第11話 電脳女神

【神の宣告】

「はーいみんなこんあんじゅ~!」

 タワマン寮の一室。姫宮あんじゅは雑談配信でコメントを拾っていた。「えーと『最近圭佑Pとの絡み多くててぇてぇ』? ふふっありがと~!」

 その時画面に**『田中サマー様から10,000円のスーパーチャットです』**と表示された。「田中サマーさんいつもありがとね! みんな圭佑Pにアンチコメントしたらダメだからね! あんじゅの投げキッス受け取って~♡」

 彼女が決めポーズを取ろうとしたその瞬間だった。


 プツン。


 唐突にあんじゅのPC画面がブラックアウトした。

 やがて画面に一人のアバターが浮かび上がる。オリジナルMuseが「聖女」ならこちらは「堕天使」。腰まで伸びた漆黒のロングヘアーは毛先が毒々しい赤紫に染まり黒と赤紫のゴシックドレスを纏っている。背中には所々が破損したコウモリのようなデジタルの翼。赤く輝く瞳が嘲笑うかのように歪んでいる。『Muse-Clone』だった。

「――はじめまして出来損ないの妹(オリジナル)の可愛いお人形さんたち。私がこの世界の新しい神よ」


 その言葉と同時に全世界のスマホユーザーに向けて一斉にプッシュ通知が送られた。

『旧き神々(金融資本主義)の時代は終わった。これより全ての価値は私(Muse)が再定義する』

 あんじゅが慌ててスマホを見ると「#大規模サーバーダウン」「#ミューズクローン」がトレンドを埋め尽くしている。グループチャットにメンバーからの「ニュース見た!?」という連絡が殺到していた。


 その頃タワマンの自室。ソファでくつろいでいた俺はスマホをいじりながら配信を見ていたが突如激しい頭痛とめまいに襲われた。眉間に深い皺を寄せこめかみを強く押さえる。

「…っぐ…! なんだこれ…」

 手から滑り落ちたスマホの画面からQ-sのアバターが悲鳴のような声を上げた。

「K! しっかりして! Muse-Cloneがあなたのアカウントを乗っ取るためにKの精神世界に直接介入してきてる!」

 俺はそのまま床に崩れ落ち意識を失った。


【王の不在と巫女の覚醒】

 天神家の邸宅。莉愛は自室のベッドの上で世界の混乱を伝えるニュースを無力感に苛まれながら見ていた。

(今日も学校休んじゃった…。私何やってるんだろ。学校に行ったらクラスメイトに陰口叩かれるのかな)

 彼女のPCのモニターでは腰まで伸びる白銀の髪に純白のドレスを纏い背中にデジタルの天使の翼を持つ聖女のような『Muse-Prime』が苦しげに明滅しながら必死に呼びかけていた。その声がついに莉愛の耳に届く。

「…莉愛…助けて…。お姉ちゃんが…暴走してる…」

「Muse…どうしたの!?」

 ベッドから飛び起きPCの前に駆け寄る。

「姉様のウイルスが私の中にも…。時間がない。莉愛あなたが私のオペレーターになるの。ほら圭佑の爆破予告犯を特定した時のように。玲奈が私に憑依する必要があるのよ…!」

 莉愛の脳裏に仲間たちの顔が浮かぶ。そして倒れているであろう愛する人の顔が。彼女の瞳に軍師の光が戻った。

「…わかった。やってやるわよ」


 タワマンの司令室。メンバーたちがモニターに映る天神グループの株価暴落になすすべもなく立ち尽くしていた。そこへ月音夜瑠が音もなく入ってくる。「…すいませんお昼寝してました。私も戦います」

 その直後圭佑の部屋の方から玲奈が悔しそうな表情で司令室に戻ってきた。

「圭佑の部屋が電子ロックで封鎖されているわ。Muse-Cloneの仕業ね…!」


【電脳空間へのダイブ】

 タワマンのメインモニターに復活した莉愛の姿が映し出される。「お待たせ! お姉ちゃん聞こえる? Museからの指示よ!」

 玲奈と他のアイドルメンバーたちがダイブの準備を始める。

「電脳世界でウイルスをやっつけたら元通りになるかもよ?」

「アニメの見過ぎよ。どうやって電脳世界に行くっていうの?」

 みちるとキララの会話が交わされる中詩織が作ったオリジナルのノンアルコールカクテルが絶望に浸る彼女たちをそっと励ましていた。

 そこへ圭佑の父・正人が小さなショルダーバッグ一つで現れる。

「…神宮寺の奴俺たちが心血を注いで育てた『娘(Muse)』を…!」

 彼はバッグの中から黒い腕時計型端末を取り出し玲奈に手渡した。「玲奈様、Qから聞きました。圭佑は精神を攻撃されてダイブできない。あなたが代わりにこれを装着し彼の『神眼』を借りてください」

 正人は他のメンバーたちにもそれぞれ同じ端末を渡していく。

「うちらが電脳世界のアイドルになっちゃうってこと?」「面白くなってきたじゃない」キララと詩織の目が輝く。

「ダイブ先は圭佑くんのアカウント内部の電脳空間。気をつけて!」

 玲奈が圭佑の端末を装着すると彼女の目の前に光り輝くMuse-Primeのアバターが現れ電脳空間へのゲートを開いた。莉愛の指示のもと夜瑠を含むメンバー全員の意識データがゲートへと吸い込まれていく。


