7つの銀弾   作:りんごとみかんと餃子と寿司

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お゛わ゛ら゛ん゛





ロンドンー11:『貫く、いし ③』

 

 

 

あれは──そう、このロンドンに赴く前、彼と共に剣の訓練をしているときのことだった。

 

散々に打ちのめされて息も絶え絶えなハズムの様子に苦笑しながら、私は彼の額に浮かんだ玉のような汗をぬぐってやっていた。

 

彼を死なせたくない、という一心で死ぬほどきつい鍛錬をやらせる、というある意味矛盾した行動を自分がしていることには気づいていた。だから彼が休憩している時くらいは甲斐甲斐しく世話を焼いた。

 

彼はとても良い肉体を持っていた。万夫不当の存在になれる、というほどではない。あくまでいち人間としての範疇にとどまってはいるが、しかし非凡な肉体であった。運動するにしろ戦うにしろ、どんなふうに使おうが活躍してくれそうな、汎用的かつ強い肉体だ。

 

彼はそのおかげで教えたことをすぐに吸収した。最も優先して教えた“剣を手放さない心がけ”を一日で習得し、2番目に教授した“左半身の守り”も、もうマスターしようかといったところだ。一を聞いて十を知るほど飛躍しているわけではないが、一を教えれば五を嗅ぎ取るくらいには、教えやすい弟子だった。

 

そしてなにより、彼はとても体力の回復が速かった。もう立ち上がれないくらいに痛めつけても、数分もすればけろっと立ち上がった。それが鍛錬の効率を大幅に向上しているのは疑いようもないほどに。

 

総合的に見て、彼はとても訓練しやすい人間だった。教えたことに対して確実に答えてくれる、さらに時間もたっぷりと有効に使える、“師匠泣かせ”の真反対に位置するような存在。

 

しかし、唯一不満があるとすれば、それは彼との交流の密度が薄いことであった。順調すぎる修行は、順調すぎて彼とゆっくり話すような時間を生み出さなかった。

 

私は剣を交えている時にまでお気楽なやり取りができるほどおめでたい頭はしていない──皮肉や挑発を飛ばすくらいならまだしも。すなわち剣を交えている時間が常に続く彼との訓練では、とても建設的な会話などしようがなかった。

 

あるとすれば、彼の体力が底をついてから、それが瞬く間に回復しきるまでの短いひと時のみであった。

 

──ちょうど今のように。

 

「──は゛あ、はぁ、はあ……勘弁してくれよ、ペンドラゴン。厳しいのにも限度ってものがある」

 

まるで今しがた深海に潜ってきたと言われても信じてしまうぐらいには、彼は激しく空気を取り込もうとしていた。私との打ち稽古は呼吸を忘れてしまう程のものらしかった。私は弟子の(正当な)ボヤキを受け流しながら、地面に倒れ伏す彼に手を差し出した。

 

彼は無視されたことに対して不機嫌そうに、しかしどこか照れたようにそれを握ると、控えめに礼を言った。「ありがとう」とぶっきらぼうに零すその表情には慣れてきたころだった。

 

「はい、水です」

 

「ああ──んく、んく、はあ゛ぁ……」

 

水筒に詰めた飲料水が、彼の喉に勢いよく吸い込まれていく。傾けすぎた飲み口と彼の唇の隙間からは、冷たい水が汗とまじりあいながら零れ落ちていた。彼は水筒を口から離すと、それを手のひらでぱっとぬぐった。

 

「さて、落ち着きましたか?」

 

「おかげさまでね」

 

「結構。それでは──なにを、話しましょうか」

 

彼の呼吸があらかた落ち着いたところを見計らって、私はそう切り出した。“休息の時間は交流に当てる”。それは、私が提案した取り決めだった。

 

彼の記憶を覗き見したとしても、それは彼という人間を完璧に把握したというのと同意ではない。私たちにはお互いの認識の擦り合わせを行う必要があった。それが、提案の表向きの理由。

 

私はただ、彼のことを知りたかったのだ。より正確には、彼にとっての幸せとは何かを知りたかった。私は彼のサーヴァントに選ばれた身として、彼の人生が満足いくものになる手伝いをできればと思っていた。

 

「じゃあ、そうだな。家族のことを」

 

「それは──いいのですか?」

 

