ロンドン完!
長かったぜよ!
『モードレッド。頼みがあります』
──そう告げたかの王の顔を、その表情を、その声色を。
オレはきっと、いつまでも。
忘れないだろう。
◆
湿った空気の漂う汚らしい下水道の中を、のんびりと歩いて進む。ぴちゃりぴちゃりと、その歩幅に合わせて水たまりが跳ねる。
ずり落ちてしまいそうな
まあ、眠りこけているというより、気絶しているというのが正しいのだろうが。
霧の都ロンドン。魔の者たちに侵されたロンディニウムは、その異常の根源を絶たれた。いずれ元のあるべき姿に戻り、この悪夢は終わりを告げるだろう。
オレには、この都で起こっていたことの全容はわからない。聖杯を手に入れれば万事終了という話だっただろうに、それでは済まなかったということは。想定していた以上の思惑が、この都市では蠢いていたのだろう。
そんな中で、オレのやったことといえば、今まさに背負っている男──シロガネハズムたちを道案内したこと。
そして、父上──アルトリア・ペンドラゴンに頼まれて、聖槍ロンゴミニアドを届けたことくらいのものか。
「……父上」
まるで未来を知っているかのように、アルトリア・ペンドラゴンは自身の別側面、黒い騎士王が現れることを予見した。そしてオレ──叛逆の騎士モードレッドに命じたのだ。
できなくはない相談だった。クラレントを携えた
オレは聖槍に殺されて、父上はクラレントに殺された。生前に受けた致命傷、サーヴァントはそれに対してめっぽう弱い。死因補正というやつだ。
こういう死因補正というものは、本来、加害者と被害者の関係で、どちらか一方だけが有利を取るのが普通だ。オレと父上のように、互いに特攻を持つような二竦みの関係にあるのは珍しい。
だからこそ、父上がオレに頼んだのは正解だったと言えるだろう。なんたって叛逆の騎士モードレッドは一度、アルトリア・ペンドラゴンを切り伏せた英雄なのだから。
自分で言うのもなんだが、最高の仕事をしたと思う。他の誰がやろうとも、今回のオレより高速に確実にあの槍を奪う真似はできなかっただろうと。
しかし──その仕事をこなした先で、まさかこのような結末になるとは、誰が想像しただろうか。
「ああくそ、なんだってこんな……」
心に暗雲が立ち込めたようになる。それはなぜなのか、自分でも言い表す的確な言葉を持てなかった。
父上が消えてしまったから? いいや違う。あれは憧れた理想の王とは程遠い姿ではあったが、一人の人間として彼女が満足して消えたのなら、それは喜ばしいことだと思う。
なら、自分が思ったように活躍できなかったから? それも違う。もっと戦いたいとか暴れたいとか、そういう気持ちがないわけではないが。オレはオレにやれることをしたと満足している。
ならばなぜ、まだオレの心には、暗い霧が立ち込めているのだろうか。
地上へと歩を進めながら思考する。なんだかそれは数分程度では明確にできないほど複雑で、しかし案外、一度目を閉じて開けたころには分かってしまうくらいには単純な理由な気がしていた。
「ん? こりゃあ……」
ちょうどニコラ・テスラと戦った戦場にたどり着いたとき、オレは焦土の只中に転がっているその物体に気が付いた。
それは、白銀色の刀身をした両刃の剣だった。ちょっとした神秘、魔力が宿った礼装。クラレントやエクスカリバーに及ぶべくもない一振りだが、丈夫そうな刃や握りやすく削られた柄などから、それを打ったであろう職人の込めた想いが感じられる、良い得物だ。
「……たしか、お前のだったか。ったく、ちゃんと握っとけってんだ」
背中の荷物に悪態をつく。当然返答などあるはずもないが。オレは一度荷物を降ろすと、その腰に結んである鞘に拾い上げた剣を収めた。気のせいか、その剣は喜びを表現するかのように煌めいた。戻るべきところに戻れたことが嬉しいのだろうか。
「は、くだらねえ。剣に意志なんてあるもんかよ」
と言いつつも、オレは何時かの悲願、いつかに抱いた願望のことを思い出していた。
“選定の剣を抜く”。そんな、いつかの願いだ。トゥリファスの思い出を色濃く覚えている今のオレにとっては、もう捨てた願望だが。
なんにせよ、さきほど剣に意志なんてないと言いはしたが。思い出せば、選定の剣にはおそらく意志もどきくらいはあったのではないかと思えてくる。
