが思いのほか高すぎたんだけど!? どうしよう、アイツになんていえば……」
「ん、んんっ、よくもこの三つ首の黒竜を前にしてそのような態度をとれるものね。さっさと
「ど、どうしました、その顔は? さ、契約書です──いやいや、まだ見せられる字じゃないっての。こんな字じゃみっともないでしょ、落ち着きなさい、私」
「召喚に応じ参上したわ、“銀の弾丸”さん? サーヴァント、アヴェンジャー。ま、ほどほどによろしく──こ、こんな感じかしら?」
──なんだこれ。
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>ジャンヌ・ダルク[オルタ] 参戦!!<
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
最後まで読んでくれてありがとナス!
感想や評価、お気に入りもよろしく!
今回は時間空いちゃってごめんなさいね。
次がいつでるかわからんけども、気長に待っていただけると喜びます。
ほなばいなら。