彼が話題として選択したのは、彼の家族についてだった。それは彼にとって何よりも悲劇を連想させるものであり、同時に在りし日の幸福の象徴でもあっただろう。なんにしろ、簡単に話題に上るものではないと、私は考えていたのだ。

 

「なにをいまさら。もう全部盗み見した後だろうに」

 

ハズムのその発言は、言葉とは裏腹に攻める口調ではなかったが、私は居心地の悪さを感じた。勝手に他人の人生を見るというのは、このような罪悪感を感じるのだなと思った。私のことを()()()()()として読んで知っていたハズムも。同じような気持ちでいたのだろうか。

 

「さて、なにから話そうかな。といっても、あんまり話せることはないけど」

 

「では──どうでしょう、貴方の、母上のことなどは」

 

これを訊くのはことさら勇気のいる事だったが、意外にもハズムの反応は悪くなかった。やんわりと拒否されると思っていただけに、私は拍子抜けした心地だった。

 

「──ああ、そうだな。じゃあ、母さんについて話そう。正直、母親のこと以外となると、なぜか記憶がおぼろげでさ、あんまり覚えてないんだ」

 

今生の家族についてなら何でも覚えているけど、前世の家族となると──と、ハズムは悔しそうに言った。

 

私はこの時、彼の前世の記憶はただ摩耗したのだと考えていた。転生という常ならぬ出自と、何より二度目の人生を20年近く歩んできた彼は、色んなことを忘れてしまったのだろうと。事実としては、その記憶は能力の代償として捧げられていたのだが。

 

「まず、そうだな──オレには母親と呼べる人が()()いるんだ。いや、今生で面倒見てくれていた叔母さんも数えれば四人かな? ともかくそれだけいるんだってこと」

 

杜若(アヤメ)菖蒲(ショウブ)、アイリスの三人ですね」

 

「うん。杜若(アヤメ)さんは、オレの前世の──白金恥無の生みの親。で、菖蒲(ショウブ)は、オレの前世の育ての親。そして──アイリスは、今生のオレの、生みの親」

 

ハズムは彼女らの名前を出すたびに懐かし気な表情をして──同時に悲しみや涙をこらえているかのような、痛ましい表情を見せた。私はそれが耐えられなくなり、彼の手をゆるく握った。ありがとう、と彼は呟いた。

 

菖蒲(ショウブ)母さんとアイリス母さんについては、語っても語りつくせないほどに色々な思い出があるけれど──正直、杜若(アヤメ)母さんについてはあんまり話せることはないんだ。オレを生んですぐに亡くなったから、声も顔も、なんにも覚えていなくて」

 

「しかし、杜若(アヤメ)は貴方にとって──」

 

「うん。大切な言葉をくれた、大切な人だったよ。まあ、直接聞いたわけではなくて、伝聞だったけどね。でも、オレがいま生きているのは、彼女のおかげだっていうくらいには、大切な──」

 

それは、聞いているこちらが華やぐような、親愛にあふれた声色だった。

 

私は、杜若(アヤメ)という女性の託した想いを、その情景を、ハズムの記憶から読み取った。しかしハズムは、彼女の姿も声も覚えていないのだという。だとすれば私が見たものは、ハズム本人でも知りえない奥底に眠る記憶であるのだろう。心象風景にも似た、彼の根源──頭で思い返すことはできないが、心のどこかには確かに埋め込まれている楔──オリジン、と呼べるものだ。

 

ハズムは言わないが、きっと杜若(アヤメ)の事なら何でも知りたいに違いなかった。それは今の彼の様子を見ていればわかる。姿も、声も、私が知っているそれを伝えるべきかと悩んだが、しかしやめておくことにした。

 

いつか自分で思い出せた方が、よほど価値あるものになるだろうと考えたからだ。杜若(アヤメ)からハズムに贈られたものは、その二人だけが触れていいものだろう。横合いから盗み見ただけの私がどうこうしてよいものではない。

 

私たちはしばし、語り合った。ハズムの口から語られる家族との思い出は、私にとって何よりも輝かしく、尊いものに思えた。

 

「……さて、では再開しますか」

 

ここまでの短いながら分厚い会話を経て、彼の体力が完全に回復しきったと判断した私は、稽古の再開を促す。彼はぴょんと軽快に地べたから立ち上がると、訓練用の剣を正眼に構えた。

 

「今度こそは、一本いれてみせる」

 

