今年46周年を迎えた「機動戦士ガンダム」の劇場版のポスター原画です。描いたのは、キャラクターデザインとアニメーションディレクターを務めたアニメーターの安彦良和。ガンダムの人気が不動のものとなったのは、彼が生み出すビジュアルに圧倒的な力があったから、というのは誰もが認めるところ(メカデザインは大河原邦男)。安彦は他にも「宇宙戦艦ヤマト」「コン・バトラーV」他多数の作品で活躍しています。

 キャラクターをデザインするということは、アニメの世界の役者の姿を生み出すことです。そしてアニメーターという仕事は、絵コンテに基づいてキャラクターに具体的な演技をさせるもの。安彦の絵作りの強みは、心情描写にあると言われます。特に目元の表現にこだわりがあり、状況や人物の内面を絵で語らせるのが巧みです。しかも、人物だけでなく、ガンダムのようなロボットの動きにまで微妙な心の動きをしのばせるのが凄いところ。安彦だからこそ、ガンダムという物語に奥行きと深みを与えられたのは間違いありません。

安彦良和「(劇場版)宣伝ポスター用イラスト原画」/「機動戦士ガンダム」1981年 水彩・紙 作家蔵 (「描く人、安彦良和」展図録より引用)

「機動戦士ガンダム」は、機械好きの少年が宇宙コロニーと地球との戦争に巻き込まれ、戦闘機に乗って闘わざるをえなくなる運命の物語です。本作(上)のように垂直性と正面性を強く意識した構図は、厳格な印象を与え、鑑賞者とまっすぐ向き合うことができるため、宗教画によく用いられます。この構図により、残酷な運命に向き合う少年の強さと覚悟が象徴的に表されています。また、劇場版は3部作で、本作は第1作のためのもの。ラフでは仲間たちも一緒に描く案がありましたが、シンプルに抑えることで、簡潔に物語のエッセンスを伝える構成になっています。ちなみに、第2作のポスターは対角線構図でライヴァルとの対立を、そして第3作はS字曲線構図で複雑な人間模様を表し、順に構図を複雑にすることで、物語の展開を直感的に把握できるデザインにしているところもさすがです。

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安彦良和「(劇場版)宣伝ポスター用イラスト原画」/「機動戦士ガンダムⅡ哀・戦士編」1981年 (「描く人、安彦良和」展図録より引用)

 アニメの原画は鉛筆で描かれ、安彦の素早く流麗な線は、簡潔な形を作り出し、情感のある動きを見せます。一方で、ポスター原画では、濃密な色彩の面によって、立体感のある表現もこなしています。安彦の功績は今後さらに詳しく考察されていくでしょうが、その価値はすでに、兵庫県立美術館学芸員・小林公氏が「何十年後かには、『ガンダム』関係の資料が、一括で重要文化財に指定されるのではないか、と本気で思いますね」(「芸術新潮」2024年6月号)と語るほどのものなのです。

安彦良和「(劇場版)宣伝ポスター用イラスト原画」/「機動戦士ガンダムⅢめぐりあい宇宙編」1982年 (「描く人、安彦良和」展図録より引用)

 現在77歳の安彦は主に歴史漫画家として活躍中で、今年「週刊ヤングジャンプ」で五代友厚を主役にした「銀色の路」の連載を開始。若き日に学生運動に挫折した経験を持つ安彦は、歴史を俯瞰しつつも、常に一人一人の生身の人間へのまなざしを忘れません。だからこそ、彼が描く一つ一つのカットやポスターが人の心を突き動かし、忘れられないものになるのだと思います。

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「描く人、安彦良和」
青森県立美術館にて6月29日まで
https://www.aomori-museum.jp/schedule/15851/

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