なんせ王を選ぶ剣だ。それくらいの特異性はありそうな話だろう。
「──」
そんな、なんの意味にもならないようなことを考えながら、オレはシロガネハズムを背負いなおした。そうしてまた、地上への道を行く。
もう数分もすれば、ロンドンのストリートへとたどり着くだろう。そうすればコイツともお別れだ。まあ、コイツのことが嫌いというか苦手なオレとしては、清々するってもんだった。
しかし──なんだろうか。
それだけではない気がして。
なにか、コイツに対して、言わなければならないことがある気がして。
ふと、背中の男に目を向ける。
体中傷だらけ。生傷も古傷も、これまでに何度その体を危険にさらしてきたかが如実にわかるほどに。
手には剣を握る者特有の
その自分を省みない行いが、その狂気ともいえる努力が。一体なにを目指して行われていたのかなど、コイツを理解していない──理解しようともしなかった自分には、わかるはずもない。
それがなぜか、酷く残念なことのように思えた。
『──もちろん、人類の未来を取り戻すために。世界を救うために』
なぜ戦うのかと問うたとき、コイツはそう言った。まるで、そうすることが、自分に許された唯一の生き方だと言わんばかりに。
『うん──大切なものなんだ』
いつだったか、深刻な顔をして銀のロザリオを握るコイツは、そう言って泣きそうな顔をした。まるで、その物体に呪われているかのように。
『──ありがとう、モードレッド』
聖杯へと進軍する直前、その優柔不断さにイライラして喝をいれたら、コイツは心底嬉しそうにそう頭を下げた。まるで、叱られて否定されて、そうあることが救いだと言わんばかりに。
コイツと過ごしたこの特異点での日々を、そうしていくつも脳裏に映した。目を閉じて、深呼吸。暗い瞼の裏に、そのうちこの男の、蒼玉のような瞳が浮かび上がったころに。
オレは、ふと、オレの心を理解した。
「──ああ、なるほどな。ったく、マジかよ。オレってやつは」
気づいてしまえば、単純で。わかってしまえばくだらなくて。なんとも心底笑ってしまいそうなことなのだが。
叛逆の騎士モードレッドは、なんと、この男に。
シロガネハズムに──
そして、同時に、
なんとも簡単で、単純で、本当におかしい話だ。
「──はは、まったく。あーあ。くだらねえ」
そんなことを、虚空に向かってつぶやく。
こんなに醜い感情に、自分がまみれていたのだと気づいたにも関わらず。
不思議と、オレの心は快晴の空のように、澄み渡って、透明で、清らかな心地だった。
◆
◇
「よ、っと。ふー、これでいいか」
そんな声が、眠っていた意識をノックした。
深く深く沈んでいたオレの人格が浮上して、急速に五感を取り戻していく。
ちょっとした浮遊感とどさりと背中を軽く打ち付ける感触。どうやらオレは、誰かに背負われていて、ちょうどいま降ろされたところらしい。
そうしてしばらくして襲ってくる感覚は──魔力の消耗、単純な体力の消耗、そして体中に負った傷の痛み。全てがオレの身体が限界であることを示していた。
この覚醒も長く保てるものではなく、ただ何かが偶然かみ合って奇跡的に目を開けただけに過ぎなかったのだと思う。
「──ん? おお! 起きやがったな、こんにゃろめ。重かったお前をここまで運んでやったんだ、感謝しやがれ」
そんな生意気そうな声が耳朶を打った。モードレッドの声だった。仰向けに地面に転がされているオレの視界には、彼女がオレをのぞき込んでいるのが見えた。
返事をしようとしたが、その気力はどれだけ振り絞っても出てはこなかった。曇天の夜空に、吐息だけが吸い込まれていった。
「んあ? ああ、その様子じゃまだ夢うつつって感じか。まあ、好都合だな。言うのもこっぱずかしいってのに、返事なんてされたらきついし」
「、れ……は、ど……」
それはどういうこと、と言いたかったのだが、無理だった。モードレッドはそんなオレを見ると、頬を掻きながら話し始めた。
「まあ、とりあえずお疲れさん。ロンドンの特異点はクリアだ。特異点は全部で7つだっけか? ならこれで折り返しってこったな。ま、この先を短いと考えるか長いと考えるかはお前次第だ」
