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Conversation

■7月17日(木)@下北沢 深沼さんのバンド「PLAGUES」との出会いは、ちょうど NONA REEVES を自分が始めようと下北沢 CLUB Que に入り浸り始めた 1995年の春のこと。まだバンドに誘う前の奥田健介が大好きだった GREAT 3 や、それこそ今、一緒に歌わせてもらっている真城めぐみさんのヒックスヴィルと、ある意味「同じ色」の景色の中で浮かんでいる東京のバンドというイメージだった。 自伝的小説にも書いたが、僕が下北沢に通い始めた頃、SpotifyもYouTubeもInstagramもない、阪神淡路大震災が起こり、オウム真理教が社会を震撼させていたあの時代はタワー・レコードやCDショップの試聴機やフライヤー、雑誌がすべてで。財布と相談しつつ、デザインも素敵で何よりタイトルが恐ろしくカッコいい『リトル・バッファロー・ララバイ』を買って帰ったことをよく覚えている。『カリフォルニア・ソロウ・キング』というタイトルもアメリカ文学的で大好きだった。 サニーデイ・サービスの曽我部さんや、エレクトリック・グラス・バルーンの英治さんや筒井さんは、少し歳上の先輩でよく下北沢で一緒に過ごせたが、深沼さんや片寄さん達と実際に仲良くなれたのは自分がデビューした後のことだ。 深沼さんとはじめてちゃんと飲んだのは渋谷の文化村近くの居酒屋で、一緒に対バンをよくしていたクリンゴンのメンバーが誘ってくれて実現した。2001年8月24日のことだ。 なんで、そんな日付まで覚えとんねん、という声が聞こえてくるが、この夜、SMAPの稲垣吾郎さんが道路交通法違反と公務執行妨害で現行犯逮捕され、最終的には不起訴(起訴猶予)処分になった、あの騒動を実際に渋谷の街で脇目で僕は見ていて、何があったんだろう? と思って帰ってニュースを見てびっくりしたから日にちが特定できるのだ。AIに、ありがとうと言いたい。 同じ歳の超有名人、稲垣さんが大変なトラブルになっているすぐそばで何も知らない僕は深沼さんと楽しく飲み、その後、兄貴のように慕って、特にゼロ年代は深沼さんのマンションに通い、色んな話をした。弟・阿楠とも仲良くして下さり、ウチにもよく来てくれた。 「透明ガール」や「Changin'」という我々の代表作でギターも弾いてもらっている。全身がプロデューサー感覚に溢れた深沼さんが、楽曲に入って下さると曲がともかくスッキリまとまるのだ。だから、困ったら深沼さんを呼んでいた。 深沼さんは優しいから、一回も一秒も意見が対立したことがないし、随分僕のわがままを聞いてもらって我慢してもらってるのかな、と思うくらい平和で楽しい。「いや、郷太くんと意見がぶつからないのは自然にそう思うから」みたいな返しをしてもらったこともあるけど、多分小松や林幸治ともそんな感じな気がするので、単純に深沼さんが最高なんだろう。 そんな深沼さんと弾き語り!ふたりでリハーサルして、一緒に歌いましょう、下手したら新曲作りましょうよ、と言ったら忙しいのに「いいねぇ」と返信が。どうなることでしょうか? 今の僕は、後悔なく生き抜くがテーマなので、元々そう思ってはいたけれど、特にね。深沼さんとは何曲か共作もしていて、その曲もいいけれど、2020年代にまた新しい曲が作れたらな、と。 お互い異様なワーカホリックで、多作家同士。企画上「VS バーサス」対決表記になっているけれど、名手・深沼さんにギターを弾いてもらい、僕は歌うだけ、助けてもらう時間を少しでも増やそうと目論んでいる。そして、ほくそ笑んでいる。楽しみにしている。聖地、Que で。バンドを組みたくて七転八倒していた自分が、結局ソロとして30年後に弾き語りをするなんて。何より、NONA REEVES が続いているなんて! 少数ですが僕が左手で手描きした「Hey Mr. Beat」刺繍キャップ販売予定。よろしくやで。 深沼元昭(PLAGUES) vs 西寺郷太 (NONA REEVES) [LivePocket] t.livepocket.jp/e/que20250717 [イープラス] eplus.jp/sf/detail/4342
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