「どうぞ。できるものなら」

 

挑発じみた言葉。煽るように彼に投げかける。それを契機に彼は私に向かって勇猛に切りかかって──

 

 

 

 

 

 

これは、在りし日の記憶。

 

ごく最近の記憶でも、もう遠い昔のものに思えてくる。

 

戻ることのできない、いつかの日常。穏やかな、ある日の昼下がり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辿り着いた先には、予想していたどんな未来の中でも最悪なものが待ち受けていた。

 

大空洞の中心には岩肌の高台がそびえたっている。怪しげな黒紫色の発光が一帯を照らし、くつくつと魔力が煮え立つように音を鳴らし、濃縮されているかのような感覚を覚える。

 

そして──目の前には、()がこちらをそっと見据えている。

 

その獣は、少年の姿をしていた。

 

細身な身体。しかし、獲得した天賦の才と積み上げた鍛錬の両方を想起させる、肉体。首から胸元にかけては銃創と弾痕が刻まれていて、痛々しい。

 

見た目にさほど頓着していないのだろう、と一目でわかる短く切りそろえられただけの髪。くすんだ銀のような頭髪の隙間から、銃身(ガンバレル)にも似た突起物が突き出ている。それはまるで()のようにも見えた──そして、いつかの夢で見た、あの死に際の母親の姿を模しているようにも。

 

表情と呼べるものはなく、その眼も大した感情を訴えてはくれない。ガラス玉のような瞳孔に、人形に相対しているかのような悪寒を覚えた。

 

その獣は、何もかもが、想像も理解もしたくない()()にまみれていた。ただ、ひときわきらりと、その首元に下げられた白銀色の発光だけが目立っていた。

 

──それは、その発光の源は、間違いなく、()()()()()()()()()だった。母から子に受け継がれた(のろ)いであり、(まじな)い。

 

「──間に合い、ませんでしたか」

 

そう口にしたとき、不思議と落胆も絶望も、私の胸中には存在していなかった。あったのは恐らく、ああやっぱり、という反応だったのだと思う。

 

彼の無事を願っていなかったわけではない。彼と、リツカと、マシュが、3人で笑いあってくれていれば、それが一番よかったに決まっている。だが、それは難しいだろうとも思っていた。だからこうして、惨い光景を目にしても、冷静でいられたのだ。

 

「……間に合わせるんだよ、ペンドラゴン」

 

私に語り掛けてくる獣。それは何かに絶望しているのに違いない、地の底から響くような声色だったが、同時になにか唯一の光明を見出したかのような──希望を抱いている者の声にも思えた。

 

「……」

 

私は獣の横をすり抜けるようにしてリツカたちの下へと向かった。体に触れて、つたない知識で診断を行う。ひどい出血があったのか、もはや虫の息、風前の灯火といったところか。唯一傷らしきものは見当たらないから、放っておいてもこれ以上悪化することは無いだろうが、これ以上良くなることもないだろう。

 

それはつまり、このままでは彼らは死の淵に立たされ続けるということを意味していた。

 

私は、片手に抱えていた例の()を彼らに握らせた。リツカとマシュの手が、その本を仲立ちにしてつながるような状態にすると、“彼らを安全な場所へ”という願いを込めた。

 

本──『七つの銀弾』の装丁本は、その願いを聞き届けたのか、ゆりかごのように形成した魔力に二人を乗せると、どこかへと飛び去っていった。

 

アンデルセンは自由に使っていいと言っていたから、きっとこんな使い方でも許してくれるだろう。令呪一画分の魔力で、彼らの安全を保護できるのだからそれでいい。

 

対価として、もはやあの本は()()()物語本でしかなくなってしまっただろうが──あの本の真の価値は、込められた魔力なんかではないだろう。重要なのは、込められた想いや願い、そしてそれを読者がどう理解するか。彼らの手に渡った物語は、きっといつか真に届くべき人に届くと、私は信じている。

 

 

 

 

 

 

「──さて、憂いはなくなりました」

 

私は、背後の獣に向き直った。リツカ達──守るべき対象はどかした。あとは私が、目の前の存在と決着をつけるだけであった。

 

「随分とまあ、奇天烈な恰好になりましたね──()()()

 

目の前の獣、その名前を呼ぶ。彼は悲し気に笑顔を作ると、自分自身を嘲るようにして話し始めた。

 