「──個人的には、まあ長い旅路になるだろうとは思うぜ。これはオレの経験上の話だが、何かを成し遂げるってんなら、9割達成してやっと道半ばと思ったほうが良い。それくらいには最後の押し込みが大事だったりするんだよな」
「あー、と。後は、えっとな。そう、父上についてだ。……父上はもうカルデアには戻らないってよ。ただ、別にお前に幻滅したとかそういうんじゃないぜ? むしろ逆にお前のためを思ってのことだ。まあ急に梯子を外された気分かもしれんが、あの人の珍しい我が儘だから、聞いてやってくれ」
「……そして、だな。あーと、うーんと」
モードレッドはしばらくそんな風に唸ったり首を捻ったり、珍しい様子を見せていた。その光景はなんでもずばずばと決断していく彼女らしくない様子だった。
「あああ! ったく、オレらしくねえ! これじゃあコイツのこと優柔不断だなんて言えねえ!」
そうして彼女は一度大きな声を出したかと思うと、自分の頬をパンと両手で叩いた。そして、何かを決心し終わったのか口を開いた。
「──すまなかった、シロガネハズム」
「……ぇ……」
「まあ、オレの下らねえ感情のはけ口にしてたことの謝罪だ。オレは、お前が羨ましくて、妬ましかった。アルトリア・ペンドラゴンに、あの父上に認めてもらっているお前が。オレはそうじゃなかったのに、なんでお前みたいなやつがって」
それは、予想外の告白だった。オレのことをそういう風に見てたなんてことは、まったく気づいていなかった。
というか、モードレッドが実際そう思っていたにしろ、オレは大した害を受けた記憶はない。会話で強く当たられたことくらいはあるが、それはどのサーヴァントからもそうだったことだし。
「──気にしなくていい、ってツラしてんな。そういうとこが……そういうとこがな、ムカつくんだよ、ハズム」
え、さっき謝ってきたのにもう罵倒するんだ。とちょっと驚いてしまった。そう思ったのに気づいたのか、モードレッドはからからと笑った。
「お前のことは、今でも嫌いだよ。だからこれくらい言うだろ。さっき謝ったのは、オレが抱いていた感情が筋違いだったからだ。ってことで、オレはお前を認めたわけでも、気に入ったわけでもないからな!」
「……そう……」
そう返事をすると、モードレッドはしばらくその笑顔をつづけた。そして、だんだんとその表情を真剣なものに変えて、告げた。
「──お前は使命が人を選ぶのだと、価値が人を決定づけるのだと、そう思ってる」
「使命のために生きて、それを果たすことが価値で。そうでなければ、それが達成されなければ、自分という人間に生きる意味はないんだって、そういう
「──違うだろ。違うんだよ、シロガネハズム」
「逆だよ。人が使命を選ぶんだ。人が価値を決めるんだ」
「だってそうでなければ、オレの人生は、何の意味もないものになっちまうだろ。母上に決められた使命、生まれたときにあった使命に背いたオレは。国を滅ぼすなんて、褒められたことじゃない行いをしたオレは。そこに何の意味もなかったことになる」
「──違うだろ? 意味はあったんだよ。オレは母上に与えられた使命を捨て、円卓の騎士になり、英雄と呼ばれた。悪いことして死んだ後も、良いマスターに出会えて。満足できる戦いをして──そして今、お前とも出会えた」
「いいか、ハズム。絶対と決められた使命なんてない。価値がないからといって死ぬべきやつなんていない。お前は、お前のやりたいこと、選びたい生き方を見つけるべきだ」
「価値がなくても胸を張れ。そしてオレに罵倒されたら仕返しくらいして見せろ。そのくらいに自分に自信と誇りを持て。そうでなければ、それはお前を好いている奴らへの侮辱と同じなんだ」
「──自分の価値は、自分で決めろ。そして大切な誰かがいるのなら、そいつのためにも自分を卑下するな。そうすりゃいつか、これでよかったって、思える日がきっとくる」
「どれだけの困難を経験しても。もう諦めてしまいたいって思っても。それでもお前は進むんだ。いつかきっと、救いを得るために」
「──それが、
それは、それは、難しいことだった。
理解できない話だった。
だって、オレは誰かの犠牲の上にしか成り立てなかった。家族はその筆頭で、今では親友のリツカも、可愛い後輩のマシュも、その屍の山に積み上げられて。
