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アイドル扱いだったChar

御三家の中で、デビューがいちばん早かったのはCharだ。76年にデビューシングル『NAVY BLUE』、そしてファーストアルバム『Char』をリリースする。

驚くのは、このアルバム『Char』にすでに、Charの代表曲である『SMOKY』が収録されていることである。アルバムリリース当時、Charは弱冠21歳。天才とは、こういう才能のことをいうのだろう。

そして翌77年の6月25日(サザンオールスターズ『勝手にシンドバッド』発売のちょうど1年前)にシングル『気絶するほど悩ましい』をリリース。ギターテクニックに加え(流麗なギターソロに注目)、すでに歌謡界のトップ作詞家になっていた阿久悠を招いた「歌謡ロック」、そしてクールなルックスで人気を集める。

続く『逆光線』(77年)、その次の『闘牛士』(78年)もヒット。アイドル的な人気が定着することとなる。

突然だが、ここで、私の蔵書をご紹介したい。1978年7月発行の『ヤングフォーク』(講談社)という雑誌である。

1978年夏の音楽シーンの空気で充満している表紙
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ギターではなくラケットを持ちながら、太田裕美と並んで、テニスウェアでニコッと微笑むChar(さらに表紙をよく見ると、世良公則と原田真二の名前も出てくる)。当時のCharは、こういうアイドル的な取り扱われ方をしていたのだ。

まさに「天才」の原田真二

続く原田真二は、77年の秋にデビュー。何といってもデビューの仕方が凄まじかった。吉田拓郎が社長に就任したばかり、勢いのあるフォーライフ・レコードならではの戦略だったのだろう。世間をあっと言わせた「3ヶ月連続シングルリリース」。

・10月25日:『てぃーんずぶるーす』  
・11月25日:『キャンディ』  
・12月20日:『シャドー・ボクサー』

それにしてもこの3曲、音楽性がまるで異なり、すべてを作曲した原田真二が、当時まだ弱冠19歳とはまったく信じられない。天才とは、こういう才能のこと「も」言うのだろう。

その多様な音楽性とキュートなルックスは、当時「ロック」に分類するには広過ぎ・甘過ぎるようにも感じたが、それでもテレビやステージでのパフォーマンスはかなり激しく、「ロック御三家」という分類が世間から認められる。

ギターをかき鳴らすCharと、ピアノを叩き付ける原田真二、この段階で「御三家」のうちの「御二家」が「ロック」という補助線でつながった。

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