「まあ、なんというか。亜獣(デミ・ビースト)っていうのはオレの事だったみたいだね。こうなるのなら、アンデルセンには事前に教えておいてほしかったよ」

 

「貴方のような一般人が亜獣(デミ・ビースト)ですか。随分と、出世したようですね。今度はいったいどんな手を使ったのだか」

 

「さあ、ね。わからないよ。そもそも人類悪は人類愛から生まれるはずだったと思うけど。オレは人類愛なんてそんな大それたものは持ってないのに──ああ、だから“(デミ)”なのかもね。必要条件に欠けた、中途半端な()()()()()()だったり? だとしたら、オレにぴったりだよ、本当に」

 

「なりそこない、ならば、さっさと元に戻ったらどうでしょう。その髪色も、よくわからないアクセサリ(銃身の角)も、貴方には似合っていませんよ」

 

「ああ、そうできたら、そうしたい。でも、もう無理だ。この身はもはや、亜獣とはいえ人類悪だからね。ペンドラゴン、オレは──世界を滅ぼすことにしたんだ」

 

まるで当然の真理を説くように。なんてことない日常を語るように。獣は、将来の夢を口にするときと変わらぬ調子で──悪行を成すと宣言した。

 

それが、無性に切なくて。心に剣を突き刺されたかのように痛くて。もう、泣き崩れてしまいたいほどだった。私はその衝動を、拳をきつく握って抑え込んだ。

 

「──なぜ、と聞いても?」

 

「……」

 

彼は私の問いかけに何かを考えている様子だった。数舜か、数秒か、数分だったかもしれない。長く長く思えた沈黙ののちに、ハズムはゆっくりと口を開いた。

 

「ペンドラゴン、オレの持ってる切り札──“銀の弾丸”の話をしようか。これはね、文字通り“シルバー・バレット”、問題に対する打開策になってくれるチカラだ」

 

「ええ、なんとなくはわかっていましたよ。そもそも貴方は、()()丸と書いて、シロガネハズムでしょう。それに──アイリスが名前に込めた願いも、そうだったはずだ」

 

彼にとっての今生の生みの親──彼にロザリオを託した母アイリスは、帰国子女だった。彼女は英語圏でスラングとして用いられている“シルバー・バレット”にあやかって、彼に“弾”という名前を付けた。

 

母親からの願いを魂に刻み込むほどに大切にしている彼だ。その身に宿るのが、そうした想いをカタチにしたようなチカラである可能性は、もちろん考えていた。

 

「オレはね、この力を条件付きの願望器のようなものだと思っていたんだ。聖杯を使うには聖杯戦争を勝ち抜く必要があるように。魔法のランプを使うにはその表面をこする必要があるように。銀弾は標的と実際に()()し、許容範囲の願いを()()し、発射するものなんだって」

 

でも違った。と彼は言った。その言葉には、彼の感じている無力感や遣る瀬無さや、ともかく混沌とした感情がにじみ出ているように感じられた。

 

「……銀の弾丸は、原因と定めた()()を絶対に撃ち抜くチカラだ。そこには標的に相対する必要性も、装填する願いをえり好みする必然性もなかった。やろうと思えば、カルデアからゲーティアを撃ち抜くことだって簡単な、それほどに反則級のチカラだった」

 

「それは、なんという……」

 

彼の言ったことが事実ならば、それは大変なことだった。それはヒトが持つには過ぎたものだ。神ですら、それほどの権能を持ち合わせるものは少ないだろう。

 

しかし、ならば──制限がないとわかったのならば。これはあまりに単純な考えかもしれないが、そのチカラでリツカ達を治せばよかっただろうし、もっと言うなら今ここでゲーティアを撃ち抜けばよいのではないだろうか。

 

そうすれば、失敗に終わったと思っていた結果がひっくり返る。過程はともかくとして、これ以上の悲劇は阻止されて、大団円だ。

 

「──だけど、それには一つ致命的な問題があった」

 

そうした私の考えを見透かしたのか、彼はそんなことを告げた。

 

「銀の弾丸は、概念的なチカラであると同時に、物理的なチカラなんだ。つまり、この弾丸は飛来するときに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。壁があれば破壊して、人がいても貫いて──時間や世界が相手でも、砕け散らせて」

 

「──」

 

