投稿~、投稿~、
ヴィクター・フランケンシュタインの屋敷に踏み込み、俺たちは原作通りにフランケンシュタインの怪物──フランを見つけることとなった。一度拠点に戻ろうと再び大通りに出たころにはもう深夜。晴れる様子のない霧も相まって、この街の深夜は深淵のように暗く、不気味な様相だった。
家路につきながら掌に握りしめたゴーグルは、ほとんどが粉々になっていた。あのジャック・ザ・リッパーの一撃はオレを殺すことこそなかったが、それに至る寸前だったというのは、このゴーグルの惨状が証明するところだった。
つくづく、オレにはリツカのような特別さ──主人公補正、運命力などと言い換えてもいいかもしれない──が存在しないのだと実感する。戦場に身を置いていることは理解している。特異点へのレイシフトとは、すぐ隣に死を侍らせているも同然の状況であるということも。
それにしたって、オレは死の危機に直面しすぎているような気がする。それはオレがこの世界の主人公ではないからだろうか。それとも、オレがこの世界にとっての異物だからだろうか。なんにせよ、ペンドラゴンのとっさの防御がなければ死んでいたのは事実だった。
今更ながら、ペンドラゴンにありがとうと感謝を告げると、ペンドラゴンはいえ、と首を振った。視線の先には破壊されたゴーグルの残骸があった。
「あなたがとっさに回避したから、何事もなかっただけでしょう。そうでなければ、今頃あなたは──」
その先は口にしなかったが、“死んでいただろう”と言いたいのは当然理解できた。オレはそんな彼女に、謙遜しなくていい、と返した。なんであろうと、彼女に助けられたのは疑いのない事実であったからだ。
しかし同時に、何かが違えば、確かに今ごろ胴体と首が泣き別れしていた可能性もあっただろうと思った。それくらいに、あの時のアサシンの気迫や殺意は異常なほどだった。そこには執念を感じたのだ。オレが人理修復を何が何でも成し遂げようと思っているのと同じように、あの少女には彼女なりの戦う理由があったらしかった。それのためならば、片腕を失う痛みなどどうってことないほどのものが。
“おかあさんにあいたい”というのが、きっと彼女の願望だったのだろうと思う。それは彼女の発言から推測できることで、fateでのキャラクター設定的にも違和感のない願いだった。“母親の胎内に帰りたい”という彼女本来の願望には流石に理解を示せないが、単純に“母親に会いたい”という願いについては理解が及ぶところだった。オレにもそうした願望に突き動かされた過去があるからだ。
「……」
だから、そうした彼女の想いを踏みにじってしまったことに罪悪感を覚えた。命を狙われた身で何をという話かもしれないが──
“わたしたちと似ていて違う人”と、彼女はオレのことをそう称した。そうして、“ずるい”とも罵った。どちらも間違いのない事実であるのだろう。
オレと彼女は近いようで遠い道をたどったのだと思う。その深刻さや重みには差異があれど、大まかな判定においては、相似な運命をたどってきたのだと。
オレは“彼女”のようになる可能性があったし、彼女は“オレ”のようになる未来があったのかもしれない。
──ひとつ確実に言えるとすれば、オレの人生とはジャック・ザ・リッパーに“ずるい”と言われて反論できないほどには、恵まれていたのだということだ。
それがどうにも、ままならないと思った。
「……ゥ?」
考えふけるオレに、隣を歩くフランは不思議そうに首をかしげていた。そうして、オレが落ち込んでいると判断したのか、彼女はぎこちなくオレの頭を撫でた。
「──ありがとう、君は優しいね」
「……ゥ♪」
礼を言うと、彼女は小さく言葉をこぼして、少しばかり顔を紅潮させると──それが嬉しがっているか、照れているのかは彼女の言葉がわからないオレに判定はできないが──オレを撫で続けた。
フラン──フランケンシュタインの怪物。
親に愛をもらえなくても、こうして優しさを持てるフランのような少女がいて。親に愛をもらえなくても、自分の信念を疑うことなく貫けるモードレッドのような人間がいて。
──では、間違いなく愛を注がれたのに、この様になってしまったオレはいったい何なのだろうか。
そんな考えが、ずっと腹の底に汚泥のように溜まって、じくじくと心を蝕んでいた。
◆
◆
「これは傑作だな!」
その書店にたたずんでいた青髪の少年の第一声はそれで、表情は愉快で仕方ないという感情に満ち満ちていた。その様子からするに、抱いている感情は“愉快”ではなく“滑稽”と言い換えてもいいかもしれない。