それだけの罪を引き連れているオレに、そんな生き方をする資格なんて、ありはしないのだと。
そう、今まで思ってきた。今でもそう思う。そしてきっと、未来でもそう思い続ける。
しかし──しかし。
あのとき、あの血なまぐさい夜に、
この銀のロザリオに込められた想いは、もしかして──
「……んじゃまあ、お別れだ」
彼女の体は粒子へと変わり始めていた。
オレにもレイシフト特有の吸い込まれるような感覚がある。
ここで彼女とはお別れ。それはわかり切った話だった。
「お前は失敗した。だけど、父上がそれを止めた。だからチャンスはある。やり直すためのチャンスが」
彼女の体はもうエーテルが霧散して上半身だけしか残っていなかったが、それでも彼女は真剣な顔でオレに語りかけた。
「──だから、頑張れ。それがお前にできる唯一のことで、もっとも尊い行いだ」
「──案外楽しかったぜシロガネハズム。
そうして、衝撃、発光。
渦に巻き込まれるようにして、ぐるぐると視界が回る。レイシフトの感覚。
霧の街ロンドンとのお別れ。地獄との決別。
◇
◆
シロガネハズムが消えたのは、オレよりほんの少しだけ早かった。
だからオレには、僅かな猶予があった。消滅するまでの余暇が、本当に、数舜だけ。
なにが満足にできるわけでもない刹那の時間に、オレはふと、空を見上げた。
そこには──キラキラと、宝石のような星の海原があった。
今までロンドンを覆っていた鉛の雲はいつしか晴れていた。まるでそれは、その夜空は、生前にキャメロットのテラスから見上げたものと同じように思えて。
時を経ても変わらないものがあることに、オレはゆっくりと息を吐いた。
ただ、唯一残念なことがあるとすれば、それはこの空をハズムに見せてやれなかったことだろうか。
アイツの時代ではあまり簡単に見えるものではないだろうから、これを見れば、少しは
「──んなわけねえか」
あれは筋金入りだ。オレの言葉だけで、綺麗な星空だけで変われるのなら、とっくに変わっていることだろう。
あれが最先端。連綿と続く、繋ぎ紡がれた人類の歴史の、最も先にいる者。
そう思うとなんだか頼りなくて、オレたち英雄が、そして時代ごとの人間たちが守ってきたものがあれかと、残念に思う気持ちもある。
それでも──それでも。
あいつはきっとたどり着く。そして何もかもが終わって、全ての過去を手に入れて、焼かれた未来を取り戻して。
そのとき、きっとあいつは幸せだと笑うだろう。
オレが今見ているのと同じ。宝石をぶちまけたような、この雑多で、整然さなんて欠片もない──それでも各々が綺麗に輝いて、価値を示すような。
そうした、つながる空の下で。
いつだったか、この作品でのシロガネハズムのSAN値、要は精神力、心というのは2次関数で表せるという話をしました。
その関数の頂点は第四特異点にあたる。つまり、シロガネハズムが最もどん底に落とされるのは第四特異点であるというのを。
今回でロンドンは一応の終わりです。出演カットのキャラも多く居ましたが、出そうと思っていたキャラ、そしてそれぞれの視点はほとんど書き終えました。
そう
次話は以前から言っている“中書き”。そしてその後に幕間になりますが、そこではまだ書いていなかったもの、ロンドンの時間軸でまだ描かれていなかった人たちについて書いていきたいと思います。
彼らはずっと見ていました。ロンドンで起こったそのすべてを、指をくわえて。
ロンドンからあちらへの接触はできませんでした。ですが、あちらからロンドンを見ることだけはできた。
彼らは、星見の台にいるものたちですから。観測だけは、得意なのです。
もう一度言います。“シロガネハズムが最もどん底に落とされるのは第四特異点である”。
最後まで読んでくれてありがとナス!
感想、お気に入り、評価、いつも励みになっております!
今回もよろしくお願いいたします! 頼むでほんま。
“中書き”の方も書き進めていきますが、投稿する直前までは活動報告の質問箱も開いてます。物語の核心に触れないギリギリまでは答えるつもりなので、なにかある方はぜひ気軽に!
ではではまた次話で、さようなら。