ひゅ、と喉が鳴ったような心地だった。その言葉を私の中でかみ砕いた瞬間、先ほどまでの己の考えが実行されていれば、なにが起こったのかを想像して恐怖した。

 

つまりカルデアからゲーティアに向かって──時間的にも空間的にも隔たりのあるそこへ撃ち込むとすれば、どうなるか。

 

仮に、カルデアが西暦2016年の南極にあり、ゲーティアのいる時間神殿が西暦500年の北極にあるとしよう。時間神殿の座標は流動的に変化するため、本当に仮定の話に過ぎないが──ここで銀の弾丸を発射して起こるのは何か。

 

答えは──西暦500年~2016年のおよそ1500年以上にもわたる地球の歴史の()()だ。あるいは、()()。南極から北極へ、という物理的な座標移動を加味すれば、歴史どころか地球そのものが滅亡しかねない惨事となってしまう。

 

それは確かに、()()()()()()だった。

 

「──つ、つまり。貴方は、そうした大惨事を引き起こさないように、無意識的に己の能力を制限していたのでしょう? 立派なことではないですか」

 

「──そう、そうだね。そうだったら、オレがそんなに立派な人間だったら、よかったんだけど」

 

彼は悲しそうに空を眺めていた。地下空間であるここでは、上を見上げても岩肌しか見えないであろうに。

 

 

 

「オレは、世界を滅ぼそうとしたことがある──知っているよな?」

 

「……ええ、あの許しがたい、惨い夜の事ですね」

 

「ああ。オレはあの時、何もかもが嫌になって世界を滅ぼすために弾丸を装填した。結局、母さん──アイリス母さんが生きているのに気づいて、それはやめたわけだけど」

 

あの血なまぐさい夜。シロガネハズムが大切な家族を一夜にして失った、運命の夜のことだ。彼は虚空へ向けて、“世界よ滅びよ”と呪った。そしてそれが叶うまであと一歩のところで、アイリスがハズムの下へ近寄ってきたのだ。最期のチカラを振り絞って。

 

「……オレは、ずっと不思議だったんだ。どうやら弾丸に込められる願いには制限があるらしい、でもその条件は? “世界を滅ぼす”って願いは受け入れられて、“数人を蘇生する”って願いが受け入れられない理由は何なんだろうって」

 

考えて考え続けて、そしてさっき、やっと気づいたんだ。そう告げた彼の顔はこの世全ての憎しみが凝縮されたような表情をしていた。一つ特別なことがあるとすれば、その憎しみはほかの誰でもない、彼自身に向けられたものだったということだ。

 

「銀の弾丸は()()を撃ち抜き壊すチカラだ。才能のない体を壊して、才能のある体に作り変える。溺れている同級生を池が深いから助けられない、その時は池の“深さ”を破壊して、助けられるようにする。爆風に巻き込まれて死んでしまいそうな人がいるなら、その周りの爆風を壊して、五体満足でいさせる。そうしたように、原因の破壊から結果が生まれてきた。じゃあ、家族が死んだのを無かったことにしたいとき、その撃ち抜くべき原因って一体何なんだ──」

 

「──」

 

私は、この後にハズムが告げようとする結論を予想できていたのかもしれなかった。

 

それは私にとって、何よりも悲しい論理と感情の帰着だった。そして何よりも──()()()()()結論だった。

 

 

 

「──オレ、だろう?」

 

 

 

壮絶なほどの自己嫌悪を滲ませながら、彼は告げた。その言葉には今までに積み上げてきた苦しみや後悔の全てがのしかかっているような重さがあった。

 

「考えてみれば、当たり前の話だったんだ。家族が死んだのはオレのせいじゃないか、だから、無かったことにしたいんなら、撃ち抜くべきは自分自身だったんだよ」

 

彼の眼には涙が滲んでいた。今までほとんど涙を流してこなかった彼が、まるで生まれたての子供のようにして、大粒の涙を流していた。

 

「やり直したいって願いが叶わなかったのは、多分、そうなればオレが撃ち抜かれるってどこかでわかっていたからなんだ。死ぬのが怖かったんだ。オレは、家族の命よりも──()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

「銀の弾丸が自己蘇生を行うのも、きっとそういうことなんだろう。他人は生き返らせないくせに、なんでオレだけって思っていたけど、なんてことない。我が身可愛さだったってだけなんて」

 