体型に似合わない渋い声で少年は笑った。その微妙にずれた眼鏡の奥の瞳は、オレのことをしっかりと捉えていた。人間性を見透かすような眼光にさらされて身が竦むようだ。
俺たちは人々を苦しめている飛翔する本──“魔本”の殲滅を目的にこの区画へと訪れた。そうして、協力者がいるとジキルに告げられた古書店に入れば、人を小ばかにするような態度の少年──ハンス・クリスチャン・アンデルセンと出くわしたわけだ。
「ああ、自己紹介をしようか、俺の名はアンデルセン。しがない三流サーヴァント──と、俺を見ても驚かず、油断せず、そうして何でもかんでも知っていると言わんばかりのその顔! ──っとと、まったく、隠す気があるのかないのか」
うずたかく積まれた本の山から格好つけて飛び降りて、しかし運動不足が祟ってか少しばかりよろめきながらの発言だ。オレの腰ほどしか背丈がなく、そして人間のオレですら組み伏せることができるであろう最弱の英霊のことが、今のオレには何よりも恐ろしい存在に見えた。
幸いなのは、この場にモードレッドとフランがいないということだ。彼女たちは別の区画で暴れている蒸気ロボット──すなわちヘルタースケルターであり、そしてその生みの親チャールズ・バベッジのでもある──の対処へと向かっている。
原作ではロンドンで起きている異常の全てにリツカが関わり解決していたが、あれは物語の演出上の都合でああなっただけであって、現実になれば手分けした方がいいというのは間違いないのだろう。
ともあれこの場には、アンデルセンとオレの他にほぼ全ての事情を認知しているペンドラゴンがいるだけであった。fate作中で屈指の観察眼を持つ彼との邂逅において、その事実は唯一の救いでもあった。少なくとも、何を暴き立てられようがこの場において不利益になることは無いからだ。アンデルセンが今後、いたずらに吹聴することがなければの話だが。
「──そう怖い顔をするな、少年。お前がなんであろうとオレにとっては一ミリも関係のないことだ。お前の心配しているような事態は起こりえない。そもそも〆切に追われる身で無駄なことをしている時間などありはしないのだっ!」
にやりと笑って言う彼。それが果たして嘘か誠かは置いても、アンデルセンのいうことを信用する以外に道がないのは確かだった。まさか口封じに殺すなんてことはできない──そんなことをすればペンドラゴンに切り捨てられる未来が見える──そもそも、彼は特異点ロンドンにおいては比較的重要な役割を担っていたはずだから。
「わかったよ。で、俺たちは“魔本”の対処に来たんだけど──?」
とにかくアンデルセンのことは置いておいて、ここに来た当初の目的を思い出す。魔本──すなわち、ナーサリーライムの打倒こそがオレたちに課された任務だった。なんにしてもそれを達成しないことには先に進めないという話である。
まだこの区画には生存者が多くいる。それがナーサリーライムによって脅かされているのであれば、それはどうにかしなければならない。
なによりゲーティアを見つけて倒すのが肝要な事だとわかっていても、見過ごせないことというのがあった。たとえそれが偽善だとわかっていても、失われる命は少ないほうが良い。そして正しき人間というのは、無辜の人々を見捨てない、と思う。
「──ん、ああ。そのことか。 それなら既に
「え?」
アンデルセンの口から出たのは予想だにしていない言葉であった。確かに救援連絡を受けたのは昨日の早朝で、1日と少し経ってはいるが、その間に誰がこの事態を解決できるというのだろうか。まさかこのめんどくさがりな作家がやったはずもあるまいに。
「なんだその顔は、オレを“狼少年”だとでも思っているのか? それは別の著者の作品だろうに。残念ながら嘘ではない。夜が明けたころにはすっぱりと魔本の脅威は途絶えていた」
「──では何者が? 救援が出されたということはそう容易に打倒できる存在でもなかったはずでは?」
ペンドラゴンが周りを見渡しながら言う。とっちらかった本たちが気になるのだろうか。そんな彼女の問いに、アンデルセンは肩をすくめながら答えた。
「さて。オレが徹夜で原稿と向き合っていればいつの間にか消えていたよ。俺は仕事中は周りを気にしない派でな。何者がどんな手段であの厄介な存在を打倒せしめたのかは見ていない。ああ! 見ていれば良いネタの一つになったろうにな!」