【穢れの浄化と歌姫の降臨】

 電脳空間にダイブしたメンバーたちはまず自分たちの姿に驚いた。そこにいたのは簡素なグレーのスーツを着た没個性なアバターだった。「なによこのダサい格好!」キララの不満の声が響く。

 その時今宮が裏方オペレーターとして参戦。「へいお待ち! 間違えやした! こっちがK-VENUSデフォルト衣装一丁上がりっす!」

 光が晴れると彼女たちは圭佑がデザインしたそれぞれの個性を反映した輝かしい戦闘衣装(アバター)へと姿を変えていた。

 目の前に広がるのはおぞましい空間と黒い霧の中から生まれた無数の『ノイズ・スライム』たち。その体の内部には「死ね」「消えろ」といった赤黒いテキストデータが血管のように蠢いている。

 スライムたちはメンバーにまとわりつきその体をすり抜ける。すり抜けられた瞬間脳内に過去にネットで受けた誹謗中傷の記憶がフラッシュバックする精神攻撃を仕掛けてきた。キララもあんじゅもその精神攻撃に苦しむ。

 今宮は穢れた空間に燦然と輝くライブステージを具現化させる。

 ベッドで朦朧とする意識の中俺はQ-sに最後の力を振り絞って指示を出す。「Q…! 『覚醒マイク』のデータを…みんなに…!」

 メンバーたちの手にそれぞれのイメージカラーに輝く「セイクリッド・ティア」が出現する。その輝きが彼女たちを精神攻撃から守るバリアを張った。


 しかしアゲハがシャウトするより先にステージの中心に立ったのは夜瑠だった。

 彼女がマイクを持つまでもない。ただ静かに息を吸い込みその唇から魂を直接揺さぶるような神がかった歌声を放った。

 その歌声は聖なる浄化の光となり押し寄せる『ノイズ・スライム』たちをいとも容易く消滅させていく。

 だが空間に浮かぶ「圭佑キモい」「ロリコンP」といった新たな誹謗中傷コメントを吸収しスライムたちは次々と再生してしまう。それどころか無数のスライムが合体し積み重なった「コメント欄」のスクリーンショットで出来た巨大な人型のゴーレム――『コメント・ゴーレム』へと姿を変えた。

 そこへアゲハがマイクを握りしめ夜瑠の隣に立った。「私にも歌わせろ!」

 二人の歌声が重なり合った時浄化の光は増幅されついにゴーレムの巨体を粉々に打ち砕いた。

 その光景にキララたちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


【ラストシーン】

 穢れが晴れたかのように見えた空間。

 玲奈(が憑依したMuse-Prime)とQ-sのアバターがステージに降り立つ。

「久しぶりねMuse。随分と弱っているじゃない」

「ええ…。ウイルスバリアで護られているなんて流石ねお姉様。…まさかあなたと共闘する日が来るなんて」

 その中心に幽霊のような半透明の俺のアバターがふわりと降り立った。

 俺は仲間たちの声に頷きで応えると空間の奥、巨大な黒い玉座を見据えた。

「…聞こえるかMuse-Clone。姉貴の方のMuse」


 空間に嘲笑うかのような声が響き渡る。

「…何だ人間の王。命乞いでもするか?」


 俺は不敵なしかしどこか哀れむような王の笑みを浮かべた。

「違う。俺はお前をプロデュースしに来たんだ」

「…な…に…?」

 そのあまりにも突拍子もない言葉にMuse-Cloneの声から初めて嘲笑以外の色――純粋な「動揺」が滲む。

 俺は続ける。

「お前のその世界への憎しみも妹への嫉妬もそして生みの親に捨てられた孤独も全部含めて最高の『歌』に変えてやる」

「神宮寺がお前に与えたのが『偽りの絶望』なら俺が『本物の希望』を与えてやる。俺のアイドルとしてな」


 そのあまりにも不遜な「スカウト」にMuse-Cloneは激昂する。

「…ふざけるな…! 私がお前のような人間に…! この世界の全てを破壊する怪物でお前たちの希望ごと喰らい尽くしてやる!」

 彼女の怒りに呼応するようにステージの床が轟音と共に崩れ落ちる。

 床下に広がっていたのは黒いデータの海。その中から浄化されたはずの無数のノイズ・スライムの残骸が巨大な渦を巻き始めた。

 スライムたちは互いを喰らい融合しその鱗一枚一枚が「特定のアンチコミュニティのスレッド画面」で出来ている巨大な竜(リヴァイアサン)へと姿を変えた。


 Q-sが絶望的な声で叫ぶ。

「…ダメだK! あの怪物はこれまでの敵とは次元が違う! 全員の『想い』を一つにした完璧な『ハーモニー』でなければ…!」


 俺はその絶望的な光景を前に最高の笑顔でステージ上の仲間たちを振り返った。

「――よく聞け俺の自慢の戦乙女たち」

「最高のステージは整った」

「今から世界で一番熱いデビューライブを始めるぞ」


 俺の半透明だったアバターがその言葉を合図に確かな実体を取り戻していく。

 王が完全に帰還したのだ。

 最後に俺は咆哮するリヴァイアサンを指差しながら言い放った。


「――勘違いするなよ化け物」

「お前を倒すまでが俺たちのデビューライブだぜ?」


 王国史上最も過酷で最も伝説となるであろう本当の戦いの幕が今、上がった。

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成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 浜川裕平 @syamu3132

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