そんなことって、あるかよ。と彼はうなだれた。彼の周囲に渦巻く魔力が、濃厚な悔恨の気配を発していた。

 

 

「……つまり、まあ、自分のやらかしは、自分で始末をつけるべきだろう。だから、()()することにした」

 

「──そうする、とは」

 

私としては、この問いかけは最後通牒のようなものだった。答えによっては、私は──もはやこの激情を堪えられそうになかった。

 

「オレは、()()()()()()()ことにした。19年前、母親のお腹の中で何も知らずに眠っている、オレを」

 

「その過程で、この19年の世界が、滅びることになったとしても?」

 

「ああ。だって、きっと、オレがいなければ上手くいっていただろう? 家族も死なずに、リツカ達も、あんな目に合わずに済んだ。君だって、オレみたいな不出来なマスターに仕えなくて──」

 

「撤回しなさい」

 

もはや我慢の限界だった。この男は、いまアルトリア・ペンドラゴンの前でなにをぬかしたのだ。

 

「──なにを撤回しろって?」

 

「すべて、です。貴方のたどり着いた結論も、そのひねくれた後悔の仕方も、全てが──()()()だと、そう言っているのです」

 

「──なんだって」

 

私の言葉に、彼は苛立っている様子だった。私はそれに構うことなく、高ぶる心の命ずるままに聖剣を鞘から抜いた。爆発した風の塊が、()に向かって吹き付けた。

 

「間違っているって?」

 

「──ええ、そうです」

 

「──は、オレからすれば、あんたの方がおかしいね! オレ一人死ぬだけで事態が好転する、それ以上に何を望むんだ!」

 

彼はとうとう、右手の人差し指をこちらに突き付けた。それは彼にしみついた──戦闘態勢のルーティンだった。指先に白光が瞬いた。彼の得意とする射撃の魔術だった。

 

「覚えているよ、ペンドラゴン! あんたもきっと覚えているよな! オレは銃で、あんたは剣で、お互いの命を脅す! それが牙を剥くのは──相手が()()()()()()時!」

 

暴力的なほど、濃密で、荒々しい、殺意にまみれた魔力が彼を中心に渦巻いていた。まるで一つ上の次元から落ちてきた彼の魂が、隠していた爪を晒したかのように。概念的な隔たり、英霊である私をして叶わないのではと思わせるほどの、圧倒的なチカラを感じる。

 

それは、シロガネハズムという少年のタガが外れたということを意味しているのだろうと思う。そもそもの話、彼という存在は本来、文字通り私たちと次元が異なるはずなのだ。今現在の状態が火事場のバカチカラのようなものに過ぎないとしても、この程度のチカラなら持っていて当然とも思える。

 

「──覚えていますよ。ハズム」

 

小さく、つぶやく。風に流されて、きっと彼の耳には届かなかっただろう。だからこれは、彼に向けたモノではない。自分に向けた、誓いだ。

 

 

 

「オレはあんたを打ち倒して、先に行く。オレが行くべき、終着点へ!」

 

 

 

「──どうぞ、できるものなら。稽古だ、シロガネハズム。その思い上がりを矯正してやろう」

 

 

 

私は、シロガネハズムのサーヴァントだ。そして同時に、彼は、アルトリア・ペンドラゴンのマスターだ。

 

だから、そんな結論は許せるものか。

 

自分がいなければ、もっと良くなっていたはずだろう、などど。

 

そんな願いは、想いは、決して正しくはないのだと──私は知っているのだから。

 

 

 

 

 

 







自分がいなければ上手くいくと知っていたのに、自分を消すのをためらった。

ならそれは、ただの自己保身でしかない、醜い内面の発露に違いない。

こんな人間は、生きていては、いけなかったんだ。









「──そんなはず、ないでしょう。バカ息子」









ここまで読んでくれてありがとナス!

終わらん過ぎて、ドウシテ……ってなってる作者だよ! もうほんと長くなっちゃってつらみざわ。

ま、まあ、『貫く、いし』自体はあと1話で終わる──はず? だからダイジョウブだ。

いつも感想、評価、お気に入りありがとうございます。

そして新たな感想、評価、お気に入り、お待ちしてます。

燃料があればあるほど、物書きは喜んで鳴く。これ豆知識ね。

あと活動報告のほうもどうぞお気軽に投稿を!

ではでは、また次回。


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