すこしずれた後悔をしながらアンデルセンは頭を抱えている。魔本を打倒せしめた者──もっと言えば、打倒する必要があった者。そしてそれだけの力があった者。把握している限りで予測すると、選択肢は非常に絞られるように思える。
敵陣営にナーサリーライムを討伐する理由は思い当たらない。ジキルやモードレッドとは救援依頼が来た昨日のあの時から、数時間前に分かれるまでずっとともに居たため、そんなことをする時間は無い。そもそも彼らがやったのなら連絡の一つも寄こすだろうという話だ。
となれば選択肢はおのずと一つになるだろう。ペンドラゴンも思い至った様子だ。
「ハズム、もしかしてその者たちとは──」
「ああ、リツカたちって可能性が高そうだけど……」
ということは入れ違いになってしまったのだろうか。昨夜未明から今朝がたにかけてリツカたちがこの区画に到着、魔本を打倒し移動したと仮定すれば、今頃は別の区画に移動しているのかもしれない。
「この濃霧の中で5時間以上前に移動したであろう彼らを探すのは、現実的ではありませんね」
ゴーグルも壊れてしまいましたし、とペンドラゴンは締めくくった。魔霧は視界不良や毒素はもちろん、ジャミング的な効果も併せ持っていて、索敵系の魔術が通りにくい。そのため視界だけでも確保できるゴーグルは優秀な探索手段だったのだが──知っての通り壊れてしまっている。
ペンドラゴンの言うとおりに、探すとしても困難を極めると思われた。
「早く合流したいところだけど──」
「一度、拠点へと戻りましょう。モードレッドたちの方の状況も把握しなければなりません」
「そうだな」
残念ながら、リツカたちの捜索は断念することになりそうだ。カルデアとの通信も途絶している中で心配ではあるが、致し方ないことだ。運が良ければ、帰り道にばったり出くわすかもしれない、くらいに考えておくのが現実的なところだろう。
「さて、オレたちは拠点に戻るけど、君は?」
「ついていくに決まっているだろうバカめ。俺がこれ以上一人でこの街を生きていけるものか。そのぐらいわかれ」
書店の表扉を押しながら振り返って問いかけると、アンデルセンはそんなことを言いながらこちらに近寄ってきた。「徹夜で疲れた。運んでくれ」と言いながらオレの背中におぶさってくる。
「──とと、いきなりはやめてくれる?」
「はん、お前はマスターなのだろうが、サーヴァントをいたわれ」
「オレは君のマスターじゃないでしょうに……」
「ん、そうだったか。なら、ほれ。仮契約のパスだ」
「──え、ああ、うん」
まるで当然かのように仮契約を結ぼうとしてくる彼に、戸惑ってしまう。なんだか新鮮な気分だ。
そういえば、これまでの特異点ではずっとリツカが現地サーヴァントとの契約を結んできた。オレは英霊に嫌われる
そんなわけでこれが初めての、現地サーヴァントとの契約になる。
「アンデルセンは、その、オレなんかでいいのか?」
「──はん。いいか、オレにとってマスターとは、十分に魔力を供給してくれて、執筆の邪魔をしない存在であれば何者でもいいんだ。ああ、それと俺を戦闘に参加させないことも追加だな」
そんなことを言いながらオレに体重を預けるアンデルセン。憎まれ口しか叩かない存在ではあるが、オレをマスターとして扱ってくれる存在が増える何てことは存在していなかったから、それが少しだけ、嬉しかった。
「──ハズム、嬉しいのですか?」
「え、うん、なんで?」
「
ペンドラゴンの言葉に、手を口端に当ててみれば、確かにオレは笑っているらしかった。なんだかこんな表情をしたのも久しぶりな気がした。ペンドラゴンはそんなオレのことを微笑ましそうに見ていた。なんだかくすぐったい気持ちだった。
「おいおい、そんな反応をされると気色が悪いぞ。飛びついた身で言うのはどうかと思うが、男に飛びつかれて喜ぶなこの阿保め」
「──いや、そうじゃないから」
「冗談だ。ともかく勘違いしてもらうと困るから言うが、俺はお前から下手な作家の貼る伏線くらいあからさまに嫌な予感を感じる。今でもだ」
「……」
「そして、それがなくとも、物書きとしてお前のような存在がそもそも好かん。デウス・エクス・マキナもメアリー・スーも、基本的には容認できない質なんだ」
「──“機械仕掛けの神”や“僕の考えた最強の主人公”みたいな力があれば、むしろ良かったんだけどね。いやあ、ままならないものだね」
「なに?……ああそうか。俺としたことが、人間観察の分析結果を間違えたらしい。ではお前はつまり──劇における観客。本における読者といったところか」
