『いとしのエリー』と世良公則の関係
次に、世良公則と桑田佳祐という話をする。桑田関連のごくごく初期の自著に、世良がポツポツと出てくるのだ。
その1つ目は、1987年刊行の『ブルー・ノート・スケール』(ロッキング・オン)より。『勝手にシンドバッド』の後の「第一次サザンブーム」のときに、お互い売れに売れている2人について。
――それにモニターがどうなのかとか全然知らなかった頃だからさ、喉なんか完全にメチャメチャでつぶれちゃってるんだ。あの当時、俺と世良なんかが話してる声、凄かったもん。「だがらざあ」とか(笑)。お互いの声聞いてると落ち込んで来ちゃってね。だから、喉はぶっこわれてるわ、身体はガタガタだわ、体重は五キロぐらい減ってるわ、もうたまんなかった。
そして、こちらがより重要なのだが、1985年刊行の『ロックの子』(講談社)にある、「第一次ブーム」の中でヘロヘロになっていた桑田佳祐が、世良公則から一種の天啓を受けるシーン。
――(註:ツイストと)くらべられたけどね、よく。あいつらが二の線で、俺なんかが三の線とか。でも、うらやましかったわけ。俺なんかがサザンオールスターズとかって名前つけてんのに相変わらずサンバやっちゃったりしてるとき、あいつらそれなりにロックやってたから。自分たちなりのロックをだけどね。それがうらやましかったし。そいから、ほら、世良がさ、来るわけよ、楽屋なんかにいると。「おう!ロックってのはな……」とか言いながら。で、まあ、開き直ってね。それで「エリー」ができた、と。
何と、『いとしのエリー』(79年)の影に世良公則あり、なのだ。
3枚目のシングル『いとしのエリー』こそが、サザンをコミックバンドから、いっぱしのロックバンド、ひいてはJポップの中心的存在へと昇華させたのだから、世良公則は、桑田佳祐にとって決定的な恩人だったということになる。
ちなみに世良公則の1986年の著書『元気』(八曜社)にも桑田佳祐が出てくる。先の「第一次ブーム」の頃、世良と桑田が、まだ「ロック」に慣れていないテレビの歌番組のスタッフとよく喧嘩をしたという。
――桑田なんかにいわせると、ツイストのころの俺、よくケンカしてたらしい。(中略)モニターくださいっていうと、ちゃんとあるじゃないかって、歌手の人が使うボーカル・モニターを指すわけ。一個じゃどうしようもない、っていうのにさ。クソッと思って、そのモニターけとばしていると、横で桑田もケンカしてたりとかね。アイツのほうがケンカしてたと思うんだけどなあ。
というわけで、平成以降、徐々に定着していった「サザン史観」に、「ロック御三家」の重要性とその中でも、とりわけ世良公則の重要性を書き加えるべきだと思うのだが、どうだろう。
さて、冒頭に述べたように『時代遅れのRock'n'Roll Band』を歌った「桑田佳祐 feat. 佐野元春, 世良公則, Char, 野口五郎」は、同級生(1955年度=1955年4月~1956年3月生)によるプロジェクトだった。
つまり「世良公則, Char」という「ロック御三家」が、桑田佳祐をサポートしているということになる。この構図は、「ロック御三家」がサザンオールスターズのデビューへの地盤を作ったという話と、どこかつながってくるように思う。
そんな『時代遅れのRock'n'Roll Band』の中で、世良公則が歌うパートは「♪世の中を嘆くその前に 知らないそぶりをする前に 素直に声を上げたらいい」。あっ、そういう思いで立候補したのか――いかんいかん、これ以上は選挙に関係しそうだ。
というわけで以上、政治家ではなく、音楽家としての世良公則の功績について、音楽評論家として書いてみた。冒頭の宣言通り、投票に影響を与えそうもないファクトを並べた記事となったが、それでも、投票に悪影響を及ぼすフェイクを並べた演説よりは、ずっと上等だろう、と思いつつ。
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