オレの背中でアンデルセンは呟いた。その分析は正鵠を射ていた。まさしく以前のオレは、fateという物語の読者であり、観客であったからだ。
「一番力があるように見えて、実は最も無力な者だ。
「──君って人は、本当にすごいね。作家やめて探偵でもやったら?」
「まさか!──俺は〆切も嫌いだし、執筆も何度やめようと思ったか知らないが、探偵なんて興味もない。俺はこれでいいんだ」
羽ペンを虚空から取り出しながら彼は言った。彼は口では作家のことを悪く言うが、作家である自分にいくらかの誇りを持っているというのは、その薄汚れた羽ペンを握る手の丁寧さに現れていた。
それからはしばらく無言の時間が続いた。帰路には特筆して何も起こらず、エネミーもペンドラゴンが一瞬で殲滅できるほどにしか現れなかった。あと3ブロックも歩けばジキルの拠点にたどり着く、と言ったところで、アンデルセンはオレの背中から飛び降りた。
「──っとと、いやご苦労だった。乗り心地は最悪の一言だったが。俺がどこでも休める特技を持っていたことを感謝してほしい」
「このダメ作家は……」
はあ、とおもわずため息をついてしまう。楽しんでいる童話がこんな人物によって書かれたのだと知ったら、世の児童たちはどう思うのだろうか。いや、案外アンデルセンは子供に人気がでるかもしれない。子供たちに遠慮なく揉みくちゃにされている様子を思い浮かべてしまって、思わず吹き出しそうだった。
「なにかくだらんことを考えているな」
「そんなこと……」
「まあいい。ともかく拠点に連れて行ってくれたことには礼を言おう。魔力を供給してくれることもな! あとは俺を戦闘に参加させることなどないように願っている」
「わがままめ」
「──いや違う。俺は身の程を弁えているだけだ」
アンデルセンはきっぱりと言った。またお得意の言い訳タイムかと思えば、彼はとても真剣な顔をしていた。思わず居住まいを正してしまった。
「いいか、分不相応のものに手を伸ばすのというのは、愚か者のすることでしかない。なぜならば、届かぬものを望めば、他に大切なものを代償として払うことになるからだ。人魚姫が、足を望み、声を失ったように。そうして王子への大切な想いすら伝えられなくなってしまったように」
それは、口をつついて出ただけの軽口のようであり、自分に言い聞かせる教訓のようであり──オレへの忠告のようでもあった。
「望んだ結果に対して払う代償が、割に合った同価値なものとは限らない。世界は残酷だ。お得です、というツラをしておきながらその実は過剰請求など、日常茶飯事なことだろう」
「──ところで、俺はバッドエンドが好きでな」
そんなことを唐突に言い始めるアンデルセン。ペンドラゴンと二人で困惑していれば、彼は“いいことを思いついた”と言わんばかりの笑みを浮かべながら、こちらにペン先を突き付けた。
「よくよく考えれば、お前も魅力的なキャラクターとかろうじて言えなくもない。お前が俺好みの結末を辿ったときには、その様をお前を主役にした本の一冊にまとめて、棺に放り込んでやろう」
──ああ、今から楽しみだな! とアンデルセンは笑いながら彼は先に歩いて行った。
ペンドラゴンと顔を見合わせる。そして、二人そろって噴き出した。彼のその言葉が本心からオレの不幸を望んでいるのか。それとも不器用な彼なりの激励なのか。そんなことはわからないが、オレにとっては後者のように聞こえた。
作家の紡ぐ物語にどんな意図が込められていようと、それを受け取るのは読者だけだ。だからアンデルセンの言葉をどうとらえるのかも、オレの勝手なのだろう。
「バッドエンドか──ああ、それは嫌だなあ」
万感の想いを込めてそうつぶやく。それが聞こえたのか否か、アンデルセンはこちらを振り返ると生意気な笑みを浮かべた。
相変わらず好きになれない作家だ。だから、アイツの好きにはさせたくない。そうだろう──シロガネハズム?
バベッジ先生とナーサリーちゃんの出番はスキップandスキップ!
さくさく進めていかないといつ完結できるかわかったもんじゃないからね。
あと3~4話でロンドン終わるとは思うけど──って、前も言っていた気がしますね。
書けば書くほど想像以上に膨れ上がってしまうのはなぜなのか。小説は重曹か何かだった……?
ともかく、今回はここまで。最後まで読んでくれてありがとうございます!
お気に入り、評価、感想をどうぞよろしく!
最近はどれも思ったより少なくて悲しい……なんでもいいから反応くれるだけで私の心はあったかくなります。
私の心はあったかくなります!!
……ほんじゃまた、次回ね。